第149話「翔の部屋」
夏休みとはいえ誰しも遊びに出かける訳では無い。いつもは居ないはずの両親がいるならば尚更それは顕著に現れる。
特に買わなければならない食材や家具などはなかったので、家でのんびりすることにした。
翔は窓と扉を閉めてエアコンのスイッチを入れ、テレビの電源を付けた。
しばらく耐えていると、たちまち空気が回り、温度が下がっていき、快適になる。
「やっと涼しくなりました」
「えっと……。何故ここに?」
気付くとそこには桜花が居た。翔は目を丸くさせ、桜花に訊ねた。
「正面切って言いたいことを言ってしまったので……居た堪れなくなったといいますか……」
「僕の部屋で良ければどうぞ」
「ありがとうございます」
翔は元から追い出そうなどと思ってはいない。理由を聞いたのはただ驚いたからだ。
翔の部屋は他の人のものと比べると大きい方で、設備も完璧に整えてある。
エアコン、テレビ、マンガ、小説……。
一日を潰そうと思うと潰せるものが揃っていた。桜花の部屋にもエアコンは取り付けたが、ほかは無い。元々が物置部屋だったし、桜花が欲しいとも言わないからだ。
テレビなどはリビングに行けば大きいものがあるので、必要は無いのだろうが、それにしても物欲は少ない。
「好きな所に座って」
「ではお隣に」
さらりと何事もないように翔の隣に座る。好きな所が自分の隣だ、と行動で示されて、翔は顔が赤くなるのを必死で食い止めた。
流れているテレビの内容が全く入ってこない。むしろ、隣に座る桜花の仕草や息遣いの方が気になって仕方がない。
「これが本当のお家デートなのでしょうか」
桜花が突然ぽつり、と呟いた。
お家デートとは彼氏か彼女のどちらかの家に遊びに行くことを言うらしい。前にカルマが嬉しそうに教えてくれたのを思い出す。
翔達の場合、どちらもが同じ家に住んでいるので、朝会話をするだけでもうお家デートをしているといっても過言ではない。しかし、桜花にとってそれはいつもの生活であり、蛍が学校で惚気るお家デートとはまた違うのだろう。
翔は桜花がそんなことを考えてくれていたのか、と嬉しさを覚えつつも、桜花以外の彼女を持ったことがないので、これがお家デートであるのか、そうではないのかの判断は下せない。
「僕達がそう思ったならお家デートでいいんじゃないか?」
「翔くんはそう思ってくれていますか?」
「あぁ、思ってるよ」
「でしたら、これはお家デートです」
肩が触れ合う。
きっと桜花が翔との距離を詰めたのだろう。エアコンを効かせて涼しくしているのに引っ付いて温め合うなんて、と思いつつも感情が優り受け入れてしまう。
「お家デートよりもお部屋デートかもな」
「お部屋デート、ですか?」
流石に密室感があって、わくわくするだろ、とは言えなかった。
しかし、桜花は翔の思い付きにそうですね、と嬉しそうに合わせてくれた。
「そう言えば桜花の部屋に入ったことないな」
「今は両親が使ってますし……」
「そのうちに帰るだろ」
「うぅ……」
暗に部屋に入りたい、と告げると桜花は面白いくらいに渋った。
乙女の部屋に入らせたくない、というのはあるのだろうが、翔の部屋には入ってきているし、両親も入れたならば翔も入らせてくれても良さそうなものだ。
「き、汚いので」
「桜花の部屋が汚い訳ないだろ」
「み、見せられないものがあるので……!」
「見せられないもの?何それみたい」
「ダメですっ」
翔が更に興味を持ってしまったからか、桜花が慌てて首を振った。
しかし、見せられないものとは一体何なのだろうか。
「そこまでして僕を入れたくないのか……」
今度は泣き落とし作戦に切り替える。興味津々、好奇心の塊だった、幼少期の翔とは一転し、今度は彼氏を意識してより感情を揺さぶる。
「そこまでして、という訳では無いのですが……」
「ダメなんだろ?」
「うぅ……。泣きそうな瞳で言われても困ります」
翔は心の中で小躍りするほど喜んでいた。
もう少しで押し切れる。
禁断の部屋を遂に見ることが出来る、と。
しかしその油断が命取りとなった。
「実は笑ってますね?」
「ハイ?ゼンゼンマッタクコレッポッチモワラッテナイデス」
「どうしてカタコトなのですか」
「それは言えないような秘めた思いが……。あっ」
「翔くんのばか。もう入れてあげませんっ」
桜花が翔の腿を叩いたあと、ツンとそっぽを向いた。
(ぬぉおぁあああッ?!やらかしたぁあああ)
こうなってしまえばもう桜花の部屋が云々などと言ってられない。最優先で桜花に許して貰わなければならない。
「ごめん、ちょっとした出来心で」
「ごめんなさいで解決するなら警察はいりません」
「どうしても見たかったんだよ〜。ごめんな」
翔は桜花を背中から抱き寄せた。首辺りに顔を埋めて許しを乞う。見た目はとてもお許しを願う姿ではなかったが、桜花が羞恥に耐えようとしているところを見ると、効果は少なからずあったらしい。
「……はぁ。分かりました。今度、私が部屋をしっかりと整理したあとで良ければ」
「ありがとう!やった!」
翔は喜びを表すかのように左右に揺れた。桜花をホールドした形になっているので、つられて桜花も左右に揺れる。抵抗がないので受け入れているのだろう。
生憎と後ろから抱きついているので顔を見ることは出来ない。
「整理した後ですからね!」
「……何があるのか調べよ」
「聞こえてますよっ。翔くんがそうするのなら私も今から調べますよ?」
「どうぞどうぞ!僕の部屋にやましいものなんて……」
段々と顔面蒼白になっていくのが分かる。やらし過ぎるものが机の引き出しの中に君臨していることをすっかり忘れていた。
「やっぱなし!調べないから桜花も調べない方向で手を打とう?な?」
「何か隠しているのですか……?怪しい」
隠しているので当たり前なのだが、翔は見つかる訳には行かないので必死だった。
結局、翔がずっと桜花をホールドしていたので、調べられることは無かったのだが、いつ抜け出されるのか、とひやひやしていた翔は冷や汗が止まらなかった。