第192話「意を決した」
「カルマ」
「ん?どした」
「花火が上がるのはあとどれ位なんだ?」
「例年通りに上がるとするならあと20分程待たなきゃならん」
「そうか」
「どうした?もしかして楽しみでそわそわしてるのか?」
全くもってその通りなので翔は何も言い返すことができなかった。
家で浴衣を着た時、家からここへと来るまで。射的でまぐれの勝利を収めた時も綿菓子を食べていた時も、翔はずっと花火を楽しみにしていた。
いや、そう言ってしまうと語弊が生まれる。
翔は桜花と見る花火をとても楽しみにしていたのだ。幸いにも夜空は曇りひとつない晴天。しかも、そよ風も感じるので、上空ならば結構な風になっているに違いない。
正に、花火をするには最適の絶好の日和だった。しかし、天候というものはずっと大人しくはしてくれない。
いつコロッと天候が荒れてしまうか分からないのだ。そのせいもあってか、翔は早く花火を上げてくれ、と思っていた。
「カルマくん、そろそろあそこ行く?」
「あそこは本当に穴場だから出店も何も無いぞ?別に今から行っても構いはしないが……。暇になりそうだな」
確かに、20分程の何も無い時間はその何十倍にも感じられる。
しかし、それは一人でいるときでは無いのだろうか。桜花と一緒にいれば、どれだけ時間があっても足りない。
永久の時間、もしくは時間を止めてくれないと桜花と一生の内に全てを語り尽くすのは難しいような気がする。
「ここから歩いてどれぐらいなんだ?」
「そんなに遠くないぞ。けど、見晴らしは絶好で、花火を見るにはうってつけだ」
「桜花はどうしたい?」
「私ですか?……皆さんに合わせますよ。私は初めて来て楽しいことだらけなので」
無邪気に屈託なく笑う桜花に翔は元より、蛍もカルマもほっこりしてしまう。もうその笑みだけでここへと来たかいがあった、と報われた気持ちにさせられる。
「桜花ちゃんかわいー」
「激しく同歩」
「カルマは禁じ手、駒の移動全てです」
「あれ?俺絶対負けちゃうぞ」
蛍は桜花と同性なので構わないがカルマはダメだ。
翔は桜花が可愛いのは知って欲しかったが、桜花をそういう目で見て欲しくない、という我儘にも似た複雑な感情を抱いていた。
「僕はもう行ってもいいと思う」
「さっきので飯三杯はいけるってことか?」
「……うるさいぞ、そこ」
カルマが何やらニヤニヤと笑みを浮かべてくるので、思い切り脇腹をつついておいた。的確に心を読まれるのはもうどうしようもないが、わざわざ声に出すことはないだろう。
幸いにも、桜花も蛍も何のことか分かっていなかったようで、「ご飯?」「三杯も翔くんは食べませんよ」と首を傾げていた。
翔が桜花さえいれば、どこにいても退屈なく生きていける、というのが分かったのはカルマだけだったらしい。……今更という感じもしないではなかったが。
「どうする、蛍」
「じゃあ、あの輪投げやってからにしよーよ」
「輪投げ?」
「そうそう。あそこで見つけたの。沢山入ったらお面くれるらしいよ」
「お面か」
蛍は輪投げをしたくなったらしく、ぐいぐいとカルマを引っ張っていく。
翔もそれを引き止めてまで行こうとは考えていなかったので、微笑むだけで見送った。
「私達も行きますか?」
「輪投げしたいのか?」
「私は……輪投げよりも、金魚すくいやヨーヨー釣りというものをしてみたいですかね」
「金魚は……死んでしまった時が辛いから。せめて、ポイを使いたいならスーパーボールにしようか」
翔は以前の親子三人での花火大会で金魚すくいをした。その時に運良くとれた一匹の金魚を持って帰って大事に飼っていたのだが、ある日、突然にして死んでしまった。
理由は恐らく水道水をそのまま使っていたからだろうが、その時のショックはとても大きかった。
しかも、親の反応は意外にも簡潔なもので幼い翔はどうしても命を軽々しく見ているようにしか見えなかった。
と、まぁ、そんな少し悲しい思い出があった翔は桜花にも同じ思いはして欲しくないので助言しておく。
「翔くん、どちらもしてみたいです」
「どちらもって?」
「スーパーボールすくいとヨーヨー釣りです」
「うん、いいよ。よし、しに行こうか」
「はい」
翔は遠くへと消えかかっていたカルマをどうにか呼び止めた。そしてそこで、輪投げをする蛍とスーパーボールすくいとヨーヨー釣りをする桜花の二つのグループに別れることにした。
その時についでに、穴場スポットの居場所も教えてもらった。これでギリギリまで遊んでいたとしても、翔達だけでその場所へと向かえることが出来る。
「変顔のお面にして貰えよ」
「馬鹿言えよ。誰が彼女の前でそんなお巫山戯お面を被るんだよ」
「え、カルマ」
「当たり前だろ?みたいなトーンで言うなよ!」
「残念だがカルマ。さっきの言葉はフラグというやつだ」
「蛍がそんなことするわけな……あるかも」
「だろ?」
事の重大さに今更ながらに気付いたカルマは「蛍ぅううう」と叫びながらどこかへと向かっていった。
「翔くん」
「ん?」
「やり方を教えてください」
「やり方って……。あぁ、ポイの使い方ってことか」
桜花はいつの間にかポイを片手に翔を待っていた。
はしゃいでいるように見えるのはきっと気の所為ではない。そんな可愛らしい桜花に苦笑しながらも翔はコツを教えていく。
とはいえ、翔もプロという訳ではなく、ただの素人なのであまり上手いことは言えなかった。
全てつけるのではなく半分程まで付けて、梃子の原理を持って掬う。
翔が説明したことはそれだけだ。
あと、桜花の浴衣が濡れてしまいそうだったので、まくってあげた。
「ありがとうございます」
「これで集中できるだろ」
翔は桜花のポイが全て破れるまで見守った。