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第77話 学院一年目 ~宮廷魔術師


 ある日の朝、夜気がとうに消え失せた大通りを、俺はエルフィミアと歩いていた。

 目的地はエルフィミアの祖母、セルテレスが安置されている合同庁舎だ。

 数日前に迎えが到着し、この日ようやくセルテレスは帝都へ帰還する。

 これほど時間が掛かったのは、他人の手に委ねることをエルフィミアが拒否したからだ。

 その見送りに向かっているのだが、別の目的――というよりこちらが本命になってしまった。


 合同庁舎に到着し、俺たちは応接室に通された。

 そこで待っているとしばらくして扉が開く。


「待たせたね。議長との話が長引いてしまったよ」


 入ってきたのはエルフィミアの父、ディオンだった。

 四十代半ばのはずだが、ハーフエルフだけあって二十歳前後にしか見えない。しかも美形。宮廷だと大変そうだ。


 娘と他愛ないやり取りを交わすと、こちらに視線を向ける。

 すかさず、俺は一礼した。


「お初にお目にかかります。リードヴァルト男爵の次子、アルター・レス・リードヴァルトと申します」

「私は宮廷魔術師のディオン・クローエット。話は聞いているよ」


 ディオンは整った顔立ちに微笑を浮かべた。

 ただその目は、探るような光を帯びている。

 この感じ――早速来たか、『魔力視』。

 リスリアも持っていたし、不思議ではない。おかしいのはエルフィミアだ。クォーターなのに、父親よりエルフっぽいし。

 それにしても、いきなりだな。

 鑑定系に比べれば対象は魔力のみ、それも大雑把にしか判別できない。使う方も抵抗が少ないのだろうけど。もちろん、俺は『鑑定』しない。エルフィミアに気付かれるとうるさそうだし。

 俺が宮廷魔術師に会うのは初めてだった。

 幼い兄を指導した宮廷魔術師は、才能なしと決めつけあっさり見捨てた。バージルが一週間ほどで教えたというのに。だから良い印象を抱いていなかったが。この男はどうだろう。


 無言で待つ俺に、ディオンは破顔する。


「失礼したね。少し見させてもらったよ」


 俺が『魔力視』に気付いていると察したようだ。

 態度に出たのかね。だとしても抜け目ない。さすがこの娘の父親だな。


「友人だから大袈裟に話したのかと思ったけど、それ以上だね。《火炎球(ファイアボール)》も自力習得と聞いたけど?」

「良い教官に出会えましたので」

「だとしても凄いよ。うちの娘はどちらの中級も魔法書だからね。誇って良い」

「こいつと比べないで。おかしいのよ、色々と」


 不貞腐れた様子でエルフィミアが吐き捨てた。

 もうちょっと行儀良くしなさい。


「たとえ魔法書で習得しても、資質が伴わなければ発動できないと聞き及んでおります。エルフィミア様なら、いずれ自力で習得なされたでしょう」

「様付けとかやめてくれない? いつものえらそうな態度はどこ行ったのよ。あ、背中が痒くなってきた」


 全力で持ち上げるも、エルフィミアは身震いし、背中を背もたれにこすりつける。

 お嬢様の(しつけ)がなってないと思います。

 そんな娘にディオンは笑う。


「はは、らしいね。普段どおりで良いんだよ」

「さすがにそれは――ならお言葉に甘え、もう少し砕けた感じで」

「うん。君が楽な方で構わないよ」


 伯爵位と同格の宮廷魔術師相手に、男爵の小せがれが気軽な態度なんてとれるはずもない。それはそうと、「らしい」ってなんだよ。

 ちらりと抗議の視線を送るが、エルフィミアは見もしなかった。


「さ、立ち話もなんだ。座ってくれ」


 ディオンは俺に着席を促した。

 そして居住まいを正すと、これからの予定を話し出す。


 セルテレス、見えない屋敷、エサルドとリスリア。

 今の俺たちが(あずか)り知らぬところで起きた出来事は、立場によって真実が異なっている。

 エルフィミアは俺が何をしたかを評議会に伏せており、見えない屋敷の発見は『魔力視』のみ、アイアンゴーレムは始めから動きがおかしく、何度か攻撃したら勝手に崩壊したと伝えていた。


 そして評議会も、ディオンに虚偽の報告をしている。

 むしろ彼らの方が知られたくないことが多い。

 セルテレスを死に追いやり、プロストの魔石まで盗んだ犯人の一人が最古参の評議員だったこと。その次席が協力者の可能性が高いこと。細かいところでは、セレンにプロスト事件の疑いが掛けられても、評議会は調査すらしなかった。

 こんな話を馬鹿正直に伝えれば、統治能力無しと判断され、自治権剥奪も有り得る。しかも非のすべてが評議会にあっては、いくらセレンでも防衛できまい。


 結果、評議会はエルフィミアと口裏を合わせた。

 とある役人が偶然、所在不明だった「外の見えない屋敷」の在所を知り、調査に赴く。そこで遺体を発見、所持していた紋章からエルフィミアに確認を取り、セルテレスと判明した。さらに調べたところ、セルテレスは何かと戦って傷つき、結界に逃げ込むもそこで息絶えてしまった――との筋書きである。


 では、ディオンの真実に俺がどう関わっているのか。

 正解は無関係、ただの友人である。

 そんなただの友人が、朝早くから宮廷魔術師と談笑。

 このおかしな状況の発端は、エルフィミアだった。


 昨晩、久しぶりの父子再会に気を緩めまくり、「中級魔法を自力で習得したうえ、剣も得意な友人がいる」と話してしまった。

 さすがに危険な話は口にしなかったようだが、それでもディオンは大いに食いつく。是が非でも会わせろと娘に訴え、出立の今日、面会に至ったわけだ。

 ちなみに俺が知ったのは、今朝である。

 困ったお嬢様だが、セルテレスの見送りは俺も望んでいたので、公式参加を条件に了承している。


 現在は出立の手続きを進めているらしく、話はいつしか雑談になった。

 やはり遠い地で暮らす娘が気になるようだ。エルフィミアの学院生活について質問される。

 当の本人は嫌そうにしていたので、全力を傾けて教えて差し上げた。

 手始めに講義での様子から学院内の友人、最大の見せ場である前期野外演習の活躍は、臨場感たっぷりに解説していく。そして天才魔法少女の華麗な魔法が魔物を氷漬けにした刹那、


「あの場にいなかったでしょ!」


 と、本人から激しい横やりが入ってしまった。


「ありのまま、皆の賞賛をお伝えしたまでです。(すえ)はアルファスかラプナスか。英雄に勝るとも劣らぬ活躍と聞き及んでおります」

「思いっきり馬鹿にしてるわよね!? 一番の強敵を倒したのもあんたじゃない!」

「ははは。魔物どもを一掃なされたエルフィミア様には、とてもとても」


 そんなやりとりに、父のディオンは終始大笑いしていた。

 娘の元気な姿に少しは安心したろう。なんて友人思いなんだ、俺は。


 エルフィミアはすっかり不機嫌になってしまったので、俺とディオンで雑談を続ける。

 それからほどなく、不意にディオンが切り出した。


「ところで、君は帝都に来ないのかい」

「帝都ですか。特に予定はありませんが」


 興味はあるが、どうしてもというわけでもない。

 今もそれほど自由に行動できないし、リードヴァルトへ帰還すれば尚更だ。何か命じられないかぎり、行くことはないだろう。

 そんな俺を静かに見つめながら、ディオンは言葉を継ぐ。


「君なら宮廷魔術師になれるよ。その気があるなら陛下に推薦するけど?」


 俺は返答に詰まってしまった。

 宮廷魔術師に誘われるとは。ちょっと予想してなかったな。

 ただ、有り無しで言えば――無い。皆無とは言わないが。

 宮廷は息苦しそうだし、そもそも将来は決まっている。


「ありがたいお話ですが、卒業後は父や兄を支えていくと決めております」

「それは残念。リードヴァルトだったかな?」

「はい」


 ディオンは少し考え込み、にこりと微笑む。


「じゃあ、気が変わったら帝都に来なさい。いつでも歓迎するから」

「ありがとうございます」


 俺は素直に頭を下げた。

 近衛騎士が皇帝陛下の剣と盾であるなら、宮廷魔術師は弓にして障壁。

 皇帝とヴィールア公の対立が激しいアルシス帝国において、リードヴァルト家はどちらにも(くみ)さない侯爵派だった。

 もし敵対派閥であれば、ディオンの態度は異なっていただろうか。



  ◇◇◇◇



 護衛の帝国兵に守られながら、セルテレスを乗せた馬車が北門へ進む。

 列の先頭はディオンとエルフィミア、俺を乗せた馬車で、最後尾は評議会議長のラヴィ・バーティンケインの馬車が随伴している。セレン代表の見送りだった。


 (さき)()れが出ていたようで他の馬車は通行禁止、歩行者は守備兵に抑えられている。

 こんな大事になっているのは、セルテレスが元宮廷魔術師の妻であり、現宮廷魔術師の母だからだ。二代続けて伯爵と同格では、(あだ)やおろそかにできない。出立を待たされたのも、この準備をしていたからだろう。


 北門に到着し、俺たちは馬車から降りる。

 ディオンはラヴィと事務的な挨拶を交わすと、こちらへやってきた。


「それじゃあ、私と母は帰るよ」

「はい、お父様。お気を付けて」

「お前も学業に励みなさい。友だちもずいぶんできたようだしね」


 父の言葉に、エルフィミアは顔を真っ赤にした。

 たとえ皇帝派と呼ばれる集団でも、人が集まれば闘争が起きる。宮廷魔術師の娘ともなれば、気の許せる友人はできづらかったのだろう。


「アルター君。娘が卒業したら迎えに来る。その時にまた会おう」

「はい。その時にまた」


 頭を下げようとする俺を制し、ディオンは手を差し出す。

 それを(しか)と握り返した。

 こうして子と母は、長い年月を経て再会し、帝都へと旅立っていった。


 俺は最後まで、セルテレスと対面しなかった。

 ディオンやエルフィミアを見れば、生前のセルテレスはさぞかし美しかったと思う。なればこそ、会うべきではない。他人の俺が立ち入れるのは、ここまでだ。


「あんたの家、寄っていい?」


 不意に、エルフィミアが口を開いた。

 視線は遠ざかる馬車に向けられたまま。

 そっと、横顔を窺う。

 父との別れで寂しくなったのだろうか。


「構わんぞ」

「じゃ、ゴーレム引き取って。(かさ)()ってしょうがないのよ」


 そう言って魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)を指し示す。

 寂しさもへったくれもなかった。

 なんで持ち歩いてるのかと思ったら、そういう理由だったのか。


「回収されなかったんだな」

「壊れたのはいらないってさ。報酬のつもりなんじゃない?」

「鉄の塊をもらってもな……。核が生きていれば別だが」

「停止すると核も壊れるわ」

「取り出しても、ただの石か」


 馬車が地平線に消える頃、北門に平時の喧騒が戻ってきた。

 それを背に、俺たちは自宅へと向かう。



 魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)からアイアンゴーレムを取り出し、居間に積んでいく。

 ばらばらでもかなりの大きさだ。身長こそ二メートル前後だが、厚みが相当ある。

 ここだと邪魔だが――。

 二階は危ないな。床が抜けるかも。

 上腕だけでも二十キロ以上はある。端に寄せておくか。


「そういや、前から疑問だったんだ。なんでゴーレムは人型ばかりなんだ? 外壁の獅子もゴーレムにすれば、かなりの戦力になるだろ」

「人型以外はまともに動かないのよ」


 言いながら、エルフィミアは紅茶を傾けた。


「動かない? 初耳だ」

「講義でやってないもの、知らなくても仕方ないわ。ゴーレムは無属性の上級魔法、《偶像作成(クリエイトゴーレム)》で作られるんだけど、動くところをしっかり想像するのが大事らしいの。想像できる? 獅子や鳥がどう動き、何を考えてるか」

「そりゃ無理だ。ということは――」


 エルフィミアは神妙に頷く。


「そう。そんなゴーレムがいたら、作ったのは人間以外よ。それも同じ形状の。何百年も前の話だけど、メズ・リエス地方にいたらしいわ。竜のゴーレム」

「竜の何百年って、微々たる年月だろ。今も居そうだな、それ」

「かもね。絶対に会いたくないわ、どっちも」


 まったくもって同感である。

 そんなゴーレムが目撃された竜の巣だが、一般的なドラゴンに加え、多数の古代竜が隠れ住むと言われていた。その中には遥か太古、悪神アドゥドウと死闘を演じた『不滅の多頭竜』ハルーヴァの住処もあるという。伝説が生きて存在するんだから、困った世界である。


 ゴーレムを積み直し、将軍茶で一息入れる。

 干し果物を盛った皿を勧め、俺も口に放った。


 しかし、宮廷魔術師に誘われるとは思わなかったな。

 面会を望んだのは、娘の友人を確認したかったのもあるだろうが、こちらも目的かもしれん。そして『魔力視』によって、話が事実と確信したわけだ。

 宮廷魔術師は高みの一つ。

 素直にありがたいが、やはりそこまでの魅力を感じない。冒険者をやってる方が気楽だ。

 ふと、エルフィミアを見やる。


「お前は宮廷魔術師を目指してるのか?」

「ええ、そうよ」


 エルフィミアは即答した。


「そうか。まあ、ほぼ決まりだろ。あれだけ氷結と神聖の中級を使いこなせるなら、上級魔法だって問題ないはずだ」

「たぶんね。でも――最強には、ほど遠いわ」


 差し出された空のカップに紅茶を注ぎ、その前に戻す。

 カップの(みな)()をしばらく見つめ、エルフィミアは継いだ。


「公女ビーチェ。知ってる?」


 そう言って、大きな目を俺へ向ける。


「知らんな。どこの公女様だ」

「ラスメル公の娘よ」


 ラスメル――確か帝国北西に位置する大都市だ。

 皇帝派の重鎮と聞いたことがある。


「ビーチェは表舞台に出たがらない人でね。宮廷でも名前くらいしか知られてないわ。今は十四歳、かしら」

「へえ。カルティラールにいれば先輩か」

「入学しないわよ。人間嫌いだから」


 色々と(こじ)らせた公女様らしい。


「私が出会ったのは三年前。『基礎鑑定』はほとんど弾かれたけど、なんとなく分かったの。この人は危ないって」

「ほう。勘だけじゃないんだよな?」


 ため息交じりにエルフィミアは肯定する。


「彼女が八歳の頃、帝都へ赴く道中で賊に襲われたの。ヴィールア公の一派と言われているけど、確認できなかったし大して重要じゃない。皆殺しよ。ラスメル公の兵や護衛のBランク冒険者も含めて」

「それはまた……」


 時間を掛ければ、当時の俺も似たようなことはできる。

 ただ、この口ぶりだと広範囲を無差別で殺戮したようだ。『多重詠唱』の《火炎球(ファイアボール)》でも、拡散してしまっては公爵の兵やBランクは倒せない。ボルニスとは訳が違う。


「使ったのは上級魔法の《凝茨結晶(クリスタルソーン)》と言われてる。それから六年、どれほど成長してるか。私の『基礎鑑定』では見抜けないし、見当も付かない」


 トップクラスの化け物か。

 小さく首を振る。

 強者だなんだと言っているうちは、人の範疇なのかもしれん。


「それに相棒もね――」

「まだ誰かいるのか」


 すでにお腹いっぱいなんですが。


「人じゃなくて魔物よ。ビーチェはエレーフを使役してるの。これも相当でね、まだ幼体なのに雷撃系を操るらしいわ」

「それはまた厄介な」


 夏至祭でネリオと出会った時、エレーフの毛皮を初めて見た。

 ロランの話では「老体になると雷撃を扱う」だったが、公女様のエレーフはよほどの才能を秘めているか、変異種なのだろう。

 どちらであっても(らい)鹿()となったエレーフは幼竜クラス。

 さらに成長するなら、手の付けられない魔物となるだろう。

 それにしても、とんでもないコンビがいたものだ。

 なんとかマスターを目指す少年みたいに、命令だけしてれば良いのに。


 少々げんなりしていると、エルフィミアが容赦なく続ける。


「そういえば、聖騎士にもほとんど弾かれたわね。『基礎鑑定』。ま、あんたは一文字も見えないけど」

「聖騎士って上級の『聖騎士』か? 勘弁してくれ、僕はそこまで強くないぞ」


 こちらは中級どころか、必死になって『片手剣7』。

 そんな化け物と比較しないでほしい。


「分かってるわよ。『基礎鑑定』の正否に強さは関係ないみたいだし。たぶん総合的な資質だと思うんだけど――それもはっきりしなくてね」


 エルフィミアは言葉を切り、思い返すような素振りをする。


「ずいぶん前、小さな子供にも完全に弾かれたの。近衛騎士隊隊長の息子なんだけど、武器はおろか、魔法の才能も無かったみたい」

「それは変だろ。資質は習得速度にも影響する」

「そうなんだけどさ。鑑定系は保有者が少ないから、未知の部分が多いのよ」


 そう言って、エルフィミアは匙を投げる。

 それと同時だった。

 路地から騒がしい気配が迫り、ノックもせずに扉が開かれる。


「素材売ったついでに来たぞー」

「暇になったから来たぞー」

「お邪魔します」


 と、テッド、ジェマ、ネイルズが入ってきた。

 そして来客の姿を見るなり、「あ、エルフだ!」と騒ぎ出す。


「エルフじゃなくて、エルフィミアね」

「エルフィミアだ!」


 言い直すのか。変なところで律儀なやつらだ。

 呆れつつも、テッドたちの紅茶を準備する。

 その間、エルフィミアに話しかけたり、テーブルの干し果物に手を伸ばしたりと好き放題やっていたが、ジェマが目聡くゴーレムを発見する。


「なんだ、これ。鉄の塊?」

「アイアンゴーレムの成れの果てだ」


 その言葉に反応し、テッドとネイルズもゴーレムの周りに集まる。


「本当だ、人型だぞ! すっげえ、壁のゴーレムより強そうだな!」

「よく気付いた。強かったぞ、そいつ」

「倒したのか!?」

「一応な」


 おお、と歓声を上げ、なぜかゴーレムによじ登り始めた。

 子供って高いところ好きだよな。

 そんな同年代のお子様を見やりながら、エルフィミアに問いかける。


「まだ時間あるか」

「え、大丈夫だけど」


 そうか、丁度良い。

 俺は紅茶を並べ、テッドたちを呼び寄せる。


「お前たち、ちょっと座れ」


 ゴーレムから飛び降り、がやがやと席に着いた。

 一つ咳払いし、俺は切り出す。


「前から思っていたが、お前たちは学が無さ過ぎる」

「はっきり言うな?」

「事実だからな。というわけで、暇なら勉強しようか」

「嫌だ!」


 即座かつ全力で拒絶したのは、ジェマだった。

 一時期、テッドは本気でカルティラールを目指していた。ネイルズも何気に賢い。ジェマだけが本能寄りか。


「強制はしない。だが、ジェマも冒険者になるんだろう」


 警戒心剥き出しでジェマは頷く。まるで野良猫だな。


「では、どうやって依頼を探す? ギルドの受付はいちいち読み上げてくれないぞ。それに依頼完了の署名だってするんだ。名前くらい書けないとな」

「全部テッドがやるから平気!」

「えッ!?」

「ほら、仰天してるじゃないか。というか、テッド。お前もだぞ。剣の鍛錬ばかりにかまけるな」


 三人はしょぼくれた様子で俯いてしまった。

 別に叱っているわけではないんだが。

 そもそも、小難しい文献を読めと言っているわけではない。冒険者にとって、ある程度の知識は必須だ。そうでなければ仲間にすべて頼ることになるし、依頼主にも侮られる。

 そこまで考え、ふと思い出す。


「マーカントだが――彼も元農民だ」


 つい最近まで、何かと世話になったベテラン冒険者。

 その名を聞き、三人の意識がこちらに向く。


「彼も名前すら書けず、冒険者になってからずいぶん苦労したそうだ。その後は猛勉強して名前は当然、依頼も読めるようになった。力だけじゃない。上を目指すには、知識も必要なんだ」

「あのおっちゃんもか……」


 テッドが呟き、ジェマも腕を組んで悩み出した。

 実例を出したことで想像しやすくなったらしい。ちなみに、ちょっと怪しいところもあるが、それは言わない。


「少し読み書きができるようになれば、後はさして難しくないぞ。まずは名前を書けるようになろうか。冒険者登録の時、必要になる」

「おお、登録!」


 かなり前向きな声が上がった。

 そんなやり取りを黙って聞いていたエルフィミアが、小声で問う。


「もしかして、私はその手伝い?」

「正解」

「でも名前の練習でしょ。必要なの?」

「必要だな」


 ちゃんと話は聞かないとね。まずは名前、だ。

 気持ちが冷めないうち準備を始める。


 その後、テッドたちの勉強は、エルフィミアが寮に戻る時間まで続いた。

 途中、エルフィミアから抗議の視線を感じたが、熱心なテッドたちに(ほだ)されたようで、最後は立派な家庭教師に変貌していた。意外に褒めて伸ばすタイプらしい。

 ジェマの苦手意識も薄れたようだし、読み書きくらい、すぐできるようになりそうだ。



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― 新着の感想 ―
[気になる点]  結局最初に見つけた金貨ザクザクの倉庫兼避難所な 見えない屋敷はどうなったんですかね?  そう! 金貨がザクザクだったんですよね。 発見者にちょっとでも分けてくれるならアルター君の経…
[良い点] 読み返し中。 ここも地味に伏線回だったのか。
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