第250話「ポッキーゲーム」
食べさせ合いっこをして仲睦まじい時間を過ごしていた翔と桜花だったが、ある時からふと自分を抑えていた理性が段々と薄れていった。
それは翔も桜花も自身では気づくことの出来ないほどにゆったりとしたスピードで無効化されてしまったのだ。
「あっ、こら。指まで舐めないでください」
「桜花だってさっき舐めたじゃん」
「あれは不可抗力です。最後まで食べていたのに翔くんがなかなか離してくれなかったから」
「今の僕だって一緒だよ。桜花が離してくれないから」
口ではそう言い合うものの、ちろりと舌で相手の指を舐めるまでが体系化していた。
翔は桜花の指を一瞬だけ舌を出して舐めたのだ。
「翔くんが可愛いので仕方がありません」
「あ、そういうこという?それだったら僕だって負けてないからね?」
「そこまでいうのなら対抗してみてください」
「桜花の方が可愛い。食べる時にいちいち髪を耳元で押さえる仕草と相まってその可愛さは宇宙に匹敵するほど」
「……」
「さらに言えば食べている最中にちらちらと僕の方を見てるのが可愛い。最後も躊躇いながら僕の指を舐めるのが可愛い」
「もうやめて……」
「とにかくかわいい!世界一、いや宇宙一可愛い!」
「もうやめてと言っているでしょう!身が持ちません」
「えー、桜花が対抗しろって言ったのに」
「う……」
翔は最も痛いところを正論でつつく。桜花は喉を詰まらせて何の返答も示すことが出来なかった。
翔はこの静まった空気を逆にチャンスだと考えた。みんなが一度は憧れるであろうあのゲームをしようと切り出す、タイミングを。
「よし、ならゲームをしようか」
「ゲーム、ですか?」
「そうそう。お互いでポッキーの端っこを咥えて先に折った方が負け、という至極単純なゲーム」
「負けると何かあるのですか?」
その尤もな桜花の意見に翔は何も返せなかった。ポッキーゲームにおいて、負けることはさして重要ではない。むしろお互いが意地を張り合って成功させようとするのが重要なのだ。
引き分け、もしくは勝ちならば、お互いにキスをするというメリットがある。しかし折れてしまえば終わり。メリットがない。
翔は何か言わなければ、という使命感の元に頭をフル回転させてひとつの答えを導き出した。
「負けたら、相手の好きなところを一つずついう」
「なるほど。負けらしい恥ずかしい罰ですね」
「言われる相手もまぁまぁな覚悟がいるけどね」
言われて照れてはいけないのだ。あくまでも冷静に平常心で聞き流すようにしなければならない。
「そして、さらに使用するポッキーは先程から出番のなかった極細ポッキーを使用する」
「チャレンジャーですね」
「これでもまだ甘い方だと思うけど」
「極細ポッキーでもまだ甘いのですか?!」
「茹でる前の素麺が最強格だね」
「……え?」
このポッキーゲームは元も子もないことをあえていうとすれば別にポッキーを使用しなくてもいい。何かほどよく固くて折れやすいものであればどれでもいいのだ。
翔がふと思い出した中では茹でる前の素麺が一番折れやすそうだった。
翔は手を掴む方の側を自分の口に咥えた。桜花にはチョコがかかっているところを食べさせてやるためだ。
桜花はひとつの深呼吸をしたあと、翔の咥えていたポッキーの反対方向からぱくっと食べる。折ってしまわないように気をつけながらどちらともがゆっくり進んでいく。
「あっ」
このゲームはいわば協力プレイが必要になる繊細なゲームである。よって噛み砕く時さえタイミングを合わせれば折れることはほとんどないはずなのだが、折ってしまったのは翔だった。
割れた時のお互いが咥えていたポッキーの長さで勝敗を決めるのだ。
「えーっと……。僕にだけ見えてくれる一面があるところ」
「翔くんは独占欲が強いですよね」
「そ、そんなことは」
そう言ってはぐらかした。続いて二回目。
今度は長さ的に桜花の負けだった。
「とても紳士的なところですかね」
「男じゃないって貶してる?」
「いい意味でなので褒めてます」
桜花があまりにもはっきりというので翔は肩を竦めて有耶無耶にした。
三度目の正直というのは一体誰が作ったのだろうか。
三度目はお互いが慣れてどんどん進む。相手の息がかかるほどに近い距離。
「ん」
「あ」
ポッキーの感触とともに温かく柔らかいものが触れた。
翔はこのチャンスも逃さなかった。瞳は辺りの危険がないかを瞬時に判断して、身体は桜花を求めるように全身が前進した。
ダジャレをかました訳では無い。
「翔くん……ちょっ……んんっ」
翔は桜花をゆっくりと押し倒した。
そして桜花の唇を思い切り吸ってやる。最近は舌を絡ませる大人なキスが多かったので今回は少し特殊なものを試した。
翔は桜花の下唇に狙いを定めていじめてやる。桜花もいじめられっぱなしは嫌なのか翔の上唇を反対に挟み、吸ってくる。
「んっ……んあっ……き、汚いですから」
「大丈夫。桜花はとても綺麗だから」
翔は桜花の下唇をいじめながら舌を桜花の歯茎に沿うように這わせた。びくっと身体を震わせた桜花は自分の舌で翔の舌を退けようと画策する。
しかし、それは結局いつものキスに戻ったようなもので。
翔と桜花はしばらく愛を確かめ合っていた。




