第291話「プレゼントは翔」
翔はまたもや一人で帰宅した。何でも桜花は蛍主催の「チョコレートを渡したあとの反応を共有し合う会」というよく分からないものにお呼ばれしていたからだった。
翔のあの反応を他の人に知られるのは少し恥ずかしくて軽く穴があったら入る程だ。だが、そこにいるのは翔ではなく、桜花なので、桜花の良心に全てを託すしかない。
「ただいまー」
翔はつい癖で誰もいないとわかっていながらも言ってしまう。
両親がいない時には言っていなかった言葉。桜花と一緒に暮らすようになってからは何だかんだといいながらずっと続いている「ただいま」と「おかえりなさい」の挨拶。
たとえ、返ってこない日であったとしても言ってしまうのだ。そして、逆に翔が「おかえり」といってあげるのだ。
翔は手洗いうがいを済ませて、リビングへと戻る。
そこでふと、何かしらの気配を感じた。
翔は決して超能力者ではない。しかしながら、ここでは確かに自分以外の誰かがいるような、そんな気配を感じていた。
急に振り返るのが怖くなった翔は今更ながらに「玄関の鍵は閉めておくべきだった」と後悔していた。
もし強盗だったらどうしよう。何の抵抗もしなければ命だけは許してくれるのだろうか。
そんなことばかりが脳裏を過る。
「翔ッ!」
びくっ!と身体が反応した。誰に呼ばれたか。それは言うまでもなく一人。
「……カルマ」
「おうよ!じゃ、ちょっと失礼っ!」
そういうとカルマは翔に突っかかってきた。あまりに急なことで翔は簡単に組み敷かれる。しかし、そう易々とやられている訳にもいかない。
翔は全力の抵抗を示し、ぐっとカルマの腕を掴んで押した。
「抵抗するな!」
「いや、するだろ……ッ!」
「そりゃそうだわな。おい!助太刀頼む!」
カルマがそう言ったかと思うとずかずかと屈強そうな男が入ってきた。今更だが、二人とも明らかな不法侵入である。それで家の住人を襲っているのだから翔が後に警察にでも相談すれば簡単に立証されて逮捕案件なのは間違いない。
それを踏まえてしているのか。翔なら言わないだろうという甘えにつけ込んでいるのか。
「翔を縛ってくれ!」
「任せろ」
「……須藤?」
「蒼羽にどうしても、と頼まれた。癪だがお前を縛る手伝いならやってやろうかなと思ってな。悪く思うなよ」
「はいぃ?縛られるのに悪く思うなよは無理だろ」
「まぁまぁ。須藤、すまないが急いでくれ。俺の力がそろそろ抜ける」
「おう」
須藤が来たからには翔の反逆の目は完全に潰えた。カルマを飛ばすだけでも結構な労力がいるのだ。それと同等なほどの力を持つ須藤も、となるともう何もかも諦めて大人しくするしか方法はない。
(まだ顔を知っている人であるだけマシか)
女の子ならば己の貞操をも気にしなければならないが翔は男の子なのでそこら辺の感情は少し薄い。
「おい、犯罪者みたいに縛るな」
「うるせーなっ!こっちはこっちで手一杯なんだよ!」
「もっと包み込むようにしろよ!」
「こうかっ?それともこうか?」
「まだマシ。けど腕はもっと華があるように。これだと死人みたいだぞ」
「……人が大人しく縛られているからって随分と言いたい放題だな。全部終わったら覚えとけよ」
翔が凄むがカルマと須藤は完全に何処吹く風だった。
尚も言葉を発しようとする翔にカルマは諭すようにいった。
「これは翔自身のためでもある」
「カルマの趣味が飛来してきただけじゃないのか?」
「違います。断じて違います」
殿様口調で否定すると、カルマは翔に何やらリボンのようなものを巻き付けた。
「こほん。翔はリボンなんてかけられたら絶対に除けるだろ?だから少し荒っぽい手を打たせてもらった」
「当たり前だろ。誰がリボンなんか付けたがるんだよ……。というか何のために?」
「今日が何の日か分かってるのか?」
鈍い翔にカルマが驚いた様子で訊ねた。
今日が何の日かは言うまでもなく分かっている。
「桜花の誕生日の前日」
「……え、前日?」
「うん。誕生日は明日」
完全に固まってしまったカルマを須藤がぺしぺしと頬を叩いて起こすがあまり意味はなかったようで虚ろな目をしていた。
「双葉さんの好きなものは翔だから、なら翔を包装してしまえば最高のプレゼントになるはずだと思ったのに……」
「そんなことを考えてたのか。……言ってくれればそんなに抵抗しなかったのに」
翔が苦笑してそう言うとカルマはがっくりと項垂れた。
「俺はもう用無しだな、帰るわ」
「須藤は桜花関連になると協力してあげるんだな」
「俺は素直にお前らを応援することに決めたんだよ、文句あっか?」
ふるふると首を振るとにやっと笑って須藤は帰って行った。
初めの方はもう二度と顔を見せるなと言い合ったほどだったのに随分と仲良くなったものである。
カルマもよく、須藤にヘルプを求めたものだ。
「でも、逆に良かったのかもな」
「どういうこと?」
「明日は翔が双葉さんを盛大に祝うのならば俺の低俗的なプレゼントは前日ぐらいにしておくのがいい」
「……低俗的なプレゼント?」
言いたいことは今の瞬間に二十はくだらなかったが、ぐっと飲み込んだ。




