第10話「秘密は語られる」
いつもの時間……とは一体何だったのか……
ごめんなさい、更新忘れてました
それから2人は自由な時間を過ごし、桜花の本の続きを読んだり、スーツケースの中の荷物の整理をしたりした。
途中、桜花が「勉強はしておいた方がいいですね」と教科書を少しだけ持って降りてきて勉強を始めたのは心底驚いた。だが、驚いてばかりもいられない。
翔も、桜花と同じ高校1年生だ。
出だしから挫ける訳には行かないし、何より近くで勉強されると謎の焦燥感にかられてしまう。
そうして一息つく頃には母親が帰宅し、辺はすっかり夜になっていた。
「翔ぅ〜。ちょっと手伝って〜」
「はいはい」
母親に呼ばれ、翔は勉強を中断し立ち上がった。
「あの……私も」
「いや、いい。今日の主役に手伝いはさせられないからな」
翔はそう言って母親のもとへ行く。
「あら、いつもは手伝ってくれないのに」
「今ぐらいしか聞ける時がないだろ?」
「それもそうね……。桜花ちゃんがいない時に聞いておきたいなら今しかないでしょうね」
まるで試すかのような物言いに少しだけ不安が生じた。
今聞いておけば今日1日、心の中にあったもやもやはすぐに解消される。
ただそれだけのはずなのに、少し迷ってしまった。
「いいのね?」
「あぁ」
「じゃあちょっとながらになるから質問形式にしましょう。聞きたいことを言いなさい」
「じゃあ遠慮なく」
元より実の母親に遠慮、謙遜など、ない。
「どうして家に来た?」
「桜花ちゃんのご両親に頼まれたからよ」
「実の娘を頼めるほど仲のいい間柄なのか?」
「そうよ。翔が産まれる前からの付き合いですもの」
「頼むようになった理由は?」
これは他の家庭の事情である。そんなことを聞いてもいいものか、と少し戸惑ったが、聞ける時に聞いておこうと思った。
「ご両親は共働きで世界各国に飛んでいくエリートなのよ。最近まではおばあちゃんがお世話していたけど腰を悪くしてしまったらしくて」
「他の親戚はいないのかよ」
「居るにはいるみたいだけどそれは今度は桜花ちゃんが嫌らしくて」
「それで巡り巡って我が家か」
「そうよ。何故か桜花ちゃんも拒まなかったらしいわ」
手を動かしながら会話を続ける親子。
注意力散漫に見えるが、手際は早く、正確だ。次々にパーティ用の逸品が出来上がっていく。
「母さんとの接点は何だ?」
「高校生の時からの友人、かしら」
「どうして疑問形なんだ……」
「最近物忘れが……」
「ババアか」
「ふんぬっ!」
翔が言い切る前に神速の手刀を翔の脇腹に差し込んだ母親はすーっと、深く息を吐いた。その光景はまるで空手家さながらのようであった。
「翔の質問はこれで終わりかしら?」
「なら最後に。僕と……」
ーー僕と双葉はどこかで会ったことあったか?ーー
そう訊こうとした。
だが言えなかった。
会ったことあるかどうかなんて、自分がよく知っていないとダメなことでは無いのか。
そもそも会ったことあると思ったのも、質問をしていく内にふと思ったもので、かねてから考えていたことではなかった。
「何かしら?」
「いや、なんでもない。双葉は親の事情で家族と住めなくなり、代わりに高校時代からの友人であったこっちに白羽の矢がたった。断る理由もなかったし娘も欲しかったから受け入れた、と。こんな感じで合ってる?」
「どうして娘が欲しいなんて言ってないのに分かるのよ。まぁ、そのまとめ方だと60点が関の山ね」
「どういう意味だよ?」
「そのままよ。その要約には一番大事な部分が欠落しているわ。もう聞くのはダメよ?最後の質問は「なんでもない」って言っちゃったんだから」
「げ。まぁいいよ。これから見つけるさ」
探す気があれば、と心の中で付け加えた。
これで大体の概要は掴めた。
どうしてここに暮らすことになったのか、どうして母親は受け入れたのか。
その疑問は若干の闇を残しつつも翔の頭の中で明らかになった。
「さて、準備完了ね。お父さんが帰ってくる前にお風呂に入っておきなさい」
「溜めてくる」
「その前にどっちが先に入るか決めなさいよ〜」
すっかり桜花のことを失念していた。
勉強中の桜花に風呂の話を振るのはあまり気持ちが進まなかったが、ここを進めなければ風呂に入れなくなるので心の中で詫びを入れつつ、桜花に訊ねた。
「双葉」
「何でしょう」
「風呂入るか?」
「は?」
氷点下50度はくだらない程に冷えた声を出す桜花に翔は再び自分がやらかしてしまったことを悟る。
「えっと……。先に入るか、後にするかを聞きに来た」
「どちらでもいいですよ。響谷くんの好きな方で」
「その言い方は困る。僕が選ぶ羽目になっているじゃないか」
「そうですね。では今日は先に頂きます」
思ったより早く決まった。
「今日は」という部分には強く引っ掛かりを覚えたものの、明日は明日の自分が何とかしてくれるだろうと匙を投げ、考えるのをやめた。
そして30分ほどたって桜花が風呂から上がり、その半分の時間で翔は済ませた。帰ってきてからのようなハプニングがなかったのは心理的にも時間的にも有難かった。
その間に父親が帰ってきたようで、翔がタオルを頭に巻いて出てくる頃には食卓に豪華な料理が並んでいた。