第148話「音信不通」
充の義母、桜花の育て親に当たるその人は、はっきりとものを言うお婆さんだったらしい。
桜花が礼儀正しいのも、幼少期から仕込まれたからかもしれませんね、といって笑っていたことが思い返される。
「私達が好きで音信不通になった?そんなことはあるわけが無い。可愛い娘に会いたくない親などいる訳がない!」
充は吼えた。
一人の立派な父親として叫んでいた。
「私の選んだ選択が間違っていたんだ。私一人が先に旅立ち、その後に来てくれればそれで良かったのだろう。たったそれだけの選択肢が他の感情に埋もれて出てこなかった」
充は懺悔する。自分の疎かだった行動とその時の自分自身に。
「義母に頼む時にも猛反対を食らったよ。「貴様らは何のために子を授かったんだ!あまりに無責任すぎる!……そんな親は親ではない。勘当や。儂が面倒見る。アメリカでも何処でも行ってしまえ!」なんて、激怒されたな」
「おばあちゃんが……」
「虫のいい話だったのは充分承知の上だった。だけど、その時の私はそれ以外に案がなかったんだ」
親友の家に預けるぐらいならば血の繋がりのある祖母の所へ。その思考回路は分からなくもないが、やはり、最善とは言えない。
「それから私も佳奈も電話したり、手紙を送ったりしていたんだ。だけど、桜花のその様子だと、お義母さんが処分していたようだね」
「……そう言えば、おばあちゃんは私を電話に出させようとはしませんでした。「可愛い子は悪い大人に狙われるからね」と言われて……」
「お母さんはやると決めたら絶対にやる人だったから……」
桜花の祖母はきっと、もう両親を見限っていたのかもしれない。何が大切で何が優先なのか。それを見失ってしまっていた自分の娘と義理の息子に愛想を尽かしてしまっていたのかもしれない。
だが、どうして今になってこの2人は桜花と会えているのだろうか。桜花のおばあちゃんの話だと、もう二度と会わせないようにしていたように感じたのだが。
「どうして……?」
「私達がこうして会えている理由かい?」
「そうです」
「義母から頼まれたからだよ」
充は重々しく口に出した。
「腰を悪くした義母は苦渋の決断で、私が是が非でもと置いていった修斗の家の住所を桜花に教えた。そして、桜花はここへと来た」
「はい、そうです。おばあちゃんが「ここに行けば儂といるよりももっと幸せになれる」と言って……」
「その後、義母に呼ばれて私達は義母の家へと赴いた」
そこで頭を地に擦り付けてまでして何とか許して貰ったらしい。
寝込みを襲う、と言ってしまえばそれまでだが、おばあちゃんも自分の身体が万全とはいかなくなってしまったために、不安に駆られたのだろう。
桜花には「両親はアメリカで仕事をしている」と真実を告げていたらしい。
「連絡がなかったのは……おばあちゃんが止めていたからですか?」
「そういうことになるな……」
「私のために……。私が傷つかないように……」
桜花は身に染み込ませるように何度も何度も繰り返す。
桜花にとって、育ててくれたおばあちゃんは放ったらかしにして仕事をしていた両親よりも大事な人で、大切な人なのだろう。
連絡を遮断したのは桜花が悲しむのを防ぐため。年頃の子供が親と一緒の時間を望むのは当然のことで、それはいくら育て親だと言っても祖母には務まらない、言ってみれば親だけが持つ特権だ。
電話口でさえ、それを触れさせてしまえば、無関心だった親に対しての気持ちを芽吹かせてしまうことになる。
それはもう少し育ってからでいいだろう、と決めたのだろう。だからこそ、今の桜花は両親がいることを知っているし、自我が成長して泣き喚くようなことも無い。
だが、それは表面上の話だ。
内心は荒ぶっているかもしれないし、澄んだ海のように静かなのかもしれない。
「おばあちゃん……ありがとう……ございました」
「……」
誰も何も言うことは無かった。
しばらく、ありがとうございました、と繰り返した桜花は息を吐き出したあと、充をしっかりと見据えた。
「私は心から許すことはできません。音信不通だったのが、お母さん達の意思ではなくて、おばあちゃんが妨害しているということも聞いた上でも変わりません」
「そうか……」
「でも、こうして、会いに来てくれました。やっと会うことが出来ました。それはきっと、私が思うよりも色々な葛藤があったのだと思います。だからこそ、私はお母さんとお父さんに感謝しています」
「桜花……」
「ようやく本当に両親として、「お父さん」「お母さん」と呼べそうです」
ごめんなさい、と笑う桜花に充達は涙を浮かべていた。
充達よりも圧倒的なまでに大人な桜花に翔は感嘆するしか無かった。
罵声を浴びせるように煽ったとしても、きっと同じようになったに違いない。
桜花の中ではきっと、祖母の思いやりが変な方向へと行ってしまっただけで、充の最初の選択以外は間違いなどなかった、と思っているのだろう。
本当の意味で桜花が自分から解決した。
それを祝福するために、翔は修斗が飲んでいた珈琲を一気に飲み干した。
「げほっ……げほげほ……」
「人のを飲んで咳き込むな」
気管支に入ってしまったらしい。咳き込んでいると桜花が近くまでやってきて、背中を摩ってくれた。
「大丈夫ですか?」
「何とか。……桜花は?」
「解決しました」
耳元で囁かれて背筋を撫でられるような錯覚に襲われた。