第22話「交換する連絡先」
梓と修斗が合流先に選んだ場所は翔達が買い物をした場所とはほぼ正反対の場所だった。
翔がその場所へ行くともうそこには梓と桜花が待っていて、梓は少し頬を膨らませていた。
「待たせた」
「いえ、私達も今来たところですから気になさらず」
と、翔と桜花が言葉を交わす中。
「20分も遅刻よ!!」
「ごめん梓。少し服選びに本気を出してしまって」
「良いのがあった?」
「今の翔ならなんでも似合うさ」
「まぁ!ありがと」
梓が桜花の気遣いを無駄にした。
桜花を見ると、目を丸くしていたが、そこまで取り乱した様子はなく、まるで「バレましたか」と単調に言っている幻聴が聞こえてくるほどだった。
「待たせたのなら謝る。ごめん」
「いえ、本当に今来たばかりです」
「え?でも母さんが」
遅刻だ、と修斗に詰め寄っていくのを翔は見ていたので桜花がまだ気を遣っているのか、と思った。
翔が分かっていないと顔で判断した桜花は翔に近付いて耳打ちする。
「修斗さんに甘えるための嘘ですよ」
「はぁ〜?」
自分の親ながら心底呆れる声を出してしまった。
「それに20分前ならまだ私達は建物に入ったぐらいだと思います」
「何でそんな分かりやすい嘘をつくんだ……」
「さぁ、どうしてでしょうか」
桜花の言葉は翔に同情したものではなく、分かっているが翔には教えない、という風な言い方に聞こえた。
桜花はそっと翔から離れる。その時にふわっと甘い匂いを感じた。
同じ家で暮らしていて、同じ洗剤、柔軟剤を使っているはずなのだがどういう訳か花の良い香りが翔の鼻腔をくすぐった。
「2人でどこかに遊びに行っておいで」
「携帯もあるし何かあったら連絡してちょうだい」
それだけ言うと翔の両親は腕を組んでぴったり密着し、どこかへと向かって歩いていった。
梓に引っ張られている感じがしないでもないが、2人とも幸せそうな顔をしているので放っておくことにした。
翔はあの時にこそ関わりあいになりたくないのだ。
「携帯、どうだった?」
「あの……少し言い難いのですが……最新機種を」
「最新機種?!あの母さんが?!」
躊躇いがちに見せてくれた最新機種のスマートフォンは薄くピンクがかかっていて、綺麗だった。まだ購入したばかりでデフォルトのままだが、直ぐに桜花の色に染まるだろうことは考えなくてもわかることだった。
考えても分からないことは息子のスマートフォンには度を超えて渋った挙句、古い型を購入して安く済ませたあの梓が桜花には最新機種をポン、と買ったことだった。
「買って貰って本当に良かったのでしょうか……」
「良いんじゃないか?必要だろ?」
ウルトラ羨ましいことはおくびにも出さない。
「私の生活の中で隣には大体いつも響谷くんが居るので必要と言えるかは微妙ですね」
「んー、なら勉強に使えるいい道具が増えたぐらいに思っててもいいんじゃないか?」
「……そうします」
変な間は少し気になったが、深く聞くと何だか翔自身に帰ってきそうな予感がしたのでやめておいた。
「このままここにいる訳にも行かないし、どっか行くか?」
「響谷くんはいつもどこに?」
「僕は本屋が大概かな。でも今月は特に欲しい新刊はないからな……」
「この自由時間は何時間程ですか?」
自由時間、という桜花の言い方に修学旅行のような感じを受けた。
「さぁ?時間は向こうが満足したら終わり」
それは翔が一人だった時の場合なので今回もまた当てはまるかと考えると限りなく低いが、それでも桜花には充分だったようで納得していた。
「結構な時間がありそうですね」
「たぶん、今日はいつもより長い気がする」
「あの……もし良ければ映画を一本」
「あぁ。暇だからないい時間潰しにはなるだろう」
「見終わった頃には「時間潰し」と言ったことを後悔してもらいます」
少しご立腹なのか、桜花は翔が呟くとそんなことを言った。
翔は怒られている理由がさっぱりわかっていなかったが、聞いたところで教えてくれない気がしたので、見せてもらっていた時から気になっていたことを口にした。
「映画の前にケースを買いに行こう」
「ケース?」
「双葉のスマートフォンのケース」
「これの、ですか?」
生身のスマートフォンを取り出して見せる桜花。もし落としてしまえば直ぐに割れてしまうだろうし、画面も指紋で汚れてしまう。
翔は潔癖症ではないのだが、気になっていたようだった。
「気に入るやつがあるといいな」
「……はい」
翔は桜花の返事を聞いてふと、あのことを思い出した。
そして、ポケットから携帯を取り出す。
「約束」
「えっ?」
「交換、するんだろ?」
「忘れられたのかと思っていました」
「馬鹿いえ。約束は果たすさ」
桜花の返事をする間が少し遅れたのを不思議に思った時に思い出したことは言わない。
翔と桜花は無事にお互いの連絡先を交換した。桜花が初めての連絡先を手に入れたことで嬉しそうにしていたので少しほっこりとした気分になった。
2人はまずはケースを買いに足を向ける。その間は翔の両親とは比べ物にならないぐらいに距離が空いていたが、それでも並んで歩いた。