第68話 学院一年目 ~見えない屋敷2
夕暮れ時、閑散とした学舎の入り口で、俺はエルフィミアを待っていた。
セレンへの帰途、俺たちはこれからの方針を話し合った。
祖母が関わっているかは別にして、目の付けどころは悪くなかったと思う。他に手がかりがない以上、屋敷を探し続けるしか選択肢はなく、徒労に終わっても無関係とはっきりする。その後どうするかは、それから悩めば良い。
あとは本当に複数存在するかだが、可能性は高いと考えている。
避難場所であるなら、やはり一カ所だけでは意味がない。問題は、どうやって探し出すかだ。
最初の見えない屋敷は、偶然の発見だった。
魔物と遭遇し、《氷雪界域》で一掃したことでエルフィミアは気付いた。同じ手法で探すのは現実的でない。セレン領を調べ尽くすとしたら、学院生活すべてを投げ打っても足りないだろう。
煮詰まったときは、基本に立ち返るのが常道。
エルフィミアに噂の詳細を訊ねてみたが、他の生徒が話しているのを聞きかじっただけで詳細を知らなかった。ならば直接、聞くしかない。
そういうわけで学院にやってきたのだが――。
どうやらまとまった休みを利用し、一部の生徒は帰郷しているらしい。半月程度なので大半は残っているものの、目当ての生徒がどうしているかは訪ねてみなければ分からない。
もし帰郷していたら、戻ってくるまで棚上げだ。
しばらくして、視界の隅で長い影が動く。
学舎の角からエルフィミアが姿を見せ、小走りでこちらに向かってくる。
出迎える俺の前で、息を整えることもなく切り出した。
「シリジアに話を聞いてきたわ」
「……誰?」
「ドリスのそばにいるでしょ。金髪でくるくる巻きの」
「あ、一号ね」
「でも、詳細を知らなかったの。リーズから聞いただけだって」
「……誰?」
「もう一人の黒髪よ!」
「あ、二号ね」
なぜかエルフィミアは頭を抱えた。
俺は悪くない。興味ないんだから。
「名前くらい覚えてあげなさいよ……で、そのリーズは図書館に籠もってるらしいわ」
「そっか。じゃ、会いに行くとしよう」
図書館は教会のような外観で、高さは三階、地下二階の大きな施設だった。
通常、生徒が利用するのは一階と二階だけで、他の階は稀覯本や需要の少ない文献などが保管されている。
入ってみると、意外に生徒の姿があった。
多くは備え付けの机で自習しているが、科目と無関係の文献を広げている者もいる。
目当ての人物は二階のテーブルで自習していた。
相変わらずちっこい。顎とテーブルの高さが大差ないので、頭を乗っけているように見える。危うく見逃すところだった。
エルフィミアは声を掛け、話があると外へ招く。
そのまま促し、廊下の奥へ移動した。
二号は大人しく付いて来たが、俺の存在が疑問らしい。ちらちらと背中に視線を感じた。
「それでご用件は何でしょうか。エルフィミアさん、とアルター……さん」
周りに人がいないのを確認し立ち止まると、二号が問いかけてきた。
平静を装っているが、かなり訝しんでいるようだ。
そんなことはお構いなしに、エルフィミアは直球の質問をぶつける。
「見えない屋敷について詳しいと聞いたんだけど」
「見えない屋敷って――七不思議の? 別に詳しくないですよ。私の姉は卒業生なので、学院のことを色々と聞いていただけです」
客観的に見れば、呼び出してまで訊く質問じゃない。
構えていた分、拍子抜けしたらしく、二号はあからさまに警戒心を解いた。
そして見えない屋敷について語り出す。
しかし、これを七不思議に加えて良いものか。
要約しなくとも、「セレンには見えない屋敷があるそうです。どうやっても入れません」で終わりだった。普通、誰それがこんな恐ろしい目に遭ったとか、入った者が帰らなかったとか、嘘でも盛り上げる要素をでっち上げる。これではただの数合わせだ。
エルフィミアは澄まし顔だが、失望を隠しきれていなかった。
これ以上、掘り下げても意味なさそうだが……とりあえず、掘るだけ掘っておくか。
「質問しても良いだろうか」
「どうぞ」
切り揃えた黒髪を揺らし、二号が見上げてきた。
「見えないのに、どうして屋敷と分かるんだ?」
「さあ、知らないわ。なんとなくそう思ったんじゃない?」
「その屋敷は一軒だけなのか?」
「そうでしょ、普通」
「なら屋敷の方角は分かるか? 大雑把でも良いんだが」
二号は口を噤み、不審そうな眼差しを向けてきた。
「あのさ、何でそんなに熱心なの?」
質問に質問を返すとは。ちっこいくせに。
俺は押し黙り、それとなく周囲を窺った。
その仕草に、エルフィミアが不安げに俺を見る。
心配するな、余計な話はしないから。
「ここだけの話にしてくれるか」
「良いけど」
「知り合いの冒険者から聞いたんだが、セレンには隠された避難場所があったらしいんだ」
「へぇ、初めて聞いた。それが見えない屋敷の正体?」
「じゃないかと考えてる。隠すくらいだから公にしたくないんだろうけど、もし本当にあるなら、どんな魔法が使われてるのか興味あるんだよ」
「それは、ちょっと分かるわ。幻影魔法の一種かしら。属性は無属性? 変性も有り得るわね」
一人でぶつくさ言っていたが、俺の質問を思い出したのか、顔を上げる。
「だけどさ、方角なんてどこから見るかで変わるでしょ」
二号は鼻で笑う。
その様子に、俺とエルフィミアは顔を見合わせた。
可能性はあると思っていたが――。
念のため食い下がってみる。
「セレンから見て、なんだが」
「だから、セレンのどこからよ?」
今度は隠しもせず、嘲笑を浮かべた。
確定だ。噂の見えない屋敷は、街の中にある。
「自習中にすまなかった。話を聞かせてくれて、ありがとう」
「別に良いけど。あ、見つけたら教えてよ。私も見てみたいわ」
「ああ、連絡する」
そう言ってリーズと別れ、図書館を出た。
すぐにエルフィミアが口を開く。
「街にもあったのね。これからどうする?」
「探すしかないだろ。本当に街にもあるかは分からんが」
明日、改めて俺の自宅で相談すると約束し、エルフィミアと別れた。
薄闇の中、俺は学院を出て自宅へ向かう。
家路へ急ぐ住民や酒場に繰り出す人々に交ざり、夕闇の街並みを見渡す。
噂が真実なら、この景色のどこかに屋敷が潜んでいる。
だとしたら――どうやって探すんだ?
◇◇◇◇
早朝、エルフィミアは俺の自宅へやってきた。
土産に揚げ菓子を持ってきたので、それとお茶でテーブルにつく。
「情報に翻弄されたな、お互い」
将軍茶を一口啜った。
エルフィミアは揚げ菓子を頬張り、同意を示す。
「そうね。人目を避けるはず、って思い込んでたわ」
「あっさり発見できたのも良くなかったな。指摘されなければ、外に固執していたかもしれん。今度、将軍茶の詰め合わせを贈ってやろう。二号に感謝だ」
「リーズね。迷惑だから止めなさい」
分かってないな。ああいうキャラは、お茶を啜ってせんべい齧ると相場が決まってるんだ。せんべいは売ってないから、揚げ菓子を付けるか。
「さて、本当に街にもあるかは不明だが、兎にも角にも調べないとな。魔力の流れで見つけられるか? 外より楽だと思うが」
エルフィミアは首を横に振る。
「逆よ。この街は魔道具が多すぎるから、自然の流れがいつも乱れてる。結界がそれに偽装したら識別は困難ね。それに魔力を見るのは疲れるの。発動し続けるの無理よ」
「適当に歩いても無駄か。当たりを付けたらどうだ?」
「なら分かると思うけど――どうやって場所を絞るの?」
答えに窮し、俺は考え込んだ。
万物には魔力が宿る。
そう言っていたのは、幼い頃に魔法を教えてくれたバージルだった。
エルフィミアの『魔力視』は、そうした魔力がすべて視認できるため、よほど近付かなければ結界を見極められないのだろう。しかも無数に浮かぶシャボン玉から、動きの異なる一つを探し出すようなものだ。疲れるのも当然か。
まずは情報を整理してみよう。
外の倉庫は避難場所、もしくは補給用の倉庫だった。
結界を張ってまで、街中にそれを作る意味はない。日用品なら簡単に入手できる。
であれば、別の用途と考えるのが自然だ。
貴重品や稀少な魔道具を保管している?
無いな。噂そのものが消されるはずだ。
だとしたら別の施設――別邸や研究所はどうだろうか。
噂が出回っているということは、重要でない別邸の可能性が高そうだ。それなら完成後、要人や親しい友人を招いてもおかしくない。機密事項ではないので口も軽くなり、見えない屋敷の噂が出回った。そして長い年月の中で屋敷の所在は忘れ去られ、噂だけが残る。
その考えを伝えると、エルフィミアは首肯した。
「ありそうな話ね。だとしたら町の中央? 高級住宅街があるけど」
「他の街なら、そうかもしれんが……」
「あ、セレンは魔法使いばっかりね。いくら公然の秘密でも、発見されそうな場所には建てないわ」
「だと思う。裏を返せばスラムだが――目立つよな。身分の高い魔法使いが歩いていると」
ネリオの家を訪れるとき、常に注目を浴びてしまった。
不思議なことに、地味な服装でも気付かれてしまう。上流階級特有の気配でもあるのか、単純に異物を見抜けるのか。どちらであっても、スラムにはないだろう。
「じゃあ、中流区画? 一番広いわね」
「そうだな。もう少し絞らないときつい」
俺とエルフィミアは考え込んだ。
しばらくそうしていると、別の疑問が浮かぶ。
「そういえば、セレンの見えない屋敷も同じ結界なのか? 森の木は区別しにくいが、街だとそうもいかんだろう。商店や神殿、目立つ建物はいくらでもあるぞ」
「たぶん――同じだと思う」
エルフィミアは考え考え、言葉を継ぐ。
「あれは並みの結界じゃないわ。目立つ建物があっても、その認識自体を誤認させてくる。それも視界に入れた途端、見境なくね。間違いなく最上級魔法、その中でもかなり上の方だと思う。でも――人通りが多いところには設置しないんじゃないかしら。防壁系や力場系は知ってるわよね?」
「一応は。あいにくと使えないが」
防壁系が使えれば、念願の屋根が設置できる。
なんとか覚えたいが、先は遠そうだ。
「広義では、それらも結界魔法扱いなの。属性や効果は様々だけど、共通点があるわ。どの魔法も蓄積された魔力を代償に効果を発動する。だから空になると消滅するわ」
「じゃあ、見えない屋敷の結界も?」
「理論上はね。でも無理よ。最上級ともなれば、周囲の魔力を吸収して回復するから。そうでなければ、何百年も維持できないでしょ。それに蓄えている魔力は膨大。いつかは破壊できると思うけど、どれほど掛かるか見当もつかないわ」
「秘密裡の探索も台無しになるな」
ちょっと出入りしたくらいでは、大して消耗しないはず。
遠距離攻撃か魔法攻撃の集中砲火が必要だろう。
エルフィミアの話を吟味し、ふと思いつく。
「だとしたら――壁際かもしれん。人の行き来が激しければ無駄に魔力を消費するし、壁が近ければ理由もなくそちらには向かわない」
エルフィミアは少し考え、首肯した。
「そうかも。入れ替わりの激しい街中より、壁際は変化が少ないわね。見えない屋敷がアルファスの時代なら、壁の作られた時期とも一致するわ」
「最有力候補か。残るは、どうやって炙り出すかだな」
候補地はまだまだ広い。
範囲魔法をばら撒くわけにはいかないし、短矢系では誤認させられる。確実なのはエルフィミアの『魔力視』だが、疲労が激しく多用できない。
地図を作成したらどうだろうか。
屋敷というからには、それなりの規模のはず。壁際を計測していけば――それも厳しいか。結局は誤認させられるし、そもそもろくな計測手段がない。
腕を組み、思わず唸る。
なんとも面倒な相手だな、これは。
視界に入れただけで影響を受けてしまう。それなら見なければ良い、となりそうだが、範囲内に入れば結局、誤認だ。どうやっても認識させない、近付けさせない。ここまで常識外れの結界を突破するんだから、エルフもまた常識外れの連中である。
ん、待てよ……それなら――。
「誤認すれば良いんだ」
「え?」
「力業だけどな」
俺の話を聞き、エルフィミアはただ、呆れていた。
◇◇◇◇
青藍のマントを翻し、屋根から飛び降りる。
暗い夜道に意識を向け、こちらを窺う者がいないのを確認し、俺は路地に入った。
「まさか、攻撃魔法を計測に使うとはね」
暗がりからエルフィミアの声。
その日の夜、俺たちは南門にほど近い中流区画にやってきていた。
短矢系の飛距離は、共通して約五十メートル。
魔法の到達地点から外壁に向けて放っていけば、大まかな距離が測れる。
そして見えない屋敷に誤認させられた場合、他の列より壁に到達する回数が増えるか、届いても他よりぎりぎりになるはずだった。
耳に届くのは生活音と歩行者の靴音。
こちらに駆け寄ってくる音や気配はない。
「街中で魔法を使ったが、気付かれてないようだな」
「当然でしょ。ここはセレンよ? どこで魔法を使っていてもおかしくないし、そもそも理由もなく《魔法探知》を発動している人なんていないわ」
言われてみればその通りである。
屋根の上で発動したのは、《疾風の短矢》だった。
元々、《疾風の短矢》は物理的な攻撃力に欠ける。さらに魔力を最小限に抑えているので、空気の塊がぶつかる程度の威力しかなかった。
威力は弱く、視認できないので勘づかれる可能性も低い。もしばれたとしても、屋根の上にいるのを見られさえしなければ、魔法の練習で押し切るつもりだった。見られたら――全力で逃げる。
「次へ行こうか。まだ始めたばかりだ」
「ええ」
俺たちは夜のセレンを進む。
エルフィミアは歩きながら、自作の地図に羽ペンを走らせていた。
昼の間に、この辺りの地図は大まかに作成している。今は魔法の方向や目印となる建物を書き込んでいるのだろう。
この調査方法で必須なのは、壁と平行の道だった。高い建物をいくつか上って理想の道を探したが、セレンに区画整理という言葉が無いのを再認識する。仕方なく、ぶつ切れながらも理想に近い通りを出発点に定めていた。
歩行者は少ないが、気を抜けない。
夜は始まったばかりで、周囲の住宅からも人の気配を感じた。
寝るには早すぎる。
夜が更けてから始めればより発覚しにくいのだが、エルフィミアの事情でそれもできなかった。
魔法を連発するので、調査は夜間に限定される。寮の門限を越えるのでエルフィミアは宿を取り、「夜は外出する」と伝えたそうだが、さすがに限度はある。少女がいつまでも帰ってこなければ、警備兵に通報されかねない。どうしても早めざるを得なかった。
「この上だな」
最初の到達地点へ到着すると、周囲を窺い、屋根の上へ飛び乗った。
しっかりとした建物だ。
屋根が抜け落ちる心配はなさそうだが、住民の生活音が聞こえる。
慎重に進み、周囲を見渡した。
屋根の形状や雰囲気は合っている。後方も振り返って確認。
ここで間違いないな。
再び壁を目掛け、《疾風の短矢》を発動した。
屋根と暗い空の狭間を、風の矢が飛翔する。
そして限界まで到達、虚空に掻き消えた。
次はあの家か。
術者に見えなくとも、短矢系はどこへ飛んだか感覚で分かった。
だから逸らされたり妨害されると異変を感じるのだが、この結界はそれをも騙してくる。本当にふざけた魔法だと思う。
その後も調査を続け、七回目にして《疾風の短矢》は壁に衝突した。
最後の飛距離は半分ほど、これがすべての基準となる。
七回でも魔法が届かなかったり、距離にずれがあればエルフィミアの出番だ。
引き返し、位置をずらして調査を再開。
そして夜半過ぎ、八列目を終えたところで調査を中断した。
エルフィミアは渋ったが、魔力をかなり消耗している。できれば余裕を残しておきたい。それにエルフィミアは風魔法が使えないので、代わりもできなかった。切り上げ時である。
俺はエルフィミアを宿まで送ると、物影に潜んで見届けた。
「ああ、お帰り。遅いから心配したのよ?」
扉を叩いてからほどなく、恰幅の良いおばさんが出迎えてきた。
エルフィミアの謝罪を聞きながら、宿へ招き入れる。
心配したのは本心だろうが、少々、迷惑そうな顔もしていた。
もう少し、時間を早めた方が良さそうだ。
◇◇◇◇
調査を開始してから四日目。
段々と作業にも慣れ、前日には日付が変わる前に調査を終えた。
おかげで宿のおばさんも一安心のようだが、状況の方は進展していない。
それに効率が良くなっても、調査できる回数が増えるわけではない。エルフィミアは俺が魔力に余裕を残しているのが、じれったいらしい。調査を始めた翌日から、風魔法の練習を始めていた。
気持ちは分かるし才能も買うが、習得は難しいと思う。
彼女の能力の高さは、才能だけでなく幼いうちに魔法の資質を調査し、無駄なく鍛練を重ねた成果である。風魔法を覚えていないのは、資質が欠けているからだ。
いつもの道に到着し、調査を開始する。
一声掛けて屋根に向かうが、エルフィミアは頷くだけで風魔法の練習に集中していた。
彼女の焦りは、自由に使える期間が迫っているためでもある。休みは一週間も残っていなかった。今後も優先的に手伝うつもりだが、今までのような調査はできなくなる。
生殺しは辛いだろうから、休み中に少しは進展して欲しいものだ。
その願いが叶ったのかどうか。
調査再開後の最初の一列。俺は七回目の魔法発動を中断した。
月明かりに浮かび上がる暗い壁を、じっと見据える。
すでに二十回以上、壁に向けて魔法を放っていた。いい加減、視界に映る壁との距離で、どの程度の増減が出るか掴める。
ここからでは届かない。
振り返り、これまでの発動地点を探す。
六回目は見つかるも、それより前は建物に塞がれ見通せなかった。
途中で発動地点を誤ったにしても、この誤差は大きすぎる。
屋根から飛び降り、エルフィミアのそばに駆け寄った。
「当たりかもしれん」
言うや否や、エルフィミアは路地に飛び出た。
俺も隣に立ち、周囲を見渡す。
正面には暗い外壁、周りの建物にも異常は見つからない。
だがおそらく、結界に踏み込んでいる。
そしてずらされた。
「どうだ?」
「……分からない。戻りましょう」
俺たちは開始地点まで引き返し、《疾風の短矢》の軌道に沿って歩き出した。
距離はおよそ三百メートル。
エルフィミアは『魔眼:魔力視』、俺は柄に手を掛けながら『気配察知』に集中する。
この先、何が起きるか。いざとなったらエルフィミアごと離脱だ。
そして三回目、四回目を通り過ぎ、エルフィミアの足が止まったのは五回目の中程だった。
そして左右を見渡し、左折する。
壁は正面。
ということは、あれは結界の誤認なのか。一度経験してるのにまだ信じられん。
俺は邪魔をしないよう、黙ったまま後を追う。
気付けば、辺りの様相が一変していた。
大小の倉庫が連なり、その合間を曲がりくねった道が続いている。
道幅こそ広いが、まるで見通せない。
しばらくして無数の気配を感じ取った。
エルフィミアを制止させ、倉庫の角から覗く。
ランタンを腰に下げた男らが巡回していた。
『鑑定』したが、怪しいスキルや魔法は持っていない。装備や能力から、傭兵かそれに近い職業のようだ。強さはEランクからDランクか。
そのまま注視していると、彼らは雑談しながら倉庫の一つに入っていった。
エルフィミアも『基礎鑑定』で確認したらしく、緊張感のない声で呟く。
「ただの警備員みたいね」
「どこかの商会が借りているんだろうな。方角は向こうか?」
「いいえ、こっちよ」
そう言ってエルフィミアは脇道に入った。
脇道は搬入口に面していないため、道幅が狭かった。ひしめき合った倉庫は複雑に組み合わさり、結界がなくとも方向感覚が狂いそうだ。
周辺の倉庫に人の気配はなく、二人の足音だけが無人の街に響く。
まるで廃墟だ。
わずかに差し込む月明かりの中、俺たちは進む。
無言の時間がどれほど続いたか。
不意にエルフィミアは、路地の前に立った。
そこはさらに狭く、深い闇に包まれていた。
エルフィミアは細い指先を伸ばし、そっと暗闇を撫でる。
「あったわ」
振り返った彼女の目は、怪しげな光を湛えていた。
呑まれそうになり、慌ててそれを振り払う。
「この先が結界か。どっちみち暗くて何も見えんが。『暗視』は受け継いでないのか?」
「残念だけどね」
エルフィミアは《暗視》を発動すると、薄く笑い、手を差し出す。
少女に誘われ、闇に潜む謎の屋敷へ、か。
すっかりファンタジーだな。
苦笑しつつ掴むと、エルフィミアは闇へと踏み込んだ。
引っ張られながら、俺は目を凝らす。
最初の倉庫を過ぎ、次の倉庫へ。
時折差し込むわずかな光に、得も言われぬ光景が浮かび上がる。
前進しながら暗がりに引きずり込まれ、立ちはだかる壁をすり抜けた。
人工物である分、違和感は強烈だった。
左右の壁に手を伸ばせば、はっきりと石の感触が感じられる。それが現実に存在するのか、結界の誤認なのかも定かでない。
次々と展開する幻想的な迷路に目を奪われていると、不意に世界が回る。
この感覚、ようやく抜けたか。
しかし、これは……。
俺は手を離すのも忘れ、目の前の光景に見入ってしまう。
月明かりの中、浮かび上がるのは円形の広場。
そして、崩壊した屋敷だった。




