第74話 学院一年目 ~強さの弊害
俺たちはギルドの裏手にある広場に移動した。
表に出ろと言われ、本当に大通りで喧嘩を始めたら警備兵が飛んできてしまう。
だから広場にやってきたのだが――。
一望し、その狭さに拍子抜けする。
どんな場所かと期待してみれば、ただの荷物置き場だった。
リードヴァルトのギルドにはかなりの広さの鍛錬場があり、加えて地下にも魔法に対応した鍛錬施設が設けられている。これでは、町の規模と見事に反比例だ。
壁際に積み重なる木箱を眺めながら、これも歴史の名残なのかと思いに耽る。
セレンが田舎町だった頃から、冒険者ギルドはあったはず。当時のギルドがどう考えたかは定かでないが、少なくともセレン支部は急速な拡大についていけなかったのだろう。
今の街に相応しい規模にするには、移転するか周囲を買い上げるほかなかった。妙に小綺麗な外観と内装なのは、それが精一杯なのかもしれない。
騒がしい声に、広場を見回す。
ずいぶん集まったな。
狭い広場に入りきらない冒険者が木箱や塀の上によじ登り、路地からも覗き込んで模擬戦が始まるのを待ちわびていた。今は一番混雑する時間帯、タイミングが悪かったのもあるが何のために早起きしたのだろうか。イスミラなんか顔すら見せないのに。
ざわめきの中、マーカントたちが木製の武器を携えて広場に入ってきた。
これで準備は整ったが――誰が仕切るんだろうか。
隣のヴァレリーに問いかける。
「普通、第三者に任せるんですが……」
「頼むのも手間ですし、私がやりますよ」
そう言い、ダニルはゼレットたちの元へ向かう。
ダニルの申し出に、ゼレットたちは二つ返事で了承した。というより、たぶん誰がやっても気にしない。
早速、ダニルは模擬戦のルールを詰めていった。
最初はゼレットたちに手こずっていたが、すぐに特徴を掴み、最低限の単語を簡潔に組み合わせ、手早く説明していく。
その様子に観衆がどよめいた。
気持ちは分かる。だけど一緒になって感心するな、コーパス。
「では、最初にマーカント対ゼレット。次戦はマーカント対バルデンです」
ダニルに下がるよう言われると、バルデンは大人しく壁際へ向かった。
さっきまでの飛び掛かりそうな勢いは何だったのだろう。こいつらの思考回路はよく分からん。
大柄な二人が広場で睨み合う。
ダニルは一歩下がって両者を窺い、
「はじめ!」
と手を振り抜く。
それと同時だった。
「どうりゃぁぁ!!」
ゼレットが突進、木槌を振り下ろす。
木製でもかなりの重量。
その圧力を鼻で笑い、マーカントは両手剣で器用に受け流す。
木槌は広場にめり込み、足下が揺れた。
「力は強え。だが、それだけだな」
再び観客が沸く。
出会った頃のマーカントは筋力15。この二年の間に成長し、今は17だった。
ゼレットは筋力18なのでそれより上だが、マーカントには『腕力強化』がある。腕力だけなら22となり、単純な力比べでも負けない。
しかも、戦闘の経験値が違いすぎた。
ゼレットはさらに木槌を振り回すも、ことごとくあしらわれてしまう。
結局は両手剣をまともに受け、壁際へ吹っ飛んでいった。
「兄貴の仇!」
反射的にバルデンが跳躍――。
不用心すぎる。
案の定、カウンターで拳をもろに浴び、一回転しながら仲良くゼレットの隣に激突。
動かなくなった二人を見下ろし、マーカントは剣を下げる。
「戦い方が雑だ。Fランクから出直せ」
こうして、模擬戦という名の喧嘩はあっさり終了した。
広場に歓声が巻き起こる。
ゼレットとバルデンはとかく目立つため、Dランクなのに名が知られていた。ほとんどは性格が理由だが、特にゼレットは人間の限界に迫る怪力で有名だった。
マーカントはそれと真っ向から打ち合い、技量でも別格の実力を示した。ランクだけなら『セルプス』のハレイストと同じだが、この場の誰もが並みのCランクでないと認識したことだろう。
余りの騒々しさに二人が目を覚まし、辺りをきょろきょろと見渡す。
何が起きたのか、自分たちが何をしていたのかも分かっていないようだ。
それにしても――ここまで顕著に差が出るか。
単純な実力差もあるが、あしらい慣れている。
近隣の町で散々絡まれたと愚痴ってたからなぁ。
「終わった?」
歓声を聞きつけ、イスミラがひょいと顔を覗かせた。
「お前さ。臨時でも仲間なんだから、少しは心配しろよ」
「必要ないわ。あいつらは馬鹿だけど、嗅覚だけは鋭いから」
意味が分からず、俺は首を傾げる。
「クズ相手に喧嘩はしないのよ。初めから敵と判断するから」
「へえ、それはそれで凄い」
「だから突っかかったりやたら干渉するときは、気に入った証拠ね」
「ん、ということは――」
「お見それしましたッ!!」
二人の唱和が広場に響き渡る。
視線を戻せば、ゼレットとバルデンが並んで土下座していた。
「是非ともお名前を!」
「え、ああ……マーカントだけど」
「おお! これからはマーカントの兄貴と呼ばせてください!」
またか。どんだけ量産するんだ、兄貴。それとも乗り換えか? 歓迎するぞ。
二人は困惑するマーカントそっちのけで、くるくる回りながら「あにきーあにきー」と囁き出す。
「良かったなマーカント、立派な弟ができて。二人も」
「鬱陶しいから殴って良い?」
返答を待たず、殴り飛ばす。
だいぶ不愉快だったらしい。
二人は壁に激突し、完全に昏倒してしまった。
「なんだったんだ、こいつら……」
気味悪そうに呟くマーカント。
その姿に、俺はとても良い笑顔だった。
◇◇◇◇
一悶着ありながらも、俺たちは森に到着する。
素材採取班は俺、ダニル、ヴァレリーの三人で、オゼは周辺を警戒、マーカントはその警戒に引っかかった魔物の担当となった。
そして特に何事もなく正午を過ぎ、俺たちは休憩することにした。
一息つきながら、それぞれの成果を報告し合う。
錬金溶液の素材に加え、セーロン草も採取できた。それに比べ、解毒のクングス草は少なめだ。リードヴァルトではたまに群生地を見つけていたから、セレンの気候は暖かすぎて合わないのかもしれない。
マーカントは、ヌドロークやオーク、普通の狼を多数撃退していた。こちらの成果は討伐証明や毛皮の他、魔石が二つ。魔石は錬金素材と一緒に納品予定である。
「しっかし、この辺りの魔物は手応えねえな」
水袋を呷り、マーカントがこぼした。
結局、採取班どころかオゼも加勢せず、マーカント一人で敵を蹴散らしてしまった。
発言には同感だが――。
森を眺めながら、口を開く。
「確かにセレンの魔物は弱い。それでも強者はいるぞ」
野外演習で遭遇したゴブリンリーダーについて話した。
『破邪の戦斧』は強さだけでなく、群れを指揮する能力にも感心する。どうやら冒険者歴の長い彼らでも、あれほどのゴブリンには出会っていないらしい。
マーカントは腕を組み、唸った。
「そんなのが潜んでたのか。惜しいことしたな」
「亜人型の魔物は人間種に似てますからね。使役すると意外に強くなると聞きますよ。その分、扱いづらさも増しますが」
「でも、どうしてそんなに強くなったのかしら?」
「そりゃ簡単だ。戦い続けたからだろ」
マーカントのざっくりとした応えに、ヴァレリーは呆れる。
「そういうことじゃなくて――」
「いや、的を射てる。言葉は足りないが」
俺が賛同すると、ヴァレリーだけでなくマーカントも驚いた。
なぜ、リーダーはあれほど強かったのか。
軽量の両手剣を手入れしているとき、時折、思い返していた。
ゴブリンを使役するような奇特な人間はまずいない。そんな低い可能性を追求するより、自然の状態であれほど強くなったと考える方が現実的だ。
俺は思い浮かべながら、推論を伝えていく。
「確かに強者だった。それでもレクノドの森にいたらどうだろう。少し深いところに潜れば、あれを越える魔物は珍しくない。それも種族の平均でだ。レクノドの森のゴブリンが強者になれないのは、なったところで死ぬからじゃないだろうか」
吟味しながら、ダニルは頷く。
「有り得ますね。冒険者も身の丈に合わない土地では、すぐ命を落としてしまいます」
「環境に恵まれていたんだろうな。まあそれも、才能があっての話だが」
俺の言葉に皆は考え込んだ。
ゴブリンに限らず、才能と環境が揃えば、どんな魔物でも強者に至る可能性を示唆していた。人間種が己を鍛え上げるように、彼らもまた、生存競争の中で揉まれている。
煮詰まったのか、マーカントが思考を振り払った。
「とにかく、やたらスキルを使いまくるゴブリンがいたって話だな!」
「最初に戻るとな。出会ったときは驚いたよ。こっちは攻撃系スキルを一つも使えないっていうのに――」
ぼやいたとき、妙な空気を感じ取った。
なんで一斉に俺を見る?
「一つも? 使えない?」
「そう言っただろう。何の確認だ」
答えた途端、マーカントは立ち上がって激しく首を振る。
「いやいや、有り得んだろ! 『強撃』すら使えんのか!?」
「悪かったな。十歳でほいほい使えるわけなかろう」
なぜか、ゴブリンリーダーの話以上に驚愕していた。
『強撃』や『二連撃』は、『片手剣』のランクを上げるより難しい。おいそれと習得出来るはずがない。ちなみにランベルトとフェリクスは例外だ。あいつらは天才でなくとも秀才である。
全員が驚く中、真っ先に我に返ったのはオゼだった。
「あ、それは――」
と珍しく呟き、視線が集まる。
注目され、やや言いづらそうな素振りを見せながらも言葉を継ぐ。
「もしかして、ですが……強すぎるのでは?」
オゼの言葉に、ダニルは大きく頷いた。
「なるほど、たぶんそれですよ。アルター様は、遠近どちらにも破格のスキルをお持ちでしょう。大抵の状況を、なんとかできてしまわれるんですよ」
「ああ、だから攻撃系のスキルの出番がないのね。走って斬りつけるか、魔法で蹴散らした方が早いもの」
二人の発言に俺は納得する。
「思い当たることだらけだな」
付け加えるなら、『成長力増強』の恩恵も大きかった。
ゴブリンリーダーの連続スキルを凌いだのは、高い敏捷と『体術』である。
それ以外は彼らの指摘通りだ
リーダーを仕留めたのは『高速移動』による、ただの横薙ぎ。あれだけの強者が反応すらできなかった。
そんな話をマーカントは黙って聞いていたが、腑に落ちない顔になる。
「理由はそうだとしてもだ。学院ってのは、攻撃系スキルを教えんのか?」
「教えるぞ。ただ、どうにも……なんと言えば良いのか。たぶん、息苦しいんだな」
大抵の攻撃系スキルは、発動前にそれぞれ決まった予備動作が要求された。
わずかな停滞だが、それなら走って斬った方が早い。
だからアイアンゴーレムで火力不足を痛感するまで、まるで重要視していなかった。いずれ覚えるだろうと。
一応、この予備動作は短縮できる。ゴブリンリーダーの動作は、デシンドの教えより大幅に短かった。気付いた時、少しは進展するかと喜んだが、未だに加減が掴めていない。
それを伝えると、マーカントは首を振った。
「そいつはずれてるぞ。覚えるのが先だ。使い込めば、コツが掴めてくる」
「ああ……そうだよな」
当然か。何事もまずは基礎。すっかり気が急いてたな。
俺は深く反省する。
マーカントはそれを黙って見ていたが、頷くなり、両の膝を叩く。
「よし、だったら俺が教えてやる!」
「それはありがたいが――良いのか?」
「なに遠慮してやがる、赤の他人じゃあるまいし。まずは『強撃』、素手以外ならどんな武器でも使えるぞ。その次は『豪風斬』な!」
その発言にヴァレリーが噛みつく。
「あれは重武器専用でしょ。だったら『二連撃』にしましょう、私が教えます!」
「いや『強撃』だって! そんで『豪風斬』!」
「アルター様なら『二連撃』に決まってるでしょ!」
当事者そっちのけで言い争いが始まった。
なんで争いになるんだよ。あと、決まってないから。どっちも覚えたいし。
そんな二人を見て、ダニルは力なく笑っていた。
「基本を取られると何もないですね。私たち」
ダニルとオゼは、無念そうに見交わす。
一方は魔法剣士、もう一方は斥候。どちらもあまり攻撃系スキルに縁のない職業だった。
「お前ら、贅沢言うな!」
そんな二人に、いきなりの怒声が飛ぶ。
「ダニルは《水禍球》を教えたろ! そもそも最初はお前だ!」
びしりと指を突きつけられ、オゼは身じろいだ。
「ネリオと一緒に斥候の技術を教えたよな! あの時どれだけ暇だったか、分かるか!?」
「あ、そういえば――」
と、オゼはとぼけた様子で手を叩く。
結局、帰路も二人の口論は続き、交互に教わることでどうにか落着する。
真剣に議論してくれるのはありがたいんだが――。
一度くらい、俺の意見も聞いてほしい。




