第14話「いつも出来事は唐突に」
ごめんなさい。遅れました。
「翔、桜花ちゃん、ちょっといい?」
2人仲良く、とまでは行かないが帰宅した翔達に梓は「おかえり」も言わず、早々に話を始めようとした。
「カバン置いてからでもいいか?」
「響谷くん、手洗いもです」
しかし、2人は、というより桜花からお小言を貰った翔は洗面所へと行く。
その光景を見た梓は付き合いたてのカップルかのように見えた。
「何だよ、そのニヤニヤした顔」
「いいえ?何でもないわ。手を洗ってらっしゃい」
「分かったって。……僕が幼稚園児みたいじゃないか」
翔はぶつぶつ言いながらも手を洗う。
翔と交代して桜花も手洗いをし、荷物を部屋に置いてから再び1階に降りてきたところで、先程、中断していた話を再開した。
「で、話かなんかあるんだろ?」
「そうよ。いつもは翔だけだったから言ってこなかったけど今年からは桜花ちゃんがいるから」
翔はそれでピンと来たが、桜花はさっぱりな様子で何の話かと不思議そうにしていた。
「今年はいつまでだ?」
「そうねぇ。1日と7日と8日にお休みをとって、5月1日から10日までかしら」
「長いな」
「あら?私がいないと不安かしら」
「誰が」
ハッと鼻で笑い飛ばす。
不安を覚える時期もあったが、それでも問答無用で行ったのは梓達であり、それもまた昔の話。
強いて言うなら金銭的な不安が残るぐらいだった。
「あの……。つまりはどういうことなのでしょうか」
「旅行だよ。ゴールデンウィークで母さんと父さんが新婚旅行以来ずっと行ってるらしい」
「仲睦まじいですね」
「前に見てるだろ……」
両親の仲がいいことはいいことだとは思うのだが、少し仲が良すぎる気がしている翔は毎回この旅行で存分にやっていただいて、普段をもう少し抑えて欲しいと切に思っている。
「私もあのような風になりたいです」
「え?」
「あらあら」
桜花がサラッと口にした言葉に翔よりも梓が大いに反応した。
桜花は自分の言葉がどのように誤解されたのかを察し、少し目を丸くさせ驚いたものの、それに留めておいた。
変に言葉を重ねるとバレてしまう。
翔は「両親みたいな?」と少し引き気味でいただけで、梓の考えているような事は頭にないようだった。
「頑張りなさいね、翔」
「僕は絶対に両親のようにはならないつもりだから」
「私達の血が流れているのよ?そうなるに違いないわ」
「はぁ……」
こうなってしまうと翔がどれだけ言っても聞く耳を持たない。
翔はこれ以上自分の意志を伝えるのは諦めた。
「響谷くん、なんかごめんなさい」
「いや、母さんが変に考えているだけだろ、気にするな。双葉的には彼氏が出来たら仲良くしたいってことだろ?」
桜花が梓に変な誤解をさせたことを謝った。だが、翔もそれは分かっていたようで別に彼として気になっていたことを訊ねた。
「そうですね。出来ませんが」
「つくる気がないだけに見えるけど」
「つくる気がない人は居ないでしょう。あの前に言ってた友達を作る時でさえ「人間強度が下がる」人は分かりませんが」
「大丈夫だ。あの人、彼女はいて、ほとんどハーレム状態だから」
吸血鬼にもなったし、と心の中でつけ加える。
「全然大丈夫ではないですよ?」
ライトノベルを読み漁っている翔からしてみれば、最早ハーレムは現実では手が届かないが、話の展開では普通に有り得ることだと抵抗がなかったのでその意見は新鮮だった。
「その様子なら長い間、家を空けても大丈夫そうね」
「なんだ、心配だったのか?」
「えぇ。いつもは翔1人だったから心配してなかったけど、桜花ちゃんが居て、翔と2人は少し心配だったのよ」
「別に変わりはしないよ」
「前から気になってはいたんだけど、苗字で呼び合うことぐらいは変わってもいいと思うのよね〜」
びくっと何故か桜花の肩が震えた。
翔は「それは僕達の問題だ」と言いたかったが、言っても無駄になりそうだったので、もう黙っておくことにした。
しかし、的を射た指摘なのは間違いなかった。
学校でもちらほら下の名前で呼び合っているようなものが聞こえてきていたので、別に呼ぶことに不思議は感じなかった。
「分かった。善処する」
一応、断りを入れておく。
桜花は勢いよく翔の方を向いたが、目を合わせるとほんのり頬に赤みがさしていた。
「良かったわ」
梓は「ね」と最後に口だけで声は出さずに付け加えた。
翔は梓を見ていなかったので気付くはずもないが、これは間違いなく桜花に向けられたもので、それを桜花も察し、更に赤みを増した。
うふふ、と笑う梓に何か良くない事を察した翔。
「もういいか?」
「えぇ。2人仲良くゴールデンウィークは過ごすのよ?」
「余計なお世話だ」
「お2人も」
「ありがとう、桜花ちゃん」
桜花は翔より、先に階段を上がり部屋へと戻っていった。
翔は垣間見えた頬が赤くなっているのに気付いたが、理由にはさっぱり気づかなかった。