第124話「お化け屋敷」
日本一怖い、と宣伝しているだけあって、そのお化け屋敷は長蛇の列を作っていた。翔達もその最後尾に並び、時折聞こえてくる断末魔に心を躍らせながらその時を待った。
幸いにも誰もわくわくを募らすばかりで、不安に思う人はいなかった。
「宇宙の彼方に、さぁ行くぞ!」
「お化け屋敷ですけどね」
珍しく桜花がカルマのボケにツッコミをいれた。本来は翔の仕事なので、少し取られて寂しい、と思ったが、桜花の方が早かったのだから仕方ない。
盛大に巫山戯るのは少し怖いからだろうか。
「カルマくん!行くよ!」
蛍がはじめの一歩を強引に踏み出させる。腕を絡ませて、まるでもう新婚の二人かのような出で立ちで、恐怖へと向かう。
翔はその様子を見送りながら、小さく「ほぅ」と感嘆の言葉を漏らした。
まだ、翔は腕を絡ませて歩いたことがない。どんなものなのだろうか、と不思議に思い、してみたい、と心を燻られるが、恥ずかしいだろうな、という冷静な思いも少なからずあり、言い出すことなく、終わっていた。
カルマは急に腕をとられても、動じることなく受け入れていたので、前から経験があったのだろう。
「私達も行きましょう?」
「あ、あぁ」
深い思考に入りかけていた翔はつっかえながらも桜花に応え、二人で手を繋いで入った。
「真っ暗じゃん」
「何も見えませんね。目が慣れるのを待ちましょう」
中に入ると真っ暗だった。当たり前の事だが、外が昼なので余計に暗く感じた。
しかも心做しか、冷気のようなものが立ちこめているように思え、おどろおどろしい感じがした。
(まぁ、演出だろうけど)
かの有名な大老師も言っていただろう。「お化け屋敷は怖くない。だが、人は怖いので、つまり、人がしているお化け屋敷は怖い」と。
それは怖いと言ってないか?
だが、翔は人嫌いではない。須藤のような人間は自分には合わないので、あまりお近付きになりたくはないが、どうしても、と言われれば一緒のグループになることや、遊ぶことなどはできる。
そもそも人嫌いならば、彼女はいない。
「大分慣れてきた」
「私もです」
朧気ながらも段々と視界が明瞭になっていく。試しに、桜花の顔ギリギリまで自分の顔を近づけてみる。
「近いです」
「よく見えるな」
「……むぅ」
離れなかったからか、桜花が手でぐーっと翔の顔を離した。
暗闇の中でははっきりと分からなかったが、恐らく頬を染めているのだろう。桜花が挙動不審になったかのようにきょろきょろとしている。
「先行くぞ」
「ま、待ってください」
少し先行すると、桜花が翔の手に自分の手を重ねてきた。
どうやら平気とは言っても、一人ではやはり不安なのだろう。翔は苦笑しながらその手を受け入れる。
『ここは血塗られた悲劇の洞窟』
そんなアナウンスとともに、ぶしゅっ!と霧状の何かが翔達を襲った。
「ひゃっ」
桜花が短く悲鳴を零す。
翔は動じることなく、平気そうな顔をしていた。
翔も大老師も恐れているのはこのような機械による脅かしではなく、人が実際に驚かしてくる方だ。
人は視線だけでものを語れるように、全力でその気になれば、心の底を見透かしてくるようにも、恐怖を植え付けるようにも、如何様にもできる。
だが、それであっても翔は耐えなければならない、と思っていた。
男を見せる時である。
「あぎゃああああああ!!」
遠くの方から男の悲鳴が聞こえてきた。
それは待ち望んだ男の悲鳴で、翔は桜花と目を合わせて笑い合った。
「聞こえたな」
「聞こえましたね。そんなに怖いものがこの先にはあるのでしょうか」
「どうだろうな。何せ日本一らしいから、想像ができないや」
「絶対に離れません……!!」
そっと寄り添いながら言ってくる桜花に、翔はこのままの状態が続けばいいな、と頭の片隅で思ったが、このままずっとお化け屋敷の中にいる訳にも行かないので、こほん、と一つ咳払いをして、そっと腕と胴体の間を空けた。
「……」
「……」
お互いに何も言わなかったが、意味することはちゃんと伝わっていたようで、桜花はおろおろとさせながら、翔の腕に自分の腕を絡める。
「これで絶対離れることは無いだろ」
「そうですけど……」
何やら不満そうな桜花に、翔はどうしたのだろう、と思い訊ねた。
すると、桜花は拗ねた口調で、ぼそりと呟いた。
「……これでは翔くんは何もしてくれていないです」
「ん?……あぁ」
少し考えて、ようやく翔は桜花が何を言いたいのかを思い当たった。
腕を絡ませたはいいものの、それは言わば桜花が翔の腕に捕まっている状態と言える。
桜花が不満なのは正にそこで、翔にも何か返して欲しいらしい。
もっと具体的に言い表せば、
「これでいいか?」
「……はい」
翔は桜花と絡めている方の手を繋いでやった。しかも、深く、密着する形だ。
どきどき、と激しくなる鼓動を抑えようとする。
桜花は恥ずかしそうに俯いたかと思うと、すっと翔に寄り添い、肌が触れ合った。
(お化け屋敷……恐ろしいな)
これが家だったなら。もしくはどこかで二人きりだったならば。
出来たことを抑えなければならないという苦痛を感じながら、翔は桜花の手を強く握り返してやった。
それに反応して同じように握り返してくれる桜花に何か言葉に表しにくいものが心の中から噴水のように溢れ出てくるのを感じた。