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てんこもり ~帰宅部、異世界を征く  作者: Podos
第二章

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第97話 学院二年目 ~牧場防衛戦


 管理舎に戻り、場長に俺たちの参加を伝えた。

 身分を知っているのもあり、異議は出ない。

 むしろ「なんでしたら、依頼料の増額を掛け合って……」とか言い出したので、丁重にお断りする。『破翔』は首を傾げていたが、詮索されても面倒なのでさっさと話を進めることにした。


 応接室でデイナが淹れてくれたお茶を前に、『破翔』の調査報告を聞いていく。

 やはり襲撃者はデクラマだった。

 森で羊の残骸が見つかり、その周囲に無数の足跡や爪痕があったという。

 ただ、その数は少なくとも十を越え、ヴェロットではそれ以上の判断はできなかったそうだ。


「後で案内してもらえるか。僕も見てみたい」

「是非。よろしいですか、リーダー」

「ああ、そうしてくれ」


 セキエスは応えると、全員を見渡す。


「では、改めて状況を説明しよう。俺たちが依頼を受けたのは二日前だ。それから夜の間は見張り、午前中は警備兵に任せている。元々の警備は四名、今は増員されて十名だが、彼らは街の警備と交代制のため対魔物の経験が少ない。人数どおりの戦力と思わないでくれ」


 俺たちを加えると十九名か。

 警備が人数以下だとしても、かなりの戦力である。


「人数は増えたが役割を変える気はない。俺たち冒険者は夜の間、見張りだ。日中は街道を通る者も多く、草原は見晴らしが良い。突破してまで襲ってこないだろう」


 セキエスは言葉を切ると、問いかけるように皆に視線を向けてきた。

 早速、テッドが手を上げる。


「夜に見張りをするのは分かった。それより、なんで五日も襲ってこないんだ?」

「警備兵を見たんだろうな。俺たちが来る前に増員され、巡回を強化したそうだ」

「だったら、こっちから出向いた方が早くないか。デクラマは草原が苦手なんだし、人も多くなってる。すぐに襲ってくるとは思えないけど」

「それは最終手段だ。森でデクラマを見つけても、牧場を襲った犯人か判別できん。広大な森ですべて退治するのも不可能だ。それと、確かにデクラマは草原が苦手だが、出たがらないのは別に理由がある。草原に人間の領域があるからだ。おそらく、今回の群れはセレンに来て日が浅い。ここが人間の支配地域、強烈な反撃を受ける土地だと知らないんだ。いずれにせよ、来ないようなら討伐に向かう。その時期は状況を見て判断する」


 了承して引き下がるテッドに、俺は感心していた。

 あのテッドが、ここまで考えるようになったか。

 棒きれを振り回していた頃とは比べものにならない。いっぱしの冒険者になったものだ。


「あの……」


 今度はネイルズが手を上げた。

『破翔』の視線が集中すると身を小さくさせてしまったが、ジェマに背中を小突かれ、どうにか話し出す。


「は、働いている人の、護衛はどうしますか?」

「どういう意味だ?」

「毎日、牧場まで通ってますし、道中で襲われるんじゃないかと……」

「そうか、有り得るな。よく教えてくれた」


 セキエスに褒められ、ネイルズは顔を赤くした。

 街の周辺で魔物に襲われる確率はかなり低いが、平時と異なる状況のため、ネイルズの心配も(まと)(はず)れではない。

 セキエスは顎を撫でながら思案していたが、おもむろにテッドたちへ問いかけた。


「デクラマとの戦闘経験は?」

「無い。戦ったのはゴブリンとヌドローク、あとは狼とかの動物で、オークは――勝てる気がしなかった」

「正しい判断だ。お前たちはまだ若いから、技術が足りていても大型の魔物はきついだろう。無茶は馬鹿のすることだ」


 そう言ってセキエスは笑いかける。


「では、護衛は『セレード』に任せよう。デクラマとの戦い方は後で教える。やってくれるか?」

「任せてくれ」


 テッドは即座に承諾、他の者も力強く頷いた。


 そして(こま)(ごま)とした打ち合わせも済ませると、テッドたちはデクラマについて教わるため管理舎に残り、俺はヴェロットの案内で羊の残骸を見つけた場所へと向かった。


「有望な少年たちですね。幼馴染みですか?」


 森に入ってほどなく、先行するヴェロットが話しかけてきた。


「依頼の途中で出会ってな。冒険者を目指していると言うから、少し教えてやったんだ。それより、いつセレンに来たんだ? ギルドで見たことないが」


『破翔』の戦闘力は、野外演習を仕切る『セルプス』よりも上だった。

 それだけの実力があれば、聞き覚えがあるはずだ。


「そうでしょう。拠点を移したのは半年前ですが、護衛依頼で出払ってばかりです。セレンにはほとんど滞在していませんので」

「移した意味がないな」

「はは、ここで護衛依頼を嫌がったら生活できませんよ」


 背を向けたまま、ヴェロットは楽しげに笑った。

 常時依頼だけでCランクが食べていくのは難しいか。


 ヴェロットの話では、護衛依頼で稼いで装備を充実させつつ、あわよくば(おお)(だな)と懇意になって専属の護衛契約を結べないかと画策しているそうだ。他人に話したら画策にならないが。


 その後も警戒しながら雑談を続けていると、ほどなくして現場に到着した。

 ヴェロットは茂みを指差す。


「あれがなければ見落としていたと思います」


 茂みに絡みついていたのは、血にまみれた羊毛だった。

 俺はその場で屈み、周囲の観察を始める。


 昨日の雨でだいぶ流されてるな。

 大木の樹皮に血痕らしき染み――あの上が食事の現場か。


 俺は手近の枝に飛び乗り、樹上を見渡した。

 猿のデクラマは爪が鋭くない。

 それにも拘わらず、木々の至るところに爪痕が刻まれ、折れた細い枝や破れた葉も多数見つかった。


 争ったように見えるが、その割に出血が少ないし、他の魔物の痕跡もない。

 食糧の奪い合いか?


 なるほどな。ヴェロットは十以上と言っていたが、正しい表現だ。

 痕跡が多すぎて正確な数が推測できない。俺でも同じように答えたと思う。

 枝から飛び降り、ヴェロットに詫びる。


「すまん、同じ結論だった。面倒を掛けたな」

「いえ、とんでもない」

「少なくとも獲物を奪い合うほど飢えてるか、羊数頭では足りないほどの数がいるんだろうな」

「この時期に飢えはないですね」

「ないな」


 俺の応えに、ヴェロットも深く頷いた。



  ◇◇◇◇



 牧場に戻ると、セキエスの指示に従って見張りを開始した。

 夜は眠らずに畜舎周辺を見張り、昼は交代で睡眠を取る。


 大変なのはテッドたち、『セレード』だった。

 見張り明けで、デイナや牧夫を迎えに行かなければならない。

 また大した距離でなくとも、数十人を四人で守るのは神経が()り減る。

 特に今頃は植物の勢いが盛んで、大人の背丈ほどに伸びるのも珍しくない。

 潜める場所はいくらでもあった。


 その苦労を分かっているのだろう。

 セキエスは『セレード』の休息を長めにし、またばらけないよう気を遣ってくれた。

 ただ、当の本人たちはやたらと元気で、翌日にはジェマが両手メイスを持ち込み、管理者の前でぶんぶん振り回していた。

 軽い気持ちで土産にしたが、身体を鍛えるのに使えるとテッドと二人で大喜びしていた。

 持ち込むほど気に入っているとは思わなかったが。

 それと、このメイスとネックレスの持ち主は見つかっていない。

 レベッカによれば、セレンを拠点とする冒険者の持ち物ではなく、大した品でもないからまず見つからないという。

 無事なら返還も考えていたが、遠慮なく貰うことにし、メイスはテッドとジェマの玩具、ネックレスは溶液に放り込んだ。



 そして襲撃が来ないまま、四日目を迎える。

 午前中の仮眠を済ませた俺は、テッドたちを起こさないよう、そっと管理舎の食堂に向かった。

 そこでデイナが用意してくれた遅めの朝食を取り、放牧地に顔を出す。

 待っていたのか、すぐにヴェロットが近付いてきた。


「おはようございます」


 俺も挨拶を返し、伸びをしながら周囲を眺めた。

 セキエスとバルナーが巡回している。アンベルはまだ寝てるようだ。


「今日で何日目だ?」

「前回の襲撃から九日目ですね。一週間を越えるとは思いませんでした」

「同感だ。それに、二人で森に潜るのも最後だな」

「残念です」


 言いながらも、ヴェロットはにこやかに笑った。

 初日に森へ入って以来、俺たちは二人で偵察任務を続けている。

 一人の方が動きやすいが、セキエスが了承しなかった。


 それも今日が最後である。

 当初の宣言どおり、俺は明日から講義があるので中座しなければならない。

 徹夜で講義を受け、昼頃に牧場へ戻って仮眠を取る。

 俺を待っていたら夕方になってしまうので、偵察はヴェロットとバルナーに戻った。

 また講義の期間が終われば自習に入るのだが、今朝方、


「明後日までだ。それを過ぎたら全員で討伐に向かう」


 と、セキエスから通達があった。

 そういうわけで、俺とヴェロットの偵察任務は終了だった。

 万が一、長引きそうなら――ちょっと走ってデクラマ狩りだ。



 手早く準備を整えてセキエスに偵察に行くと伝えると、俺とヴェロットは森に入った。

 真っ先に向かったのは、羊を食い荒らした現場である。

 丹念に調べてみたが、やはり新しい痕跡は見つからず気配も感じなかった。

 その後、二人で周囲を探索する。


 本気で探せばデクラマを見つけるのは難しくないが、初日にセキエスが言ったとおり、闇雲に探しても襲撃者なのか判別できない。

 俺たちの目的は牧場を襲う襲撃者の討伐だ。


 そしていつもの空振りに終わりかけたとき、『気配察知』が微かに異変を捉える。

 森の奥に無数の気配。


「デクラマだ」


 俺が囁くと、ヴェロットは短剣を構えた。

 ゆっくり視線を動かし、俺に戻す。

 ヴェロットは感知できなかったようだ。


「向こうに集まってる。数は十以上――正解だったな」


 笑う余裕もないのか、ヴェロットは真剣な眼差しを森へ向ける。


「私も『気配察知』は使えますが……駄目です。まるで分かりません」

「確認するか?」

「いえ、戻りましょう。テンコさんを信じます」


 デクラマに気付かれぬよう、俺たちは慎重に森を抜ける。

 すぐさまセキエスに報告、全員に招集が掛けられた。


 管理舎に『破翔』、『セレード』、場長のパトリス、警備の責任者が集まった。

 ヴェロットが皆に状況を伝え、俺は「数はもっと増えるかもしれない」と補足する。

 それを聞き、セキエスは難しい顔で腕を組む。


「どの程度、増えると思う?」

「見当も付かんな。まだ昼過ぎだ、倍も有り得る」

「減る可能性もあるか」

「それは困る。(かえ)って面倒だ」

「違いない」


 俺とセキエスは笑い合った。

 そんなやり取りを見て、場長が喚く。


「笑い事ではありません! 大量のデクラマが襲ってくるんでしょう!?」

「すまん、不謹慎だったな。だが、困るのは事実だ。小出しに来られると襲撃が終わらんぞ」


 場長は理解したようだが、青い顔は戻らなかった。


 ふと見れば、警備責任者も浮かない顔だった。

 彼らは安全なセレンの中で、酔っ払いの対処や喧嘩の仲裁を主な業務としている。

 デクラマと言えば、ゴブリンやヌドロークと並ぶ弱い魔物の代表格だが、それでもただの人間の方がずっと弱い。二十以上と聞いて腰が引けたようだ。


 それに比べ、『セレード』は平然としていた。

 冒険者にならなければ、テッドとジェマは今も飢えと奴隷落ちの危機に晒されていた。

 そしてネイルズは母子家庭の貧民、エリオットは裕福だが、殺されかけても再び剣を握る強さがあった。

 なにより、彼らはロラの護衛の合間を見ては、森に潜って実戦を繰り返している。

 その辺の警備兵とは覚悟や気概、経験が違う。


「無策で迎え撃っても、ほとんどを取り逃してしまう」


 唐突にセキエスが切り出すと、視線が集まった。


「俺たちの役割は、家畜を守ることでもデクラマを撃退することでもない。二度と牧場に手出しさせないため、殲滅――もしくは大打撃を与えることだ。どんな意見でも構わない。遠慮なく発言してくれ」


 そう促され、皆は顔を見合わせた。

 しかし、すぐに考えはまとまらないようで、思い思いに意見を交わし始める。


「もし二十以上もいたら、殲滅は難しいわね」

「まず撃退し、個別で退治していくしかない」


 アンベルとバルナーが話し合っている。

 一方、『セレード』の立案した作戦は、落とし穴、べたべたする何か、焼き討ちだった。どれもテッドとジェマである。

 焼き討ちは論外だが、目の付けどころは悪くないと思う。

 要は、攻守を逆転すれば良い。難点があるとしたら手段だ。

 言い出すべきか悩んでいると、アンベルがヴェロットに話を振る。


「何か考えはない?」

「あるにはありますが――」


 言い淀み、ヴェロットはちらりと場長を見やる。

 どうやら同じ考えのようだ。


「話してくれ。聞かなければ判断もできん」


 セキエスに促され、ヴェロットは頷く。


「家畜を街へ避難させましょう。数頭を残して」

「それは――まさか家畜を囮にすると!?」


 意外にも、即座に反応したのは場長だった。

 立ち上がり、険しい顔で捲し立てる。


「すでに何頭も殺されてるんですよ!? 何のために皆さんを雇ってるんですか!」


 しかし、ヴェロットはそれを無視して続ける。


「畜舎は煉瓦造りです。中に閉じ込めてしまえば逃げ出せません。正面入口、または裏口をそのままに窓を封鎖。デクラマが入ったのを()(はか)らい包囲、殲滅します。多少の取りこぼしは出るかもしれませんが、かなり減らせるでしょう」


 皆、それしかないという表情だった。

 別に場長だって家畜が可愛いわけではない。街から牧場を預かる責任者としての発言だと思う。どちらかといえば、面倒を見てる牧夫の方が辛いはずだ。


 当然、俺もヴェロットと同意見である。

 デクラマは二度の襲撃を成功させている。警備兵を目撃して警戒心が高まっていても、数が集まれば襲ってくるはずだ。

 それに知能は猿と大差ないらしいので、単純な作戦でも通用する。

 ただし、やるからには中途半端は駄目だ。学習し、手強くなってしまう。

 今回の作戦で、確実に大打撃を与えなければならない。


「賛成する」


 俺が賛意を示すと場長は反射的に反論しかけたが、慌てて口を閉ざす。

 身分を思い出したか。

 そんな場長に向け、俺は話しかける。


「家畜の囮は重要だ。もし冒険者が囮になれば、異変を察知して襲撃を中止するかもしれない。それでも場長が家畜の犠牲を避けたいというなら、冒険者を増員して家畜を守らせる手もあるが、依頼の報酬とは別に経費が掛かってしまう。依頼主の行政府に掛け合わなければならず、許可が下りても今度は人集めだ。そんな時間はない。何より、人が増えるほどデクラマに気付かれやすくなる」


 ここにいるので口にしなかったが、警備兵の増強は特に悪手だ。

 絶対にデクラマは気付く。

 また数が増えないという楽観的推測に基づき、俺たちの誰かが囮になるという選択肢もあるが、もし増えた場合、攻撃部隊が突入するまで数十のデクラマと戦わなければならない。動きにくい畜舎では、俺でもきつい。


 他にも俺の『多重詠唱』やエルフィミアに頼むという手はあるが、どちらも話にならない。特にエルフィミアは無関係だ。力を借りたら冒険者を雇った意味がなくなってしまう。

 場長は喜んでも、『破翔』はどう思うか。


 場長は渋っていたが、「事情を書面にして提出する。また襲撃がなければ、改めて増員を検討する」とセキエスが説得すると、どうにか承諾してくれた。

 さらに場長は、牧夫たちに作戦を説明してくれるという。

 これには助かった。

 牛でも羊でも、いつかは屠殺する。食肉だ。

 ただ今回は惨殺される。それも、相当に(むご)い殺され方になるだろう。



  ◇◇◇◇



 牧夫たちは表立って反発しなかった。

「せめて死なせておけないか」との意見も出たようだが、死んでいては誘引が弱まってしまう。可哀想だが、犠牲になってもらうしかなかった。


 そして牧夫が囮にする家畜の選別と移動の準備をしている間、俺たちは場長の案内でとある場所に向かった。

 そこは管理舎や畜舎の先、一番外れにある巨大な建物である。


 作戦が決まっても、問題は残っていた。

 俺たちがどこで待機するかだ。

 前回の襲撃では四名、今回は十九名のため、こちらの気配はかなり濃厚になっている。

 デクラマも増える可能性が高く、『気配察知』を使える個体が紛れていてもおかしくなかった。


 そんなとき、場長が提案したのは(たい)()(しゃ)だった。

 警備からは凄まじい反発が上がったが、別に肥溜めに浸かるわけじゃない。

 何が嫌なのかさっぱりで、まずは見てみようと皆で向かった。

 そして重い扉を開けたのだが――。


 わずかな隙間から刺激臭が漏れ出し、皆は顔をしかめた。

 アンベルとエリオットにいたっては、全速で逃げていく。


「なるほど、これは強烈だな」


 俺は口元を塞ぎ、堆肥舎を覗き込んだ。

 小さな平屋が余裕で収まるほど広く、天井も高かった。

 大きな仕切りが等間隔に並べられ、そこに何かが積まれている。何かの正体は、想像するまでもない。


 中に入ると、刺激と粉塵で涙が出てきた。

 確かにきついが、これならデクラマも近付かないし、畜舎から離れているので高ランクでないかぎり『気配察知』の範囲外だ。

 理想の待機場所である。


 そう思ったのだが、セキエスたちも近付こうとしなかった。

 ヴェロットだけ眉間に皺を寄せつつ、屋内を点検している。

『精神耐性』の有無か。

 ヴェロットは『精神耐性3』の保有者でもある。

 後は――慣れだな。

 作業員全員がスキル保有者のはずがない。

 嗅覚は慣れる。実際、農村生まれのテッドは嫌そうにしながらも中を覗いていた。


「凄いところでしょう。これほどの堆肥舎は他にありませんよ。処理されるのは、ほとんど人糞ですが」


 外から場長が話しかけてきた。

 どこか、してやったりの声音に思える。

 堆肥舎を提案したのは、意趣返しのつもりかね。むしろ助かるが。


「家畜の糞じゃないのか。人糞なら施設の割に少なくないか?」

「評議会からの指示で、処理は一部にとどめています。今に始まったことではなく、堆肥舎が建設されたルルクト様の時代――六百年前からだそうですね」


 場長の答えに俺は首を捻った。

 セレンはフィルサッチ侯爵領などから食糧を輸入している。

 不足しているのに、堆肥作りを控えるなんて妙な話だ。

 そういえば、この辺りも耕作地にしていない。

 しばし悩み、はたと思いつく。


 もしかして、首輪か?

 アルファスたちがいなくなっても、セレンの軍事力は強大だった。だから、あえて食糧を輸入したのかもしれない。セレンは近隣の皆様に支えられてますよ、というポーズのために。村を作らないのも、それが理由か。


 すべて計算ずくなら、ルルクトって人は賢いな。

 堆肥舎を大きく作ったのは、戦乱の時代に備えてだ。アルファスの時代は百年以上荒れていたというし、長期的な自給自足を考えている。

 もちろん、この程度でセレンの食糧を(まかな)うのは無理だ。あくまで保険、時間稼ぎ。もしくは、評議会への「備えを怠るな」という遺訓かもしれん。


「よく平気だな」


 一人納得していると、遠くからセキエスがこぼした。


「平気も何も、襲撃までここで過ごすんだろ。今から嫌がってどうする」

「ちょっと待って、こんなところに――」


 言いながらアンベルは踏み出すも、堆肥舎の臭いに当てられ下がっていく。


「――管理舎でも大丈夫よ。締め切れば、デクラマも気付かないと思うわ」

「思う、ではな。ここならヌドロークにだって嗅ぎつけられないぞ。最適の待機場所だろ。ま、決めるのは僕じゃない。任せるよ」


 俺の言葉に覚悟を決めたのは、『セレード』だった。

 厳重に口を覆い、次々と堆肥舎に入ってくる。

 ちなみに夕食はまだだし、諸々の準備も終えてない。

 同意を示すため身体を張ったようだ。


 涙を流し、咳を(こら)える子供たちを見て、『破翔』は押し黙ってしまう。

 結局、セキエスやヴェロットに説得され、アンベルも受け入れた。

 警備の連中は頑として拒否したものの、


「職務を放棄するなら好きにしろ。ギルドを通し、評議会に報告させてもらう」


 とセキエスに言い捨てられ、憎悪を込めた目で睨みながら承諾した。

 もし襲撃が来なかったら――殺し合いになりそうだな。



  ◇◇◇◇



 闇に目を向け、接近する者がいないか目を凝らす。

 今のところ、放牧地には小さな影一つ見当たらない。

 布越しに息を吐き、俺は警戒を続ける。


 畜舎の一つに、牛が二頭、羊が三頭閉じ込められていた。

 誇張でなく、本当に閉じ込められている。

 畜舎に入れただけでは、すぐに殺されて運び出される恐れがあったため、突貫で畜舎内に小屋を四棟作り、それぞれに牛と羊を入れた。

 畜舎に侵入しても、小屋を破壊しなければ家畜を襲えない。

 それくらいの時間があれば、ほとんどのデクラマが畜舎に侵入するだろう。


「交代しますか」


 ヴェロットが声を掛けてきた。

 俺が見張りを始めてから、三時間は経過している。


「大丈夫だ。休んでいてくれ」


 そう言ったが、ヴェロットは動かなかった。

 横目で問うと、恥ずかしげに笑う。


「実は私、戦闘が苦手でして」

「そうなのか。Cランクだろう」

「ランクだけですよ」


 どうやら緊張しているようだ。

 確かに戦闘に関わるスキルは『短剣1』だけである。

 かなり弱い。下手したらデクラマにも負ける。


「よろしければ、どうぞ」


 ヴェロットは懐から小瓶を取り出した。

 低品質のヒーリングポーションのようだ。


「ポーションか。手持ちがあるから、気持ちだけ受け取っておこう。ところで――もしかして自作か?」

「よくお分かりで」


 ヴェロットは首肯した。

『鑑定』でもポーションの制作者は特定できないが、入れ物の小瓶はどこにでもある品だった。俺もよく利用している。

 それにCランクが持つには、少々質が悪い。


「私は『調合』スキルを覚えています。昔は錬金術師として身を立てることを考えていましたが、才能の限界でした。今は冒険者ですよ」

「それでも重宝されるだろう。ポーションは高いからな」

「はい、皆さんには良くしてもらっています」


 言葉とは裏腹に、ヴェロットはどこか寂しげだった。

 精神面は強いが、実用的なスキルはどれも中途半端、器用貧乏を絵に描いたような男だった。

 だから仲間の役に立つためポーションを作り、知恵を絞っているのだと思う。


 それからも他愛もない会話をしていると、いつしかテッドたちも集まり、集団戦はどうすれば良いか助言を求めてきた。

 俺は経験が少ないのでヴェロットに任せ、耳を傾けながら警戒を続ける。


 その後、どれほどの時間が経過したか。

 ヴェロットと見張りを交代し、俺は堆肥舎の片隅で休息していた。

 皆もそれぞれ集まり、目を(つむ)る者もいれば、まだ嫌そうに顔を歪めている者もいた。

 静かな時間が過ぎる中、俺の『気配察知』が反応する。

 そっと立ち上がり、警戒中のヴェロットの(もと)へ向かう。


「来るぞ」


 小声で囁くと、ヴェロットは窓の外に目を凝らした。

『気配察知』が無数の気配を捉えていく。

 ようやくヴェロットも視認し、セキエスに合図を送った。

『破翔』と『セレード』が戦闘態勢に入り、それを見て警備兵も慌てて起き上がる。


 俺は小窓を閉め、外に意識を向けた。

 数は十八、十九――まだ増えるな。

 二十一、二十二……二十五。

 指を立て数を伝えると、皆に緊張が走る。

 まだ戦力は上だが、想定よりもやや多い。


 危険を感知した牛と羊が騒ぎ始めた。

 それに刺激され、短い咆哮を上げながらデクラマが畜舎に群がっていく。

 煉瓦を叩く音に続き、木の破砕音が響いた。

 正面扉を突破したな。


 セキエスの合図を受け、俺とヴェロットが抜け出る。

 そしてすべてのデクラマが畜舎に侵入したのを確認すると、皆も堆肥舎から外へ出た。

 その間も木の割れる音が響き渡り、鳴き声が激しくなる。

 中の小屋に取り付いたか。

 数が多いから、あまり持たないかもしれん。


 セキエスのハンドサインで俺たちは二手に分かれる。

『破翔』と警備七名が正面、俺と『セレード』、残りの警備三名が裏口に回る。

 裏口の補強も一部破壊されているが、まだ木の板で封鎖されていた。

 それを剥がすより早く、


「かかれ!」


 と、セキエスから号令が飛ぶ。

 俺たちに焦りはない。これも予定どおりだ。

 怒号と激しい咆哮が聞こえてくる。

 無言で待ち、俺は警備兵に頷く。

 そして警備兵が裏口を蹴破ると同時、ジェマを先頭に『セレード』が突入していった。


 警備兵二人が裏口を守る中、俺は《火口(フリント)》で残った警備兵の松明に火を点す。


「ここは頼む」


 そう言い残し、俺も畜舎に飛び込んだ。


 畜舎の内部は白い光、アンベルの《光源(ライト)》に照らされていた。

 デクラマの激しい威嚇が巻き起こっているが、入口付近にいた連中は『セレード』に背後を突かれて大混乱に陥り、すでに四体が絶命している。


 弓矢に持ち替え、(はり)に飛び乗る。

 やはり、家畜に群がってるな。

 畜舎の入口は全体の中央に位置しているため、家畜はその右手最奥に隔離した。

 中で分散されると面倒だったが、これで一方向に集められた。

 俺は矢を番え、梁のデクラマを狙う。

 そのとき、視界に飛び込む。


 まだ生きていたか。

 梁の下に羊が転がっていた。

 脚が一本しかない無残な姿だが、まだ粗く呼吸している。


 目が合った途端、俺は無意識に狙いを変え、矢を放った。

 頭部を撃ち抜かれ、羊は動かなくなる。

 ああなっては死を待つだけだ。治療も意味がない。 

 目礼していると、突然、近くで矢が放たれた。

 射線を追えば、別の羊に突き立つ。

 バルナーだった。

 俺を見て頷くと、仲間の支援に戻っていく。


 感傷に浸ってる場合じゃなかったな。

 あいつらは俺たちの都合で囮にさせられた。

 命を無駄にさせない。


 入口付近は瞬く間に『破翔』と『セレード』に制圧された。

 そして戦闘能力の高いセキエスを先頭に、最奥に向け掃討に入る。


 俺とバルナーは梁の上から援護射撃、警備兵とアンベルが正面と裏口を固めて逃げ場を塞ぐ。畜舎内にいないのはヴェロットで、三名の警備兵と外周を警戒していた。


 相手が格下とはいえ、セキエスの戦いは見事だった。

 手斧とバックラーを器用に操り、弾き、斬り倒していく。

 時折、届くデクラマの攻撃は、うろこ状の白い光の壁に阻まれていた。

 アンベルの防御魔法《聖威の薄片(セイクリッドラメラー)》だ。

 初級の神聖魔法で、他者にも掛けられる。

 強度は(シールド)系や《守りの外套(ストーンコート)》に及ばないが、デクラマ程度なら問題ないようだ。


 圧力に耐えかね、セキエスを包囲しようとデクラマの一部が仕切りを乗り越える。

 しかし、テッドたちがそれをさせない。

 セキエスの左右を守りつつ、デクラマに攻撃を仕掛けていく。


 攻撃要員に『セレード』を選んだのは、セキエスだった。

 デクラマと戦えるだけの実力が備わっていると判断したのもあるが、小柄なので畜舎内部でも動きやすいと考えたようだ。

 最初はセキエスも後方を気にしていたが、その働きを見て任せられると判断したらしい。

 正面に集中し、斬り進んでいく。


「テンコ、来るぞ!」


 対面の梁からバルナーの警告が飛ぶ。

 数体のデクラマが梁によじ登り、俺とバルナーに襲いかかってきた。


 最初を躱し、次を蹴り飛ばし、最後を正面から斬り捨てる。

 落下してくるデクラマを、待ち構えていたエリオットがとどめを刺した。

 バルナーも器用に小剣を振るい、斬り捨てては叩き落とす。

 そちらはネイルズが対応していた。


 強気だったデクラマも、次々と仲間が倒れていくのを見て恐慌状態に陥った。

 梁に飛び乗り、正面と裏口に向かって我武者羅に駆け出す。

 弓矢では致命傷にならず、不安定な足場は彼らの独壇場。

 仕留めきれず通してしまうが、そちらは警備兵が固めていた。

 デクラマは狭い入口を突破できず、斬り倒されていく。


 すべて順調。

 だが、ここにきて事態が動いた。

 一体のデクラマが補強の甘い窓を見つけ出したのだ。

 すかさず矢を放ったが間に合わない。


「外に出ました!」


 ヴェロットの警告と争う音、それに気付き、もう一体のデクラマも畜舎から脱出する。

 多少は逃がしても目的達成だが――こいつらは殲滅しよう。


「バルナー、ここは任せる!」


 俺は梁から飛び降り、外へ駆け出した。

 すでに一体は倒されていたが、もう一体は逃走している。

 ヴェロットと警備兵は追撃を諦め、板で窓を押さえ、それ以上の脱走を防いでいた。


 厚い雲の隙間から月明かりが漏れていた。

 それに照らされ、裸の――そして血まみれの猿が放牧地を走る。

 俺は矢を番え、狙いを付けた。

 すでに短矢(ボルト)系の効果範囲を越えている。

穿風の飛箭(ペネトゥレイトゲイル)》なら確実だが、中級魔法は見せられない。

 短弓の有効距離でもないけどな。


 俺は息を止め、矢を放った。

 宙を飛翔する矢は、デクラマの動きを狙い澄ましたように落下する。

 短い悲鳴。

 お、当たるもんだ。

 矢は左足を貫いていた。

 致命傷を負わせられなかったのは残念だが、あれならもう逃げられない。


 鞘を弾き、シャムシールを抜き払う。

 そして異常に思われない程度の速度で駆け寄り、デクラマを『強撃』で撫で斬りにする。

 今度は明瞭な悲鳴が上がった。

 (おびただ)しい血と臓腑を撒き散らし、デクラマが放牧地で暴れる。

 しぶとい。

 その腹を足で押さえ、心臓に短剣を突き立てた。


 痙攣するデクラマから視線を外す。

 丁度、セキエスたちが畜舎から出てくるところだった。

 すべて片付いたらしい。

 血糊を拭いながら、暗い夜空を見上げる。

 色々大変だったが――終わってみれば呆気ないものだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み返し中。 この段階で彼らが「半年前」から来てるって事は…伏線が伏せられスギィ!
[良い点] ここまで読んだ感想になります。 丁寧な描写なのにテンポがよくスラスラ読めて楽しかったです。 主人公も気持ち悪いほどの善人ってわけでもなく、本当に庶民って感じがして違和感がなかった。 [気に…
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