第38話「比較してください」
「蒼羽くんは本当に……告白する気なのでしょうか」
帰りの電車に乗りこみ、今日はたまたま空席が二人分ほど空いていたのでそこに座っている。
桜花はどこか不安そうに翔へと訊ねた。
「カルマは本気だろうな。ただ僕達としては相手をよく知らないから何とも言えない」
「そうですね」
桜花は深く肯定した。
翔も桜花もクラスメイトと深く関わることがなかったので、名前だけを言われても果たして誰のことを言っているのかは分からない。
カルマに訊ねられたので、仕方なく答えただけであり、本心からとは言い難かった。
「お名前は可愛い方ですね」
「綾瀬蛍って名前だっけ?」
「もう覚えたのですか。響谷くんも少なからず意識はしているようですね」
「何だよ、その遠回しな言い方は。僕だって今日の話題に出る人の名前ぐらいは二、三日程まで覚えてる」
「覚えてるのではなく、記憶の端に引っかかってるでしょう?」
ふふっ、と小さく笑う桜花。
どうにも言葉遊びでは桜花に軍配が上がってしまうようで、翔は何も言えずただ苦虫を噛み潰したような顔をするしか無かった。
「蒼羽くんはきらきら輝いているように見えました」
そんな翔を横目で見て、やっぱり笑を零しながら桜花は羨ましそうに言い切った。
「いつものカルマを見たことがあるような口ぶりだな」
「いつも見てますよ。響谷くんの近くに居るので」
不意打ちの告白にも似た桜花の言葉に翔の心臓が早鐘を打つように鼓動を刻む。
一気に火照り出す頬を急いで冷まそうとするが隣にほぼ密着しているような状態で座っているため、桜花に気付かれてしまった。
「どうしました、暑いですか?」
「いや、別に何ともない……けど」
妙に歯切れの悪い翔に、桜花はまた熱が出たのかと心配したのか手を伸ばしてくる。
「普通に平熱ですね」
「そんなに頻繁に熱が出てたまるか」
払い除けることも出来たが、触れることが気恥ずかしくて躊躇われたのでなされるがままになる。
桜花も熱がないと分かるとすぐに手を膝の上に戻した。いつもの定位置だが変に目で追いかけてしまう。
いつもと違う感じがしている原因は分かっていたがあれだけのことで動揺するなんて、という気持ちも残っていた。
「読書ばかりで周りは見えていないものとばかり……」
「読書していても隣まで来て話し込むのは響谷くん達ではないですか。自然と耳に入ってきますし、顔も多少なりは確認しています」
翔は読書をする時は現実を一切忘れて本の世界に飛び込むので、読み込みながら周りを見るという芸当は出来ない。
桜花の妙に器用な所は素直に羨ましい。
「クラスのほとんどはもう覚えているのか?」
「大体は。ですが基本的に私は自分の机に座っているので遠くの……それこそ蒼羽くんの近くの席の方々は知りませんね」
それならば綾瀬蛍のことを知らなくても頷ける。
「響谷くんはまだ覚えていないのですか?」
一人で納得していると、桜花がそんな事を訊ねた。
「そりゃ、今まで誰も僕と関わろうとした人はいないから仕方ない」
「もう須藤くんは謝罪したのでしょう?」
「一応、な」
翔はあの事件の後、カルマの手解きによって、一度須藤が、謝罪することで今までを全て水に流すことになった。
翔としては元から気にしていないし、殴られると分かって呼び出しに応じたのだが、それでは示しがつかない、とカルマに強く言われてしまった。
須藤は自分より力の強い者の言うことには聞くらしく、随時大人しくしていた。それには翔もカルマも流石に驚いて「こんな事なら隠さなきゃ良かった」とカルマが愚痴を言うほどだった。
翔が桜花に謝罪の件について言った覚えは無いのでカルマか誰かから聞いたのだろう。
「まだ4月ですからね」
「もう仲間が出来上がってるからな。基本一人でカルマが来てくれれば二人で行動だな」
「折角元に戻ったのに……」
「そんな簡単に割り切れるものじゃないと思うぞ。しかも僕も見捨てた人達の輪に入りたくはない」
フォローのしにくい言い回しで拒絶を伝える。須藤の力は絶対的だとクラスメイトは認識していて、誰もその力を敵に回したくは無いので翔を見殺し、または生贄にした。
翔は少なくともそう解釈している。
仕方の無いことかもしれないし自分がもしそちらの立場なら同じようにそうするかもしれないが、それはもしもの話であって現実ではない。
現実はただ翔が誰の助けもなく一人で須藤に立ち向かったということだけだ。
「カルマは別だけどな」
「流石は親友。扱いが別格ですね」
理由は特にないが、カルマだけは憎しみが湧いてこなかった。
天賦の才とでもいえばいいのだろうか。
「親友の手伝いぐらいならしないとなぁ」
「持つべきは友、といったところでしょうか」
「双葉もクラスメイトで友達作れよ」
「?もう響谷くんがいるではないですか」
きょとんとした顔を見せられる。
本気で言っているようで、思わずため息が出る。
「僕は例外だ。家まで一緒な友達がいるかよ」
「ダメですか……」
「幼馴染で異性は僕の言っている友達からは程遠いぞ」
翔は真面目に言っているのだが、桜花は「幼馴染……」と嬉しそうに小さく呟いていた。
翔にはぎりぎり何かを話しているということしか聞こえなかったので、話を聞いていない、と勘違いをし今度は盛大なため息をついたのであった。




