第73話 学院一年目 ~目指すところ
投稿、再開します。
今回は17話+幕間1話、第90話までの投稿となります。
字数は12万文字です。
残暑の日差しの中、二人の少年が鍛錬場で剣を交えていた。
それを眺めながら木のコップを傾ける。
体内に流れ込む冷水が心地良い。
先ほどまでは俺と戦い、今は二人で模擬戦を行っている。
俺は『鑑定』結果を思い浮かべた。
ランベルトは『片手剣2』と『槍1』、フェリクスは『片手剣2』と『槍3』、そして『盾1』を習得している。これだけ見るとフェリクスの方が上だが、片手剣の戦いならランベルトの勝率が高かった。同じランクでも、熟練度や戦術に差があるようだ。
力を貸してくれと頼まれてから、時折、こうして稽古を付けている。
ただ、それだけで良いのか疑問に思う。彼ら自身がそれを望んでいるが、他にもやることがあるのではないか。
剣戟に混ざり、遠くから学院生の話し声が聞こえてきた。
この先に魔法鍛錬場がある。魔法の稽古に行くのだろう。
遠ざかる声に、ふとエルフィミアが思い浮かんだ。
祖母を探すためセレンまでやってきた彼女だが、目的を終え、普通の日常を送り始めている。この前はロラと一緒に街を散策したそうで、土産に菓子の詰め合わせを持ってきてくれた。もちろん、大半は乱入者の胃袋だ。
また、魔法の相談も受けているのも見かけた。今までのエルフィミアは外出が多かったので、相談したくともできなかったのだろう。ちなみに相談者はちっこい二号だ。
何にせよ、祖母に会うことができて、エルフィミアは先へ進めたようだ。
二人へ向ける視線をそのままに、ステータスを開く。
俺もちょっとは進めたかね。
《穿風の飛箭》。
風属性の中級魔法で、狙撃系と呼ばれる魔法の一つだ。
威力は同じ中級の球状系や槍撃系に劣るものの、飛び抜けた飛距離と高い命中精度を誇っている。二百メートル先の羽虫でも、見えさえすれば当てられるほどだ。見えないけど。
この狙撃系だが、魔法学の講義によると槍撃系の派生らしい。
すっ飛ばして覚えたのは、見えない屋敷を炙り出すため《疾風の短矢》を撃ちまくった所為だと思う。それもただの乱発ではなく、精度を強く意識していた。気付かぬうち、《穿風の飛箭》の鍛錬を行っていたようだ。
それと、《水流操作》もようやく覚えている。
後は《軟土操作》を覚えれば、届かなかった隙間に練り土を流し込める。それで家の修繕は一段落だ。屋根は――まだ無理。
他にも『片手剣』などが軒並み上昇し、レベルはセレンに来てから5も上がった。
順調どころかかなりの成長と言えよう。
ただ、問題もある。
セレン周辺の魔物が弱かった。
レクノドの森と比べると、ゴブリンやヌドロークの平均レベルが明らかに低い。結構な頻度で森へ入っているが、強敵と呼べたのはゴブリンリーダーくらいだ。アイアンゴーレムとリスリアは破格の強敵だったが、セレンの内側だしリスリアに至っては戦ってもいない。
そんなわけで、このまま森に行き続けても、成長が止まるのは確実だった。
なんとも悩ましい。
やりたいことが多すぎるのも拍車を掛けている。
目標を絞るか、『成長力増強』に期待して手広くやるか。
俺が煩悶としているうち、模擬戦が終わった。
勝利したのはランベルトで、押されたと見せかけ『二連撃』での反撃。
フェリクスは凌ぎきれず、剣を弾き飛ばされた。
ちなみにフェリクスは『強撃』を使える。
俺は――何も覚えてない。まあ、当たらないから良いけどね。速いし。
本当、なんで覚えられないんだろ……。
二人は用意してあった氷入りの水差しに飛びつき、喉を潤した。
汗まみれで、服が変色している。
「かぶれるくらいの水って出せるのか?」
汗が不快だったようで、ランベルトが訊いてきた。
大量の水ね。出せるが、それでは芸がない。
「やってみよう」
水差しに《清水》で水を追加し、それを触媒に《氷柱の短矢》を形成。
持続時間が過ぎるのを待ち、落ちた氷柱で水差しを冷やす。
これくらい冷やせば良いかな。
俺は《水流操作》を発動した。
「うお、水が!?」
這うように、水の蔦が伸びていく。
それが向かってくると、ランベルトは飛び退いた。
「なかなか操作が難しいな。避けるんじゃない、ランベルト」
「いや何だこれ、気持ち悪いぞ!」
「失敬な」
そんな奴にはこうだ。
俺は魔力を追加し、升目状に水を展開。左右からランベルトを包囲する。
「ちッ、囲まれたか!?」
なんか楽しそうだな。
必死に木剣を振るい、ランベルトは抗う。
しかし相手はただの水。斬れるはずもなく、ランベルトは絡み取られてしまう。
「おお、ひんやりする!」
水の網は汗や汚れを取り込み、充分身体を冷ましたところで飛散。地面へ染みこんでいった。
さっぱりした表情のランベルトを、フェリクスが羨ましそうに見ている。
「アルター様、是非」
懇願され、水を再充填。再び《水流操作》を発動する。
今度はロープのようにまっすぐ空へ伸ばしていく。
「楽しいな、これ。実戦ではまったく使えないけど。地味に魔力の消費も多いし」
操作できる距離は三メートルほどだが、速度が遅いため相手を捕らえるのは不可能だ。
それに土や火ならともかく、水では捕らえても意味がない。
水のロープはフェリクスの上で球となり、編み目となって降り注ぐ。
包み込まれると、フェリクスも「おお」と声を上げた。
そして一息ついた頃、てかてかのランベルトに俺は切り出す。
「前から聞こうと思っていたんだが、お前はどこを目指してる?」
純粋な疑問であり、俺自身にも投げかけている問いでもあった。
「父の騎士――という話ではないよな。具体的にか」
「そうだな。力を貸してくれと頼まれて承諾したが、できることなんて模擬戦くらいだ。目標が分かれば、もう少し貸しようもある」
ランベルトは難しい顔で腕を組むと、そのままこちらを見やる。
「俺には兄が二人いる。どちらも父に似て頭が切れるから、俺は戦場が居場所になるだろう」
「となると――用兵も学ぶべきか」
「座学でやったな。今ひとつ、分からんが」
思い出しながら、ランベルトはぼやく。
戦闘術の講義には、用兵なども含まれている。ただ、正直言って大した内容ではない。この世界は個人の力が強すぎた。リアル千人斬りも可能だし、上級魔法の使い手は短距離ミサイルと大差なかった。
それはともかくとして、ランベルトの話では戦略より戦術が重要になりそうだ。
これは困ったな。
前世の軍略は多少覚えているが、あちらの一般人程度だ。
正直に、そちらでは力になれないと話すと、期待していなかったようで、「そうか」とランベルトは頷いた。
ただ、これではまた模擬戦を繰り返すだけである。
しばし悩み、ふと思いつく。
「用兵に必要なのは統率力だ。どれほど優秀でも、兵が動かなければ無意味。野外演習のとき、一年生を統率する者がいなかったな。手始めにやってみたらどうだ?」
薦めてみるも、ランベルトの反応は芳しくなかった。
「言っていることは分かる。だが、ドリス班が黙ってるとは思えん。俺とシリジアは同格だ」
「そうだったな。ま、後期に限っては大丈夫だろう。ええと――あの、ちっこいの……」
「リーズですか」
フェリクスが即座に言い当てた。
やっぱり、ちっこいと思われてるな。
「そのちっこいリーズだが、意外に話せる奴だったぞ。いきなり指揮官が難しいなら、班長による合議制でも良い。異なる意見には学ぶことも多いしな。まずは提唱し、すべて駄目なら、それもまた経験になる」
少し考え、ランベルトは首肯した。
「合議制なら反発も少ないか。問題は来年の前期だな。そんな提案をすれば、シリジアは自分が仕切ると言い出しかねん。最悪の演習になるぞ」
想像したのか、フェリクスも心底嫌そうな表情を浮かべた。
そんな二人に俺は手を振る。
「たぶんだが、心配いらない。来年の前期野外演習に、あいつは来ないと思う。錬金術へのやる気も才能もないからな」
「そうなのか? なんで履修したんだ、あいつ」
「さてな。貴族のお嬢様の考えていることなんて知らんよ」
実際はエルフィミアを引き込むためだ。
脈無しと判断したのか、最近は付き纏ってこないようでエルフィミアも安堵している。
「さて、休憩はこれくらいにしようか。まだ夕刻前だし、もう一戦やっとくか?」
「頼む」
その後、俺は二人と模擬戦を行った。
どちらもこれ見よがしに『二連撃』と『強撃』を放ってきたが、心で宣言したとおり軽く躱していく。
攻撃系のスキルは、通常の攻撃にどう組み込むかが重要となる。二人は強力さを過信しすぎていた。
そしていつもの店で軽食をとりながら、そうした指摘や些細な動きを注意。日が落ちる頃、二人と別れて帰途についた。
◇◇◇◇
翌日の早朝、自宅を出た俺は、久しぶりの冒険者ギルドに向かっていた。
『破邪の戦斧』に助っ人を頼んだときに来ているが、依頼を受けたのはいつだったか。
指折り数え、ちょっと驚く。
もしかして――野外演習前が最後?
それって三ヶ月以上も前じゃないか。
忙しかったとはいえ、ちょっとまずい。生活費、稼がないと。
気持ちを引き締めギルドの扉をくぐると、朝の喧騒が押し寄せてきた。
懐かしいと感じるのは、さぼっていた証拠だな。
冒険者だらけのフロアを見渡し、目的の人物たちを探す。
うん、分かりやすくて助かる。
フロアの一角が、ぽかりと空いていた。
向こうも俺に気付き、手を上げる。
「お、こっちだ」
その声に数人が視線を動かし、俺と『破邪の戦斧』を見比べた。
セレンでもCランクは少ないし、ある程度の実力者なら、彼らが相当な腕と分かるはず。注目を浴びるのも当然か。
朝の挨拶を交わすと、マーカントが早速、切り出してきた。
「まだEランクだっけ?」
「そうだ。そっちの主導なら、Cも受けられるんだろ」
「できるけどな。長いのが多いんだよ、ここ。ほとんどが隊商の護衛だぞ」
「それは困る」
自習期間は長くても四日。往復二日では、行ける街は限られる。それに暇だ。
俺たちがこんな話をしているのは、冒険者になったと教えたからだった。
それなら一緒に依頼を受けようと持ちかけられ、今日はその初日である。
「どうすっかね」
顎を撫でながら、マーカントが掲示板を見やる。
朝の掲示板は戦場だ。多くの冒険者が目を皿のようにして張り紙に食い入っていた。
Eランクに上がったので、レベッカの指定依頼も終わっている。本来なら、俺もこの戦場に飛び込まなくてはならないが、面倒なので適当な採取依頼ばかり受けていた。
思い出しついでに視線を動かす。
ジト目とかち合った。
目の前で冒険者が呼んでるけど? 仕事しないの?
そんな気配に気付いたようで、鋭い目つきでオゼが隣に立った。
「あれが例の?」
「そうだけど違うからな。嫌がらせじゃないから。説明したろ、善意が拗れただけだって」
そんな冷たい殺気を感じ取ったのか、レベッカの前に並ぶ冒険者たちがそわそわし出し、気付けばいなくなっていた。
ええと……なぜか空いたみたいし、先に挨拶しておくか。
俺が歩き出すと、『破邪の戦斧』もずらりと付いてきた。
やっぱりこうなるよな。だから密かに登録したんだが。
ちょっと恥ずかしく思いつつ、レベッカに挨拶する。
「ご無沙汰してます、レベッカさん」
「本当、忙しかったみたいね。それはそうと……後ろの皆さんはテンコ君のお知り合い?」
「テンコ君?」
マーカントが不味いところに食らいつく。
久しぶりすぎて忘れてた……。
首を傾げるマーカントを押しのけ、すかさずダニルが前へ出る。
「そうです。テンコさんは昔からの友人なんですよ」
「テンコさん?」
「らしいわね」
再びの問いかけに、ヴァレリーが小声で答える。
そんなやりとりに気付かず、レベッカは感心していた。
「『破邪の戦斧』の皆さんと知り合いだったのね。なら紹介状、頼めば良かったじゃない。すぐ登録できたのに」
「無くても登録させてください」
即座の反論にレベッカは無言となってしまう。
まあ、過去を蒸し返しても益はない。俺は前向きな質問を投げかけた。
「実は、彼らと依頼を受けようと思ってるんです。何かありますか。あ、僕のランクでお願いします」
「Eランクに? そうね……」
レベッカは手元の書類をぱらぱら捲った。
そしてはたと手を止め、一枚を抜き出す。
「面白いのがあるわ。学院からの依頼よ」
「学院? どこのですか」
「カルティラール高等学術院。素材の採取依頼ね」
レベッカは、ちょっとどや顔だった。
狙ってやってるな? 本名さえ広まらなければ、別に困らないんだけど。
そんなどや顔を流し、依頼内容について聞いてみた。
採取の対象は、調合が簡単で保存しやすい素材、種類も問わないという。かなり簡単なので報酬は安めだが、三大学院からの依頼なのもあって、ギルドの査定が少しおまけされるそうだ。
なるほど、俺たちが使っている素材は冒険者が集めていたのか。
同業者に感謝していると、レベッカが補足する。
「この依頼は楽だから人気なんだけど、あまり掲示板に張らないのよ。採取が得意で、きっちりこなしてくれる人でないと困るから」
レベッカさんのお眼鏡に適ったわけだ。感謝するからいい加減、探るような目は止めなさい。
俺は振り返り、目線で皆に問いかける。
「簡単なんだろ? 良いんじゃね」
マーカントが答え、他の者も同意した。
俺は一つ頷き、レベッカに受けると告げた。
「じゃ、お願いするわね。それと、魔石ならどんなに質が悪くても一緒に買い取るわ。本来は違う依頼なんだけど、常に不足してるそうなの。もちろん、少しは弾むから」
「分かりました」
了承し、カウンターを離れる。
やることはいつもと大差ないか。森に潜って目に付いた素材を採取、魔物からは魔石だ。魔石は俺もほしいが、今回は級友や先輩方に貢献するとしよう。
ただ、集めるにしても生徒の実力に合わせないと使い物にならないな。
同じことを考えていたようで、ダニルが訊ねてくる。
「どの程度ならいけますか?」
「そうだな……」
一年はともかく、先輩のランクはまるで分からない。
レベッカは「簡単で」と言っていたので、『調合1』でも扱える素材が無難か。
「まずは――錬金溶液の素材、ラニム草とソグリオの実は押さえておきたいな。今の時期ならどちらもまだいけるはずだ。あとはヒーリングポーションのセーロン草、解毒のクングス草もほしい。数が揃わなかったら……増血のラタム石にしよう。あれなら季節に関係ない」
「扱えますか? 少々、難物ですが」
「あ、そうか。『調合2』からだっけ。僕以外だと……無理だな。でも、上級生ならいけるだろ。足りなければラタム石で数を揃えるとして――」
その時、俺の言葉は派手に開いた扉の音に掻き消されてしまう。
『破邪の戦斧』は不愉快そうに視線を向け、常連の冒険者はまたかとばかりに自分の目的に戻っていく。
この感じ……おお、こっちも久しぶり。
我が物顔で入ってくるのは、スキンヘッドの大男だった。
悠然とフロアを一瞥。
そして俺を見つけるなり、目を丸くする。
「テ――テンコの兄貴ッ!?」
続くバルデンも顔中の傷を引き攣らせる。これでも笑顔だ。
そして驚愕から冷めるや否や、意味不明な絶叫を上げ、二人は宙を飛んだ。
世間では、これを襲撃と呼ぶ。
厄介な二人を躱そうと動いた時――視界が不意に塞がれた。
登場並みの派手な音が響き、ゼレットとバルデンが吹っ飛んでいく。
「なんだ、お前ら」
立ち塞がったのはマーカントだった。
ゼレットたちは何が起きたのか理解できないようで、呆然と床に転がっている。
その後ろで硬直するのはコーパス。展開が早すぎてついて行けないようだ。ちなみにもう一人は端からついていく気はないようで、一顧だにせず掲示板へ向かっていく。
そんな連中の行動に、マーカントも困惑してしまう。
「いきなり襲ってきたかと思えば――お前の知り合いか?」
「『万年満作』と言って――」
「お前だと!? てめえ、兄貴になんて口の利き方を! 表に出ろッ!!」
妙なところに激高するゼレット。
何でも良いけど、敬意を払うなら会話の邪魔すんなよ。
仕方なく、掲示板を吟味中の操縦士に声を掛ける。
「どうにかしろ、イスミラ」
「死なないでしょ。ほっときなさい」
振り返りもせず、言い放った。
こいつはこいつで徹底してるよな……。
ため息をつき、マーカントに目で詫びる。
「適当にあしらってくれるか」
「しゃあねえな。肩慣らしくらいにはなるだろ」
言いつつも、マーカントは猛獣のように笑った。
●見えない屋敷終了後のステータス
up、newはセレン到着時との比較
名前 :アルター・レス・リードヴァルト
種族 :人間
レベル :23 (5up)
体力 :109/109 (17up)
魔力 :287/287 (62up)
筋力 :13
知力 :17 (1up)
器用 :17 (2up)
耐久 :13+2
敏捷 :18+2 (40:倍加)(1up)
魅力 :16 (1up)
【スキル】
成長力増強、成長値強化、ステータス偽装、言語習熟、高速移動、多重詠唱
精神耐性5、氷結耐性2、鑑定5(1up)、調合7(1up)、追跡4(1up)、隠密4、気配察知5(2up)
片手剣7(1up)、体術7(1up)、短剣術5、弓術3
火魔法5(1up)、水魔法5(1up)、風魔法6(1up)、土魔法6、無属性魔法4、
氷結魔法2(1up)、雷撃魔法2、変性魔法5
【魔法】
●初級
火炎の短矢、鋭水の短矢、疾風の短矢、土塊の短矢、魔力の短矢、
氷柱の短矢、雷衝の短矢
火塊の槌撃、水弾の槌撃、一塊の槌撃
水流の盾、旋風の盾、魔力の盾、礫土の盾
水流操作(new)
筋力上昇、脚力上昇
溶液作成
●中級
火炎球、穿風の飛箭(new)
【称号】
転生者、帰宅部のエース(耐久+2、敏捷+2)、リードヴァルト男爵家の次男