伍話:異端いつき 其序
ー序ー
「はぁ〜、休まるわぁ。流石に本格的な依頼ははキツイわぁ」
黒皮のソファにぐでっと寄りかかった尊命は、そんな声を漏らす。
【凪切日吉神社】のお泊り会から一週間、僕ーー門廻幽真は久々に【金田一心霊探偵事務所】を訪れていた。
相変わらず外見からは近寄りがたい雰囲気を醸し出し、内装はやたらとお洒落なこの事務所。
しかし、一点だけこれまでと異なる点がある。
それは……。
「ふふっ、クインの座り方、おじさんみたいだね」
「……いつき君や、レディーに対して失礼では無いかね?」
「ま、みことちゃんがレディーかと問われると、少しキツイものがあるッスけどね」
「イッキュウさん、話に割り込んできた事後悔させたるから、表出な?」
「あはは、そう言われるのも無理ないよ。実際、クインは強気な性格だからね。レディーはもっとおしとやかじゃなきゃ。今のクインはまだ可愛らしい女の子の域は出れないね」
「うぐぅ、いつきまでぇ……ふんっ!いいよ、別におこちゃまでもさっ!!」
「そこまでは言ってないんだけどなぁ」
そう、事務所内に白神縊齋が居るのである。
一週間前、縊齋は密かに学校に紛れ込んでいた此処所属の【霊能者】である事が明らかとなった。
僕らも彼の事を認知した為、こうして彼も表向きに事務所に訪れるようになったのだ。
にしても、今日事務所に来て特に驚いたのが尊命の変わり様であった。
こないだ縊齋が【霊能者】だと知ってから、僕は変な刺激をしないように反応していなかったが、尊命があからさまな警戒をしていたのには気が付いていた。
確かに僕だって同じ複雑で懐疑的な気持ちもあったが、それまでの一週間仲良くしてきただけあって、特に尊命の縊齋への態度の急変は激しいものであった。
しかし……。
「いつき、暇だからジェスチャーゲームしない?」
「いや丁重にお断りしておくよ。やりたいジェスチャーって第三部の潜水艇でのアレだよね」
「流石はいつき!ジョ○ョラーの君にならきっと伝わるって99.9%ぐらい信じてたよ!!だけどなんでやってくれないんだい?」
「あはは、俺ああいうの苦手なんだよ。ほら、その……何ていうんだっけ?」
「下々のお遊びッスね」
下ネタをそんなにオブラートに包む人初めて見たな。
おそらく多少世間知らずである縊齋をからかっているんだろうが、流石に……。
「あー、そういう名前でしたね。そう、俺は下々のお遊びが苦手だからね」
いや、気付けよ。
イッキュウさんに遊ばれてるぞ、縊齋。
ほら見ろ、クスクス笑ってるぞあの人。
「えぇ……叩く・数字の2・OKサイン・目を凝らすの動作は下々のお遊びなんかじゃないよぉ。神聖で崇高な儀式だよぉ。いつきもやろうよー」
あんたも乗るんか、尊命さん。
それに神聖と崇高はほぼ同意だから。
てかそんな聖なる儀式では無いだろ、あれ。
完全におふざけだろ、どう見ても。
と、このようにして、尊命は縊齋に完全に心を許してしまっているのだ。
それも、キャラが崩壊するほどに。
まさかこんなにふわふわした尊命を見る事になるとは夢にも思わなかった。
てか見たくなかった……みたいな事をよくネタとしてやる作品も多いが、僕的には面白いからその点は見れてよかったと思っている。
それにしても一体、一週間で何があったというのだ。
「あ……すみません、三人に御留守番御願いしてもいいですか?」
「あ、はい。分かりました。えっと、ホトさんとイッキュウさんは何か用事でも?」
「えぇ。この子のメンタルケアが終わったので、そろそろ学校に返してあげようと思いまして」
そう言ってホトさんは腕に抱きかかえた毛玉のような物体を見せつける。
……この物体、見覚えがある。
そうだ、こいつは……。
「桂なんちゃらじゃないか!!」
「失礼しちゃうわね!わたしの名前はなんちゃらじゃなくてズゥラー!!ご存知、愛くるしい小動物の毛玉のような見た目の【怪異】よ!間違えないで頂戴なっ!!」
いや、間違えた訳では無いんだけど。
単純に名前忘れただけだったんだけど。
にしてもこいつ、こんなキャラだったっけ?
「流石は天才的な【怪異】専門のケアマネージャー、ホト姉さん!心を壊した【怪異】のお世話をし、数日程度で全くの別人に……いや別【怪異】変えてしまうという、私達には到底出来ない事をやってのけるっ!そこに痺れるっ!!憧れーー」
「それ以上はいかん、アウトラインを超え……もうとっくの昔に超えてるか。それに二度目だったなこのネタ」
「ちょっとはるま!!今からが一番大事なとこなのに!!」
「だから止めとけ、止めとけ。ネタの使いすぎは逆に面白く無くなるからさ」
「はるまこそ使ってんじゃん」
「あ、ホントだ……いや、これは違うから。意図して言ったわけじゃあーー」
「るぅぅぅぅっっっっっっっ!!!」
「煩いわっ!!てか、どうせなら最初からやり直せばいいのに。そこだけじゃあ何なのか分からんだろうが」
僕は尊命の暴音を遮る為にポケットに入れていた折り畳み式ヘッドホンを装着して耳を塞ぐ。
すると、シーン……一瞬にしてすべての音が消え去る。
この感覚がたまらなくて、最近ハマってるんだよね、暇な時にヘッドホン付けるの。
にしても今日の尊命は機嫌がいいな。
金曜日に学校で会った時はこれといって変では無かったというのに。
いや、前から少々おかしかったけど。
なんなら僕も言えた立場じゃないんだけど。
ほんと、何があったんだ……。
それにしても、以前尊命の言っていたケアマネージャーはホトさんの事だったのか。
尊命程では無いにせよ、僕もその腕前に感激するばかりだ。
あんなに(主に尊命の所為で)精神を病んでしまったズラをこんなに元通り(?)にしてしまうとは。
尊命の奇声も収まっただろうと頃合いを見計らってヘッドホンを外すと、丁度ホトさんとズゥラ―が会話をしていた。
「それじゃあお姉様、わたしを【神奈ヶ山】まで連れて行って下さいませ。そこまで行けば、わたしも帰れますから」
「だからそのお姉様って呼ぶの止めて下さいって。私はただのケアマネージャーですから」
「いっつもホトさんはお姉様呼びされてますよね。それだけ人からも【怪異】からも好かれる、優しい人ってことですね!」
「私個人としては、あまりお姉様呼びは好ましく無いんですがね……じゃあ、三人で御留守番頼みましたよ」
ちなむと今日、軍はお休みとの事である。
どうやら体調不良らしく、此処にいないのは相当珍しい事のようだ。
……あの子、年下だよな?
つまり普段から学校行ってないって事になるけど、義務教育はどうなってるんだ?
金田一さん・朝霞さんの二人は所要ーーおそらくは依頼解決に出向いていると思われる。
「ん?ホトちゃん、俺含めて四人の間違いじゃ無いッスか?」
イッキュウさんが指摘をする。
僕も丁度それが気になっていた。
さっきから三人で御留守番とホトさんは言っているが、今此処には四人居る計算となるわけで……。
「何言ってるんですか?イッ君は私の付き添いをするんですよ?」
「まさかの強制!!え?何でスか?わざわざ俺、行く必要無いッスよね?」
「行く必要ありますよ。だって私、道分かんないですし」
「は?何フザけた事吐かしてんスか?ホトちゃん、かれこれ二年程度を俺らとこの市で生活してるじゃないッスか。まして【神奈ヶ山】なんて何度訪れたかすら数え切れないッスよ?なのに道分かんないとか訳分からん事言うんスね。いや、本当に道分かんないとしても看板なりスマホのマップなりを活用すれば余裕ッスよ、普通は」
「と言われても困るんですよねぇ。だって普通じゃないですから。私が極度の方向音痴だってイッ君も知ってますよね?」
「えぇ、知ってますとも、誰よりも。でも、流石にこの程度は……」
「もしかして私の事舐めてます?残念ながら私、イッ君の思うこの程度でも迷う自信ありますよ!」
「なんでドヤ顔なんスか。そこ、誇るとこじゃないッスよ」
「道に迷って隣の市内を彷徨いているところを警察に保護され、イッ君が迎えに来る……そんなビジョンが既に私の中で構築されてますが?」
「もう迷う前提なんスね……分かったッスよ、えぇ、分かりましたとも。付行てきゃいいんでしょう、付いて行きゃあ。てことでみことちゃん、はるま君、いつき……区別したいけどパッと思いつかないんで呼び捨てにするッスねーー三人仲良く御留守番を頼むッス!!」
そう言い残してイッキュウさんは勢い良く事務所を飛び出して行った。
「じゃあ、宜しくお願いしますね」
「あぁ、わたしの麗しきまんまるふわふわボディ……愛おしいわ、世界一……」
イッキュウさんを追いかけるようにしてホトさんと……やたらと水仙チックなキャラに変貌を遂げた毛玉こと桂ズゥラーも事務所を後にした。
そっか……ホトさんだけは比較的まともだと思ってたけど、どうやらそれは気のせいだったようだ。
そうしていよいよ三人だけとなった事務所は静まり返る……事は無かった。
「面白いね、彼ら。やっぱり傍観は楽しいな。ただ俺だけ呼び捨てなのがちょっと癪ではあるけどね」
「ほんと好きだよねぇ、傍観するの。あ、そうだ。ねぇいつき、突然で悪いんだけどさ、どうやったらジ○ジョを全世界のあらゆる生命に広め、流行らせる事が出来ると思う?」
「突然だね、ほんとに。う〜ん……方法としてはまず新の意味の平和を実現させる事かな。今の現状じゃあ地域格差が大きすぎて、世界全体にジョ○ョを知らしめるのは難しいからね。その為にはなるべく争いの無い世界を作らなきゃいけないけど、それは不可能に近い行為だね。唯一の可能性とすれば、共通の敵が現れる事ぐらいだろうね。そうすれば、一致団結して挑むだろうから、少しは平和な世界が築けるかもしれないね。ただ、内部での争いが起こる事もあるだろうから、必ずしも確証がある訳じゃあ無いんだけどもーー」
「いつき、そんなに広い話はしてないから。範囲が大き過ぎて、私追いつけて無いから……ってどうしたの、はるま?そんなに顔、暗くして」
「……悪い」
「え?」
「気持ち悪いんだよ、このフインキがぁ!!」
「門廻君、正確にはフンイキだよ。よく間違われがちだけど、覚えておくと君のお得意のマウント取りの材料になるよ。にしてもそっか、格言好きの君だからてっきり国語力は高いものなんだと勝手に思っていたけど、実は対してーー」
「細かい事なんてどうでもいいだろ!あと、僕はそんなマウント取るようなキャラじゃない!!それに格言好きでは断じて無い!!」
「否定するのは国語苦手扱いされたとこでしょ。格言好きはそのとおりじゃんか。ではるま、何が気持ち悪いって?」
「二人の態度だよ、みことと縊齋の!!特にみこと!!一昨日までは縊齋に対して相当警戒してたのに、一体どうしたんだよ!!前より仲良くなってるじゃないか!!何が起きたらそんなに心許せるんだよ!!」
尊命と縊齋はお互い顔を見合わせて一時の沈黙、そして弾けるようにして笑い出す。
「ふはは!そっか、そっか。そういえば話してなかったね、はるまには。くくっ、そりゃあ、戸惑うよねぇ」
「ふふ、じゃあさ、折角だし聞かせてあげようよ、門廻君にも」
「あぁ、そうしよ、そうしよ」
「聞かせるって何を?」
「この一週間で起きた一連の出来事について、さ」
正直に言ってめためた気になる。
この二人の仲が深まったという七日間、用事があるとかで僕に学校の調査を任せていたが、それは関係があるのだろうか。
「じゃ、早速始めてくね!語り部は私、九院坂尊命が担当しま〜す!!」
こうして尊命を主軸とした一つの物語(を語る会)が幕を開けた。




