第77話「王子様とお姫様」
あれよあれよと気付けば、本来立ち入り禁止のはずの城の上部まで来て、パイプ椅子に座らされていた。
「私は黒川と申します」
先程、声をかけてきた女性が黒川、と名乗った。一応、ここまで来る際に概要は伝えられていたが、急な事過ぎて頭に残っていない。右から左へと流れていっていた。
「僕は響谷翔です。こちらが双葉桜花」
「よろしくお願いします」
ぺこり、と揃って頭を下げる。
顔を上げると、黒川も頭を下げていた。
「あの……もう一度、説明してもらってもいいですか?」
「そうですよね。急な事で、理解できるものも難しいですよね」
理解できるものではない、ではなく、理解したくない内容が聞こえたので確認をしておきたい、というのが本心だった。
こほん、と一つ咳払いをしたあと、黒川はゆっくりと話し始めた。
「実は今日のパレードのクライマックスを王子様とお姫様で飾ろうと計画されていたのですが、その配役の方が急遽来られなくなったと連絡を頂き……」
「お二人ともですか?」
「いえ、王子役は居ます」
桜花の問いに即座に答えるあたり、中々のキャリアウーマンだと言えた。
一端の人だとこうはいかない。
それなりの上役で現場監督に近い立場の人なのだろう、と翔は勝手に予想した。
「それで、頼み、というのは?」
「双葉さんに姫役として出演していただきたいのです」
薄々感じていたことではあったので、大袈裟に驚きはしなかったが、ここまで目をつけられるのか、と少し呆れが入っていた。
桜花は入場してからも人目を惹き付けており、芸能人と間違えられても不思議ではない。だが、それはそれとしても配役を頼みに来るまでとは全く予想していなかった。
翔が桜花を見やると桜花は何やら悩んでいた。
「もし承諾した場合、私は何をするのでしょうか」
「城から手を振っていただき、その後、王子様によって、手の甲にキスをされるだけです」
「キス」
キスは「されるだけ」で終われるようなものでは無いと思うのだが、大人は違うのだろう。翔は咄嗟に漏れ出てしまった口を塞ぐように両手で表したが手遅れだった。
「勿論、メイク担当は選りすぐりの人が揃っていますし、ドレスも豪華なものを用意しています。最大限のバックアップは当然ながらさせていただきます。どうかお願いします」
「う〜ん……」
そちらが頼みに来ている以上、最大限のバックアップは当たり前のことであるし、黒川の言うこと全てが詭弁のように聞こえなくもなかったが、その懇願する様子は紛れもなく本物だった。
桜花もそれに打たれてしまったのだろう。桜花は翔を見てから複雑そうな顔をして承諾の意志を示した。
「私でよければ」
「ありがとうございます!!助かります!」
翔はその表情を気にはなったが、どの意図があるのかまでは分からなかった。
それよりも、桜花の手を取って喜んでいる黒川にふと思う。
心の優しい桜花には断る、という選択をしてしまった場合の事を自分は関係の無いことだ、と割り切れなかったのだろう。
一度話を聞いてしまった物事に関して、手を差し伸べなければ途方に暮れてしまうという絶体絶命のピンチであれば、あまり心の広くない翔だって何かしらの手は貸すだろう。
だが、どうしても胸の中でもやもやが疼く。
何が嫌なのか、何がしたいのか。
翔にも分からないが、どうしてもこのままは嫌だった。だが、嫌だと我儘を通せるほど、翔は子供ではなかった。
セッティングの確認とやらで、桜花は黒川に連れられて奥の控え室へと消えていった。一人残されたのを思うと、やはり初めから目的は桜花だったのか、と思った。
(どうしてこうも上手くいかないんだよ)
例えば、修斗とオセロで勝負した時。
例えば、須藤に一発かましてやった時。
今回もだ。翔が物事をなそうとする時には必ずと言っていいほど弊害が目前に立ち塞がっている。
勝負に負けて、発熱に負けて、今度はタイミングに負けた。
人間万事塞翁が馬、という諺があるらしいが今のところいい事がひとつもない。
翔はひとまず立ち上がった。
ここにいても何もすることがない。だが、桜花が居ない中、下へと降り、一般客として溶け込んだとしてもきっと楽しくは無いだろう。
桜花と共にいるから楽しいと感じ、嬉しいと思うのだ。
そこまで思い至り、翔はふと、もしも桜花が同じことを考えていたら?と発想を飛躍させた。
そして翔は辿り着いた。だが、今のままではそれを達成することは出来ない。何とかして交渉し、承諾させなければならない。
(まぁ、何とかなるだろ)
幼馴染の桜花が周りから姫だと認められたのだ。同じ時を生きてきた翔が王子として認められないはずはない。
隣は物心ついた時から翔の席だ。
(あっ!いた)
翔は通り過ぎていくある一人の青年を見つけた。間違いない。あの人だ。調べた中に載っていた特徴とも一致している。
翔は駆け出して、急いで後を追った。




