第215話「届きました」
「届きました」
「届いた……何が?」
翔が首を傾げると桜花は手に持つダンボールを開封し始めた。
中から現れたのはメイド服とタキシード。誰がこんなコスプレ服を?と思ったものの直ぐに、あぁ、と思い出す。
これは文化祭の出し物できる服だ。
何故かうきうきしている様子の桜花に翔は誰が送ってくれたのかを訊ねた。
「前から知ってたのか?」
「昨日、家庭部の早坂さんから連絡を頂きました」
「……だ、いや何でもない。僕にも教えてくれよ。誰がコスプレするのって思ってしまった」
「文化祭をやる気がないからとはいえ記憶からも消さないでください」
思わず同じクラスの家庭部の早坂さんに対して「誰?」と訊き返しそうになった。
そのまま訊いてしまっていたとすれば、笑顔の桜花が不機嫌になってしまうことは確実だったので、思い留まった自分に心の中で拍手を送った。
文化祭にやる気がないという訳では無い。
ただ単に制服ではない服を学校で着るということに若干の抵抗感があるだけだ。それで桜花がいつもよりも目を引く存在になるだろうことも拍車をかけていた。
「翔くんの寸法に合わせて作られているようです」
「え、僕に採寸された記憶はないんだけど」
「私が教えました」
「……桜花にも採寸された覚えはないんだけど」
しかし、目の前には現物がある。ということは翔に合わせて作られているということなのだろう。
翔は桜花からそれを受け取り、何気なくそのまま腕を通してみた。
「……ぴったりだ」
「良かったですね。流石、早坂さんです」
「桜花の友達か」
「……友達とはどこからが友達なのでしょう」
「定義を探したらダメなんだよ、そういうのは」
桜花は翔が思っているよりも随分と人との距離の詰め方が苦手なのだと再認識した。
服の上からなので多少寸足らずなような気がするが、恐らく、しっかりと着こなせばぴったりになりそうだ。
翔はあまりクラスの人達と会話する方ではない。なので、早坂さんが翔の服を見立ててくれたという事実に驚きを隠せなかった。
「今度お礼を言っておかないといけないな」
「お礼は接客で、との伝言を貰ってます」
「……早坂さん。さてはコミュニケーション能力が高いな」
「同感です」
二人して早坂さんのコミュニケーション能力の高さに舌を巻いていた。
翔は顔さえも思い出せないが、兎に角、対人スキルの高い人が自分のクラスに存在するということを認識した。
翔から絡みに行くことは恐らくない。というより確実にないだろう。
翔が話すのは桜花やカルマや蛍だけで充分なのだ。
しかも、接客で返上とは痛いところを突かれた。やる気がなく、するとしても適当に流してしまおうかと考えていた翔にとって、これは逃げ道を封じられたようなものだった。
「私も一度着てみましょうか」
「え、タキシード?」
「翔くんのですか……。着てみてもいいですけど」
「んじゃ、桜花のオンリーファッションショーだな」
「大事にしないでください」
翔の勘違いでタキシードも着てくれることになった。話し合いの時は男子がメイド服、女子がタキシードのような雰囲気になっていたが、いつの間にか普通に戻っていた。
男子がメイド服を着ても目の保養になることも無く、むしろ、逆に中途半端だと吐き気を催す可能性さえもあった。
女性が男性服を着ても映えるだけなのに、男性が女性服を着ると只管悪寒が走る現象は永遠の謎である。
「写真撮影いい?」
「ダメです。……恥ずかしいので」
「文化祭の時に着てると思うけど」
「その時は私以外にもいるので……。けれど今は私しかいないのでダメです。翔くんが、タキシードを着て一緒に写真を撮るなら……いいですよ」
「撮ってアルバムにいれよ」
翔は急いでカメラを取りに行った。
桜花のメイド服を世界で初めて拝むことができるのは恐らく翔だけだろう。
桜花はプライベートでメイド服を着るような趣味は持っていないし、桜花自身、あまり着たがらない。
それを言うならば翔もタキシードなどという大層なものはあまり好まないのだが。
「どちらから着ればいいと思いますか?」
「選んでいいの?」
「はい。翔くんの着て欲しい方から着ます」
「……メイド服からお願いします」
翔は欲望に忠実だった。
タキシードも手堅い選択ではあったような気がするのだがここは敢えて王道を選択した。
かっこいい桜花よりも可愛らしい桜花が見たかったのだ。その思いは溢れて出てしまっていたらしく、桜花は手に持ったメイド服とタキシードで顔を覆い翔からの視線を遮った。
「……では、着替えてきます」
「うん、行ってらっしゃい」
翔は見送りながら自分の鼓動が早くなっているのを感じていた。
こうも楽しみで仕方がないとは自分でも思ってもいなかった。




