肆話:なきり外泊 其漆
ー漆ー
「いやぁー、楽しいお泊り会でしたね!皆でワイワイ騒ぎ合って、それぞれの事を深く知って、素晴らしい一日でした!是非、次の機会も参加させていただきたいですね!!」
「主催者が何言ってんだ。いい感じにまとめた風に見せかけるの、止めろよ」
はるあの渾身のボケに鳳翔がツッコむ、恒例行事が早速繰り返されている。
もはやこれすら日常の光景となりつつある、それが私の磐戸なのだ。
夜が明け、新しい朝がやってきました。
今すぐ体操でもしたくなる……そんな朝です。
黒球から星人対峙を依頼されるかもしれない……そんな朝です。
だというのに私、九院坂尊命は正面鳥居の前で、やや眠たそうに目を擦っています。
それもそのはず、あまり夜に眠れてないのだから。
そうして朝の日差しが染みる中、こうしてお泊り会の解散式が行われていた。
とはいっても、わざわざ鳥居前に教壇まで用意し、はるあが淡々と脈絡の無い会話を繰り広げているだけだが。
……ほんとなんでもあるな、この神社。
「あ……そういやさ、あの木の紐、昨日無かったよね?」
そんなこんなで式が進行していると、武良が御神木の違和感に気づいたようだ。
彼女の言うように、昨日はあの注連縄は無かった。
だって夜中に私達が……正確には縊齋が縛ったものだから。
「ん?ずっと注連縄巻いてるよ、わたしの御神木は」
「そうだな、【凪切日吉神社】のご神木は前から注連縄を巻いていたはずだな」
はるあが答え、鳳翔が訂正と補足を行う。
その情報だけだと誤りは無いように見えるが、問題点は注連縄が二つ巻いてある事なのだ。
何故、長年この神社に慣れ親しんでいる面々が思い違いを起こしているのか、それには明確な理由がある。
そう、誰かが違いに気づいた時の為、既に対策はしてあるのだ……縊齋が。
原理は知らないが、彼が記憶操作的な事が縊齋には出来るのだそうだ。
……イケメンで洗脳能力持ちなんて、一体何処の最強主人公なんだか。
「さてと……じゃ、解散で!!」
はるあの一言で、それぞれが鳥居を潜って、帰路につく。
「みこと〜、一緒に帰ろっ!」
つつでが私に声を掛ける。
ふじも鳥居の横で私を待っているようだ。
どうせ方角も同じだし、一緒に帰りたい所なんだけど……。
「ごめん、。今日はちょっとーー」
「九院坂さんは俺が連れ帰る予定になってるんだよ。ごめんね、小堤さん」
「ふぇ?……!!?い、いつき君っ!!え!?待って!?嘘!?今、なんて言った!?あれ?私、脳みそ溶けちゃったのかな?みことを連れ帰る?え?つまり二人は付き合って……」
突然割り込んできた縊齋のとんでも発言につつでは混沌に陥る。
そりゃそうなるよね。
この子、縊齋に好意があるみたいだし……バレバレ過ぎだよ、つつで。
本人の目の前でそれでいいんか、あんた。
「縊齋、紛らわしいよ。というかわざとでしょ」
「ごめんごめん。連れ帰るのは俺と門廻君だったね。いやー、悪気は無いんだヨ」
「そこじゃないから。それと不自然に語尾、裏返ってるよ」
私は昨日の一連の出来事の確認をしなくてはならない。
そのためには、今日、帰りながら当事者3人で話し合う必要があると判断したのだ。
「あれ?そういえばはるまは?」
「安倍さん家族に連れてかれたよ。そのうち戻ってくると思う」
幽真はこのお泊り会を通じて、はるあだけでなく安倍一家全体のお気に入りになってしまったらしい。
本人はやや迷惑そうにしていたが、案外まんざらでもないようなので、私が気にする事では無い。
「みこと、早く帰りましょう……あら?つつで、どうしたの?頭でも痛いのかしら」
しびれを切らしたふじが私達の元に近づいてきた。
つつでは未だ混乱しているようで、しゃがんで、頭を抑えて、ぶつぶつと何かを言い続けている。
「あー、何かの勘違いで勝手に暴走しちゃったんだよね、つつで。私、この後用事があって一緒に帰れないから、この子を連れ帰ってくれるとありがたいな」
「ふ〜ん、なるほど。分かりましたわ。ほら、つつで。帰りましょうね」
「う〜う〜」
ふじは私達は交互に見た後、幼児退行したつつでを抱えて、鳥居を潜っていった。
……今の意味深なチラ見はなんだ?
私、何か勘違いされてないか、これ。
さて、幽真が来るまでどうしようか。
縊齋と話す……のは私気まずいし、神社の様子でも眺めていよう。
……ほんと、違うからね。
別に縊齋の事、気にしてるわけじゃないからね!
いや、気にしてはいる。
うん、それは事実。
だけど、私が気にしているのは、彼が本当に味方であるのかどうかであって……。
決して例の占いの件じゃないから!!
二人っきりじゃなかったら私だって話しかけれるもん!!
【凪切日吉神社】は昨日の日中と何一つ変わりが無いように見える。
穏やかなそよ風、仄かに波立つ水面、表情の一つも宿さない石畳。
まるでこの空間だけ時間の流れが違うんじゃないかと錯覚するぐらい、不思議とゆったりとした雰囲気に包まれている。
あの夜の出来事が信じられないぐらいに。
縊齋も何を話すわけでも無く、ただ同じ景色を眺めている。
何を考えているのか分からない、微かな微笑みを顔に浮かべて。
この人が……そうなのか。
私は一人、夜の景色を思い起こした。
「白神縊齋、【金田一心霊探偵事務所】の新人霊能者……つまりは俺が、九院坂さんと同期に当たるって事さ。訳あって隠してたんだけど、疑われてるみたいだったから公開した方が得策かなってね」
彼が予想外の事実を軽いノリで公表したのは、白い布で【怪異】が一通り滅された、その直後だった。
あまりに唐突に、さぞ当たり前の事のように話す彼の姿に、私達は呆然と立ち尽くす他無かった。
「ん?おかしいな……二人共もっと反応してくれると思ったんだけどな。うわー、まじかー、驚いたー……てっきり、それぐらいのビックリマークを浮かべてくれると期待してたんだけど……」
「いくら僕でもそんな棒読みの驚き方はしないよ」
「はるま、違う。反応するのそっちじゃないから」
どんどん私の中の縊齋のキャラが分からなくなってくる。
イケメン秀才から少しお調子者の面をチラ見せして、挙句の果てに感性がズレてる人とは……。
縊齋は一体何処を目指しているんだ?
「……じゃあさ、なんで今まで隠してたの?」
未だに訝しみはあるけれども、こうして助けてくれたのも事実。
一旦は彼の言う事を信じて、その理由を問うべきだろう。
「だって、サプライズだからさ」
「はい?」
「人はサプライズが好きだって聞いたからさ、どうせなら後から俺がCOする事で九院坂さんに驚いてもらおう、ってね。まぁ、ほんとならもうちょっと後に、もっと面白い場面でCOさせてもらえるように更輔さんに頼んでたんだけど……今回は俺も傍観してちゃ駄目だなって」
「……もしかして私の事、金田一さんから聞いてたの?」
「うん」
「じゃあ私と親しくなったのもそのサプライズの為?」
「そうだよ」
「……まさか僕達に席を貸し出してくれたのもつまりはーー」
「いや、それは違うよ」
「あ、うん。知ってた。なんか、ごめんな」
それなりに重大な伏線回収の場面でも、まーたお猿さん話を掘り返すんですね、幽真さん。
身内ネタは後で二人で勝手に済ませてください。
少し話は逸れたけど、まさか縊齋が例の【霊能】関係者でその上味方だったなんて。
それもこれもサプライズの為だったなんて。
この人、今度は天然キャラにでも成りたいのか?
「……さてと、一通り説明もし終えたね。そろそろ今回の事件の内容に触れてもいいかな?」
「さっきのクワガタ大量発生の原因って事か」
「流石は【祓い屋】歴の長い門廻君だ。理解が早いね、助かるよ」
そうだった……縊齋ワールドに飲み込まれて忘れてたけど、今はあのハサミの【怪異】群大発生の解決編だった。
とはいっても、もう【怪異】も湧いてこないし、問題無い気がするけどな。
「いーや、油断は大敵さ。なにせ、俺は根本までは片付けて無いからね」
「さり気なく心の中読まないで……て待て待て。何で私の考えてる事分かったの?」
「俺、第三眼を持ってるんだ……ていうのは嘘で、単純に九院坂さんならそう考えるだろうなー、って当てずっぽうに言ってみただけだよ」
「種明かしまでの間が少なすぎ。ギャグセンス58点」
「うーん、手厳しいなぁ」
「なぁ、僕は一体何を見せられてるんだ?それと厳しいとかいう割には案外点数高くないか?」
私と縊齋の突発コントショーにあの幽真も戸惑うしか無いようだ。
実の話、私自身も戸惑ってる。
だって、縊齋とのコント、今回が初めてだよ?
なんで縊齋は私のペースに合わせれるの?
一周廻って何もかもが怖いよ。
「俺は傍観が趣味だからね。見切った相手に合わせるぐらいは容易いよ」
「だから心読んでくるの止めて。で、根本がどうしたの?」
話の方向がズレにズレまくっていたので軌道修正。
縊齋が言うように、根本をどうにかしない限りはまたクワガタが這い出てくる可能性がある。
でも確か根本って……。
「根本への対処って事はあの御神木をどうにかするって事だよね。それって僕らに出来る事なのかな?」
幽真の疑問の通りなのだ。
【怪異】の発生源は恐らくあの御神木、つまり出来る対処はそれこそ伐採程度。
私達のような下位の【霊能者】に実行する権利等あるはずが無い。
一体、縊齋は何をしたいんだ?
「……そもそもさ、あの【怪異】はどうして生まれたんだと思う?」
質問を質問で返しちゃったよ、この人。
平穏を望む人に怒られちゃうよ。
縊齋がしたい事はよく分からないが、彼なりの順序があるのだろう。
「それは御神木が信仰なり感情なりを集めていたからで……」
「その理論だと、御神木よりも本殿の方が条件が揃ってる事になるね。他にもこの神社の境内には八百万の信仰場があるんだから、わざわざ御神木から湧き出る必要は無いはずだよ」
「確かに……」
じゃあ、御神木から【怪異】が現れた理由は……?
「物事には順序がある。『火の無い所に煙は立たず』、『打たぬ鐘は鳴らぬ』。それは【霊能】も同じ事。理由無き所に【忌み付け】は成り立たない。じゃあ、この神社の中でこの御神木だけに残る特徴、それが今回の答えとなるんじゃないかな?」
「……なるほど。僕は分かったぞ」
少し考えるような仕草を取った後、幽真はそう返事をした。
「流石は戦闘は役立たずだけど推理力はピカイチの門廻君だね。さて、その答えは?」
「なんで突然ディスったのか甚だ疑問だけど、一旦置いておくとして……重要なのは、此処が縁結びの神を祀っているって事だよな?」
「良い点突いてるよ。それで、それで?」
「当たってるみたいだな。よし、ならみことにも分かりやすいように解説していくか」
「あのう、変に気遣いされると余計に悲しいんですが。ただでさえ一人取り残されてるのに、理解の遅い人だって思われてるようで……」
「まぁ、事実だからな」
「そうだね。実際九院坂さんだけ分かってないからね」
辛辣だな、この二人。
はいはい、そうですよ。
どーせ、私は丁寧に教えてもらわないと理解出来ないような、頭の堅い女ですよ、えぇ。
「結論から言うとな、縁結びは縁切りなんだよ」
「えっと……それはどういう意味で?」
「そのまんまさ。良縁を結ぶって行為は裏返すと悪縁を断ち切る事になるんだ。だから、大体の縁結びの神社は縁切り神社としても機能しているのさ。それと御神木を絡めると一つの可能性が浮かび上がってくるはずだ。ほら、言吏の語った事を思い出して」
「あっ!丑の刻参り!!」
言吏は金属の音が夜な夜な聞こえると言う噂を語っていた。
縁切りの呪詛、丑の刻参り。
藁人形に釘を差し、悪縁を断ち切りを神に願う儀式。
今考えると、この御神木には沢山の穴が空いていた。
夜に境内には鉄の音が響いていたというが、それは釘を打ち込む音と考えられる。
これらの証拠から、この場で丑の刻参りが行われていた可能性が非常に高い。
「……つまりこの御神木は、負の感情の溜まり場になっていた?」
「その可能性が高いだろうね」
そういえば、あのクワガタもハサミが主軸となっていた。
この神社は昔から縁結び、そして縁切りの神社として信仰されてきたのだろう。
だからこそ、縁を断ち切る象徴のハサミが紋章として使われてきたんだ。
「恐らくだけど、長い間溜まりに溜まった感情がこの機会に一斉に【怪異】化しちゃったんだろうね。今は落ち着いているけど、またいつ溢れ出すか分かったもんじゃないだろう……だけど、幸いにも俺が居る。御神木そのものーー根源に対処が出来ないのなら、蛇口を塞いでしまえばいい、それだけさ」
淡々とした口調で状況の整理をした後、縊齋はパチンッと指を鳴らす。
その瞬間、彼の服のあらゆる所から白い布が一人でに飛び出してきた。
見渡す限りの布、布、布。
それらはあっという間に御神木に絡みつき、一つの大きな注連縄を作り出した。
「俺の【霊能】は『衣類を操り対象を縛り付ける』事に特化してるんだよね。だから一先ずは【怪異】の発生を封じる事も出来る。まぁ、あくまで臨時措置だから、後でその道のプロの人に縛り直してもらう必要はあるだろうけどね。さて、一旦はこれで終わりかな。二人共、お疲れ様!!」
無駄の字一つも無い早業。
私達が何をするわけでも無く、彼の手一つで全ての事が解決されてしまった。
「そうだ、最後に二人には左藤君を部屋まで運ぶのを頼んでもいいかな。俺は今のうちに安倍さん達の記憶を改竄しとくから」
呆然と突っ立ている私達に縊齋はそう言う。
なんか、物騒なワードが飛び出してたけど、今はそれを気にする時間じゃないだろう。
一々反応してたらキリ無いし。
完全に存在を忘れていたツバサを地面から持ち上げ、私は背負う。
こう見えても私、それなりに筋肉はあるのでね。
この程度なら楽勝だよ!
「……なぁ縊齋、どうして【怪異】は今日湧いたんだ?よりにもよって僕達の前で現れるなんて偶然ありえないと思うんだけど」
御神木を見つめて立ち尽くしていた幽真が問いかける。
言われてみれば、クワガタの発生原因は定かになったが、あの瞬間に溢れ出した理由は解明出来ていない。
「……世の中、何が起こるか分からないからね。たまたまだっておかしくは無いさ」
「うーん、そうなのかな?僕はその理由も解き明かすべきだとーー」
縊齋は幽真の返事を待たずして、母屋の方角に姿を消した。
残された私達は、変わらず美しい月に、ただただ照らされるばかり。
あの意味深な間と回答はなんだったのだろうと考えてみるが、答えが出るはずも無い。
やがて私達は指定された役割をこなし、夜の戦いは幕を閉じた。
……なんか縊齋に良いとこどりされてない?




