第37話「距離感覚を失いました」
カルマが実は先天的で驚異的な力を持っていたことが発覚し、教室へカルマと話しながら帰ると、いつものように読書をしていた桜花がちらりと視線を向けた。
特に気にした様子もなく翔は隣の席を引いて座り、カルマは前の席の椅子に座る。
「というわけで、手伝ってくれるんだよな」
「言ったよ、言ったけどな?恋愛経験皆無な僕にアドバイスとか求めても何も出てこないぞ?」
「恋愛経験皆無、ね〜」
気に入ったフレーズなのかカルマが若干翔の真似をして言ってくるので足を踏んづけておいた。
親指にしたが、次は小指を狙う。慈悲はない。
「どうした双葉?何か嬉しそうに揺れてるんだが……?」
「別に何でもありません。気にしないでください」
「またまた〜。そんなにツンツンしたらデレる前に誰かに取られちゃうぞ〜」
「え?」
イマイチカルマの言葉が理解出来ずに呆気に取られる翔。
しかし、桜花とカルマの中では会話が成立しているらしく「別に普通です」「本当か〜?」と続いている。
桜花が少し迷惑そうにしていたので翔は強引に割り込んで話を中断させる。
「もういいだろ。カルマの手伝いを話すのであって双葉を弄るんじゃない」
「あながちハズレとも言いきれないんだけどなぁ」
「何がハズレとは言いきれないんだよ」
「一人の時はずっとそわそわして落ち着いていなかったし、心配そうな表情をずっとしてたのに、本人には全く気づいて貰えないなんて」
「蒼羽業くん」
カルマが言っている意味が全くわからなかったが、永久凍土並の冷え冷えとした桜花の声に明らかに怒らせたとだけ察知した。
カルマもやり過ぎたと反省したのか、白と離れた空のように「すいませんでした。マジですいませんでした」とぶるぶる震えながら慈悲を求めていた。
憐れな……。
しかし、慈悲などないので小指をめざして足を振り下ろした。
「痛い……」
「知らん」
「自業自得です」
二人に続け様に言われて反論できなくなったようだ。
「ほ、本題に行こう。本題に、な?」
「カルマの言ったことしか僕は出来ないぞ?」
そもそも「綾瀬蛍」と名前を聞かされたところでクラスメイトにその名前の人はいたかな……いたような気がするな、と少し考えても確証がないほどに翔の顔は広くないし物覚えも宜しくない。
それが完璧な程にできる人が翔の隣に座っているが、あまり、当てにしては行けないだろう。
「双葉さんも、手伝ってくれませんか?」
「私に手伝えることは無いと思いますけど」
「からかったのは謝りますので、どうかお助けを!」
カルマが頭を下げてまで頼み込むので、桜花も周りの目を気にして、うっかり承諾してしまった。
翔はカルマの行動の大胆さにも驚いたが、それ以上に桜花が翔以外の人と普通に話していることが一番衝撃的だった。
「何ですか?」
「驚いただけだ」
「何も驚く必要は無いと思いますが……」
桜花は戸惑った顔をした。
桜花の中では驚かれるようなことは何もないらしい。
「頼もしい助っ人が出来たところで本題だ」
「カルマの振りだとまだ何かありそうで心配だな」
「私達には関係ないので構いませんが」
「みんなが冷たい!」
口ではそんなことを言いながらも、本題にはちゃんと入る。
よく話せるものだなと感心するが、カルマは一切の躊躇なく自分の思いをもう一度、今度は桜花へと吐露していく。
桜花はたまに頬を赤くさせたり目を見開いたりと一々反応しているので、見ていて微笑ましかった。
一通り聞き終えた桜花は、一応の感想を言った。
「今の言葉をもっと簡略化して伝えればそれでいいと思います」
翔も同じくだった。
聞いているこちらがむず痒くなってしまうほど純粋なカルマの話は他人の翔達でさえ心にくるものがあった。
「翔はどう思う?」
「僕も同じでいいと思う。ただあまりぐいぐい詰めない方がいいかな、とは思う」
「ありがとな」
手伝いらしいことは何一つすることなく、感謝を言われてしまった。
翔はいそいそと席へと戻っていくカルマを見送りながら、青春だな、としみじみしていた。
まるでおじいちゃんになったかのようだったが、恋をしていない翔にはそう思うことしか無かった。
恋の候補として、強いて挙げるとすれば桜花だが、桜花はまだ家族の中で、守るべき人であり、大切な人、という位置にいる。気になる人という部分では否定できなくなっては来ているが、それはまだまだ恋とは程遠いだろう。
桜花と目が合うと、さっとそらされた。
こういうことなんだよな、と翔は心中で呟いた。




