第229話「約束までの布石」
「あー疲れた」
「お疲れ様でした。まさか蒼羽くんがプロ気質だとは……」
「あれは完全に僕達を弄んでいただけだと思うけど」
「でも、撮った写真は全て贈ってくれるそうですよ」
「複製して持っていないといいけど」
翔達はカルマの怒涛の連写地獄からようやく開放されてぶらぶらと歩いていた。
いや、ぶらぶらと歩いているように見せかけていた。というのも、既に約束の時間には間に合っており、あとは翔達が移動するだけなのだ。
桜花に悟られないようにはしたいところだが、あまり余裕もない。
先程の写真撮影が終わったあとにカルマに訊ねたところ、問題はなく見つかる危険性もないとの事だった。
どうやって開けたのか、と訊ねると二本の細長い鉄を取りだしたので、堪らず「強盗かよ」とツッコミを入れてしまったのだが、それならば鍵がない、と騒ぎにもならないし、結果的にはよかった。
翔が桜花と訪れたいところは屋上だ。
誰もが一度は憧れる屋上。日頃は進入禁止となっているその屋上だが、文化祭ともなると警備は薄く、入ろうと思えば入れるらしい。
つくづくがばがばな学校だな、と思わずにはいられないが、そのおかげで青春の一ページを思うままに刻める。
「……僕も行きたいところができたんだけど、いいかな」
「いいですよ。どこですか?」
「屋上」
翔は誰かに聞かれるのを避けるために桜花の耳元で囁いた。
すると、桜花は瞬時に耳を赤く染めて翔の胸を押した。
「急に攻撃しないでください」
「攻撃した覚えはないけど……」
「屋上には何があるのですか?」
「秘密」
桜花は乗り気なようで翔の手に引かれてついて行く。人目が無くなったところを見計らって屋上へと続く階段を上る。
悪いことをしている、という自覚が心臓の鼓動を上げる。
だがそれと同時にこの後に用意していることを見せてやりたいという漢気も同じぐらい溢れていた。
「蒼羽くんと何かこそこそと話していましたけど、このことについてですか?」
「どうしてそう思う?」
「翔くんだけだと校則を破ろうとはしないはずだからです。蒼羽くんぐらいの胆力がないとまず無理でしょうね」
「よくご存知で。確かにカルマに手伝ってもらった」
「随分と前々から計画されていたようですね」
「準備が念入りすぎるって?」
桜花がこくりと頷く。
前々から気づかれないように努力はしてきたつもりだがどうしても不審な点は払拭できていなかったようだ。だから、翔からこの話を持ち出してしまった上に、色々と新しい情報が手に入るので、桜花の頭の中でどんどん翔の計画が構成されて発覚してしまいそうになる。
「もう考え事は終わりだぞ。屋上へと出る!」
「はい」
翔が勢いよくドアを開けた。すると一面には雲一つない晴天が広がっていた。
高校の校舎の屋上へ来たことも、屋上から空を眺めることも初めてで、とても美しいと思った。
しかも、程よく風も吹いている。
「綺麗……」
「10、9、8……」
翔は突然にカウントダウンを始めた。
景色に見蕩れていた桜花も翔の突然の行為に気を引っ張られじっとゼロが来るのを待っていた。
カウントダウンが終われば何が起こるのか。翔は全く教えなかったが、桜花の賢い頭ではそれを演算していく。しかし、翔のカウントダウンが妙に思考を邪魔してきてままならない。
「3、2、1」
ゼロ、のカウントはなかった。ただ、終わったと同時に辺り一面が風船で溢れ返った。しかもその風船はどうしてかハート型。恋の成就を願う以外の何物でもないだろう。
実はこの計画は翔が考えたわけでも、カルマが考えた訳でもない。たまたま、今年の生徒会が例年とは違った面白いことをしようということで、大量の風船を撒くことになった。
それに目をつけたのは勿論、カルマ。
「桜花。僕は桜花の事が永遠に好きだ。愛してる。これからどんな辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、桜花と一緒なら絶対に楽しいことやいい思い出に変えられるって思う。これからも僕と一緒にいて欲しい」
翔は心の中に留めてあった自分の気持ちを吐露する。
これが翔の本心だ、とばかりに思いを綴る。
「私達はもうお付き合いをしている関係ですよ。私が嫌だ、なんて言うはずがありません。むしろ私の方こそ、翔くんにはいつも私のそばにいて欲しいと思っています」
「好きだ」
「私も大好きです。翔くん」
翔と桜花は思い切り抱き合った。誰かに見られることも無いし、邪魔されることも無い。
このように思い切り相手を感じようとするほど抱きしめ合ったのは随分と久しぶりなような気がした。
だが、二人の思いは当然の如くハグ程度では物足りない。
「翔くん」
「桜花」
名前を呼び合い、桜花はそっと目を閉じる。唇をうっすらと開けて翔を待つ。翔はそれに応えるようにそっと口付けを交わす。
一回、二回。
軽く交して一旦離れると、今度は桜花の唇にそっと舌を這わせる。
「んっ」
桜花は少しだけぴくりと反応したものの、すぐに翔へと身体を預ける。
遠慮がちに出てきた桜花の舌にも挨拶がわりに触れてやる。
「制服姿では初めてかな」
「屋上で、というのも初めてですよ」
「鼻血でそう」
「えっち」
翔と桜花は高校生であるはずなのにしっかりと大人の時間を過ごすのだった。




