第76話 学院一年目 ~未踏の森へ
ボルニス退治を終えてから二週間、その間も俺と『破邪の戦斧』は簡単な依頼をこなしながら、攻撃系スキル習得と『片手剣』以外の鍛錬を続けていた。
俺は中級の『剣閃』を目指すと決めた。
なぜか他の候補が思い出せないのだから仕方ない。まったくもって不思議である。
そんな俺の決断にマーカントは大喜びし、ヴァレリーはちょっと不服そうだった。
これほど対抗心を燃やす理由が分からず疑問だったが、ダニルによれば「やっと順番が来た」と張り切った結果らしい。こんなに喜んでくれるなら、もっと早く教えてもらえば良かったと思う。
『剣閃』を目指すに当たり、曲剣を持っていないので軽量の両手剣を引っ張り出した。
マーカントはそちらも指導してくれると言う。彼は『両手剣3』で、聖撃の斧を手に入れるまでは両手剣を愛用していたそうだ。やたら『剣閃』を推していたのは、ライバルのヴァレリーには教えられないからである。ちょっと汚い。
ちなみにマーカントは『斧7』、俺の『片手剣7』と同格である。それなら中級の『斬斧』間近と思いきや、『斧8』でも無理とのこと。知るかぎり到達者もおらず、存在以外、知られていないそうだ。
秋の気配が漂う午後の裏庭。
そこにいるのは俺と『破邪の戦斧』、そしてテッドたち。
見えない屋敷の慰労会でだいぶ打ち解けたらしく、顔を合わせれば簡単な指導を受け、冒険者の知識も教わっていた。特にダニルとネイルズは役割に共通項が多く、よく二人で話し込んでいる。最近では、オゼも加わったようだ。斥候の技術でも教わっているのだろうか。
「よし、やってみろ」
マーカントに促され、俺は木剣を構えた。
今は両手剣ではなく、片手剣だ。
皆は固唾を呑んで見守っている。
柄を握る手の平から足の指先まで、全神経を集中。
全身の動きを連動させ、踏み出した。
土の感触、膝や肘、手の平に掛かる負荷。
全身を意識し、わずかな一瞬に備える。
そして何かがかちりと嵌まった瞬間、指令を発した。
手足の負荷が一気に増大、すべてを集約させた斬撃が放たれる。
裏庭に打撃音が鳴り響いた。
俺の斬撃を両手剣で受け止め、マーカントはにやりと笑う。
「今のは間違いなく、『強撃』だ」
「おおッ!!」
テッドたちから歓声が上がった。
ひとまず成功か。
「このまま上位互換の『斬岩』を狙うのもありだが――」
そう言って一瞬溜めると、両手剣を振り下ろす。
『強撃』とは比較にならない刃風が巻き起こった。
名前のとおり、これなら岩も斬れそうだ。
「こいつは無駄に溜めが長え」
「充分、役立ちそうだが?」
「使い込んでるからな、それなりに早えさ。だが、この程度の溜めでも命取りになることがある。だから威力が劣っても、使い勝手は『強撃』の方が上だ」
「そういうものか」
「そういうもんだ。というわけで――次は『豪風斬』だな!」
「『二連撃』でしょ!?」
あからさまな誘導はヴァレリーに阻止されてしまう。
そして「先を越されるなんて……」と、ヴァレリーは嘆いた。
マーカントには『両手剣』も教わってる分、どうしても鍛錬の時間が長い。その辺りが習得の順序に影響したのだろう。なんか、ごめんなさい。
「おっちゃん、俺にも教えてくれ!」
「あたしも! 今のガツンてやつ! どっちでもいいから!」
「おめえらには、まだ早い。なんでも良いから基本を身につけろ。そっちが先だ」
マーカントは群がるテッドとジェマを追い払うが、二人はなかなか諦めない。
そんな様子に笑っていると、ネイルズがそばへ寄ってきた。
「アルター様、これ見てください」
指先から、ぽたりと水滴が垂れ落ちる。
「覚えたのか、《清水》」
「はい! まだちょっとしか出せませんが」
「いや、凄いぞ。寝る前に練習すると良い。すぐ使いこなせるようになるさ」
「頑張ります!」
ネイルズは顔を赤らめながら、力強く頷いた。
そんな彼の姿にリリーも喜んでいたが、どこか悔しそうである。
彼女は庭園の仕事が忙しく、前より練習の時間が減っていた。それでも資質はネイルズより上だと思っていたので、この結果は少し意外だ。
何にせよ、テッドやジェマを差し置き、冒険者への第一歩はネイルズに軍配が上がった。
生活魔法でも、成長は成長である。もっと俺も鍛えないとな。
そんな心の動きに見透かしたように、マーカントが声を掛けてくる。
「『強撃』ありで一勝負するか?」
「望むところだ」
俺は再び、マーカントと向かい合った。
◇◇◇◇
数日が過ぎ、俺は『二連撃』を習得した。
しかしその直後、『両手剣1』も習得してしまう。
喜び一転、「なんなのよ、あんたは!」とヴァレリーはどつき回す。
それをへらへら笑って受け止めるマーカント。
ヴァレリーは知らないが、『豪風斬』もこっそり教わっていた。さすがに習得できなかったので、それで良かったと思う。
ともかく、二人のおかげで基本の攻撃系スキルを習得できた。
しかし、安心するのは早い。
『強撃』ありの模擬戦は、俺が吹き飛ばされて終わった。
何度か挑んだが、まるで勝てない。『高速移動』と『強撃』なしなら好勝負なんだが。
俺が負けた原因は、熟練度の差だった。
発動速度が段違いで、どうやっても結局は負けてしまう。道のりは険しい。
そして『二連撃』を習得してからほどなく、とうとうその日がやってきた。
誰からともなく立ち止まると、俺は革袋を差し出す。
「前と品質は変わらんが、今回は増血も混ぜておいた」
「お、それは助かる。ありがたくもらっておこう」
受け取るマーカントは、彼には珍しく微笑を湛えていた。
南門の先、街道の外れにはテッドたちも集まり、『破邪の戦斧』を寂しそうに見上げている。
セレンに帰還してからひと月以上、今日、彼らは出立する。
「今度は長くなる」
「分かってる。だから多めに用意しておいた」
俺の成長に付き合ってくれたのは明白だった。
もし『強撃』や中級の話にならなければ、もっと早くセレンを去っていたと思う。
色々相談したのは、少しでも引き延ばしたかったのかもしれない。
「無理はするなよ」
「当然――と言いたいが、行ってみなけりゃ分からんな」
らしくない発言に、不安そうにテッドたちは顔を見合わせた。
それに気付き、マーカントがその頭を撫で回す。
「俺たちが向かうのは深殿の森だ。こっからずっと南にあってな。冒険者の目標ってやつだ」
「目標……?」
マーカントたちの話を、テッドたちは冒険者の目で聞き入る。
アルシス帝国に滞在する多くの冒険者が目標とする場所があった。
デリエックの迷宮、そして深殿の森である。
デリエックの迷宮は帝国の西、メズ・リエス地方との境にある。多様な魔道具を産出することで知られ、周囲への害の少ない迷宮として多くの冒険者を引きつけていた。
そして深殿の森は、帝国南方に広がる森林地帯である。踏み入るごとに強力な魔物が出没し、そこには竜種さえも住むという。誰一人抜けたことのない未踏の森で、人間が知っている最奥は、メズ・リエスにある竜の巣や『百罪の狂皇』が率いる死者の国、またセーネム大迷宮の危険度に匹敵すると言われていた。
いずれ、彼らがそこを目指すのは分かっていた。
セレンへ赴くとき、護衛を自ら申し出たのは心配だけではない。その先に目標を見出したからだ。
当時を思い出し、ダニルに目を向ける。
「そういえば、掘り出し物の魔法書は手に入ったのか?」
きょとんとした後、ダニルは笑顔になった。
「よく覚えておいでで。狙撃系が欲しかったんですが、適正価格でも見つかりませんでした」
「ん――それはすまん」
俺は《穿風の飛箭》を発動する。
不可視の矢が飛翔し、数瞬、頭部のない鳥が落ちてきた。
突然のことに皆は驚くが、ダニルは何をしたか気付き、いきなり笑い出す。
「いつの間に《穿風の飛箭》を?」
「気付いたら。《疾風の短矢》を延々と使い続け、さらに精度を強く意識するのがコツらしい。槍撃系を飛ばしたから異例かもしれん」
「試してみます。魔力が少ないので、ほどほどになりますが」
「無駄にはならんさ。何事もな」
笑い合う俺とダニル。
マーカントにも話が見えたようで、呆れ顔になる。
「自力で中級魔法……しかも二つか。お前って本当にあれだな」
「一つはダニルのおかげ、もう一つは完全に偶然だよ」
「俺の『強撃』も忘れるなよ? んじゃ、そろそろ出発するわ。お前が卒業する前に一度は戻ってくる。五年後だっけ?」
問いかけに、少し悩む。
「たぶん――三年だ。五年になると面倒が多すぎる」
「分かった。二年とちょっとくらいだな。次に会うときは竜の首を土産にしてやる」
マーカントは厚い胸を叩き、請け合った。
話が終わったのを見計らい、ヴァレリーたちが進み出る。
「『二連撃』は下位スキル。アルター様なら、より大きな力を得られるはずです。鍛錬を欠かさないでください」
「魔法もです。今でこそ体系化されていますが、古い時代は試行錯誤して生み出したと言われています。《穿風の飛箭》のように、色々と試されると良いでしょう」
「斥候の技術もまだ伸びます。そちらの鍛錬も続けるべきです」
「ちょっと待て、一度に言うな。やることが多すぎるぞ」
思わず、吹き出してしまった。
そんなヴァレリーたちに触発され、マーカントは焦る。
「なら俺も! ええと……」
と悩み抜き、ぽんと手を叩く。
「あれだ、実戦! とにかく戦え、実戦は最高の鍛錬だ!」
「その通りだが。まったく、お前らしい」
そういえば、彼らと出会ったのも実戦を求めてだった。
あの頃はこの世界の基準を知らず、少しでも強くなろうとあたふたしていた。
いや、今でも変わらないか。
俺の世界はリードヴァルトとセレンのみ。
出会った強者が、どの程度の強者だったのか。
半泣きのテッドたちと『破邪の戦斧』が別れの挨拶を交わしていく。
言葉にならない声を聞きながら、その姿を見やる。
俺が最もよく知る強者――その帰結はどうなるだろう。
いかなる結果であっても、無事に戻るのを祈るばかりだ。




