参話:学園はるま譚 其参
ー参ー
「はぁ!?はるま、てめぇ妹と風呂に入ったのか!ざけんなよ!羨ましいな、それ!!」
「猿、お前は勘違いしてるみたいだが、僕は妹を色目で見ていない。それに下の妹なら愛おしく思うが、上は話が別だ。あれはあくまで仲の良い友人感覚であって、正直一緒に風呂はいるのがうっとおしかったよ」
「ひでぇ事言うなよ、てめぇ!!女の子を邪険に扱うヤツはモテないぜ!!」
「……ヒデヤス君も人の事言えないと思うけど」
「右に同じく。猿のような紳士の欠片も無い人間が他人から好かれることはそう無いだろうな。まず、妹に対する恋愛的感情は民法734条に反する結果へ繋がる可能性を持つ。つまりはハルの考え方が正義であり、猿の考え方は悪だと言えるだろう」
「けっ!てめぇらほんと連れねぇなぁ!!」
3度目の登校日、爽やかな春の空の下、僕は学校でクラスの友人たちと会話をしていた。
「規則なりなんなりに縛られてちゃ、生きるのも楽しくないぜ!!もっとぱぁーと、気楽に生きようや!!ぜってぇーその方がいいって!!」
この口うるさい男は徳富秀康、渾名は猿。
良い意味では賑やか、悪い意味ではお調子者の男子生徒だ。
まさに思春期男子真っ盛りの人物で、やたらと色物話を持ち上げてくる。
まぁ、話してて楽しいし、決して悪いヤツではない。
「何?規則を破るというのか?それは許され難いな。猿、お前がそのつもりなら俺は正義の為にお前を正す必要がある」
「あー、てめぇはいちいち細けぇーなぁ!!別に俺がルールブレイカーになるつもりはねぇよ!場合によっては多少破っちまう時があってもいいだろ、ってことよ!!」
「ほう、多少なら許されると思っているのか」
「まさよし、厳しすぎだ。猿に圧かけても無駄だって分かってるだろ」
「そうだね、セイギ君はちょっと善悪の観念に囚われすぎてるよ。君の性格なのはよく分かるけど、あまり厳しすぎもどうかと思うな」
「む?そうか?俺は父上よりは緩い方だと思っていたんだが……以後気をつけるとしよう」
この堅苦しい口調と独特の正義感を持ち合わせる男は但野正義。
親族に警察官や弁護士といった法律に関わる職業が多く、本人もその影響を存分に受けている。
主張が強すぎる一点を除けば人柄も良く、慣れれば接しやすい人物だ。
ちなみにこのクラスのイケメン5の一人。
「あははは……皆癖が強いなぁ。僕も皆みたいに自分なりの特徴を持ってみたいなぁ」
「止めとけ、カナタ。君だけは頼むからそのままで居てくれ」
「ハルに同意。カナタ君はその普通さが素晴らしいのだから。誰にも染まらずに居るのが一番だ」
「そーだな!かなたそは平凡が個性だ!!」
「なんでだろう……バカにしてるように感じるな、ヒデヤスだけ」
この一番まともであまり目立たない男は多中哉汰。
このクラスの中でも普通の二文字が似合う生徒だ。
本人はそれに悩んでいるようだ。
以上3名がこのクラスでの僕の友人だ。
当然他の人とも話すが、この4人で集まる事が多い。
ちなみに、僕は彼らを始めとしたクラスメイトからテンションの高低差の激しい人だと認識されているようだ。
何故そう思われたかは疑問しかない。
「そういえばさ、ハル君ってミコトちゃんと仲いいよね。どういう関係なの?」
椅子に座っている哉汰から問われる。
僕らが集まるのは基本哉汰の席周辺だ。
「はぁ!?てめぇ、彼女居たのかよ!!ずりぃー!!俺も彼女欲しぃー!!」
案の定秀康が突っかかってくる。
ちなみにこの猿、隣の机に腰掛けている。
その机は白神縊齋という男子生徒のものだが、この男は悪びれもなく座っているのである。
僕やまさよしが注意をしたが話を聞かず、縊齋が承諾した為、そのまま机に座り続ける事となった。
「いや、付き合ってないから。以前磐戸に居た時からの知り合いでさ、今はあの子の誘いで同じアルバイトをしてるんだ。よく会話してるのはそのバイトの話さ」
多少嘘を混ぜたが、大筋は間違っていない。
「へぇ、そうなんだ……何処でアルバイトしてるの?」
「カナタ君、先程からハルへの質問が止まらないようだが、一体どうしたんだね?いつもなら積極的に話などしないで傍観しているではないか」
哉汰の質問ラッシュにまさよしが釘を刺す。
ちなみに正義感の強いまさよしは直立姿勢で立っている。
「あー、かなたそ、恋してるんだな!!分かるぜ、その気持ち!!やっぱ女子って最高だよな!!」
「あはは、恋とまではいかないけど、気になってるのは事実だね。今度話しかけてみようって思ってたからよく知ってそうなハル君にどんな子なのか尋ねたんだよ」
「そういうことか。そうだな……一言で言うと話しやすい。明るくて気さくで、所謂活発系女子。漫画ネタとか好きみたいだから、ある程度有名所は抑えといた方がいいかも」
「うむ、概ねそのとおりだな。ただ一つ、距離感が近すぎるから注意してかかった方がいいだろう。ハルのようなその場に染まりやすい人間ならまだしも、カナタ君のようなタイプは始めは慣れにくいかもしれん」
「んー?セイギはあの……ミコトっつう子と会話したことあんだなぁ」
「あぁ。クラスメイト全員とは初日で既に挨拶を済ませてある。結果として俺と一定の仲を持ったのは君達や彼女、その他数名だけだ。残りは何故だか俺にあまり良い印象を抱いていないようだな」
うん、でしょうね。
まさよしは口調や性格面で距離置かれちゃうタイプだからな。
にしても流石みこと、まさよしとも仲を持てるとは……。
あのコミュ力は恐れ多いな。
「あっはっはー、てめぇはほんま面白れぇヤツだな、セイギ!!そりゃ、見知らぬヤツにいきなり話しかけられたらビビっちまうし、お前の性格じゃ仲良くするのは普通はキツいぜ!特に女の子は警戒が一層厳しいからな!てめぇじゃあ突破出来ないわな!!」
……猿のヤツ言いやがった。
そこはもうちょっと濁して言うとこなのにはっきり言いやがった。
事実だとしても言って良いことと悪いことがある。
「ふむ、猿よ。その言い草はマナーがなっていないのではないか?俺が言われるのは一向に構わないが、その行為をこれからも続ける可能性を踏まえると正しい在り方を教えるべきと見做す。その前に問おう。猿、お前に過ちを認め、悔い改める事が出来るか?回答次第では諭す必要が無くなるのだが……」
「そーゆうとこだぜ、セイギ、てめぇの問題はよ!!お前の方が悔い改めたらどうだ?」
「ほう、喧嘩腰だな。残念だ、猿なら治せると思っていたのだが。ならば、俺の正義を貫くため、お前に人との付き合い方のマナーを徹底的に指南するとしよう」
面倒くさい展開となってしまった。
天然煽り中の秀康と、正しき事がモットーのまさよしは、はっきり言って相性最悪だ。
この主張のすれ違いの流れは3日間の間に何度も繰り返されている。
その上、二人共なかなか引き下がらない為、何分もまさよしの独学論の語りがいつまでも続く結果となっているのだ。
「ハル君、どうする?」
「まぁ、ほっとこう。僕らに出来るのは猿が立ち去ろうとするのを妨害するくらいだ。せめてまさよしが周りから白い目で見られなければそれで良いだろ」
「だね。はぁ、またこのちぐはぐやり取り聞かなきゃいけないのか……」
そんな落胆と諦めに堕ちた僕らに、思わぬ救いの手が差し伸べられたのである。
「ちょっと、男子!!うっさいんだけど!!もうちょっと静かにしてくれない!?」
よく学校ものの作品で使われる台詞、それがクラスの女子から飛び出したのである。
「折角皆で『ショウコ様の最新の歌ってみた』聞いてるのに、あんたらがうるさいせいでぜっんぜん聞こえないんだけど!!」
彼女は江蒲乱丸、男っぽい名前であるが正真正銘の女子生徒である。
彼女の言う『ショウコ様』は最近Wetubeで人気の歌い手である。
その最新曲を聞いていたと言っているが、校則ではネット関連物品は使用禁止だ。
僕らは多少の校則違反は気にも止めないが、一名だけ例外がいる。
「そうか、騒いでしまったのは事実だ。邪魔をした、申し訳ない。しかし、君、この学校の校則第112条ではスマートフォンの使用は禁じられているはずだがーー」
「ツクモさん、迷惑かけてごめんね!次からはなるべく騒ぎすぎないように心がけるよ!」
「おい!カナタ君、何をするんだ!俺は今から彼女に正しい学校生活の基本を教えーーむぐっ!!」
「落ち着け、まさよし。下手にトラブルを起こさないでくれ。決まりも大事だが、それよりも無難に過ごす事がより大切だ」
まさよしだけが嫌われるならまだしも……いやそれも良くないのだが、僕らにまで飛び火をする可能性だってあるのだ。
これ以上トラブルを起こさないでくれ、頼む。
「センキュー、ランちゃん!!こいつの長話聞くの嫌だったからさ、助かったぜ!!」
「はぁ!?別にアンタの為じゃないんだけど!それにランちゃんって気安く呼ばないでよ!話した事すらないのに馴れ馴れし過ぎない?」
話した事無いんかい。
てっきり馴染みのある相手なのかと思ったが、ただの猿の悪乗りだったようだ。
……こいつ見てるとイッキュウさんがどんどん普通に見えてくる。
「ラン、さっきから態度悪いよ。ごめんね、うちのランがうるさくしちゃって」
乱丸をしかりつけたのは赤碕氷佑、このクラスの委員長だ。
「ちょっと氷佑、うるさくしたのはあっちの方で……」
「私達だって歌を聞いている時点で周りにある程度の迷惑を掛けてるのよ。結局どっちもどっちなんだから、そんな騒がなくたっていいじゃない」
「そうそう、みんなで仲良くするのが一番だよー!そう思うよね?男子諸君?」
そう僕らに同意を求めてきたのは安倍晴明、人気者の女子である。
その小柄な身体と人懐っこい性格は男女問わず好評なのだ。
「そうだな、やっぱ仲良くするのが一番だな」
こちらの問題児二人が変な行動を取る前に同調をしておく。
「おぉ、よく分かってるね。君、名前なんだっけ?」
「門廻幽真だけど」
「せと……はるま……何か私達名前似てるね!!」
確かに「せとはるま」と「あべはるあ」なので近いっちゃあ近いけども……。
「ってことで君は今日から私の盟友ってことで!いいよね?」
「あ、うん……まぁいいけども……」
「やったぁ!!ありがと!!盟友ハル、最高!!」
別に呼ばれるのは構わないんだけど、何か距離感が掴めないな、この子。
尊命は自然に馴染みやすい感じだったのに比べて、ちょっと強引すぎるというか……。
現在、はるあは僕の手を無理やり掴んで振り回している最中である。
「はるあ、せと君が困ってるよ。迫り方が強引すぎーー」
「まーまー、いいじゃんか。あの感じがハルアらしいっていうかさ。コトリにとっては見てるだけで癒されるし、凄く好きなんだけどなぁ。ヒユも寛容になろ?説教ばかりじゃ楽しくないよ」
委員長を諭すのは小鳥遊言吏、よくはるあとつるんでいる女子生徒だ。
「まぁ、それもそうなんだけど……」
「みんな、仲良く、だよね?」
「そう……ですね。委員長として良いクラスを作ることばかりに囚われていたみたい。これからはもっと寛容になるよ」
「うんうん、それが一番だよ」
言吏は言葉選びが上手でこのような言いくるめが得意なようだ。
僕にもそれぐらいの技能があれば、猿でも管理出来るのに……。
ちなみに、僕の手はまだはるあに振り回され続けている。
「セイギ、説教ばかりじゃあ楽しくない、ってさ!みんな、仲良く、出来るよなぁ!?」
「うぬぬ……その通りだ。俺も自重した方が良いようだな」
言吏の言葉を利用した秀康によってまさよしが言いくるめられた。
この猿、案外器用なのである。
まぁ、正直の話、自重すべきは猿の方なんだが……。
「はぁ、なんか悪かったわね。あたしだってうるさくしていたのにそっちに当たっちゃって」
言吏の言葉は他の人にも響いていたようだ。
乱丸はまさよしと猿に謝罪をする。
「こちらこそ済まなかった。邪魔をしただけで無く、説教まで行おうとしてしまった。以後自重させてもらう」
「俺は最初からありがてぇとしか思ってねぇけどな!!ま、その謝罪は受けとっとくわ!!」
「アンタら……」
「大した事では無いのに感動的展開を繰り広げているところで水を差すようで悪いのですが、乱丸さん、そのスマホは貴方のですか?」
いつの間にか僕らの目の前に先生が居た。
担任の一条守先生である。
普段から丁寧な言葉遣いを欠かせない人だが、常にどこか気だるげな感じを漂わせる、そんな人だ。
先生が来たからか、はるあも僕の手を振って遊ぶのを止めたようだ。
「あ……えと……そ、そうです……」
「乱丸さん、後で職員室に来て下さい。朝のホームルームを始めます。皆さん、席に着いて」
案の定呼び出しを食らった。
乱丸の言葉に表せない悲鳴をSEに、皆がそれぞれ自分の席に向かう。
先程まで仲良く会話をしていたというのに、誰も乱丸を慰めたりはしない。
下手に行動して巻き添えを食らうのは誰もが避けたいことだろう。
そもそも自己責任なので文句は言えまい。
すまない乱丸、僕らの犠牲になってくれ。
「ランちゃんどうしたのかな?はるま、何か知ってる?」
席に着くと隣から話しかけられる。
例のコミュ力お化けの尊命である。
「まぁ、知ってるけど……後で話すよ。巻き込まれたくないし」
「んぬぬ?巻き込まれたくない?何が何だか分からないけど了解。ホームルーム受けよっか」
クラスメイト33名もあっという間に集まり、すべての席が埋まる。
「それでは、まずは朝の挨拶からーー」
キーンコーンカーンコーン、学校お馴染みのチャイムと共に朝のホームルームが始まる……はずだった。
三日目の安定してきた学校生活を乱したのは、クラスの外から聞こえてきた悲鳴だった。
「きゃああぁぁぁっ!!」
「おい!!誰か、救急車呼べって!!」
どうやらこの声は隣のB組からのものらしい。
人間とは興味深い出来事に群がるものである。
この異変に対し、僕も含めたC組全員が野次馬根性を抱いたのだ。
「ちょっと、押さないでよ!!」
「邪魔だって!!見えねぇって!!」
「痛っ!?おい、誰だよ!!足踏んだ奴!!」
先生の静止を促す声が聞こえないほどに両側の入り口前が渋滞を起こしていた。
かくいう僕もその波に呑まれていた。
はぁ、これじゃ何が起こってるのかも分からないな。
見に行こうとしなきゃ良かった、そんな後悔の中……僕は気配を感じ取った。
僕と誰かがぶつかった瞬間に感じたこの感覚……間違いない、霊力だ!
一瞬尊命の霊力かとも考えたがやはり違う。
尊命のはもっと滑らかで、この霊気は鋭い、そんな風に思う。
それに……強い。
尊命やその他の霊能者の方々よりもずっと。
この霊気、もしかして……。
僕は気が付くと一人になっていた。
皆が渋滞を抜けたらしく、立ち止まって考えていた僕だけが残されたのだ。
はっとして相手の正体を探そうとした……が既に対象の霊気は消えていた。
いつもなら相手の追跡ぐらい簡単だが、こいつは……。
「……朝霞さんと同じタイプか」
そう、こいつは気配を隠すのが上手いのだ。
見つけ出すには直接触れるぐらいしか無いだろう。
そして、状況証拠が指し示すことは……。
「クラスメイトの中に、霊能関係者が……居るっていうのか?」
信じられない現実の中に、僕は一人で取り残されていた。
今日の空は青晴れ、しかし僕の周りには春霞のような、どんよりとした空気が覆いつくしていた。




