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第59話「満員バスです」


 翔達が乗り込んだバスはもう座席に空きはなく、たっている人も多く居た。


 そんな中、明らかに大荷物を持った若い男女の2人に向けられる目線は、満員でストレスというのも相成って少し棘があった。


 そうは言っても、このバスは精々、近場のバス停をぐるぐる回るローカルバスなので、ゴールデンウィークに満員バスとなるのは分かりきっていることだろう。


 それでも、ここに居るのだからお互いに我慢することは前提として、不躾な視線を向けられるのは翔にとっては本意ではなかった。


「息苦しい」


 視線の意味も兼ねて、呟くと、桜花は表面上の意味だけを捉えたのか、そうですね、とぱたぱた扇ぎながら返した。


「それでも、少しなのでしょう?」

「10分も経たずに駅には着く」

「なら我慢ですよ」


 仕方ありませんよ、と次に聞こえてきそうだった。


 新幹線にさえ、乗り込んでしまえばそれなりのスペースは確立されているし、座席は指定席なので確実に腰を落ち着ける事が出来る。


「10分か……」

「直ぐですよ、10分」

「う〜ん……」


 どうにも煮え切らない翔の返しに桜花が苦笑した。


 10分は短いようで体感時間はとても長い。

 テレビを見ている時の90秒足らずのCMもたまに長いと感じ、ハンターとなってモンスターを狩るゲームでは10分以上をかけると途端に飽きが来てしまう翔には少し厳しい時間だ。


「私とお話でもしましょうか」

「まぁ、それぐらいしかすることが無い」


 ぺし、と肘でつつかれた。

 先程から隣で微妙に服が擦れあってるサラリーマンの視線が特に鋭いものとなったので、軽く頭を下げる。


 頭を上げた時に見たそのサラリーマンの顔は桜花の方を向いていて、我を失っていたので、頭を下げたことが馬鹿らしくなった。


 事の原因の方に恨みかまじく視線を向けると頬をぷく、とふぐのように膨らませてご立腹のご様子だった。


「ハリが出てきそう」

「もしかして、ハリセンボンの事を言っています?」

「まさか……棘?」

「私に尖ったものはついてないです……」


 ここでカルマなら「お?やっと俺が綺麗なバラに見えたか」などと言いそうだが、桜花は会話することを諦めたようだ。


 思ってもいなかったダメージを受けていると、桜花が徐にスマートフォンを取りだした。


 よくある時間潰しか、なら黙っておこうかな、と気を読んで視線を外すと、くいっとシャツの裾を引っ張られた。


「パンフレットを全て持ってくるのは手間でしたので簡易なものですが、まとめてきました」

「手間とは一体……?」


 画面で光っているのは事細やかに書き綴られた今日と明日のスケジュールだった。

 基本は翔と一緒に決めたものだが、所々に桜花が行きたい場所らしいものもメモ程度に書かれていた。


 それを見て表情を伺うも全く気づいた様子はなく、純粋に楽しみだという想いが滲み出ているような表情をしていた。


 翔にとっては自分なりにまとめるという作業が既に手間なのだが、桜花はパンフレットを持ち運ぶ分の重量などを考慮しての「手間」なのだろう。


「凄いな。予定に肉付けしてくれたのか」

「勝手ながら、ですけど」

「いいよいいよ。そっちの方が楽しそうだし」


 翔が予定を決めるとすれば、行きと帰りの手段、宿泊施設の確保が主で、どこに行くか、何をしたいのかは一応は調べてみるものの、細かい時間の指定などはしない。


 自由気ままな旅行になる、といえば聞こえはいいかもしれないが、帰ってきた後に行きたい場所ができた、という場合もありえないことは無いので一長一短の良さがある。


 そんな翔とは真逆の桜花は二人で決めたものに足りない部分を補って自分なりにまとめたらしい。


 翔はもう頭が上がらない思いだった。


「そうですか?なら予備知識があった方がいい場所もあるので、少しお話しておきますね」

「勉強の講座みたいになってるぞ」

「嫌ですか?」

「嫌とは言ってない」


 ただ少し恥ずかしいだけである。

 人前で人に教えてもらうと言うのは塾で基礎の問題を懇切丁寧に教えてもらうよりも恥ずかしいものがある。


 それが同級生、更に女の子、もっと言えば美少女からだと尚更だ。


 勉強が翔よりもずっとできる桜花はよく翔に勉強の仕方のツボなどを講義スタイルで教えている。それが無意識に出てしまったらしい。


 すっかり癖づいてしまっているようだ。


 嫌だ、ときっぱり断ることも出来ず、嬉しそうに話す桜花に色々と諦めて、大人しく講座を受けることにした。


「寝てはいけませんからね」

「失礼な、僕は今まで寝たことないだろう?」

「あれ、そうでしたっけ?」

「……たぶん」


 少し大袈裟な桜花にもしかして、と疑心暗鬼に陥ってしまう。


「そうですよ、まだ一度も寝たことはありません」

「お、脅かすなよ……」


 しかし杞憂に終わったようで何よりだ。

 学校の授業中では明らかに面白くない教師の授業や単元だとすっかりこっくりさんが乗り移ったかのように船を漕ぎ出す翔だが、遅い時間にある桜花からのレッスンは寝たことがないらしい。


「飽きないように持って行ってくれてるからだろうな」

「寝ないことは当たり前ですよ……。私が教える時は起きていられるのですから学校の授業中でもちゃんと起きていてください」

「面白くないと眠くなるんだから仕方ないだろ」


 翔がそう言い返すと桜花が突然黙り込み何やらぶつぶつと考え始めた。


「教師という職業はいい職ですね」


 はっ、と憑き物が落ちたかのようにスッキリとした面持ちで言ってくる桜花に翔はクエスチョンマークが3つほど瞬間的に浮かび上がった。


「面白くないと寝られるんだぞ?」

「自分を棚に上げて……」


 寝ている生徒と話して教師に憧れるとは、と翔は理解しようにもできなかった。


 因みにこっくりさんは乗り移りはしないし寝ることに対する隠語ではない。


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