第116話「一学期終了!!」
修業式は滞りなく進み、翔達、生徒は毎年の恒例となりつつある、校長先生や生徒指導課の先生の話を話半分に聞いたあと、各教室に戻った。
成績表については三者面談によって渡される手筈となっていたが、翔と桜花は例外措置として、郵便で配達されるそうだ。
だから、この空間に誰一人として成績に震えている生徒はいなかった。代わりとして、男子の団体からは「彼女ぉ……」と落胆する声が聞こえ、女子の団体からは「夏休みさ〜」ともう夏休みの計画を話していた。
「夏休みか……」
夏休みに誰かとどこかへ遊びに行く、などと小学生の時から経験してこなかった翔にとって、明日のカルマ達とのお出かけは初めてのことだと言えた。
そんな感慨深く呟くと、カルマが勢いよく翔の背中を叩いた。
「一学期が終わって感慨深くなったか?」
「カルマか」
「愛しの彼女じゃなくて悪かったな」
「落胆の意味で名前を呼んだ訳じゃないぞ」
誰かと思えばカルマだっただけで、桜花だったら良かったのに、とか桜花じゃない……と思ってはいない。
「明日のこと忘れてないかな、と心配になってな」
「それはない。僕も明日は楽しみにしてるんだ」
「買い物に付き合ったんだろ?」
どうしてカルマが知っているのだろうか。翔は驚いてカルマの顔をまじまじと見つめた。
「蛍が双葉さん経由で教えてくれた」
さして気にした様子もなく、カルマは理由を口にした。
その理由を聞けば、まぁそうか、と納得もできる。
正式に付き合うことになってから、蛍が桜花にぐいぐい聞きに行くことが多くなったようだ。
女子としてはそういうことが気になるのだろうか。その辺に疎い翔はそういうものか、と思っている。
「翔も何か俺に教えてくれよ」
「は?何をだよ」
女子だけではなかったらしい。もしくはカルマが女子なのか。
カルマが何を求めているのかを薄々察しつつも、とぼけてみた。
「俺に惚気をくれ!」
「欲望に忠実すぎるだろっ!!」
「今までずっと待ってたんだよ〜。一つぐらいさ〜。ねぇねぇ」
「うざい。鬱陶しい。離れろ」
「いやん、酷い」
「いってろ」
カルマが泣きついてきたので、邪魔だとばかりに剥がす。
いつもと雰囲気の違うカルマに何か違和感を感じたが、その雰囲気が逆に触れてくれるな、と言っているように思えて、翔は何も言わなかった。
「……服を選んでもらった」
「うん?」
「明日着ていくための、服を桜花に選んでもらった」
「その先を知りたいけど、明日の楽しみに取っておいてもいいか?」
翔としてはこれ以上をここで言うつもりはなかったので、カルマの提案に首を振って応えた。
カルマが泣きついてきた辺りから、クラスの男子の団体の視線がちらちらと翔達を捉えていて、話しかけられそうな雰囲気であった。
その中心にはやはり、というか須藤がいて、あまり関わりあいにはなりたくなかった。
カルマは力で圧倒的に勝っていたので、特に気にした様子もなかったのだが、翔の様子を見て場を読んでくれたらしい。
「そっちはどうなんだ?」
「俺達は毎日仲良しだぞ」
「そうか」
あの相談をしてきたカルマがとても懐かしく思えた。結局は何もすることなく、ただ会話をしただけで、カルマは自分の恋を実らせた訳だが。
兎も角、仲が良さそうで何よりだ。
「明日楽しみだな」
「翔、一つ、いいことを教えてやろう」
「いいこと?」
翔が本当に楽しそうに言うと、カルマは変に真面目腐った表情で人差し指を立てた。
翔はいいことに対して不穏なものを感じたが、止めなかった。
「ダブルデートは難しいんだ」
「はい?」
「人っていうのはまだお互いに恥ずかしさがあると、より気が知れている同性と並んで歩きたくなるものなんだ」
「はぁ……」
「だから、俺と翔。蛍と双葉さん。っていう組み合わせが発生するかもしれない」
「それのどこがいいことなんだよ」
「先に知っておけば手を打てるだろ?あとは美少女が仲睦まじくしているところを拝める」
「欲望に忠実すぎるだろ……」
翔は今度は呆れたように言葉を漏らした。
翔もその可能性を考えなかった訳では無い。
折角のダブルデートで隣がカルマとはどこか悲しいものがある。
カルマの変態じみた百合言動も無きにしも非ずではあるが、それは別に自分達の彼女ではなくてもいいのではないだろうか、というのが翔の正直な気持ちだった。
「さて、翔。どうするよ」
「カルマと隣は避けたいな」
「ちょっとその言い方は傷つかないことも無いぞ」
二重否定で面倒な言い回しになっていた。だが、ダブルデートがテーマなのでそれでは本末転倒だろう。
「手でも繋いでおけよ」
「えっ……。翔の前でか?」
「どうしてここで乙女心をだす?!いつものカルマはどこへ行ったんだ」
「空の彼方へ消えてった」
「捕まえてこい」
「んな無茶な」
だが実際にカルマは少し変であるし、対処法としてもこれぐらいしか思い浮かばない。
あとは桜花や蛍に事前に言っておく、というのがあるが、それでもその時の恥ずかしさや緊張感に襲われるとそれを思い出すことも無くなってしまうだろう。
「どれだけさり気なく隣に陣取るかによるんじゃないか?」
「提案したのは俺だけど、だからこそ緊張するな……」
「緊張の仕方がおかしいぞ?」
今、カルマに必要なのは提案したことにより発生した責任などではなく、ただの蛍の彼氏としての行動だ。
いよいよ何かあるな、もしくはあったな、と翔は確信した。
ぱっと思い付くのはあったが、外れていると不快にさせてしまいそうなので、後で桜花に相談しよう。
「元気出せ」
翔は色々と意味を込めてカルマの背中に元気を入れた。カルマはわかっているのか、分かっていないのかは兎も角としても「お、おう」と戸惑いながらもそう答えた。