第83話「口頭弁論」
これはノリノリで描きました
感想ください|ू•ω•)チラッ
「お口に合うか分かりませんけど……」
おずおずとした口調でダイニングに作った料理を並べていく桜花。翔も桜花と同じように食卓へと皿を並べていく。
喧嘩目前まで行っていたはずの梓と修斗は一応、敵意を宥めるところまでは矛を収めたらしく、桜花の料理に素直な感嘆の声を漏らした。
「これ桜花ちゃんが作ったの?凄いわ」
「翔くんにも手伝ってもらいました」
「油で揚げただけだけど」
翔はそう言って自分の席へと腰を下ろした。四人が座れるテーブルで、隣には桜花が居り、向かい側には修斗、右斜め前には梓が座っている。
いただきます、と口々に合掌してから、箸を持った。
いつもの光景だが、どこか気まずい。そんな空気だった。
折角、桜花が作ってくれたにも関わらず、これでは美味しさが半減してしまう。食事の場はコミュニケーションの場とも言うらしい。その説を逆説的に考えれば、コミュニケーションが上手くいっていないこの場はあまり宜しくないということだろう。
「少しは話せた?」
「話はしたわ……。でも」
翔が空気を壊そうと声を上げると、梓がすぐさま返した。話すきっかけを待っていたようだ。
「私は一人でも大丈夫だから」
修斗はまだ折れていないらしい。だが、それでも口調は先程よりも随分と穏やかで、申し訳なさそうなため、梓との会話を通して揺らめき出した事がみてとれる。
ここは畳み掛けてしまおう。
翔はちらりと桜花に視線を送る。桜花が小さく頷くのを確認してから、翔は大きく深呼吸をする。
「父さんはどうして結婚したんだ?」
「どうした急に」
「いや……。一人でも大丈夫って言ったから」
一人でも大丈夫なら苗字を変えて同棲して暮らす必要はなかったはずだ。そこに恋や愛はあったはずだが、少し怒っている翔はそれは頭になかった。
結婚はお互いが支え合うことで成り立つことだと思っている翔には「一人でも大丈夫」という言葉が冷たく聞こえて嫌だった。
「梓が好きだから結婚した。その事に嘘偽りはないよ。だけど、梓と同じくらいに翔や桜花も大事なんだよ」
「大事なのはわかってるよ。ありがたいとも思ってる。でも……僕達よりも母さんを優先して欲しい」
「翔……」
梓がぼそりと名前を呼ぶ。
修斗は翔の言葉を真正面から受止める。
「だけど、未成年のふたりだけを残す訳にも……」
「高校生だしそこまで外れたことはしないよ」
翔が間髪入れることなく返し、修斗はむっと口を噤んだ。
そして、今まで話すことのなかった桜花が口を開いた。
「どうですか、美味しいですか?」
「美味しいよ」
修斗は疑問符を浮かべながらも桜花の料理を褒めた。
「ありがとうございます。ですが美味しいのはきっと私の料理が上手いからではなく、好きな人と食べられるからだと思うのです」
「桜花……」
「頬についたご飯粒にさえ気付くことなく食べてくれる人がいるから美味しいのでしょう」
桜花は翔の頬についていたご飯粒を指でとって、自分の口へと運んだ。そして、美味しそうに微笑む姿に翔は恥ずかしいやらむず痒いやらで全身が熱くなる。
「これは料理に限った話では無いと思います。何事も好きな人が傍にいるなら、何も考えることなく全力で頑張れる。乗り越えていける気がします」
「父さん、母さんが好きならアメリカに母さんも連れて行ってやってくれ。僕達のことは気にしなくていい」
「翔」
「きっと僕一人なら母さんは残って、父さんは単身赴任になったかもしれないけど、桜花がいるから大丈夫だ」
先程のお返しだとばかりに朱に染まっている桜花の頭を撫でる。
一人よりも二人の方が楽しいに決まっている。それが好きな人ならば尚更だ。一分一秒が愛おしい。
好きな事を一緒にやって、笑いあって、時には慰めあって、時には怒って、落ち込んで、それでも仲直りして、より好きになって。
「好きな人と居ることが一番いいだろ?」
翔がそう言うと修斗はしばらくしてから笑った。それも豪快に。
「あの翔がそこまで言うか!なぁ梓」
「ダメよ修斗さん。あの子は自分の言葉が何を意味するか分かってないから」
小声で言い合うふたりに翔は訝しげな目を向ける。折角言い切ったのに、これでは何か煮え切らない。
「何を言い合っているんだ……?」
「あうあう……」
気にはなかったが、聞こえないので分からない。
修斗はしとしきり笑ったあと、真剣な顔付きで梓の方を向いた。
「梓。アメリカに一緒に来てくれ」
「荷物の準備をしないといけないわね」
無事にアメリカに行くことが決まった梓ははしゃぐようにして喜ぶ。
「翔もこの家を頼んだぞ」
「任された」
「修斗さん!」
梓が抑えきれなくなったらしく、修斗に抱きつく。
それを満足気に眺めていると隣から弱々しい拳が飛んできた。
飛んできた方を向くと、桜花が全身を真っ赤に染めて「あうあう」と声にならない声を発している。
「大丈夫か?」
「……翔くんのばか」
「何でだよ」
ぽこぽこ、と両手で叩かれて翔は首を傾げるしかなかった。




