恩恵(ギフト)3
この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。
「会談に乗じて、両者を襲撃する計画は失敗しました。」
ロードリア王国警衛兵士長が、宮廷騎士団長のラルフ=エシュテールに報告していた。
「そうか。」
冷静な装いを保っているラルフではあったが、その内心は怒りに燃えていた。
「シェリーゼ。」
「は。」
「防衛線を張れ。」
「了解致しました。」
それから半月後、ロードリア王国内に、ハイドランジア国の国都が魔族の侵攻により陥落したとの報告がもたらされた。
「魔族は、巨人の群れを先鋒にして、前線を混乱させた後、攻撃を仕掛けて来る。」
ロードリア宮廷内で、ハイドランジアから逃走して来た魔物狩りの冒険者が、戦況を報告していた。
「本当に恐ろしいのは魔人と呼ばれる雑種だ。奴等は、雑種であるにも関わらず、人間、魔物、両方の優性を持っている。」
「敵の数はどのくらいか分かるか。」
「そうだな。国都を襲撃したのは、巨人の群れが一個中隊規模かな。」
「ざっと二百か。それで、そちらの兵数は?」
「冒険者が百人。国兵が一個大隊、あと、民兵と警務部隊が五百って所か。」
「それほどの多人数で、やられたというのか。」
ハイドランジアは商業小国家。魔物退治にも冒険者を利用しているくらいである。軍隊と言っても、所詮は烏合の衆だと、ラルフは思った。
「おいおい。俺たちだって、上はA+から下はC-の手練れだ。指揮系統も乱れちゃいなかった。巨人共の半分は俺たちが殺ったくらいだ。」
「(嘘だな……。)」
ラルフはそう思ったが、大人しく、冒険者の話を聞いていた。
「魔人だよ。奴等は、巨人とは比べものにならない。ランクで言えば、どれもA+以上の力を持っている。騎士の一人や二人じゃ、手に負えないぜ。」
「魔人のおおよその数は?」
「ざっと百。」
「百?」
「俺の予想だとな。」
「では問おう。魔人一匹あたりの強さは、我等、ロードリア宮廷騎士の何人にあたるか。」
「そうだな……。」
冒険者の男は、宮廷内をざっと見渡した。
「平均で、騎士、六十人かな。」
「馬鹿げている。」
戦況報告会議の後、ラルフはシュリーゼを連れて、執務室への廊下を歩いていた。先ほどの話では、魔人にも、上中下があり、上は、騎士百人、中は、五十人、下は二十だと言う。その話が真実ならば、敵の兵力は、ロードリアの宮廷騎士六千人以上ということになる。
「防衛線の構築はどうなっている。」
「は。着実に進んでおります。」
ハイドランジアから、このロードリアまでは、少数の町と無人の荒野で繋がっている。おそらく、魔族は、早急に、ハイドランジアの占領を進めるはずである。その後、出方によっては、ロードリアと戦争になるかもしれない。
「情報を集めろ。作戦はそれからだ。」
「は。」
ロードリア王国は、国都より東側の地域が繁栄しており、西側は、閑散とした町や村が散在するか、残りは荒野が広がっているだけである。それ故、王国の防衛線も、東側の地域に重点が置かれていた。そもそも、西側は、商業小国家のハイドランジア国や辺境の僻地ネノクニューズがあるのみで、軍事的脅威は存在しないはずだった。
「城壁の構築作業整いました。」
「ご苦労。すぐに次の作業に取り掛かれ。」
「はい。」
ロードリア王国西側地域最大の都市デノメアでは、町の要塞化が行われていた。
「非常時には、近隣の村人たちも避難することになる。食糧その他の備蓄を進めよ。」
ネノクニューズからハイドランジア、そして、ロードリアへ至る交易ルートの中継地点がデノメアである。それでも、町の規模は、東側地域の中規模都市ほどしかない。デノメアの騎士隊長は、地方騎士ハールスト=ドノワーズその人である。
「隊長。有事において、本国からの援軍はどの程度来るでしょうか。」
「援軍など来るはずがない。考えてもみろ。この辺りには荒野しかない。魔物相手に荒野で戦っては、国軍兵士や騎士隊の本領たる力は発揮できない。」
「だからこそ、町を要塞化しているのでは?」
「時間稼ぎだよ。宮廷の連中は、俺たち地方騎士が奮戦している間に、国王を逃がし、国都を守る準備をすることしか頭にない。」
「それは悲観的過ぎではありませんか?」
「俺ならばそうするからだ。」
宮廷騎士は家柄、実力、野心などを考慮して、地方騎士や都城騎士の中から選抜される。それ故、個々の実力で言えば、宮廷騎士団より、地方騎士隊の方が、圧倒的に劣る。しかし、こと戦争という状況になれば、その優劣は何とも言えないところがある。
魔族とロードリアとの開戦には、まだ時間があると、誰もが思っていた。しかし、その予想は外れた。ハイドランジア国都を陥落させた魔族は、その領土の支配を優先させると思われていたが、彼らに領土の支配という概念はなかった。あったとしても、それは優先されることではなかった。魔族の侵攻の本分は掠奪と虐殺であり、蹂躙であった。
「奴等は、村を襲い、女を奪い、男は餌にしています。」
「何ということか……。」
魔族の軍団の主体である魔物と魔人は、人を喰らう。それ故、そのような収奪が成り立っていた。魔族の蹂躙の手は、すぐにロードリア国内を襲った。
「また、村がひとつ壊滅しました。」
「そうか。」
デノメアでは、日毎に虐殺を受ける周辺の村々の報告を受けながら、何もすることができなかった。それは、少数の救援部隊を送ったところで、到着する頃には、村は滅んでおり、部隊も虐殺されることが目に見えていたからだった。
「我々は、このデノメアで、魔族を迎え討つ。」
それが彼らの最適解であった。
「避難民の数が少ないな。」
「皆、喰われるか、東へ向かったよ。」
既に、デノメアには、防衛隊や負傷して動けなくなった者しかいなくなっていた。
収穫の季節になっても、魔族のデノメア侵攻は始まらなかった。その間、魔族は、デノメア周辺の村々をひとつひとつ滅ぼしていった。それは、彼等が、ただの野獣と異なり、何かの意思により、統合して、行動している証であった。それからまた、ロードリア国都からデノメアに至る補給路上の町が、魔族の攻撃により、壊滅した。そして、それから、幾日経っても、本国から援軍は来なかった。
「我が要塞は、完全に孤立した。援軍の望みもない。」
周辺の村々が滅び行く中で、デノメアの町は、完全なる籠城要塞と化していた。
「本国にとって、我々は捨て駒である。我々の選択肢は二つ。死ぬか生き残るか。それだけだ。」
「分かりやすくて、俺は歓迎ですぜ。」
兵士長の一人、マクラスが酒瓶片手に声をあげた。そして、その夜、魔族のデノメア侵攻が始まった。
「三時方向に巨人の群れ!!」
「投石用意。」
視認によれば、巨人は、蛮人数匹に野人十数、隻眼数匹の混成部隊であった。人間たちは、これに対し、用意していた投石器による攻撃を加えようとした。しかし、その投石器に準備された石が発射される前に、巨人の群れから、大岩が城壁、あるいは、それを越えて、壁内にまで、飛んで来た。
「投石器二器とも破損。使用不能です!」
「人的被害は!?」
「確認中です!それと……。」
「何だ、早く言え!」
「敵の投石は、主に野人が行っております。それが、城壁の薄い所を狙い、一斉に攻撃を加えています。」
「高度な知恵を持っていると?」
「そのように見えます。」
野人が道具を使うことは知られている。しかし、それでも、指示を受けるか否かに関わらず、狙いと歩調を合わせて、石を投げるという行為ができるとは思えない。もし、それが、誰かしらの指示ではなく、彼等が、自ら、城壁の弱点を認識し、それを突破するのに、一番効率の良い方法を考え、行っているのだとしたら、それは戦術を使用しているということだった。
「今までの常識は通用しないか。」
要塞の作戦室から、ハールストは、東方の煙が上がっている所を見つめた。
「夜襲を掛けるべきです。」
幸い、投げるに適した大岩がなくなったのか、敵の投石は夕暮れには止んだ。それでも、まだ、散発的に、岩が城内に飛んで来ることがあった。
「人選は、俺がします。」
マクラス兵士長は、威力偵察を兼ねた夜襲を提言した。
「このまま内に籠もっているなんて、我慢ならねえぜ。」
「マクラス。女を買いに行くのとは、訳が違うのだぞ。相手は知恵のある魔物だ。それが、どの程度、恐ろしいことか分かるか。」
「隊長、女の野人でも、一匹、取っ捕まえて来てやりますよ。」
「全く……。」
結局、マクラスを止めることはできなかった。
「静かに進め。岩が飛んで来るってことは、奴等は、まだ、近くにいるはずだ。」
マクラスの隊から選ばれた三十名の強者が、闇夜の中を進んだ。運の良いことに、月は曇に隠れている。
「あっちだ。」
定期的に岩は飛んで来た。マクラスは、目を凝らして、その飛んで来る方向を捉え、歩みを進めた。
「止まれ。」
火の手が見えた。それは、滅びた村の跡地だった。火の手は焚き火というよりは、潰れた家屋に火を付けているようだった。
「ちっ、虫唾がするぜ。」
火の周りには、野人の寝転ぶ姿があった。
「戻りましょう。隊長。数が多すぎます。」
野人の数は七、八匹。近くには、他の巨人もいるかもしれない。
「馬鹿を言え。何のためにここまで来た。奴等に泡を吹かせてやる。撤収はその後だ。」
マクラスとしては、ここで、夜襲を掛けて、相手を退却させることが狙いだった。それには、相手を殺す必要はなく、こちらの部隊の人数が多いと誤算させ、驚かせればよかった。
「火の中に、油瓶を投げ込め。」
マクラスは、油の入った瓶を縄に付け、兵士に渡した。野人の周りには、家屋の残骸があり、うまく行けば、火の海にできるかもしれなかった。
「投げ込め!」
縄が投げられた。それらは、何本も軌跡を描いて、火の中に落ちていった。
「声をあげろ!矢を射かけろ。」
「かかったぞ。」
人間の声がした。
「乱痴気の宴。」
笛の音がした。そして、他にも楽器の音がした。
「何だ!?」
「隊長!!」
突然、仲間が倒れた。
「何をやっている!!」
「ハハハ……。」
同士討ちだった。三十名の兵士たちが、狂ったように騒ぎ、踊り、歌い、殺し合った。
「魔法か!?」
術者がいるはずだった。マクラスは辺りを見回した。
「ハハハ。」
「くそ……。」
笛の音が聞こえた。睡魔がマクラスを襲い、彼の意識はそこで終わった。
「戻らなかったな。」
翌朝、奇襲部隊は誰一人、戻って来なかった。
「何の音だ?」
突然、バラバラと天から何かが降って来る音がしたと思ったら、次は騒ぎ出す声が聞こえた。
「ハールスト隊長!!」
「どうした!?」
天幕を出たハールストが目にしたのは、多くの死体だった。
「マクラス……。」
それらは、昨夜、出撃した奇襲部隊三十名全員のものだった。
「勇敢なる兵士たちを丁重に弔ってやれ。」
「隊長!彼等の仇を。」
「冷静になれ。見え透いた挑発に乗るな。それよりも、彼等の冥福を祈ることが優先だ。」
軍人として、ハールストは優れていた。どんな時でも、冷静的確に、相手の意図を推測した。それは、兵士たちの命を守ることには役に立った。しかし、時に、それは、兵士たちの士気を挫き、臆病者の風聞を、彼自身が受けることに繋がった。
「開門!!」
籠城からひと月が経とうとしていた。実は、その間にも、戦線は拡大していた。魔族の部隊が個々に、ロードリア王国の領内深くに現れては村を襲った。
「何故、其方たちは、魔物の侵攻を、こう易々と野放しにしているのか。」
第十三世ロードリア国王シルヴィアは立腹していた。
「西の防衛線はどうなった?」
「は。機能しておりません。」
国王の詰問を受けていたのは、騎士団長のラルフだった。王国防衛の作戦立案は、ラルフとその他、軍兵士長たち武官が執り行っていた。その責任者がラルフである。
「失礼ながら、騎士団長。貴公は、人の言葉を語る鸚鵡か何かか?」
国王の立腹を受けて、大臣も不機嫌だった。かつては、同じ派閥に属し、前騎士団長エルナの追い落としを画策した両者も、対立する相手がいなくなってからは、不仲になっていた。
「デノメア防衛の責任者であるハールスト=ドノワーズが、敵を恐れて、城塞から出て参りません。」
「何故に、伝令を送らぬ。」
「既に伝令は何度も出しておりますが……。」
王国軍は、各地に出没する魔族の部隊に手をこまねいていた。魔族らは、都市そのものへの襲撃は行わず、その周辺町村や街道に出没していた。一方、王国軍は、国都防衛も然ることながら、各地方への救援に部隊を分散せざるを得なかった。
「国内には、国軍への不満も出ているとか。」
「それは……。」
神出鬼没の魔族に、王国軍の対応は後手後手に回っていた。それ故、地方の民衆の頼りは、王国軍よりも、地方の守備兵や地方騎士であった。
「このままでは、王家への信頼も揺るぎかねぬ。」
「は。」
国王と大臣の詰問を受けて、ラルフは御前を後にした。
「団長。」
「黙れ。」
執務室のベッドで、ラルフは、宮廷騎士団長補佐官のシェリーゼ=マローニを抱いていた。
「くそ。大臣も国王も屑ばかりだ。」
「そのような物言いが、周りに知れたら……。」
「真実だ。あのような屑共が、この戦況を好転させることなどはできん。悔しいが、それは俺も同じことだがな。」
「そのようなこと、仰りませんように……。」
「ということは、俺も彼等と同じく屑ということか。フハハ。笑えるな。」
ロードリア王国は救世主を求めていた。かつて、魔王が現れた時、世界を救った救世の勇者のような存在を……。
「開門せよ。」
その日、デノメアに一人の女性が立ち寄った。
「何者だ!」
「我は、ロードリア王国宮廷騎士、エレナ=クリストフ。貴殿らを救いに参った。」
作戦室に伝令が走った。
「宮廷騎士が一人で援軍に来るなどあり得ませぬ。魔族の擬態かと思われます。」
「名は何と言った。」
「エレナ=クリストフと。」
「エレナ……。どこかで聞いたような。」
ハールストは、髭をつねっていた。
「久しぶりだな。ハールスト=ドノワーズ爵。」
「貴様、曲者か!?」
作戦室の天幕を潜って現れたのは、銀白の鎧を纏った壮麗な女性だった。
「待て。其方は、確か、四年程前、ハイドランジアへ潜入した女騎士か。」
「覚えていてくれたとは、光栄だ。」
「援軍とは、其方一人か?」
「援軍ではない。救いに来た。」
「救い?」
「その前に、塵掃除をしよう。」
エレナが剣を振った。すると、風が吹き、雷撃が傍らにいた兵士を襲った。
「ぐゎあ…!?」
兵士は絶命した。しかし、その鎧からは、獣の姿が隙間見えていた。
「これは……。」
「魔物だ。塵以下の存在だ。」
兵士は魔物の擬態だった。
「こちらの情報が漏れていたというのか。」
「恐らく、この塵は人間の内情を伝えるだけの役目。大した任務は果たしていないだろう。」
エレナが剣を納めた。その剣は、どこか神秘的な彩りを放っていた。
「気を許しませぬように隊長。魔族の自作自演かも知れません。」
「貴殿は?」
「参謀のエーデナーだ。」
「ハールスト殿は、なかなか優れた部下をお持ちのようだ。では、ひとつ教えてやろう、エーデナー。今、このデノメアを包囲しているのは、たった一個小隊ほど、内実は、十数匹の巨人とその取り巻きだけだ。」
「何……?」
「さらには、既に、王国領内の至る所に魔物が出没している。そして、このデノメアを防衛している貴殿らの臆病風を、国王陛下は、大変、ご立腹されておいでだ。」
「そのような……。」
「残念ながら、貴殿たちは虚報に踊らされていたようだな。それは、そこの塵共のせいでもあるのだろうが、そのような間諜が、他にも数多忍んでいるのかもしれん。もしかしたら、貴殿も、その一匹なのかもな。」
「戯れ言を……。」
参謀のエーデナーは、デノメア防衛こそが、国軍の窮地を救うものだと信じていた。それは、前線からの報告で、デノメア要塞を取り囲む多数の魔族の群れが確認されていたからだった。
「うまく騙されたな。」
「隊長。」
ハールストは立ち上がった。そして、転がっている魔物の死骸の頬面を蹴り上げた。
「しかし、其方の言葉こそが、我々をおびき出し殲滅せんとする魔族の策略ではないと、どのように証明なされるのかな。」
「なるほど。では、こうしよう。このデノメアに屯する、先に言った塵共、一個小隊を、私が一人向かい、殲滅してみせよう。」
「一人で……?」
「可笑しいか?」
エレナは邪悪な微笑みを浮かべていた。
「隊長……。」
「……。」
ハールストは長考していた。エレナの言葉の裏を探った。
「まあ、貴殿らは、好きにするが良い。私は勝手にさせてもらう。」
エレナは天幕を上げた。
「何処へ行く?」
「塵掃除だよ。」
冷たい微笑みが、頬を濡らした。
「フヌス様。人間が一人、こちらにやってきます。雌のようです。」
「なぁにぃ。」
フヌスは魔人の一人である。彼の父親は、妖魔山羊、母親は、魔族に攫われた冒険者の女性である。彼自身は、牧羊人を自認していた。
「何だ、おまえは?」
「貴様が首長か?」
「無礼な人間だな。状況が分かってるのか?」
二人の周りには、野人、隻眼、合わせて二十数人がいた。
「魔物共よ。ただ、殺すのも良いが、要塞の兵士たちに、それなりの実力も見せねばならぬ。遊んでやる。存分に抗え。」
「ハハハ。馬鹿だ、こいつ。教えてやるよ。俺の名はフヌス。魔人、牧羊人の一人だ。兄弟姉妹は多いが、その中で俺が一番強い。」
「ふ、そうか。」
「そして、周りにいる野人。こいつらは、魔人の出来損ないだが、知能はそれなりにあるし、言葉も話せる。おい、見せてやれ。」
フヌスは野人に指示を出した。
「なにを?」
「おまえの力をだ。そこの木を城壁に向かって、投げてやれ。」
「分かった。」
野人は、傍らの木を引っこ抜き、デノメア要塞に向かって投げた。それは、槍のように飛び、壁に刺さった。
「どうだ。」
「すごいな。」
「そうだろう。それにしても、おまえ、案外、うまそうな体をしてるな。」
フヌスは、舌をべろりとなめた。その陰茎は勃起していた。
「殺さず捕らえて、味わってみるのもよさそうだなあ。」
「汚れたものを見せるな。塵め。」
「なぁにぃ。」
「風刃。」
一陣の風が舞った。そして、フヌスの大事な物を体から離して、地面に落下させた。
「ぎゃあぁぁ!?」
「電撃。」
雷撃が走り、地面に落ちていた一物を焼いた。
「このくそやろう!!殺せ!!ズタズタに引き裂いて殺せ!!」
「そう来なくてはな。」
ニヤッと、エレナは笑った。
「ガアアア!!」
隻眼巨人が、エレナを掴み取ろうとしてきた。
「聖なる光。」
「グォ……!?」
エレナの剣先から放たれた光線が、隻眼巨人の心臓を貫き、瞬殺した。
「ぐわあ!!」
「光輪。」
次に、光の輪が野人の首を切り落とした。
「この程度か。」
エレナの微笑みは止まなかった。
「ふざけてろおお!このやろう。乱痴気の宴。」
フヌスは笛を吹いた。
「ハハハ。狂え、そして死ねえ。」
「魔法か。」
笛の音が響いた。しかし、辺りは何も変わらなかった。
「ハハ……?どうした、なぜ、狂わない。」
「ふふ、滑稽な屑山羊だな。貴様の、そのような下卑た魔法が、私に通用する訳がなかろう。」
「くそがああ!!」
笛の音が変わった。今後は、エレナを取り囲んでいる巨人たちに変化があった。
「強化魔法か。」
「起きろ!鬼蛮人。」
どこからともなく蛮人が現れた。
「そいつらは、ただの蛮人ではない。鬼と蛮人の雑種だ。その力は、蛮人の数倍だぞ!!」
「それがどうかしたか?」
エレナが剣を振るった。すると、襲ってきた蛮人の両腕が落ちた。
「馬鹿な。鬼蛮人の肉体だぞ!!」
「こちらも強化魔法を掛けさせてもらったが、その必要もなかったようだな。」
「くそおお!!」
「竜巻。」
一帯を嵐が覆った。竜巻であった。それは、エレナを中心にして、回り、辺りに散らばる巨人の群れを、巻き込み、ことごとく、その肉体を切り刻み、細切れにした。
「さて、お前だけは生かしてやっておいたが、どうするか。」
「あゎゎ……。許してくれぇぇ……。」
「決めた。」
エレナは、ニヤリと微笑えんだ。
「風刃。」
風が舞った。それは二度、三度と続いた。
「ぎゃああ……。」
フヌスは、四肢を切られ、地面に転がった。
「存外、魔物は強健だ。その状態でも、二、三日は生きられるだろう。まあ、まず、助かることはないが、それでも、残された命を大切にすることだな。ふふ、獣に喰われながらなあ。」
辺りには、血肉の臭いが立ち込めていた。遠くでは、狼だろうか。野獣の遠吠えがした。
「申し上げます。銀白の聖女により、また、村がひとつ解放されました。」
ロードリア宮廷内は、喜報に湧いていた。数日前、デノメアから報告を受けた銀白の聖女が、それまで為す術のなかった魔族への対抗に希望を与えてくれた。
「よもや、エレナが生きていたとはな。」
国王シルヴィアは感涙していた。そもそも、彼女に銀白の鎧を下賜したのは、シルヴィアだった。
「しかし、何故に、エレナは宮廷に姿を現さないのか。」
「兵士たちの報告によれば、彼女は、自ら前線に出て、兵士を鼓舞し、魔族を殲滅せんとしているようです。陛下の御前に姿をお見せになるのは、王国内の魔族を根絶やしにしてからだと申しておるそうにございます。」
「殊勝なことだ。ラルフ騎士団長。其方もエレナを見習いなさい。」
「しかと。」
ラルフは国王の御前を辞去した。その顔は、憎悪と苦悶に満ちていた。
「エレナが戻れば、国王は、彼女を騎士団長に任命するだろう。そうなれば、俺は格下げ。前線に送られるかもしれん。」
「また、そのようなことを。」
「シェリーゼ。お前も、今のままではいられまい。」
「私は、ラルフ様とご一緒ならば、構いません。」
「魔族の捕虜となり、種馬にされてもか?」
「ラルフ様……。」
「俺は、お前をそのような目には合わせたくない。」
「そのお言葉だけで、私は幸せです。」
執務室で、シェリーゼを抱きしめるラルフではあったが、その表情には、激しい憎悪が刻み込まれていた。
「シェリーゼ。俺は、お前の為ならば、この手を血で汚しても良いとさえ思っている。」
「私も、ラルフ様とともにならば、地獄へまでも付いて行きます。」
「そうか……。」
ラルフの顔面に卑しい笑みが生まれていた。
「魔神様への祈りは通じたか?」
「いえ、未だお告げはありません。」
「神使は、どこにいる。」
亡国ハイドランジアの荒野にある一画には、土と石でできた聖堂が建てられていた。それこそが、混魔人の過激派『魔族』の根拠地のひとつであった。
「神使様。こちらにいましたか。」
狼の混魔人が少女を探していた。
「降魔の儀式はいかがですか?」
「まだ、早い。」
「ですが、銀白の聖女のおかげで、ロードリア国内に侵入していた魔人たちは、全滅してしまいました。」
「本当か?」
「え?」
「魔女がいるだろう。」
「しかし、彼女は……。」
「まだ、早いというのか?」
「いえ……。」
「残念ながら、私に駆け引きは通用しないぞ。」
少女が狼の混魔人の肩に手を掛けた。
「ぐばっ……!?」
少女が触れた部分から、混魔人の皮膚が盛り上がり、その組織が改変されていった。
「が、が、がばぁ!!」
何の力も能力も持たなかった非力な狼もどきは、少女の力により、その肉体を徐々に、書き換えられて、人狼の魔人へと変化した。
「グワァァ!!」
「行け。」
人狼は走り去った。その姿は、満月の下で、人間へと変身していった。
「このような夜分に何用であるか。」
「火急の報せにございます。」
ロードリア宮廷内では、月の明かりに照らされた寝殿の内部で、宮廷騎士団長のラルフが、大臣と国王シルヴィアを呼び起こし、謁見していた。
「内密の事柄にて、お耳を……。」
御簾の帷越しに、シルヴィアは、ラルフの様子を眺めていた。
「どうかしたか?」
大臣に近寄ったラルフの姿までは見えた。しかし、その後は、何やら大臣の姿が消えたようにも見えたが、はっきりと外の様子は見えなかった。そして、その時、帷を潜り、ラルフが姿を現した。寝室にいたシルヴィアは、夜着を着て寝具に包まれていた。
「無礼な。血迷ったか。団長。」
「国王陛下。このラルフの無礼なる振る舞いを、どうかお許し下さいませ。」
ラルフは血に塗れた細剣を持っていた。
「狂人ぞ!!誰か!!誰か、助けて!!」
その夜、ラルフの凶剣は、第十三世ロードリア国王シルヴィア=ロードリアの命を絶った。
宮廷に起きた反乱は、ラルフを首謀者とし、すぐさま、宮廷内を完全に掌握した。そして、反乱軍は、魔族との同盟を掲げ、国都全域を戒厳令下に置いた。街道は封鎖され、誰一人として、宮廷内はおろか国都の中に入ることはできなくなった。
「宮廷及び国都は、霧に覆われています。」
銀白の聖女こと、エレナ=クリストフの傍らにいたのは、デノメア防衛戦で、参謀を務めたエーデナーだった。彼は、その後、ハールストの命令で、エレナに協力することになっていた。
「不穏だな。この辺りの魔族を掃討次第、国都へ向かう。」
「はい。」
ロードリア王国領内で、魔族討伐を続けていたエレナの下には、途中、義勇兵が集まり、今や、五百人を越える一個大隊程度の規模になっていた。
「エーデナー。」
「は。」
「国都に斥候を向かわせろ。」
「直ちに。」
近隣の魔族は、一両日中には姿を消した。
「我等は、これより、宮廷に向かう。」
「おお!!」
五百人の部隊は隊列を整えて、歩み始めた。
「斥候は戻ったか?」
「いえ。」
「怪しいな。」
「聖女殿。よもや、宮廷は、魔族の手に落ちたのでは。」
「かもしれぬな。進軍速度を上げよ。」
「は。」
「ラルフ。私の愛しいラルフ。」
「シェリーゼ……。」
宮廷の玉座にはラルフの姿があった。その背後には、邪悪な黒い霧が立ち込めている。
「グワッ!!」
「何者!?」
シェリーゼが細剣を抜いた。その先には、一匹の人狼が立っていた。
「時、至れり。」
「魔族……?」
人狼が口を大きく開けた。天井に向かって、咆哮をあげていた。その喉の奥底から、血液が噴出し、血肉が吐き出された。それらの塊は、無限に噴出しつつ、やがては、人狼そのものを呑み込んだ。そして、その黒塊の中から、迷宮への門が姿を現した。
「ラルフ=エシュテール。宮廷騎士団長。Level.43。装備.荘厳なる細剣。騎士鎧。技法.剣技。体技。中位属性魔法(水)。下位属性魔法(土、強化)。」
「シェリーゼ=マローニ。魔女。Level.49。装備.蠱惑の細剣。魅惑の騎士鎧。技法.魔神の息吹。誘惑。感情操作。屍霊術。中位属性魔法(火、水、風、土、強化、劣化)。」
「ゼノア=キーロイ。屍鬼王。Level.88。装備.英雄殺しの大剣。魔王の衣。技法.魔神の息吹。鬼神の血脈。魔王の称号。憤怒の一心。屍。上位属性魔法(火、劣化、強化。)中位属性魔法(光、土、水、風)。下位属性魔法(邪、闇)。」
「エレナ=クリストフ。銀白の聖女。Level.73。装備.名無しの聖剣。聖銀の騎士鎧。技法.神の息吹。天使の加護。上位属性魔法(聖、光、風)。中位属性魔法(火、水、土、強化、劣化)。剣技。体技。」
「エーデナー=グリフ。軍人。Level.33。装備.軍刀。軍服。技法.統率法。指揮法。軍隊移動法。索敵。」
「エルナ=クリフォード。背信の騎士団長。Level.78。装備.堕天の細剣。邪惑の騎士鎧。技法.悪魔憑依。冥界の使者。安息への道導。上位属性魔法(邪、闇、劣化。)中位属性魔法(聖、光、強化)。下位属性魔法(風、火、水、土)。剣技。体技。」
「ヴォーグ=キーロイ。鬼王。Level.63。装備.鬼神の短剣。鬼族の布衣。技法.鬼神の血脈。上位属性魔法(火、土、強化)。中位属性魔法(光)。下位属性魔法(風、水、劣化)。」
「神乃五郎左衛門宣時。侍。Level.92。装備.村雨丸。綿の衣。技法.神刀無双流。」
「カルン=クォーター。植物探索者、英雄、剣聖、賢者、格闘王。Level.97。装備.短剣。麻の衣。技法及び魔法.完全。」
etc.
etc.
etc.
「手駒は揃った。」
ハイドランジアの聖堂で、少女は呟いた。
「聖女殿。この魔物共は、一体!?」
「構わぬ。突撃せよ!」
国都周辺では、エレナの部隊が立ち往生していた。それと言うのも、今までとは明らかに異なった魔物が群れを成していた。
「閃光!!」
目も眩む輝きが辺り一帯を包んだ。
「散れ。塵共よ。旋風。」
突風が辻風となり、魔物の群れを苛んだ。
「キェー!!」
「ぐわぁ!!」
突然、雷鳴が轟き、多数の落雷が襲った。
「竜……。」
兵士たちの眼前の空中を、翼の生えた巨大な蛇が浮遊していた。
「ケツァルコアトル。迷宮に巣くう怪蛇。Level.73。技法.神の息吹。雷の化身。上位属性魔法(光)。中位属性魔法(風、火、劣化)。ドロップ.雷神の御守り。怪蛇の羽。」
どこからともなく、空耳のような声が聞こえた気がした。それは、声ではなく、意識そのものに伝達される信号のようであった。
「これは、違う。」
魔物とも雑種とも異なる何か。それは、この世界の造物主、神の創造物に違いないと、エレナは感じた。
「エーデナー。兵を退却させろ!」
「聖女殿は!?」
「貴様らは足手まといだ。さっさと行け!!」
「……どうかご無事で。総員、退却!!」
生き残った兵士をまとめて、エーデナーは戦線離脱を始めた。
「キェー!!」
「神よ。何故、我が行く手を阻まれるか……。」
魔族の餌となり、死んだエレナを復活させたのは、神であった。そして、彼女に、天使の加護と力を与えたのも神であった。
「戦えと言うのか……。」
「ギャギャギャ。」
怪蛇の笑うような声が聞こえた。
「神乃は来なかったな。」
鬼神の里で、ヴォーグは異変を感知していた。それは、ベルゼの与えた試練に打ち勝ち、鬼神の血脈を得た効用でもあった。
「皆さんは、それぞれの成すことをして下さい。」
「ああ、そうだな。」
そこには、エルナの姿もあった。星空球体から抜け出たエルナの顔は、どこか安息を得たような顔付きだった。
「では。」
カルンは魔法を唱えた。
「同期転送。」
ヴォーグ、エルナ、そして、カルンの姿が、順に消えた。そこに、ベルゼの姿はなかった。役割を終えた彼女は、形だけの姿を消して、記憶としての存在に移り変わっていた。
「ここは……?」
ヴォーグが転送された場所、そこは、ロードリア王国国都。宮廷から北東にある礼拝堂だった。
「早く行かないと。」
向かう先は分かっていた。ヴォーグの中にある鬼神の血が反応していた。
「カァ。」
「カラスか……。」
三本脚の烏。八咫烏である。それが、何十羽も礼拝堂の脇に植えてある欅の大木に留まっていた。
「八咫烏。迷宮の屍喰い。Level.23。技法.死の宣告。下位属性魔法(風、闇、邪、劣化)。」
本来、ロードリア王国にはいない生物である。しかし、ヴォーグは、それを迷宮で見たことがあった。ただ、それは、一羽、二羽だけだった。
「砂塵。」
土属性の魔法で、ヴォーグは砂嵐を巻き起こして、八咫烏たちの目を眩ませた。
「ギァ!ギァ!ギァ!」
八咫烏は死に際に、相手に死を届けると、カルンは言っていた。それは、ほんの僅かな確率でのことなのだが、これだけ数が多いと何とも言えない。だから、ヴォーグは、戦わずに、逃走することを選んだ。
「火球。」
目の前に、一羽の八咫烏が飛んで来た。ヴォーグは、それを魔法で退けた。その魔法は、鬼神の力の一片を得たヴォーグによって、今までとは比べるべくもなく、強力になっていた。そして、周りに飛んでいた八咫烏をも、巻き込んで、灰にしたが、彼等に、ヴォーグは、死を届けられることはなかった。
「急ぐか。」
エルナが転送された場所。そこは、宮廷内にある騎士団長の執務室だった。
「団長……?」
「ソフィア?」
暗くなった執務室の片隅に屈まる人影があった。それは、かつての部下のソフィアだった。
「よく、ご無事で……。」
「ソフィア……。」
靴音を鳴らして、エルナはソフィアに近づくと、ぐっと彼女を抱きしめた。
「よく、頑張ったな。」
「ええ、私を、褒めてくれますか?」
「ああ、偉いぞ。」
暗闇が翼となり、エルナの体を覆った。それはエルナに巣くう悪魔の影だった。やがて、暗闇が、ソフィアの骸から魂だけを抜き取ると、エルナは、それを喰らった。
「安らかに眠れ。」
「あ、ア、あ……。」
「聖なる光。」
「あ、あ、あ……。」
骸が屍人となる前に、聖なる魔法で、かつてソフィアという容器であった骸を浄化させた。
「あちらか。」
エルナは執務室の扉を開けて、廊下へ出た。そこには、屍人となった王国兵や騎士たちがいた。
「皆、安らかに眠るが良い。」
聖属性魔法は屍人を祓う。そして、エルナの向かう先は、魂となり、エルナの記憶となったソフィアが教えてくれた。
「これは……。」
カルンの転送先は、神の迷宮の地下五十階だった。各々の転送先は、彼等の記憶が導いてくれた。
「賢者の杖……。」
一回り大きな広間の中央に、かつての勇者の仲間であった賢者の装備品である賢者の杖が、地面に刺さった状態で残っていた。
「あなたの記憶か。」
いつか来るであろう誰かを導くべく、かつての賢者が残した物。きっとそれは、カルンの父親でもある勇者も知っていたことだろう。
「さて、行きますか。」
カルンは、両掌を合わせた。
「殲滅の調。」
黒い光が木魂となり、階下全体まで反響した。それとともに、奇妙な雄叫びや死の間際の叫びが、交響曲を奏でた。それは、魔法の発動者よりも、低いLevelの対象を死滅させる調であり、この場合においては、迷宮内にいるほぼ全ての怪物の死を意味した。
「雷槍!!」
エレナの放った雷撃は、ケツァルコアトルの雷撃を破り、その胴体に大穴を開けた。
「はぁ、はぁ……。」
周囲には、戦闘に巻き込まれた怪物の死骸が散乱していた。その中には、人間のそれもあるのかもしれないが、それは、もはや、原型を留めておらず、人間も魔物も怪物も区別はできなかった。
「くそっ……。」
進む先に何が待ち受けているか分からなかった。しかし、それでも、傷付いた体を癒やすこともなく、エレナは走った。
バシャァァン!!
「今度は何だ!?」
砂煙が舞った。空から何かが降ってきたようだった。
「強すぎる……。」
「子ども……?」
それは、小さな子どもだった。しかし、それは人間の子どもではなかった。そう、それはヴォーグであった。
「離れろ!!」
ヴォーグは傍らにいた人間に気が付き、咄嗟に叫んだ。
「業火。」
豪炎が降ってきた。そして、傍らにあった家屋や何やらを一瞬にして、灰にした。
「牆壁。」
エレナとヴォーグ。二人の周りを岩土の牆壁が囲っていた。
「貴様、何者だ!?」
「そんなことを言っている暇はない!!」
大音声とともに、鬼がやって来た。それは、鬼の王であり、魔物の王であり、屍であった。
「あいつは何者だ!?」
その風貌と威圧は、エレナにも、すぐに分かった。それは、只人ではなかった。
「俺の父親だ。死んでいるがな。」
ヴォーグは掌を返した。
「火蛇!!」
炎が八頭の大蛇となり、屍鬼王を襲った。
「瞋火。」
一方で、屍鬼王が放った炎の波は、大蛇をも呑み込み、そのまま、ヴォーグとエレナをも呑み込もうと迫った。
「焔光輪舞!!」
エレナが聖剣を掲げた。幾本もの眩い光が炎となり踊った。そして、打ち寄せる炎の波をかき混ぜ、散逸させていった。
「逃げるぞ。」
エレナが、ヴォーグの腕を握った。
「なぜだ!」
「勝てる相手ではない。今は、大人しく退け。それも勇気だ。閃光!」
閃光が輝き、二人は、その中に消えた。
「誰だ。」
屍人を浄化しつつ、玉座の間に到着したエルナを待っていたのは、宮廷騎士のシェリーゼだった。広間の中、玉座に向かって来るエルナを、シェリーゼは、翠に光る不思議な眼で凝視していた。
「ラルフ。」
「シェ……、りぃ……ゼぇ。なぜ……。」
シェリーゼの傍らには、屍人となり、玉座に座るラルフの姿があった。
「我々の下僕たちを祓っているのは貴様か。」
「聖なる光。」
「させん。」
結界が魔法を遮った。
「お前は、魔人なのか?」
「魔女。そういう貴様は、国を追われた元騎士団長エルナ=クリフォードだな。」
「知っているのか?」
「我が夫が言っていた。」
「夫?ラルフのことか。」
「愛しい我が夫。ラルフ。彼は、貴様を憎んでいた。エルナ=クリフォード。神を裏切った背信の使徒。」
「……。」
「貴様がここにやって来ることは、あの方より聞いて知っていた。我が夫婦は、ここに、楽園を築く。あの方の座所の門庭となる楽園を。そして、我等は、その門番となる。ああ、魔神様。今こそ我等二人に、病める時も、健やかなる時も、永遠の愛と営みをこの手に……。」
シェリーゼは、瓶に入った怪しい液体を口に含むと、それを、屍人となったラルフの口内に、口移しした。
「ああ、……しぇ…りい……ぜええ!!」
「ら、…る……ふ様……。」
地響きとともに、結界が広がり、玉座の間全体を覆う。その間、魔神の血を含んだラルフとシェリーゼの肉体は融合し、改変していった。
「う、ぁアア、あ、あ………ああああ!!!」
現れたのは四つ足に、四つ手、二つの頭を持つ怪物だった。
「う、オ、あァぁ……。」
叫び声と共に、怪物の背中から、蝙蝠のような翼が生えた。
「魔神の門兵。迷宮の門番。Level.90。装備.死者の篭手。魔神の鎧。屍肉の呪剣。血塗りの金盾。失われた聖杖。賢者の髑髏。毒の呪縛。技法.魔神の下隷。愚者の嘆き。偽りの愛。上位属性魔法(火、水、風、土、強化、劣化)。ドロップ.一輪の花。etc.」
「神よ。貴方はどこまで、我等を苦しめるのだろうか……。」
「我が、ラクエンの……。礎となレ。」
翠色をした毒の雨が天井から滴り落ち始めた。
「何もないか。」
神の迷宮の奥では、カルンが、今まさに、地下九十階に足を踏み入れようとしていた。
「誰もいない。」
本来、ここには、仮面の狂戦士がいるはずだった。
「これは、花?」
カルンの足下にしおれた花が植えてあった。カルンは、それを見ると、じっと膝を屈めて、手をかざした。
「治癒。」
しおれた花は、元の生気を取り戻していた。
「わあ、すごい。お兄ちゃん。治癒師なの?」
「君は……。」
見上げると少女が立っていた。
「何者?」
「私は神。」
少女は呟いた。すると、辺りが一面の花畑となり、空には太陽が明るく輝いていた。そして、地面には、カワラナデシコが咲いていた。
「ここに仮面の狂戦士はいない。あれは、もともとこの世界の住人ではなかった。」
「君は僕の敵で良いのかな?」
「君は私の敵で良いのかな。それとも……?」
「それとも?」
「創造物。」
花畑は消えた。太陽の輝きも無くなった。
「私は、この世界を司る者。生物を造り、生死を操る。それは、何故か分かる?」
「いえ。」
「娯楽。」
「娯楽?」
「全ては娯楽。私の欲を満たすものとして、君たちは存在する。私の意思を尊重し、操られていることを知らず、戦い、争う。それが、この世界の支配。」
「ならば、あなたを倒す以外、僕たちの生きる道はないですね。」
「あるよ。神の人形として暮らすこと。」
「そして死ねと?」
「そう。」
「抗います。」
「父親に君は似ている。やはり、血脈か。」
「勇者は、あなたに適わなかったということですか?」
「そう。魔王に対抗する力として、人間に与えた神の恩恵。娯楽を面白くする要素のひとつとして与えたもの。それを神に向けた。そして、その存在を消された。しかし、本来なら、その死とともに、神の元へ戻るはずだった恩恵は、受信者が神に消されたことによって、その循環に狂いが生まれた。そして、苦し紛れに、恩恵は血脈を辿り、君に宿ることになった。誤作動を起こした他の恩恵を巻き込んで。」
「僕も、あなたの掌で踊らされていたと?」
「力の一部を失った神は、賢者の結界によって隠された理想郷と君の存在に気付くことができなかった。不覚にも。でも、君が大人になり、神の恩恵を使って、植物採集を始めた時に、神は気付いた。そして、その娯楽の機能を元に取り戻そうとした。あわよくば、それすらも娯楽の一部にしながら。」
「話はそれだけですか?」
「いや。今なら、まだ、君は元の世界に引き返すことができる。それでも、もし君が、神に抗おうとするならば、階段を降りて来ると良い。それだけ。」
少女は消えた。一人、残されたカルンは、目の前に現れた地下へ続く階段を下りて行った。
「どこへ行く?」
「宮廷だ。」
ヴォーグとエレナは、炎の明かりと暗闇の中を走った。
「お前の名は。」
「ヴォーグ。」
「あの屍鬼は、父親と言ったな。」
「ああ。先代の鬼王だ。」
「やはり。それでは、あの大剣は……英雄殺しの大剣か。」
エレナは屍鬼が持っていた鋸のような歯の付いた諸刃の大剣に見覚えがあった。それは、先代魔王の得物で、賢者により、封印された英雄殺しの大剣であった。もちろん、エレナが見た物は、書物に描かれた図であり、本物は、人に知られぬ場所に封印されていたはずである。
「すると、お前は、魔王の子か。」
「ヴォーグ。」
「鬼か。」
魔物は容赦なく殺す。それが、転生したエレナの信条である。
「来るぞ。」
ヴォーグが空を見上げた。すると、数多の火球が降り注いできた。
「火弾。」
天に向けて、ヴォーグも火球の群れを放った。
「ヴォーグ!これでは、打ち負けるぞ。」
「くそっ……。」
「雷撃。」
エレナが魔法を唱えた。雷が落ち、火球を破裂させた。
「地獄へ還れ。聖なる光!」
光線が暗闇を貫いた。それは、微かに薫る屍鬼王の腐肉に向かった。
「遮光。」
暗黒が聖なる光を打ち消した。それと同時に、屍鬼王も、エレナたちの位置を特定した。
「血縛」
「ぐわぁぁ!!」
エレナの体内にある血液が熱くなり、肉体を蝕んだ。
「くっ……状態異常か……。」
体が重くなり、エレナは倒れた。
「大丈夫か!?」
「何とも……ないの……か……?」
ヴォーグに流れる鬼神の血がそうさせていた。
「つかまれ。」
「何を……。」
「逃げる。」
ヴォーグはエレナを担ぎ上げると、懸命に地を駆けた。
宮廷玉座の間を覆う結界は、毒の雨を降らせていた。
「魂の贄に依りて、我が下に召喚せん。冥界の獣」
悪魔の姿を借り、暗雲の翼を生やしたエルナは、宮廷内で喰らった魂を贄にして、冥界の獣を召喚させた。冥界の獣は、三つ頭と蛇の尾を持ち、体の至る所から蛇の頭を生やしていた。
「ラルフと魔女よ。その哀れな魂を喰らってやろう。」
堕天の細剣が宙に煌めいた。
「混沌。」
闇が辺りを包んだ。そこだけ、場が変わった。
「地獄で決着を付ける。」
「ころ……ス……。人身供犠。」
魔神の生贄としてエルナが標的にされた。時間が経つごとに、エルナの生命力は、魔神に捧げられ、その代わりに、魔神の加護を受け、門兵は、力を増していく。
「その邪気に酔え。悪魔の美酒。」
エルナと冥界の獣に、強力な邪気による劣化が掛かった。しかし、冥界の使者たる両者には、その効果が反転し、強力な強化となった。
「グギュァ!!!」
冥界の獣が吠えた。その吠え声には、劣化と状態異常の効果があった。
「黒暗。」
劣化と状態異常である。暗闇が門兵の視界を遮った。
「暗黒物質。」
音がした。いや、それは、無音であった。ただ、激しい音がしたと錯覚するほどの何かが、門兵に当たり、砕けた。そして、空間を曲げるほどの歪みとともに、門兵の肉体を、ズタズタに切り刻んだ。
「賢者の奇跡。」
例え、ケツァルコアトルでさえも、今のエルナの攻撃を食らえば、粉微塵になっていたであろう。それだけ、強大な威力であった。それ故、門兵と言えども、一時は、瀕死の状態に陥った。しかし、門兵が、左手に怪しく光る賢者の髑髏を掲げると、その瀕死の傷は、瞬く間に回復し、その他の劣化や状態異常も消失した。
「賢者の石か。」
「氷華。」
門兵の魔法が、水を生み、氷とし、多数の氷華となり、飛んだ。
「白光一閃。」
熱と光が閃光し、氷の華を散らす。しかし、その幾つかは、閃光を逃れ、エルナに届けられた。
「ギュァァア!!」
その氷の華さえも、冥界の獣が吐いた業火により、溶けて、水となった。それらの攻防の間にも、人身御供により、エルナの力は減り、門兵の力は増していた。
「英雄殺しの大剣は、はるか昔、神が名を持っていた頃に作られた物で、神に刃向かった謀反人の得物。それが今では、魔王の得物になっている。」
「よく分からない。」
「神殺しが、いつの間にか、英雄殺しに成り代わったということだ。」
エレナとヴォーグは、宮廷内の馬小屋に身を潜めていた。
「もう、大丈夫だ。」
屍鬼王にかけられた状態異常も、エレナに備わる天使の加護により、時とともに効果を失っていった。
「それよりも、ヴォーグよ。お前は、この国に何が起きているのか知っているのか?」
「知らない。だが、感じることはできる。そして、俺が聞いた話と照らし合わせると、今、起きていることは、神の仕業だ。」
「そうか……。」
エレナにも予想は付いていた。だからこそ、すんなりと、ヴォーグの話を受け容れることができた。エレナ自らが、神により転生された肉体を持っていることから、エレナも、神の存在を身近に感じることができ、その影響を受け取ることができた。エレナの目の前に身を屈めている、自らを助けてくれたこの魔王の子を名乗る魔物も、また、自らと同じように、神に近い肉体を持っているのだと思った。
「貴様、父親を倒したいのか?」
「父親?あの生ける屍のことか。」
「そうだ。」
「あれは、ただの屍だ。父親ではない。」
「先ほどと言っていることが違うが?」
「そうか?」
ヴォーグはあっけらかんとしていた。しかし、その信念は、何も語らずとも、エレナは感じ取ることができた。
「あれは、魔王ではない。魔王ならば、私たちの手に負える相手ではない。しかし、奴が、屍だという一点において、私たちは、かつての魔王に対抗することができる。」
「何を言っているのか分からない。」
先ほどから、エレナは、宮廷内に、もうひとつの異なる気配を感じていた。それは、神とは異なるものであった。が、その正体が何者であるのかを、うすうすと、エレナは気が付いていた。
「付いてこい。」
ヴォーグを先導して、エレナは宮廷の玉座の間がある場所に向かった。
「魔怨の棘矢。」
悪魔の放つ呪いの矢が、門兵に降りかかった。
「血盟の盾。」
血塗りの金盾は、持ち手の生命力を奪い、その全ての攻撃を防いだ。
「血吸い。」
そして、屍肉の呪剣がエルナの生命力を奪った。時が経ち、エルナの生命力は既に、限界に近付いていた。冥界の獣でさえも、彼女の前から消えていた。代わりに、門兵の力は、最大限まで引き上がっていた。
「自動治癒がかかっているか。」
門兵には、自動治癒の魔法がかかっていた。それ故に、どれほど、エルナが攻撃を与えようとも、いつのまにか、その傷が治癒されていた。おそらく、それは、門兵の左手に怪しく輝く、賢者の髑髏の仕業らしかった。
「ふふ……。」
エルナは笑顔だった。それでも、余裕を見せていた。それは、今、この場所に迫りつつある二つの気配を感じていたからだった。
「ようやく来たか。」
エルナが、堕天の細剣を振り下ろすと、場が変わり、元の玉座の間に戻った。
「やはり、貴方でしたか。エルナ。」
「待っていたぞエレナ。それにヴォーグもな。」
悪魔の翼を生やしたエルナが、聖女のような微笑みで、二人を迎えていた。
「ヴォーグ。そちらも追われているようだな。」
「かなりな。」
「すまぬが、こちらを先に片付けさせてもらう。エレナを借りるぞ。エレナ。」
「はい。」
エルナとエレナ。二人は何も示し合わせた訳ではなかった。しかし、その向く先と考えていることは同じだった。
「エレナ。ようやく、私は、この世界に生まれた意味が分かったよ。」
「私もです。エルナ。」
いつのまにか、銀白の聖女エレナは、魔族に殺される前の純心なエレナに戻っていた。そして、今、彼女の背中には、銀白色の天使の翼が生えていた。
「これを覚えているな。」
「ええ。」
エルナが手元に握りしめていたのは、紅玉のペンダントだった。
「このペンダントも、今、まさに、この時、この瞬間の為にあったのだな。」
エルナがペンダントを握りしめると、その紅玉は、ぱりんと弾けて消えた。そして、エルナとエレナ。またの名を悪魔と天使。その両者の魂を篤く燃やし、甦らせた。
「行くぞ。」
「はい。」
暗黒の光と銀白の光が輝いた。聖邪一体の力が二人の剣に込められた。
「天魔不二聖邪一如の剣。」
天魔の力は、聖邪の光を纏い、その対象を空に帰した。それは、全ての物体を原子の姿に戻す光だった。
「あ、ァ、ア、ァ………。」
光が止んだ後、そこに、門兵の姿はなかった。そして、ラルフとシェリーゼ、二人の魂もまた、無に帰していた。残っていたのは、神の迷宮に通じる門だけだった。
ガシャーン!!!
突然の大音響が響いた。
「ウオォォォ!!!!」
宮廷の天井を破り、魔王が降臨した。それは、ヴォーグらを追って来た屍鬼王だった。
「ヴォーグ。後は任せた。」
エルナとエレナは、力を使い果たしていた。もはや、指先一本だに動かせなかった。
「黄泉へ帰れ、父上!!」
「ウォォ……ヴォーグ!!!」
黄泉とは鬼族が宿する死の国のことを言った。その言葉を発することは、鬼族にとっての禁忌だった。黄泉を呼ぶと、黄泉がやってくると言い伝えられていた。
「辞禍戸岬ニ座ス八十禍津日神大禍津日神ヨ。」
ベルゼに教えられた呪文を唱えながら、ヴォーグは、鬼神の短剣を、自らの心臓に突き立てた。
「オオオオ!!!」
ヴォーグに流れる鬼人と鬼神の血は、短剣に込められたベルゼの魔力により攪拌された。
「ヴォーグ・キーロイ。魔神鬼。level.99。装備.鬼殺し。技法.乾坤一擲。」
「ウォォォォォ……!!」
ヴォーグの手には、賢者の髑髏が掴まれていた。
「……!!」
「……!!!!」
墓から曝かれた賢者の髑髏は、その長年の魔力を蓄積し、賢者の石へと変化していた。彼の骸は屍人になることはなかったが、人間世界における偉大なる宝物として、権利所有されていた。その輪廻が、今、ヴォーグとかつての魔王、その親子の手によって、断ち切られようとしていた。
「おお、ヴォーグ……。」
「父上。」
肉体の浄化と魂の清浄を旨とする賢者の魔力は、神にかけられた呪いをも撃ち去り、一時の間だけ、現世の姿で、ヴォーグの前に、ゼノア・キーロイの姿を現せた。
「よくやった。我が息子よ。」
「友や鬼神様のおかげです。」
「友か。あとは、もう一人、ミリアの子。お前の義弟を救ってやれ。」
「はい。」
ゼノアは、英雄殺しの大剣をヴォーグに渡すと消えた。
「来たのかい?」
「いけませんか?」
神の迷宮、地下百階。そこは、何の変哲もない、ただの地下空間であった。そこで、少女は待っていた。
「望みはないのかな?」
「真の自由。傀儡からの解放。そのようなことは、何とでも言えるでしょう。それでも、本当のことを言うならば、僕がやりたいから、やっているだけです。」
「庭作りと同じ?」
「そうかもしれません。」
「これも、この世界の人形の性質なのか……。」
「まだですか?」
「言っておくが、絶対に、君は、私には勝てない。それは、この世界の摂理であり、法則。それでもやるのかい?」
「はい。」
「そうか、では、神の力、見せてやろう!!」
「神。創造主。level.100。技法.万物流転。世界の理。万物の尺度。流転輪廻。絶対不変。」
「これはまた……、なんと壮大な。」
「さあ、称えるが善い。」
神威が満ちていた。慄きが生まれた。しかし、カルンは負ける気がしなかった。
「神よ。あなたに、ひとつ教えてあげましょう。」
「命乞いか。」
「いいえ。あなたの力の一部。恩恵。その中に、ひとつだけ、とても大事なものがありました。それは、なんでしょうか?」
「ははは……。余りの偉大さに、狂ったのかな。」
「答えは、超能力。」
超能力は、念力、精神感応などの技法である。本来、賢者に備わる技法のひとつだった。そして、その中には、未来予知の能力があった。
「おそらく、あなたは、忘れてしまっていたのでしょう。」
「超能力など、賢者の下位技法のひとつ。神の前に、役に立つことはない。」
「そうかもしれません。しかし、私の役には立ちました。そして、かつてのあの方も、やはり、この未来が視えていたのかもしれません。」
神の空間に門が開いた。
「受け取れ。我が弟。」
ヴォーグの声だった。
「ありがとう。兄上。」
英雄殺しの大剣が、宙を閃いた。それは、何人もの、偉大なる英雄たちの手を経て、再び、神の前に、その姿を現した。
「神殺しの大剣。」
神殺しの大剣は、はるか昔に存在した魔界の遺物であり、かつて魔界に住む闘士たちが、まだその時、名前を持っていた神に、叛旗を翻し、神と戦い、勝利を得た時の武器だった。
「何故、貴様が、そのことを知っている!?」
「人の命をおもちゃにした報いです。」
転生魔法は、その魂の記憶をも受け継がせる。転生魔法により、復活したエレナには、神の記憶の一部が、継ぎ接ぎとなり、受け継がれていた。そして、カルンは、今、この瞬間のことを知っていた。それは、未来予知の技法によるものだった。
「まさか、私の操作失敗なのか……。」
神は、バラバラになった。そこには、カルンだけが残っていた。