第172話「続きです」
蛍からの突然の誘いに、翔は桜花を見た。
別に、桜花の意見が絶対で、服従しているから、という訳ではなく、ただ、どうするのか、と視線で訊ねるためだった。
「どうかな?」
「僕はいいけど」
「私も構いませんよ」
翔が桜花に気を遣いながらそう言うと、間髪入れることなく桜花が続けた。
どうやら、桜花も乗る気だったことに安堵した。
しかし、安堵できないような、にやにや、というよりはにまにまと抑えきれない感情をもろに出しているような顔をしたカルマと目が合った。
その顔から何を考えているかなど、翔でなくても簡単に分かる。
「変態」
「心外だな。俺は翔が言うほど変態じゃないぞ」
「変態なのは認めるのか」
カルマは翔のツッコミを華麗に無視し、何を考えていたのかを赤裸々に告白し始めた。
「翔。いいか?花火大会に行くということは、浴衣姿を拝めるということでもある。それはつまり……」
「つまり……?」
「今までとは違った蛍を見れる、ということだ!」
「あー……まぁ、そうだな」
翔は少し言葉を濁した。
カルマにも話したような気がするが、翔と桜花は前に旅行として旅館に泊まったことがある。その時に、桜花の浴衣姿というのは既に拝んでいる。
だが、それで満足しているのかと問われればそれは違うし、また見られるのならば何度でもみたい。
なので、翔はカルマ程のテンションの高さではなかったが、花火大会へと行くこと自体には大いに賛成だった。
「盛り上がってるね〜。男達!」
「何故でしょう……?」
全てをお見通しの蛍と、全くの無知できょとんと小首を傾げる桜花。
「煽るのは構わないけど……大変なのは蛍の方だろ?」
「翔くんが心配してる〜!優し〜い」
「うるさい」
少し心配するとこのザマだった。
着物と比べると、それはまぁ、簡単に着れると言えるので、そこまで心配するようなことではなかったが、男性の服よりも女性の服の方が着付けが面倒であることは翔も少なからず分かっているつもりだった。
「家に浴衣……探しておきますね」
「桜花ちゃんの浴衣……!可愛いだろうな」
「蛍さんこそ、美しい姿がすぐに想像できます」
「桜花ちゃんも優し〜い!」
蛍がここぞとばかりに桜花に抱きつく。
翔が言いたかった台詞や、行動が全て蛍に取られたような気がしないでもなかったが、ここはクラス内なのでそんな事をやってしまえば本当に須藤か誰かに刺されてしまいかねない。
「いいな、この光景」
「自分の彼女だろ。何とかしてくれ」
「白百合……」
「カルマ?ちょっと帰ってこい」
どちらも美少女なので見惚れてしまうのは分からなくもない。むしろ激しく同意したいほどだ。
桜花の圧倒的なまでの包容力と、蛍の他の追随を許さない庇護欲を掻き立てる仕草の一つ一つが、その二人を視界に入れている全ての人の感情を激しく揺さぶっているのは確かだった。
「翔。俺達も買いに行くぞ?」
「買いに行くって……何を?」
「おいおい。翔はラブコメの主人公か何かか?この話の流れで行けばメンズ浴衣に決まってるだろ?」
「いや……どう考えてもこの話の流れなら百合の同人誌では?」
「細かいことは気にしたら負けだぞ」
勝ち誇ったような顔を向けられる。何故か、翔の方がおかしいような空気になっていたので、翔はカルマの脇腹を小突いておいた。
「兎も角だ。彼女達が浴衣を着るんだから隣に並ぶ俺達が洋服じゃ、締まらないだろ?」
「カルマがまともなことを言ってる……」
「俺をなんだと思ってるんだ……」
この夏休みの間に何かしらがあったようだ。
蛍が満足気に頷いている。
大方、どこかへとデートでもした時に色々と仕込まれたのだろう。それを披露して、自分に自慢したいのだろう、というところまでは想像ができた。
「翔くん」
「ん?」
「家に結構な数の浴衣があったはずなので見てもらってもいいですか?」
「いいけど……」
「翔くんが気に入ったものを来ていきます」
翔は桜花の微笑ましくなるような動機にそっと頬を赤らめさせた。
カルマも蛍も急に桜花がそんなことを言うとは思ってもいなかったらしく、しばらく目を丸くして驚いていた。
しかし、驚きから解けた時には一瞬にして、翔を弄ってくる。
「お〜?これはいちゃいちゃかな?」
「響谷翔被告。言い残すことは?」
翔は何も答えず、桜花をじっと見つめた。
それは、そんな言葉をこの沢山のクラスメイトがいる中で言わないで欲しい、という願いと、翔のために尽くしてくれようとしている姿に嬉しさを感じたからだ。
「桜花」
「はい」
「今すぐ帰ろう」
気付けば運がいいことにもう放課後になっている。
翔はいつもよりも少し急ぎ早に桜花の手を引いて教室を出た。
「自然に手を繋いで帰ったね」
「お、俺達も……」
「ん?じゃあ。はい」
恋は段々と実を成しているようだった。