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第62話「ち、近いです!!」


 新幹線の滞在時間は大体2時間程でちらりと時計を確認するとあと半分程乗っていなければならないようだ。


 昼食を食べ終えた時は、駅弁の素晴らしさを二人で言い合っていたが、今では何をするでもなくただ座って、ぼーっと時が過ぎるのを待っていた。


 何かを話したいのだが、何を話していいのかが分からない。ぱっと頭に浮かぶのは記憶が新しいものばかりで、それはもうやってしまっている。


 別の何かは無いものか、と翔が頭を唸らせていると、桜花はこの沈黙と微かな揺れに負けたのか隣でこっくりこっくり船を漕いでいた。


(寝たのか……。まぁ旅行はこれからだし気力を蓄える意味ではベストだろう)


 言い訳じみた言葉を心の中で吐く。

 そこに、落胆を感じ、自分の気持ちを抑えようという防衛機制である、抑制が働いていることには気付かない。


 窓にもたれ掛かるようにして静かに眠っている桜花。


 翔もそれに習おうと、ぎゅっと目を瞑ってみるも、全く眠気は襲ってこなかった。隣に眠気を出している人がいるというのに、脳はすっかり興奮してしまったようで眠ることを拒否している。


 翔は元々、昼寝は物心つく時から一切なかったので、いつも通りといえばいつも通りだったのだが、一人で何もすることなく、というのは一人旅にも似た感覚を感じた。


「うぅ……」


 桜花から、寝言と言うには少し呻きに近い声が漏れる。

 どうしてだろう、と悩むまでもなく翔は原因を突止める。


「真っ直ぐ寝ないと……首を痛めるだけだ」


 誰に聞かせるでもない優しい声色だった。

 翔はこのまま何もせず、起きた桜花に「首が痛いです」と言わせたくなかったので、恐る恐る新幹線の窓と桜花の顔の間に手を差し込む。


「ん……」


 ゆっくり優しく丁寧に。

 途中、桜花が起きそうになる声を出したが、何とかなったようだ。


 呼吸も整って、気持ちよさそうに寝ている桜花。

 片や、心音に負けず劣らずの呼吸が乱れている翔。


(普段とは違う感じがする)


 翔はふと、そんなことを思った。

 普段の桜花も今の桜花も根本的に美形な顔立ちで文句の付けようのない正確なのは間違いない。しかし、醸し出す雰囲気が少し変わっているように感じる。


 今の桜花は年相応の女の子、もう少し核心をつくとすれば、緩みきった表情は撫で回したくなるような可愛さがある。例えるとすれば愛玩動物を見た時のような。


 このさらさらな髪を撫で回したいし、ふにふにと柔らかそうな頬をつつきたくなる。


 普段が普段なだけにこうした無防備な状態だと構いたくなってしまう。


(何をやっているんだ、僕は)


 手を伸ばし、触れそうになったその瞬間にはっと我に返り手を引っ込める。


 そんな翔の引力に引かれた訳ではないだろうが。


 こてん、と。


 軽い衝撃が翔の肩を襲った。

 ほとんど分かっていながらも理解できないとばかりにそちらを見やると、先程、窓に身体を預けていたために翔が慎重に慎重を重ねて真っ直ぐにさせた桜花が今度は翔に身体を預けていた。


「マジですか……」


 現実に回答を求めたが、返ってくるのはいっそ、清々しいまでの静寂だった。

 座った状態で眠るのは横になる状態に比べて眠りは浅いと聞く。しかし、その説は個人差があるのか桜花は全く起きる気配がない。


「桜花……桜花さ〜ん」


 他の人の迷惑になるので大きな声では呼べないが、耳元で囁くようにして名前を呼ぶ。


 しかし、反応を示したようにぴくりと動いたり、小さく声を漏らしたりするものの、完全起床とは行かない。


(う〜む)


 だが、はっきり言って窓側に身体を預けていた時と比べて、自分でも驚く程、何とかしなければ、という思いは湧いてこない。むしろ、このままでもいいのではないだろうか、とそんなことまで思ってしまう始末だった。


 翔は心の底が暖かく満たされるのを感じた。何故かは分からない。どの条件でそうなったのかも分からない。

 ただ、現状だけを見て判断するとすれば、翔の心の起伏は少なからず桜花が関係しているということだろう。


 そこまで考えてかぶりを振った。


 そこを深く問い詰めるのは今ではない。もう少し時間に余裕があったり、どんな感情になったとしても大丈夫な日にしなければ。


 翔はすやすやと寝ている桜花に目を細め、優しい視線を送った。


 桜花はその視線を感じた訳では無いだろうがごそっと少し身体を揺らして安寧の位置を探したあと、落ち着いたようでまた動かなくなった。動いているのは寝息だけだ。


(ゲームでもするか)


 翔はあまり気乗りはしなかったが、スマホを取り出し、ゲームのアプリを起動させた。

 一人旅なのか、二人旅なのかよく分からない状況に可笑しくもないのに笑ってしまう。


 ゲームが始まると翔はすっかり集中してしまい、それ以外は眼中になくなっていった。一つの決められたことを極限の集中力で取り組むのは翔の性格の一つだ。


 だが。

 そのせいだからだろうか。


 翔は桜花の頬が上気し、ほんのりと耳が赤くなっていることには気付かなかった。

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