第75話 学院一年目 ~英雄の器
俺が講義に出ている間、『破邪の戦斧』は簡単な依頼を受けたり、午後からやってきて俺に稽古を付けてくれた。
なんとなく『強撃』や『二連撃』の感覚が掴めてきたところで、ともに採取や討伐依頼を受け、実戦の中でも鍛錬を行う。
討伐依頼は大した魔物がいない。小規模なオークの群れや、街道の安全確保のため周辺の魔物を一掃などだ。俺たちなら片手間でこなせる依頼ばかりであり、その反面、練習にはもってこいである。どや顔の『豪風斬』で吹っ飛ぶオークには少々同情したが。
そんな日々が続いたある日、俺たちは変わり種の退治依頼を受け、森を訪れていた。
今回は二泊三日の予定で、二日間を依頼遂行と移動、最終日に帰還の予定である。
泊まり込みの依頼は何気に初めてで、依頼主の立場も含めるなら八歳の時、『破邪の戦斧』とレクノドの森を探索した頃まで遡る。
初日は南の穀倉地帯で状況を視察し、進路を西へ。
依頼を遂行しながら森の奥へと踏み入り、二日目の昼を迎えた。
「パンくずを追ってきたらこれか。まるで罠だな」
「まず襲ってこないから罠にもならんぞ。気色悪いだけだ」
俺たちの目の前には、黒光りの大木が聳えていた。
びっしりとしがみ付くのは甲虫の魔物、ボルニスである。
大きさは二十から三十センチほどで、見た目はカブトムシの雌に似ているが、それよりも丸い。
そんなボルニスは、地味に初対面ではなかった。
森に潜っているとよく見かけるし、何気なく見上げると元気に空を飛んでいた。俺を含め冒険者の誰もがボルニスを放置するのは、さしたる害がなく、また益もないからだ。
人間を襲うのは稀で、魔石も同じくらいの稀さで見つからない。もちろん外殻などに使い道もなく、わざわざ殺す意味もなかった。
それが分かってるのか、俺たちが接近してもボルニスは平然としている。
「たまに沸くんだよな、こいつら」
「あれは大変だったわ……。村人総出で追い回して。雑食だから何でも食べるしね」
ヴァレリーは嫌そうにボルニスの群れを見上げた。
今回の依頼は大量発生したボルニス退治だった。森から溢れ出た個体が草原に進出し、穀倉地帯を荒らし始めたらしい。冒険者ギルドから「最優先で処理してほしい」とお達しがあり、俺もレベッカに頼まれて半強制的に駆り出されてしまった。『破邪の戦斧』はその付き合いである。
しかし、この木だけで何匹いるんだか。元がでかいから総数が分かりづらい。
「この大木がやたら多いな。樹液目当てか?」
「いんや、重いからだよ。枝が細いと折れちまうからな」
言われてみれば、しがみ付いてるのは太い木ばかり――。
動かす目線の先で、細い枝をへし折って一匹のボルニスが落ちた。
その衝撃で数匹が巻き添えを食らう。なるほど、こうなるわけか。
「どこから始める? 大人しいとはいえ、仲間が殺されれば反応するだろ」
「大慌てで逃げ出すな。だから全部を仕留めるのは無理だ。《火炎球》、頼めるか。折角集まってんだ、この木だけでも焼き払っちまおう」
「分かった」
マーカントとオゼが油を振り撒き、合図で《火炎球》を放った。
舐めるように炎が広がり、無数のボルニスが火だるまで転げ落ち、難を逃れたものは慌てて飛び立つ。
それをダニルが魔法、オゼが弓矢で追撃し、マーカントとヴァレリーは落ちた個体にとどめを刺していく。
俺も《土塊の短矢》でボルニスを撃ち落とすが、昆虫だけあってしぶとかった。
少しくらい身体が損壊しても気にしないし、《土塊の短矢》が刺さってもそのまま逃げようと藻掻いている。
「おっ」
不意にボルニスの一体が方向転換、俺に突進してきた。
躱しながら、甲犀の剣で綺麗に両断する。
大人しくても魔物だな。
逃走を諦めた他の個体も、嫌な羽音を立てこちらに向かってくる。
「手間が省けるぜ」
マーカントたちは武器を構え、突進する黒い塊を迎撃した。
それからほどなく、一汗掻いた頃には数十匹のボルニスが転がっていた。
マーカントとヴァレリー、ダニルは息のある個体にとどめを刺していき、俺とオゼは木の洞や物影を覗き込む。ボルニスはこうした場所を好むらしいが――お、居た。
ようやく周囲の掃討が終わると、今度は死骸を並べていく。
マーカントがその端に立ち、聖撃の斧を構えた。
「んじゃ、切り離すぞ」
宣言するなり、斧を振り下ろす。
依頼達成の証明はボルニスの頭部だった。少し傷つけたくらいでは死なないので、確実に仕留める意味もあるそうだ。そして死骸を並べたのは、作業しやすいようにと魔石を確認するためである。
頭部の切り離しはマーカントに任せ、俺たちは羽をどかし、外皮を切り開く。
昆虫系の多くは腹の背を斬り裂いたところに魔石があった。
結果、小さな魔石が一つ見つかる。
これだけの数がいて、たった一つ。風景扱いされるわけだ。
頭部を皮袋に収めると、少し移動して休息することになった。
逃げたボルニスは多いが、追ったところで別のボルニスに遭遇するのが落ちだ。きりが無い。
張り出した根に腰掛け、将軍茶で喉を潤す。
マーカントは膨れ上がった皮袋を横に、平然と干し肉を齧っていた。
その様子を眺めつつ俺は口を開く。
「これで何匹になった?」
「今朝までで十八、さきほどは四十一匹です。全部で五十九匹ですね」
ダニルがすらすらと応えた。
「結構な数だな。一匹当たり大銅貨一枚だから、銀貨で約六――いや、六枚ぴったりか」
短剣を投擲するオゼを横目に、訂正する。
飛んできた頭部を片手で受け止めると、マーカントは皮袋に放り込んだ。
「村で沸いたときより多いな。そろそろ満杯だぞ」
「積極的に仕留めるにしても、頭部の回収は割が合わんか。持ち帰るのは他の魔物か採取にするか?」
俺の提案にマーカントたちも同意した。
ただ、彼らはどちらでも良いのだと思う。Cランクの報酬は、金貨二十から五十枚が相場。Fランクのおよそ二十倍だ。それと比較したら大差ないし、そもそも報酬の多寡はあまり気にしない連中だった。でなければエラス・ライノの素材を、ぽんと放り出したりしない。
それに『破邪の戦斧』は、やり甲斐や治安維持を優先する傾向がある。
二年前、最初は俺のお守りを断り、実力を見せた途端、引き受けたのもそれが理由だ。今回のボルニス退治も「付き合い」と言っていたが、俺がいなくとも受けていたと思う。
そんな『破邪の戦斧』を眺める。
良い機会かもしれん。彼らの意見を聞いてみるか。
頃合いを見て、「相談がある」と切り出した。
「これまで『片手剣』を中心に鍛えてきたんだが、少し問題があってな」
「問題? 頭打ちにでもなったか?」
資質の壁、マーカントはそう思ったようだ。
俺は大袈裟に手を振る。
「ああ、すまん。そうではない。『片手剣』が結構なランクに達してな。この辺りの魔物では、鍛えているという実感が得られなくなってきたんだ。それに甲犀の剣もある」
鞘越しに指で叩く。
「こいつは優秀だが、繊細すぎるんだ。アイアンゴーレムとやり合ったときも、折れるのでないかと気が気でなかった。この先、戦闘中の破損も有り得るだろう。予備の剣もあるが、それならいっそ、剣以外にしたらどうかと考えたんだ」
「剣以外ねぇ。甲犀のスティレットは駄目なのか?」
「あれは一点突破だからな。主力にするには扱いづらい」
嵌まれば高威力でも、攻撃の幅が狭すぎた。
役立ちそうなアイアンゴーレムでも出番がなく、そもそも俺――というかロランがスティレットを選んだのは、父母の目を気にしたからだ。
「他の武器か。ありかもしれんな……」
マーカントは、自分自身のぼやきを思い出したのだろう。
言外に、セレン周辺は実力者向きではない、と言っていた。
それは皆も実感していたようで、黙って考え込んでしまう。
俺がただの冒険者なら簡単だ。別の町へ行け、で解決する。しかし学院生である以上、それはできない。
皆の答えを待ちながら、俺は別のことで悩む。
しばらく自問自答し、決断する。
事後承諾になるが、父には後で報告しよう。卒業後に。
「今まで黙っていたが、僕は皆が知っている他に変わり種のスキルを持っている。それは成長を促すスキルだ」
『成長力増強』を知っているのは父だけだった。
兄や母にも話していない。ロランは――何かあると勘づいてるだろうな。
そんな告白は、皆を余計に混乱させたらしい。
ヴァレリーが要領を得ない顔で問いかけてくる。
「そのスキル――それほどですか?」
説明不足だったか。
俺は記憶を辿りながら補足する。
「五歳の時、剣の鍛錬を始めてから数ヶ月で、『片手剣』と『体術』のスキルを習得した。もちろん、実戦経験なしだ。お前たちと出会った八歳の頃には『片手剣3』、『短剣4』、『体術4』だった。魔法は神聖と死霊以外、3から1だったと思う」
「そいつはとんでもねえな。手こずったわけだぜ。もしかして妙に大人びているのも、そのスキルの所為か?」
「たぶんな」
肯定しておいたが、そちらは中身が理由だ。さすがに話せない。
これまで調べた限り、他の転生者や転移者の痕跡は見つかっていなかった。アルファスや『解析』のアデリーナはちょっと疑っているが、強力なスキルこそ持っていても前世や異文化の匂いがしない。
それに単純に強いだけなら、SSランクの冒険者でもあった戦神スレイアス、悪神アドゥドウと戦った獣神ゼベル、セレンでも信仰の深い農業神ミラッドなど、化け物連中もいる。そもそも、転生者だからといって優れているとは限らなかった。
それにこの世界には、「転生者」という言葉や概念が存在していない。
だから『高速移動』や『成長力増強』を説明するのとは、わけが違う。意味不明な話だろう。そして理解してもらっても、何一つ状況は進展しなかった。
「そのスキル、資質の壁はどうなりますか?」
俺が横道に逸れていると、ダニルが問いかけてきた。
「たぶん突破できない。『鑑定』でも、資質については触れていなかった」
ダニルは頷き、再び思考し始める。
他の者も黙ったまま。追加の情報は、さらに判断を難しくさせたか。
彼らに聞いてみようと思ったのも、俺自身、結論が出せなかったためだった。
『成長力増強』があれば、このまま『片手剣』に注力するのは悪手ではない。
弱い魔物でも他の者より成長が見込めるし、実際、強敵と何度かやりあったとはいえ、セレンに来てからもランクが上昇していた。
そして別の戦闘技術スキルを選ぶのであれば、より早くランクを上げることができるだろう。リードヴァルトと違い、ここでは誰の干渉も受けず好きなときに森へ潜れる。『片手剣7』には物足りなくとも、未習得なら実戦の効果は大きいはずだ。
「ああ、悩むのは性に合わん!」
不意にマーカントが沈黙を破る。
「要は足踏みしてるのが落ち着かないんだろ! だったら『片手剣』を捨てちまえ。ついでに上を目指せ!」
「上?」
ぴんと来ない俺に対し、ヴァレリーは「それ良いかも!」と同意する。
見れば、ダニルやオゼも一様に頷いていた。
ええと、上ってなんの? 手札を増やそうかなって話なんだが。
少し考え、はたと気付く。
「そうか、中級――」
マーカントはにやりと笑った。
「『片手剣』とか俺の『斧』なんざ、どこまで極めても初級だ。Bランク以上の連中なら、中級も珍しくないぞ」
「なるほど、考えもしなかったな」
闇雲に上げるより、目標を決めた方が良いに決まってる。
中級を目指すというのは、最良の判断かもしれん。
しかし、続くヴァレリーの言葉に動きを止める。
「アルター様は『片手剣』が軸ですから、『剣閃』か『剣舞』ですね」
剣……舞?
硬直する俺を、皆が不思議そうに覗き込んできた。
どうにか振りほどき、
「ちょっとトラ……いや、なんでもない」
と、必死の笑みで誤魔化した。
なんで、よりにもよって『剣舞』だよ。小太りの嫌がらせか?
妙な空気の中、ダニルが話を戻す。
「『剣閃』は『片手剣』に加え、『曲剣』もしくは『両手剣』ですね。『剣舞』は……」
「『片手剣』と『体術』、あとは『短剣』か『曲剣』だったかしら。たぶん、アルター様は条件を満たしていると思います。それなら『剣舞』を目指すべきです」
「それじゃ、今と変わらんだろ」
マーカントが否定するも、ヴァレリーは即座に首を振る。
「違うでしょ。アルター様はこのままで良いのかと訊ねられたの。今を変えたいと仰ったのではないわ。中級を目指すなら、最短距離が良いに決まってるじゃない。それに『剣閃』はアルター様の戦い方に合わないわ。『曲剣』は扱いづらいし、『両手剣』は長所を消してしまうもの」
くわっと目を見開き、マーカントは立ち上がる。
「『両手剣』の何が悪いんだ! こいつは変なスキル隠し持ってたんだぞ、『両手剣』だってすぐ使いこなして――」
「なんで『両手剣』限定なのよ! あんた、重武器教えたいだけでしょ?」
「だったら『斧』にするわ! 良いのか、『斧』で!? 教えるぞ、『斧』!」
「剣の中級でしょ! 『斧』なんて覚えてどうするの!」
「待て待て」
白熱し出す二人をどうにか宥める。
またこれか。どうしてこうなるんだ、こいつらは。なんか、『斧』に申し訳ないし。
二人が落ち着くのを待ち、俺は切り出す。
「話は理解できた。中級を目指すのは決定でいこう。目標はわかりやすい方が良いし、どの武器も『強撃』と『二連撃』を邪魔しないからな。それで、具体的にどれくらいのランクが必要なんだ?」
「曖昧なんだよな、その辺。どいつも手の内は明かさんし」
「大体、ランク8以上って言われてますけど……」
ヴァレリーの補足に、ステータスを確認した。
『片手剣7』、『体術7』、『短剣5』。
うわ、本当に最短距離かよ……。
戦っていれば『片手剣』や『体術』は自然に上昇する。これでスティレットも使いまくっていたら、なってたかもしれん――『剣舞』に。
「お前、中級目前とか言うなよ?」
俺の様子に気付くとぼそりとこぼし、マーカントは聖撃の斧を担ぐ。
俺たちもオゼが消えた方角を眺めつつ、荷物をまとめた。
「詳しくは男爵家の秘密で」
「今更言うか、それを」
すぐに戻ってきたオゼは一言、「ゴブリン」と告げる。
マーカントは「ほう」と興味を示した。
リーダーの話を思い出したみたいだが、あんなのはもういないだろう。
俺が状況を尋ねると、オゼは森の奥に視線を向ける。
「はぐれです。数は五体。狩りが終わった後のようで、ボルニスを喰ってました」
「え……喰うの? これを?」
さきほどオゼが仕留めた頭部なし、中身剥き出しの残骸を見下ろす。
うん、とってもグロい。
「ゴブリンは悪食だからな。ボルニスを喰うのって、あいつらか同じ昆虫系くらいだろ」
さすが森の掃除屋。俺には真似できないし、したくもない。
どうあれ発見した以上、仕留めるとしよう。
無言で問うと、皆は同時に頷いた。
◇◇◇◇
五体のゴブリンはボルニスを抱え込み、一心不乱に貪っていた。
ちょっと大きなフルーツに見えなくもない。よく見れば、やっぱりグロいけど。
塒らしき倒木を背にしていたので、俺たちは散開し、逃げ場を塞いで一気に急襲する。
次々に倒れ伏すゴブリン。
ようやく最後の一体が武器を手に取るも、ヴァレリーのアルア・セーロがあっさり首を跳ね飛ばした。
「お、見つかったぞ」
流れ作業のように解体を始めたところ、マーカントが小さな魔石を発見した。
俺に向かって投げて寄こし、持ってけとばかりに顎をしゃくる。
「良いのか?」
「分配していくらになるんだよ、そんな小せえの」
「そうか。感謝する」
近い将来、『魔道具作成』に挑戦するつもりなので、魔石はいくらあっても足りない。
皆にも礼を述べようと視線を動かしたとき、屈み込むオゼが目に留まった。
その背後にダニルが立つ。
「どうしました?」
「こいつら、向こうからまっすぐ戻ってきたようだ」
「周辺のボルニスを狩ったのではないと?」
「おそらく」
そんな会話に、俺たちは顔を見合わせた。
『気配察知』を発動すると、うっすら辺りのボルニスが感じ取れた。少ないがいないわけではない。わざわざ遠方まで行ったということは――。
俺はボルニスの死骸を改める。
場所はばらばらだが、どれも穴が空いていた。近くには太めの枝も転がっている。
「枝で突き刺して運んだか」
「狩り場があるってことだな。んじゃ、そっちも片付けるとしよう」
「そうだな。夜になる前に」
ボルニスは夜行性だった。
日が落ちれば餌を求めて動き始める。
オゼを先頭に、俺たちはゴブリンの足跡を遡った。
できたばかり、しかも隠す気のない足跡を辿るのは、オゼはもちろん、俺でも簡単だ。
止まることなく進み、しばらくしてオゼが後方に手を向け、姿を消す。
待機の合図に息を潜めていると、すぐに戻ってきた。
「見つけたが、少し予想外だ」
案内された狩り場を見て、マーカントが周囲を警戒する。
「やたらでかいが、ゴブリンの集落か?」
「元集落。ゴブリンはいない」
それをオゼが修正する。
その間、俺は言葉を失っていた。
ここは――あいつの根城だ。
普通のゴブリンは生えている木をそのままに、森へ溶け込むように集落を形成する。
しかしこの集落は敷地内の木々を伐採し、隠れようともしていなかった。強者ゆえの自信だ。
粗末な住居が無作為に建ち並び、その多くが崩壊している。
冒険者が破壊したのだろう。
そして住居からは、無数の気配が感じ取れた。
「ボルニスは雑食と言ってたな。死骸も喰うのか」
「はい。やつらに生き死には関係ありません」
俺の問いに、ヴァレリーが応えた。
ならば――ボルニスの大量発生は俺が始まりか。
リーダーが死んだため、集落は壊滅した。集落の破壊は冒険者であり、俺は直接、手を下していない。それでもリーダーが生きていれば、状況は大きく変わった。あいつが指揮を執っていれば討伐隊は苦戦し、こうも簡単に壊滅しなかっただろう。
それでも、いつかは同じ結末を迎えていたと思う。
討伐隊が負ければ、セレンは本気になる。ゴーレムや魔法使いの群れには為す術もない。その時、今のようにボルニスが発生する。
誰が何時を問うても意味はない。
頭では分かっていたが、俺は言いようのない感慨に囚われた。
マーカントが半壊した住居に近付く。
「こいつは剣の傷だな。なるほど、例のゴブリンが仕切っていた集落か。確かに凄えわ、このでかさ」
「ちょっと待って。ならさっきのゴブリン、同種の死骸を食べたボルニスを食べてたの? それを知っていて?」
「らしいな。やっぱり駆除が正解だ、どっちも」
マーカントは嫌そうに顔を歪めながら、オゼを見やる。
「で、数は?」
「無数。住居跡の内部にびっしり潜んでる」
「マジか、そりゃ面倒だな。下手に刺激すると散り散りになっちまうぞ。油の手持ちも少ねえし、応援を呼ぶか」
「その必要はない」
気付かぬうち、言葉が滑り出ていた。
それに後押しされるように、俺はゆっくりと集落を見回す。
「僕がけりをつけよう。皆は下がってくれ」
「けりって……。分かった、お前に任せる」
マーカントは頷くと、皆と下がっていった。
一人残り、集落を眺める。
伐採は内側だけでなく、集落外の木々からも距離があった。
あいつの自信のおかげでやりやすい。
近くにある最も高い木を選び、枝に飛びつく。
どこにもボルニスはいない。よほど住居の居心地が良いようだ。
限界まで登り、念のため『気配察知』で探りを入れた。
他の気配はない。ひたすらボルニス。
弱く感じるのは――卵?
越冬する気か。まだ秋にすらなっていないのに、気の早いやつがいるようだ。今、発見して良かったかもな。
俺は細い息を吐く。
さて、名も無きゴブリンの戦士。
お前がこの世に残した最後の痕跡、送り火とさせてもらう。
俺は意識を集中し、一斉に《火炎球》を放った。
まずは外周。
次々と火球が着弾し、集落が緋色に染まる。
吹き飛び、燃え上がる住居跡から、炎に包まれたボルニスが無数に転がり出た。
次弾で無傷の中央を塗りつぶし、飛んで逃げようとするボルニスを、空中で破裂させた《火炎球》で焼き尽くす。
その後も数発打ち込み、完全に動くものがいないのを確認、俺は木から飛び降りた。
皆は無言で集落を見つめていた。
燃えさかる炎に照らされながら、マーカントが呟く。
「……とんでもねえ威力だな」
「これが中級魔法の『多重詠唱』ですか。ラプナスが英雄と呼ばれる理由を実感しました」
陶然とした表情でダニルも言った。
俺は首を振る。
「こんなもの英雄なんて代物じゃない。ただの破壊だ」
「いえ、それは違います」
被せるように、ダニルが強く反論する。
「何かを成し遂げるには必ず力を必要とします。力の善悪、種類は問いません。問われるのは行動と結果。それが英雄と呼ばれる者たちです」
俺に視線が集まった。
その眼差しにどこか敬意を感じ、いたたまれず目を逸らす。
「それより、消火を頼む。魔力がほとんど残っていないんだ」
「おし、んじゃ消すか! ダニルは派手にやれ!」
「お任せください」
燃えさかる集落に向け、『破邪の戦斧』は散っていった。
俺はその様子を眺める。
こんなもの――紛い物だ。
俺の根幹は『成長力増強』、小太りが与えたチート。
そんなやつがラプナスやアルファスと同列に並んでは、彼らに失礼だ。
立ち上る黒煙に目を向ける。
あの戦いで、俺はリーダーに手を差し伸べた。
もしあの時、降伏していたらどうなっていたか。
状況は複雑になったと思う。
あいつだけが従っても、他のゴブリンは変わらない。
有害な魔物なら殺す。
そんな俺とあいつは、どこまでも平行線だ。一生涯、信頼を勝ち取れなかっただろう。
焼け落ちる自負を見ながら思う。
あいつこそ、ゴブリンたちの英雄かもしれない。




