第195話「何事も無かったかのように」
翔は桜花と唇を重ねながら、カルマ達が終わるのを今か今かと待っていた。二人がキスしている時に何事も無かったかのようにこの場所に現れるのはとても出来ない。
しかも、桜花は翔の嘘に合わせて上手くやり過ごすなど、できそうにない。
桜花が翔の身体をぽんぽんと叩き、もう限界だ、とアピールするものの、翔のなけなしの意識はカルマ達へと向いているので、叩かれているなぁ、としか考えられなかった。
ただでさえ、桜花とキスする時には思考の半分以上を持っていかれるのだ。
今回は桜花を叫ばせないためという名目で咄嗟にキスしてしまったこともあり、それがより一層顕著に現れているというのは否めない。
永遠とも思える時間が過ぎたとき、ようやくカルマ達は離れた。
その間に上がった花火の数は数えられないほどだ。確かに綺麗に見えるのだろうが、今はそれどころではない。
「ごめんな、桜花」
「翔くんのばか」
ふにゃふにゃになってしまい、涙目で睨む桜花はとても可愛らしかった。ばか、と罵倒していても桜花は腰が抜けてしまったようで全然力が入らなくなってしまったらしく、翔に全てを預けていた。
「顔が真っ赤だぞ」
「誰のせいだと思っているのですか」
「それは僕だけど……。参ったな」
その原因を作ったのは翔以外有り得ない。翔は素直に認めたものの、後頭部をぽりぽりと掻いた。
桜花は何が参ったのか、と熟れたりんごのように赤くした顔を傾ける。
「何も見ていないことにして、カルマ達と合流したいんだけど……。もしかしたら」
「勘違いされてしまいそうだ、と?」
「……うん」
正確にはその勘違いこそ真実であるのだが、そこは翔達が認めない限りは大丈夫だろう。
翔としては少し遅れたことにして、カルマ達のことは一切合切知らないことにしておきたい。
それが翔は元より、カルマ達自身のためでもあると思うからだ。
しかし、今、カルマ達の元へと向かうと先程のキスの影響で翔も桜花も顔が真っ赤になってしまっている。
そろそろキスの一つぐらいは慣れてしかるべき所なのかもしれないが、未だに緊張する。
そんな訳で、あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれないので翔は頭を悩ませていたのだ。
「お酒を飲みました、と言うのはどうでしょうか」
「うん、僕達はまだ未成年だから一発でバレちゃうね」
「急いで顔を冷やしましょう」
「冷やすものがない……。保冷剤でも常備するべきだったな」
「保冷剤を持ち歩く人なんて聞いたことがありませんよ」
いつもならもっといい案を出してくれる桜花でさえも、知能指数が大幅に低下してしまっている。それについては、翔が桜花の限界を無視して続けたからであろうが。
「兎も角、ここでずっといる訳にも行かない。僕は大分収まったと思うから何とか壁になって行けるかな」
「どうしてそのように簡単に収まるのですか」
「簡単にと言われても……。自分よりも焦っている人を見てるからかな」
人間誰しも、自分よりも驚いていたり、怖がっていたり、恥ずかしがっていたりする人を見ると、心がすっと落ち着くのは経験があることだろう。
桜花があまりにも真っ赤にして恥ずかしそうにしているので、翔は桜花よりも早くに心が落ち着いたのだろう。
翔が知っていることは桜花も大体知っている。
桜花は翔の言いたいことを理解したらしく、ぷくぅ、と頬を膨らませていた。
「凄い熱持ってるな」
「つつかないでください」
「まぁまぁ」
「むぅ」
口ではそういうものの、桜花は特に抵抗することなく受け入れていた。
桜花の頬はとても柔らかくもっちりしている。無限触れると表現していいものかは分からないが、兎も角もスクエアのように触ると気持ちが良かった。
「じゃあ、行くぞ」
「出来るだけ隠してくださいね」
「うん、任せろ」
翔は左手で桜花の右手を握り、前方から見ると丁度、桜花が翔に隠れてしまうような位置を保ちながら、カルマ達のもとへと向かった。
「た〜ま〜や〜」
「玉屋ってここら辺も使えるのか?」
「知らなーい。でもいいんじゃない?」
近づいていくにつれて、段々とカルマ達の会話が耳に届くようになった。
「ごめん、遅れた」
「お、翔。遅かったな」
「そうだよ!もう花火始まっちゃってるよ?」
「ちょっとマップが見にくくてさ」
「カルマくんのせいだね」
「蛍?!」
勿論、翔は遅れたのはカルマ達が人には見られたくないようなことをしていたので、遠慮をして融通をきかせたのだ、とは言わないし、何なら時間よりも先に来た、ということも当然言わなかった。
桜花が翔の背中に隠れるように浴衣をぎゅっと引っ張ってくる。充分、隠れられていると思うので、そこまで密着する必要も無いと思ったが、密着されて悪い気はしないのでこちらも何も言わなかった。
ただ翔は空を見上げた。
カルマも蛍も桜花も、翔につられて空を見る。
「綺麗……」
「風流だなぁ」
「あれ、桜花ちゃん。顔真っ赤?」
「え、いえ、そんなことは無いと思いますけど……」
「さっきの花火が赤く光ったからそう見えたんじゃないのか?」
蛍はやはり、というべきか花火ではなく桜花を見ていたらしく、花火の光で表情が見えてしまったらしい。
翔が慌てて取り繕うと蛍は「確かにー」と特に気にした様子もなく引き下がった。
「翔」
「何だよ、カルマ」
「俺、幸せだわ」
「そうか、良かったな」
カルマが屈託なく笑うので、翔も苦笑してもう一度、空を見上げ、花火を見た。




