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第39話「予定を決めましょう」


「予定を決めましょう」

「うん?」


 宿題を済ませ、桜花が淹れてくれたお茶を飲んで一息ついていると、突然そんなことを言い出した。


 しかし直ぐに何の予定なのかは察しがついた。

 ゴールデンウィークに翔はどこかに遊びに行く約束をしていた。そこで行き先は二人で決めることにしたのだが今まで流れてしまっていた。


「予定を決めましょう」

「いや、うん。それはいいんだが」


 決まった返しをしないと進まないゲームのNPCのような桜花に戸惑う。


 随分とぐいぐい来るのが不思議だ。


「何でしょう」

「もう忘れないから、とりあえず落ち着け」

「私は落ち着いています。携帯も持ってきましたし、パソコンもあります」

「準備万端かよ」


 もちろんです、と返しながらパソコンを起動させる桜花にいつもよりも生き急いでいるような感じがしたので、手に持っていた茶を渡した。


「一旦落ち着け、な?」

「あ、ありがとうございます」


 急に目前にでてきたお茶に目を白黒させながらも受け取った。

 翔は桜花が茶を飲むときにようやく、あ、と気付いた。


「ふぅ〜。落ち着きました。……響谷くん?」

「何でもない」


 まだ気づいたのは翔だけ。

 このまま押し通して何事も無かったかのようにするつもりだった。


 翔が渡したのは自分がつい先程まで飲んでいた湯飲み茶碗。落ち着かせることしか考えていなかった翔は関節キスだということまで考えが及ばなかった。


「さて、どこに行きたい?」

「盛大に話題転換された気分です……」


 実際その通りなので苦笑いしかできない。


「まぁまぁ」

「そうですね……。多少遠い方がいいですかね」

「遠いところがいいのか」


 近場で沢山遊ぶものだと勝手に解釈していた翔は少々驚いた。


「遠いところなら……知り合いがいないので……」


 なるほど、と翔は納得した。

 しかし、それは桜花の理由とは全く正反対と言ってもいいほどの理由からだったが。


「遠いところねぇ……。いっそ一泊するか?」

「え?」

「その方が遊べるだろ?」


 先程ので、調子を崩している翔は「一泊」に込められてしまう意味を完全に見失っていた。


 逆に、落ち着いた桜花は直ぐにその結論に行き渡り、刹那、頬を真っ赤に染めて俯いた。


「宿泊するなら温泉が売りのところがいいなぁ」

「温泉」

「なら、ホテルじゃなくて旅館だなぁ」

「旅館」

「ん?双葉、顔が真っ赤だが大丈夫か?」

「大丈夫に……見えますか?」

「悪いが見えないな」

「響谷くんのせいですからね」

「えぇ……」


 翔としてはただ旅行の計画中に想像を少し飛躍させてしまっただけなのだが、桜花は目まで、ぐるぐる回っていた。


 そして、桜花は「もし」と仮定形の冠詞を付けて、


「宿泊するならば……一緒……ですか?」


 大事な部分で言いよどまれて、翔は桜花の言いたいことがいまいちよくわかっていなかった。


 なので、自分なりに解釈を入れた。


「嫌なら別にするが……」

「響谷くんはそれでいいのですか?」


 奇しくも翔の解釈は桜花の意図するものと全く同じだった。一緒に暮らしているのでいまさらなような気がするが、同じ空間で寝るのは初めてなので少し身構えてしまうのも頷けることだ。


 選択肢は翔に渡され、翔はこの変な一押しに悩まされる。


「僕は双葉と楽しみたいから、双葉がいやっているなら止める。けど、いやじゃないっていうなら、一緒に行こう」


 仮定の話で始まったのだがいつの間にか本当の話になっていた。

 決してすり替えられていたとは言わない。


 翔も桜花も羞恥心を度外視し、本音だけを吐露すれば「一緒に旅行に行きたい」という気持ちに偽りがないからだ。


 桜花は覚悟をつけるために大きく息を吐いた。

 翔には否定のため息のように聞こえて少し不安に襲われる。


「……行きますか」

「本当に?」

「そんなに情熱的に誘われては行かない訳には行きません」

「そ、そこまでじゃないから」

「そうですか?」


 くすくす、と肩を揺らす桜花。

 翔をからかって嬉しそうに笑う桜花に翔は見蕩れてしまった。


「どうしましたか?」


 慌てて目を逸らすも頬に残った熱がなかなか消えない。

 翔は無意識に桜花が飲んでおいておいた翔の湯飲み茶碗を手に取って一気に煽った。


「あっ」


 それはどちらの声だったか。

 桜花もすぐの時には目を離していて気づかなかったようで、翔が飲み干してテーブルにことり、と置いた時に目が合った。


 交差した目は二人とも羞恥心を呼び起こした。どちらともが首を思い切り振り切ってそっぽを向こうとしたのはそのためだろう。


「今……」

「僕は何もしていない。そして双葉は何を見ていない。あれは事故じゃなくて幻覚だ」


 とても信じられる催眠ではなかったが、二人しかいないこの状況なので、桜花もこくこくと首を縦に振って肯定を示した。


「さ、さぁ!善は急げですよ、響谷くん」

「うん?あ、あぁ。すぐさま予約だ!」


 どこかぎこちない二人はやはり、幻覚ではないこと示していた。


 そして、翔達はゴールデンウィークに夕日が絶景と口コミされていた天然露天風呂付きのとある旅館を予約し、1泊2日で巡るプランを練り始めるのだった。


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