第82話 学院一年目 ~第一歩
日が昇ると同時、おそらくは北門が開いた瞬間だろう。
すっかり就寝中のところ、テッドとジェマが来襲してきた。
二人で「あーけーろー」と玄関を叩き、その音でネイルズもやってくる。
「借金取りか、お前ら!」
抗議の声を上げるも、玩具を前にした子供たちは耳を貸さない。
急かされ続け、予定よりも早く自宅を出発することとなった。
ブレオス商店は東門の近くにあった。
ロラは小さな店と言っていたが、その辺の商店より遥かに大きい。
そんな店の前ではロラとエリオットが待っており、俺たちに会釈してきた。
なんでみんな、気が早いんだろうか。
「待たせたか」
「僕も来たばかりです。アルター様をお待たせするわけにはいきませんので。正解でしたね」
「こいつらの所為でな」
そわそわするテッドたちに事情を悟り、エリオットは笑った。
「では皆さん、中へどうぞ」
ロラに招かれ、俺たちはブレオス商店に入った。
店内には、入り口と水平に陳列棚が並び、多様な雑貨が所狭しと並べられていた。冒険者が扱うような品もあるが、住民向けの日用雑貨も多い。
ロラが声を掛けると、すぐさま三十過ぎの夫妻が現れる。
「いらっしゃいませ。アルター様、皆様」
二人はコルトン、ポーラと名乗った。
こちらも挨拶を返し終わると、俺は夫妻に切り出す。
「話は聞いているか?」
「はい。こちらの方々が、娘の護衛をなさってくださるとか」
「そうだ。しばらくは僕も同行するから安心してくれ。これでもDランクだ」
俺が首の冒険者証を示すと、夫妻の視線が集まる。
「それと、彼らは何年も草原や森で生計を立ててきた。下手なFランクより頼りになるぞ。僕が保証しよう」
「がんばります!」
テッドたちが声を揃え、夫妻は顔を綻ばせた。
そして早速、武器選びとなった。
準備していたようで、陳列棚の一角に様々な武器が並べられていた。テッドたちは目を輝かせ、それを吟味していく。
見たところすべて中古品だが、手入れは行き届いているようだ。大事な娘の命を預ける相手、破損寸前の武器を渡すはずもないか。
俺は皆の邪魔をしないように、日用品や新品の武具を物色する。
魔道具は――あれか。
カウンターの奥にも陳列棚があり、魔法の道具や武器が並べられていた。
魔法の角灯や透火の軸木と書かれた札が掛けられている。実用性重視の魔道具が多いようだ。
武器の方は値段以外、詳細が書かれていない。ただ、金額からして強力ではなさそうだ。
この世界には通常の武器が効かない魔物も存在するが、四属性すべてに耐性を持つ魔物はまず居ない。だから六属性の俺は余裕で対応できるし、状況次第では軽量の両手剣もある。
一周して戻ってみると、テッドたちは離れたところで武器の重さや握りを確かめていた。
ある程度まで絞れたようだ。
誰もいなくなったので、俺も中古の武器を眺めていく。
ロラには、片手剣とメイス等の打撃武器、と指定していたので、用意されているのはそのいずれかだ。
お、曲剣があるな。
一振りだけ片刃の曲剣、シミターが並んでいた。
何とはなしに構えると、意外にしっくりきた。
前世で散々目にした曲剣。『両手剣』より、こちらの方が性に合ってるのだろうか。
「他にもございますよ」
コルトンが俺の様子に気付き、声を掛けてきた。
「曲剣はあまり需要がございませんので、お出ししなかったんです」
「見せてもらえるか?」
「すぐにお持ちします」
コルトンは奥に向かい、しばらくして店員と一緒に数振りの剣を抱えて戻ってきた。
並べられた曲剣を眺めていく。
こうしてみると、直剣より個性がある。反りの深さ、刀身の幅に長さ、鍔が大きく反り上がった剣もあった。
その中で目に留まったのは、大振りの曲剣。
刀身は細く、どことなく刀に似ているが、反りはだいぶ深い。
「シャムシールですね」
「これがそうか」
ファンタジーものでよく聞いた名前だ。
両手用のようで、曲剣にしては重く長い。刀身も俺の身長と大差なかった。
「抜いてみても?」
「どうぞ」
コルトンに手伝ってもらい、鞘を抜き払う。
そして棚の合間でゆっくりと振ってみた。
見た目以上に重いが、それでも軽量の両手剣よりは軽い。
刀身もやや短いから、慣れさえすればこちらの方が使いやすそうだ。
「質問がある。シャムシールは『曲剣』と『両手剣』、両方の技術が上がるのだろうか」
「どうでしょう……戦闘の知識は乏しいのですが――」
とコルトンは前置きし、昔出会ったシャムシールの使い手は、どちらの技術も長けていたという。ただ、シャムシールを使い込んだ結果かは不明、と付け加えた。
「少なくとも、『曲剣』は身につくか」
「はい。それは間違いございません」
握り直し、何度か振って確かめる。
よし、しばらくこいつを使ってみよう。
俺が購入を告げると、コルトンは「お代など」と拒否した。
そうはいかない。中古でも、このシャムシールは良品だ。
しかし払うと言い張っても、コルトンは頑なに首を振るばかりだった。
「娘を救っていただきました。そのお礼です」
「なんの話だ?」
「前期の野外演習です。多くのゴブリンを打ち倒し、一騎打ちで統率者も仕留められたと」
大体はそのとおりだが……。
一番倒したのはエルフィミアだし、そもそもロラは前線にいなかった。怖がると思いリーダーの詳細も伏せている。
エルフィミアから聞いたのか。それが両親に伝わったんだろうな。
視線を動かすと、テッドたちの武器選びは佳境に入っていた。
すべてでないにせよ、あれの一部もお礼かもしれん。
「分かった。ありがたく頂戴しよう」
俺はシャムシールを貰うことにした。
断るのは難しそうだし、ロラを支援して代金分、働けば良い。
こうしてシャムシールを手に入れたが、すぐに困ってしまう。
どうやって運ぼうか。
軽量の両手剣は肩に担いで持ち運ぶが、重量と運びづらさで、探索に持っていったことは数えるほどだった。多少軽くて短くとも、シャムシールも充分に邪魔である。
腰に下げるのは無理があるし、背負うとバックパックに重なってしまう。マーカントはバックパックを左肩で担ぎ、右に聖撃の斧を背負っていたが、そんな真似は大柄な体躯と高い筋力だからできる芸当だった。
コルトンと試行錯誤した結果、ひとまず革紐で左肩にぶら下げることにした。
腰の剣を、そのまま上へ移動させた格好である。
抜くときは鞘を捨て、シャムシールが邪魔になったら革紐ごと投げ捨てれば良い。
「なんだそれ、振れんのか?」
俺が長い曲剣をぶら下げていると、テッドが笑ってきた。
悪戦苦闘している間に、武器選びは終わったらしい。
まあ、笑いたくもなる。長いよな、どう見ても。
そんな内心を押し殺し、選んだ理由を説明する。
「お前が目指している『片手剣』。それらは戦闘技術と総称される一群の初級だ。そして多くの者は、生涯をそこで終える」
初耳だったようで、ジェマとネイルズも集まってきた。
「初級が高ランクに達し、いくつかの条件を満たすと中級に至る。『破邪の戦斧』の言葉だが、剣の中級は『剣閃』か『剣舞』の二つ。そのうちの『剣閃』は、『片手剣』を基本に『曲剣』や『両手剣』などが要求されるそうだ」
ちなみに上級は『剣聖』と『聖騎士』である。
中級の『剣閃』などをさらにランクアップさせるそうだが、到達者があまりにも少なく、詳細はほぼ不明だった。皇帝陛下お抱えの聖騎士殿は、呼称どおり上級に至ったトップクラスの天才である。
それを聞いたテッドとジェマは、「剣閃!」「剣舞!」と謎のポーズを取り出した。
あほの子らをよそに、ネイルズが遠慮がちに口を開く。
「アルター様の『片手剣』は、そんなに高いんですか?」
話の先を読んだか。その賢さを二人に分けてほしい。
これ……前もどこかで言ったな。
一瞬、テッドとジェマの将来が心配になったが、必死に振り払う。
「詳細は伏せるが、なかなかだぞ。この辺りの魔物では、ほとんど鍛錬にならなくてな。マーカントたちに相談したら、中級への準備をした方が良いと助言をもらったんだ」
「それで大きな剣を――」
ネイルズだけでなく、エリオットやコルトンも納得していた。
俺は軽く手を叩く。
「さ、武器も決まったことだし、肩慣らしと行こうじゃないか」
◇◇◇◇
ブレオス商会をお暇し、その足で西門から外へ出る。
ロラは野外演習以外で外に出たことがないらしく、少々緊張気味だった。
それに比べ、テッドたちは余裕で、武器を撫で回したり軽口を叩いている。
エリオットも野外演習だけのようだが、こちらは戦いを学んでいるだけあって緊張していない。
歩きながら周囲を見渡す。
冷たい風の吹きすさぶ草原は、枯れ草色に染まっていた。
やはり草原で素材を得るのは厳しそうだ。年間を通して育つ植物や冬ならではの素材もあるが、春を迎えるまで収穫は圧倒的に少なくなるだろう。
そんな様子を眺めていると、ネイルズが話しかけてくる。
「もしかして登録を急いだのは、冬になるからですか?」
「正解。僕の故郷でも、冬の素材採取は一苦労だったからな」
俺の応えをネイルズは真剣な表情で聞いていた。
さっきも質問してきたな。エリオットが刺激になったのだろうか。
テッドやジェマは戦闘向きの性格なので、ネイルズが張り合うことはない。似たタイプが加入し、意識に変化が出たのかもしれない。ちなみにリリーも同類だが、彼女は冒険者にならないし庭園の仕事が忙しい。
思考を切り上げ、意識を景色に戻す。
素材は植物が多いため、秋の終わりから激減する。セレンの冬は初めてだが、さほど変わらないはずだ。
テッドとジェマは素材収集で生活費を稼ぎ、空いた時間で鍛錬を行っていた。生活がきつくなれば鍛錬はおろそかになり、身についていない技術は失われてしまうだろう。彼らの生活費、そして鍛錬の成果を維持するため、ロラの頼みは打って付けだった。
気付けば、皆も周囲を見渡していた。
「そういや、最初の冬はきつかったな。ジェマに言われてなかったら、飢え死にか奴隷だったよ」
テッドも辺りを眺め、ぼそりと呟く。
「どうやって冬を越したんだ?」
「真冬でなければ、草原でも少しは見つかる。あとは森だな」
テッドは平然と口にするが、簡単ではないだろう。
現にほとんどの植物が枯れている。たとえ見つかっても、一杯の粥代になるかどうか。
難民街の住民には、定期的に神殿が配給を行っている。また評議会は貧困層向けに耕作地や放牧地の仕事を斡旋していた。全員に行き届くわけではないが、それがなければテッドの言葉どおり、飢え死にか、自ら奴隷になるしか選択肢はなかったと思う。
ロラやエリオットもその苦労が理解できたようで、神妙な顔で考え込んでいた。
セレンの内側に住むネイルズはまだしも、テッドとジェマは生き死にの境で生きている。その事実に改めて気付いたようだ。
西の森が近くなり、俺は足を止める。
テッドたちに疲労はない。休憩は不要そうだ。
「本物の武器は重いだろ」
「平気だぞ。これくらい」
「そうか。なら、テッドたち三人は素振りだ。ゆっくりで良いぞ。木製武器との違いを確かめるんだ。エリオット、何か気付いたことがあったら指摘してやってくれ。ロラは休憩しておけ。疲労が溜まると集中力が失われる。素材を見逃してしまうからな」
指示を受け、それぞれが散っていく。
テッドたちの選んだ武器は、テッドがショートソード、ジェマはメイス、ネイルズはスモールソードだった。テッド以外は盾を使うので、今回は俺お手製の一品を持参している。盾は破損しやすく、中古が出回りにくい。本物を使うのは、本格的に冒険者活動を始めてからだ。
武器を振るテッドたちを横目に、俺もシャムシールに手を掛ける。
抜けなかった。
やはり鞘を捨てないと駄目か?
身体を捻ったり、角度を変えても抜けない。
両手剣は鞘に収めないものも多いが、剣という名の打撃武器だから許される。シャムシールのような斬撃武器は、鞘に納めておかないと切れ味が鈍ってしまう。
色々悩んだ結果、腕の長さが圧倒的に足りないという、当たり前の事実に気付く。
そこで、ふと閃いた。
左手を剣の背に添え、抜くと同時に鞘を後方に弾く。
「お、抜けた」
その直後、後頭部に鞘の尻が激突する。ちょっと痛いが気にしない。
研究の余地はあるが、これで鞘を投げ捨てずに済みそうだ。
ただこの方法だと、ベルトのような固定具の方が良いかもしれない。革紐では力が分散してしまう。
抜刀の検証はひとまず中断し、俺はシャムシールを構えた。
上段から、ゆっくりと振り下ろす。
それを何度か繰り返して腕を馴染ませると、一気に振り下ろした。
強い刃風が起きる。
軽量の両手剣より、甲犀の剣に近い感触だ。互いに切れ味重視の武器だからか。
ただその分、斬撃以外は不向きのようで、試しに刺突を繰り出したが、反りの所為で力が分散してしまった。これでは安物の盾でも弾かれる。
斬撃特化。それを意識して使っていくとしよう。
検証に戻り、上段から下段、受け流してからの中段を繰り出した。
かなりの重量だったが、徐々に慣れてくる。
俺は剣を引き、意識を集中する。
中段の『強撃』を放つ。
空気を斬り裂き、威力と重量に身体が引っ張られていく。
続いて上段、下段の『二連撃』。
瞬時に繰り出された斬撃に、全身の筋が悲鳴を上げた。
剣を下ろし、手足を振る。
重量武器だと、こんなに反動がでかいのか。そういえば、軽量の両手剣で発動したことなかったな。そのうち身体は慣れるし、筋力も付くだろうが――。
「すっげえ! なに今の!?」
テッドたちは手を止め、こちらを見学していた。
うん、自分のことに集中しような。
「知ってるだろ。最初は『強撃』、次は『二連撃』だ」
「全然、違ったぞ!?」
「両手武器だからな。それに、本職ならもっと凄い」
マーカントは『強撃』でエラス・ライノを止めた。下位スキルでやってのけたのは人外の筋力だけでなく、スキルを使いこなしている証拠だ。ちなみにロランは『廻旋衝』で意識を刈り取った。上位スキルとはいえ、あれはやり過ぎ。
「基礎が固まったら教える。今は武器に慣れてくれ」
「絶対な!」
そう言い、テッドたちは確認に戻っていく。
シャムシールの検証が済んだので俺もそちらに合流、一人一人と軽く手合わせした。
ほどなく、準備が整い、皆は整列する。
「ではこれより、森に入る」
皆、良い顔だった。
油断はなく、かと言って気負いもない。ロラは固まってるけど、彼女はお姫様。騎士がしっかりしていれば問題ない。
「全員が森の探索を経験済みだが、今回は何もかもが違う。これまで、テッドら三人は逃走が前提だった。エリオットには講師や冒険者の庇護がない。この先は戦うか逃走するか、すべて自分たちで決めなくてはならない。それも、敵を目の前にしてだ。しばらくは僕も同行するが、いないものと思え。手を貸すのは命の危険が迫ったときのみ。簡単に助けてもらえると思うな。重傷は覚悟しろ。お前たちが手にしているのは殺し合いの道具。それを忘れるな」
新米冒険者たちは、真剣な表情で頷いた。
テッドたちと出会ってから、半年が過ぎた。
棒きれを振り回すだけの少年少女はもういない。
新たな仲間を加え、彼らは人生の節目、その一歩を踏み出す。