第69話 学院一年目 ~角と鉄
柵の外側に立ち尽くし、俺とエルフィミアは屋敷を見つめていた。
石造りの二階建て。
おそらくは、そうであったのだろう。
二階の大部分は崩れ、階下や周辺に瓦礫の山を築いている。
保護魔法が切れたのか。
「周りの様子を見てくる」
エルフィミアに声を掛けると、柵を乗り越えて敷地内へ侵入した。
屋敷と柵の間は庭園のようだ。園芸種や植樹は見当たらないので、とっくに死滅したのだろう。
屋敷を見ながら右手に回る。
作りは無骨だが、要所要所に装飾があしらわれていた。崩れてさえいなければ、趣を感じさせる外観だったろう。森の倉庫とはまったくの別物だ。
そのまま屋敷の裏手、それから左側に進む。
この辺りには瓦礫が散乱していた。やはり左側の損壊が酷い。
大きな瓦礫を避けていると、その内側に赤茶けた鉄板や黒い鉛が見えた。探知や侵入防止らしい。同じ連中が建設したなら、倉庫にもこれがあったのだろう。どうあれ、崩れてしまっては効果もない。
『気配察知』には何も引っかからず、また注意を引くところもなかった。
一回りし終わると、屋敷の外周に目を向けた。
庭園は柵に覆われ、正面玄関から石畳が延びている。その先は倉庫に挟まれた広めの通りに続いていた。俺たちは本道以外のルートで辿り着いたらしい。
敷地は倉庫に囲まれているが、明らかに屋敷周辺の倉庫は劣化が激しい。
もしかすると、結界はいくつかの倉庫を取り込んでいるのかもしれない。いくらとんでもない結界でも、誤認させるのは限度がある。あえて取り込むことで、違和感を抑えているのだろう。通り抜けたときに触れたのは、このどれかだと思う。
異常無しと報告すると、エルフィミアは固い表情のまま、「そう」とだけ応えた。
振り返り、屋敷を見上げる。
目的の屋敷は崩れていた。これがなにを意味するか。
「一人で入る。待機していてくれ」
ここまで来たら考えても無意味だ。調べれば分かる。
エルフィミアを柵の外に残し、屋敷に近付く。
アプローチの先は左右の階段に分かれ、数段上がったところに両開きの扉があった。
崩落の影響か、玄関は開いている。
念のため『気配察知』に意識を集中させ、階段を上がった。
ここはサロンだな。
邸内を覗き込むと、吹き抜けの広い部屋となっていた。
左右に別室があるようだ。正面には――二階への階段か。
正面や屋敷右側は損傷が少なく、濃い闇に包まれている。それを切り取るように、窓からの月明かりが邸内を青白く照らしていた。
サロンに敷き詰められた絨毯を観察する。
罠はない――と思うが。
いかなる罠も一切の初見だ。
覚悟を決め、足を伸ばす。
足が触れると埃が舞い上がり、差し込む月光に煌めいた。
ほっとしながら踵を付けた矢先、俺は動きを止める。
微かな物音。
咄嗟に全神経を集中させ、出所を探る。
左手……崩落部分?
その途端、再びの音。
今度は集中するまでもない。重い足音、庭園に響き渡るほどの破砕音。
サロンの隣室――瓦礫の奥に何かがいる。
この位置は……まずい!
飛び出すと同時、隣室の瓦礫が吹き飛ぶ。
「下がれ!」
警告を発しながら、崩れた体勢で外階段も飛び越える。
庭園の中程まで後退し、粉塵を上げる屋敷を睨んだ。
幾度かの破砕音の後、のそりと現れたのはのっぺりとした人型。
「ゴーレムか。面倒な」
しかも鉄製、石でも厄介なのに。
剣を構える俺に、エルフィミアが叫ぶ。
「駄目、撤退よ!」
躊躇したが、指示に従いさらに後退。
アイアンゴーレムは地響きを立てながら追ってきたが、俺が柵を跳び越えた途端、不意に立ち止まり、おもむろに背を向けた。
追ってこない?
心中の疑問にエルフィミアが応える。
「やっぱり拠点ゴーレムね」
「拠点?」
「セレンの外壁に、ゴーレムが埋まってるでしょ」
「噂で聞いたが――」
「ゴーレムは材質以外にも特徴があるの。従者と守護者よ。ゴーレムと言えば壁の従者ゴーレムを指すんだけど、守護者、拠点ゴーレムと呼ばれる種類は、拠点を守るために創造されるの。だから侵入者が指定範囲から出ると、追うのを止めるわ」
話のとおり、アイアンゴーレムは屋敷へ戻っていく。
その背を見ながらエルフィミアは続ける。
「ほとんど従者ゴーレムと同じなんだけど、決定的に異なる点があるわ。高い修復能力よ」
名前 :-
種族 :アイアンゴーレム
レベル :15
体力 :110/110
魔力 :-/-
筋力 :30
知力 :-
器用 :5
耐久 :38
敏捷 :9
魅力 :-
【スキル】
修復1(6)、雷撃耐性3、無属性耐性2
【魔法】
なし
【称号】
拠点の守護者
なるほど、とんでもない補正が掛かっているな。
魔法はスキルの模倣。こちらは差し詰め、迷宮守護者の模倣かね。
「……残念だけど、戻りましょう」
俺の驚きに、エルフィミアは悔しそうに首を振った。
「拠点ゴーレムは本当に打たれ強いの。アイアンゴーレムともなれば、尚更よ。それに――たぶんだけど、あれは特別製よ。なんとなくだけど、魔力の流れでね」
「特別製ね。普通ならどうやって倒すんだ、あれ」
「核を破壊すれば停止するわ。だけど、埋め込む場所に決まりがないの。見つけられる? 鉄の塊から」
「その魔力の流れで核の位置は?」
「無理よ。内部の動きなんて見えないわ」
まあ、そうだろう。魔力の流れは、『基礎鑑定』を誤魔化す口実だしな。いきなり破綻してるし。
悠々と立ち去る後ろ姿。
高い腕力と耐久性。素材は鉄で核の場所は不明。再生速度も早く、挙げ句の果てに有効そうな属性に耐性有り、と。
これは帰りたくもなるな。
「他の方法はないのか?」
「核の破壊以外では止められないけど、強力な物理攻撃や魔法で一時的に機能停止に追い込めるわ。大抵はその間にやり過ごすか、核を破壊するの。よく探せば埋め込んだ跡が残っているはずよ」
「どっちみち、止めないと話にならないわけだな」
強力な物理攻撃――この場合、打撃武器か。
打撃武器も持ってくるべきだったが、無いものは仕方ない。
手持ちでどうにかする手段を考えよう。
どんなゴーレムでも、核を破壊すれば動かなくなる。
それなら接近戦を挑みながら、核を探せば良い。俺の敏捷なら可能だ。そして見つけ次第、《雷衝の短矢》の『多重詠唱』で集中砲火。
これでいけるはずだが、不安も残る。『多重詠唱』の火力があろうと、実態は初級魔法の寄せ集め。耐性がそれぞれに適用されれば、威力は大幅に減少してしまう。そうなれば全魔力を注ぎ込んでも破壊できるかどうか。
それに核を探せるかも未知数だ。エルフィミアは「跡が残っている」と言っていたが、俺が制作者なら徹底して痕跡を消す。特別製なら尚のことだ。
後は――誘い出して帰ったところを攻撃、を繰り返すくらいか。
やってみないと分からないが、『修復6』の回復速度を上回るかどうか。普通にやり合った方がマシな気がする。
「ともかく、色々試してみよう」
「本気で言ってるの?」
「何事もやってみないとな」
俺はバックパックをエルフィミアに預け、甲犀の剣を抜いた。
◇◇◇◇
すでに侵入者として認識されていたらしい。
柵を越えてすぐ、屋敷からアイアンゴーレムが現れる。
そのまま駆け寄り、すり抜け様に斬りつけた。
鈍い音が響く。
危うく剣を取り落としそうになりながら、反撃の裏拳を躱す。
傷は――どこだ?
さらなる追撃の拳を避けつつ、どうにか傷を発見する。
しかし、それは見る見るうちに細くなり、あっさりと消えた。
体重を乗せた斬撃でこれか。笑いもでねえ。
ゴーレムがどうこう以前に、素材の相性だな。
軽量の角では鉄塊を傷つけるのは難しい。
その後も何度か斬りつけたが、傷は瞬く間に消えていく。
無理そうだ。甲犀の剣とただの斬撃では、『修復6』を越えられない。
それに想像よりも修復速度が早かった。もし首や手足を斬り飛ばしても、剣身が通り抜けたそばからくっついていきそうだ。
正攻法を諦め、魔法攻撃に切り替える。
まずは単発の《雷衝の短矢》。
広場に光が走る。
表面上は変化無し、体力は――微減。
次にエルフィミアの死角で、『多重詠唱』による《雷衝の短矢》を放つ。
その数は三発。
微減がちょっと増えた。
悪い予想が当たったか。一発ごとに耐性が効いてやがる。『多重詠唱』にこんな弱点があったんだな。最悪の状況でなくて良かった。
他の効きそうな属性も試したが、無傷同然だった。これなら耐性を付与するまでもない。
攻撃を諦め、防御に徹して核を探す。
こちらも見事に的中する。まったく痕跡が見つからない。
こうなったら、直接殴ってみるか? 一応、打撃だし。
距離を取り、《筋力上昇》を発動する。
これで筋力は人外間近の19。
さらに拳の前に《礫土の盾》を発動し、カウンター気味に盾ごと殴りつけた。
轟音と同時、《礫土の盾》が弾け飛ぶ。
ゴーレムはわずかに揺らぐも、お構いなしに掴みかかってきた。
それを掻い潜り、再び距離を取る。
硬すぎだろ……。
手を見れば、拳面は破け、血が滲み出していた。折れていないのは幸いか。
それでも、ダメージは斬撃より多い。
盾を二重にすれば拳を守れるが、これで削りきるのは難しそうだ。もう回復している。
後は虎の子の《火炎球》か。
なんとなく、やらなくても結果が見えた。そもそも火属性は効かないし、衝撃はさほど強くない。消費魔力も多いので、短矢系のように乱発もできない。
参った、こいつは手詰まりだ。
後退し、エルフィミアのところへ戻る。
アイアンゴーレムが背を向けるのを確認し、肩掛け鞄からヒーリングポーションを取り出して拳に振りかけた。
「気は済んだ?」
「いや」
空のポーションを鞄に戻し、エルフィミアと向かい合う。
「撤退しても構わん。だが、そのあとどうする? 手立てはあるのか?」
「それは……」
「あれを止めるには、強力な物理攻撃か魔法が必要なんだろ。僕らにはそれがない。攻城兵器でも止められるか分からんぞ」
帰ったところで状況は好転しなかった。
セレンなら、有効な魔道具や中級の魔法書を入手できるかもしれない。だが、かなり低い確率だ。俺が打撃系の戦闘技術や雷撃魔法を覚える方が、まだ確実である。
助っ人を頼むのもありだろう。
ゼレットは槌使いで、素の筋力はマーカント以上。性格も申し分ない。二つ返事で力を貸してくれるはず。
だがエルフィミアは、その選択を容易には選べない。彼女はこれまで、たった一人で祖母を追い続けていた。心の奥底では、俺の手も借りたくなかったはずだ。それに誰が敵に回るか不明の状況だった。人を増やせばその分、リスクも増大する。
だからこそ、今できることをすべて試すしかない。
他の手段を模索するのは、出し尽くしてからだ。
俯くエルフィミアから視線を外し、見えない屋敷を睨み付ける。
斬撃や体術による攻撃では、『修復6』を越えられなかった。体術に『高速移動』を併用すれば威力を上げられるが、先に俺が壊れる。剣でも同じだ。それに深い傷や骨折は、ヒーリングポーションでも癒えるのに時間が掛かってしまう。その間に向こうは完治する。
魔法も効かない。初級では耐性をほとんど突破できないし、俺の中級は火、エルフィミアは氷結と神聖で、アイアンゴーレムには効果が薄い。
やはり、核を直接叩くしか手はない。
発見さえできれば、甲犀のスティレットで仕留められるはず。
問題は核の場所。結局はそこに辿り着く。
俺ならどこに隠すだろうか。頭や胸は目立つ。逆手に取るのもありだが、偶然の攻撃が当たる可能性も高い。足の裏はどうか。転倒させないかぎり目に触れないし、偶然の心配も少ない。かなり安全な位置だ。他には――関節の継ぎ目も有りだな。腕などの結合部分なら、埋めた痕跡を隠す手間も省ける。
待てよ……関節?
一瞬、何かが脳内で噛み合い、霧散する。
これまでの知識、俺たちの能力、そしてゴーレムの性質。
一つ一つを解きほぐし、並べていく。
不意に、ぼやけていた何かが明瞭となる。
「難しく考えすぎていたか? かなり細いが――」
俺の呟きに、エルフィミアは怪訝な眼差しを向けてきた。




