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てんこもり ~帰宅部、異世界を征く  作者: Podos
第二章

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第67話 学院一年目 ~見えない屋敷1


 オークは久しぶりだ。

 力任せに振り回される棍棒や斧を躱し、手足を斬りつけ動きを封じる。

 オークたちが気付いたときには詰み、一体ずつ確実に仕留めていく。

 背後から三体目の首を刺し貫くと、同行者が口を開いた。


「強いのは知ってたけど、ここまでとはね」


 短杖(ワンド)を握りしめたまま、エルフィミアはオークを見下ろす。

 彼女は観戦していただけだった。オークの動きを封じたのも、そちらに攻撃が向かうのを避けるためだ。魔法は便利だが、手数に限りがある。


 依頼を受けた翌日、俺たちは南門を抜け、南西の森にやってきた。

 エルフィミアは前に見かけた服装と同じで、荷物も短杖(ワンド)、ナイフ、肩掛け鞄のみ。いくら日帰りでも軽装過ぎた。それを指摘すると、小ぶりなバッグからテントや寝袋が出現する。魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)だった。ブルジョワめ。


 甲犀の剣の血糊を落とし、荷物を背負い直す。

 その様子にエルフィミアは首を傾げた。


「解体しないの?」

「え、良いのか?」


 思わず聞き返す。


「冒険者なら放置しないでしょ。バッグに入れてあげるわ」


 お言葉に甘え、手早く解体していく。

 オークの皮は革鎧の素材になるが、時間が掛かりすぎる。エルフィミアも、さっさと先へ進みたいはずなので諦めた。

 魔石は見つからず武器も金になりそうもないので、討伐証明だけ切り取る。

 そして移動してすぐ、今度は狼と遭遇し、撃退。

 一頭だけ毛皮を剥ぎ取り、残りは少量の肉を確保するに(とど)めた。

 南側に面した森は、魔物が種類が少し違うようだ。野外演習のときトビアスが言っていたが、魔物にも縄張りがあるのだろう。


 その後は戦闘を避け、時に大回りして森を進んだ。

 気軽な足取りのエルフィミアに、ふと、前に出会ったときを思い出す。

 結局、俺は忠告しなかった。事情を知れば無意味だったと分かるが、やはり魔法使い単独で潜るのは危険だと思う。弱い魔物ばかりでも、進むにつれ気配も濃くなっている。

 それとなく背後を見やり、口を開く。


「事情があるにせよ、一人で森に入るのは危なくないか」

「あんたに言われたくないわ」

「だよな。だから黙ってたんだが」


 即座の反論に、俺は同意する。

 そんな俺に、エルフィミアは右手を上げ、指を見せた。


「それに心配いらないわ。これは危機察知の指輪なの」

「スキルにあるな。確か魔法でも――」

「《危機看破(センシングペリル)》ね。変性属性の中級魔法よ。あれは持続時間があるけど、こちらは無制限。スキルに近いわね。効果はランク2くらいだと思う」


 マーカントがランク3、ハルヴィスは1だった。

 ランク2はどの程度、役に立つんだろうか。

 そんなことを考えていると、不意にエルフィミアが立ち止まった。

 柄に手を添える。

 指輪が反応したのか? 俺の『気配察知』は何も捉えていないが。

 森に風の音だけがそよぐ。

 首を傾げながら振り返ると、エルフィミアが正面を指さしていた。


「ここよ」


 視線を戻すも、普通の森だった。

 建物はおろか、建てられるような広場もない。

 辺りを見渡し、別の異変に気付く。

 周囲の草花は枯れているものが多く、木肌にも無数の傷が見られた。

 この状況、野外演習で見たな。


「《氷雪界域(フリージングストーム)》を使ったのか?」

「ええ、魔物が邪魔だったから」


 そう言ってエルフィミアは小石を拾い、正面へ放った。

 小石は放物線を描き、そのまま地面に落ちる。

 曲がりもしないし消えもしない。ただ飛んで、落ちた。


「信じられん、そこが結界か」

「これほど高度な結界は初めてよ。もし範囲魔法を使わなかったら、私も騙されていたと思う。でも違和感さえ感じれば、『魔力視』はごまかせない」

「どう見えるんだ?」

「自然界の魔力は不規則なの。自由気ままで好き勝手。だけど、ここは違う。巧妙に自然を装ってるけど、作為を感じる」


 改めて眺めるが、さっぱり分からなかった。

 魔法には初級の《魔法探知(マジックサーチ)》、中級の《魔法精査マジックスクルティナイズ》という識別魔法も存在する。前者はエルフィミアも習得しているが、言及しないのは見破れないのだろう。


「はい」


 エルフィミアが手を差し出してきた。

 握手?


「早くしなさいよ。一人で入れると思ってるの?」

「ああ、そういうことね」


 そうだった、目的は見えない屋敷。結界に感動している場合じゃなかったな。

 俺が掴むと、エルフィミアは強く握り返してきた。


「行くわよ。目を開けてても良いけど、必ず私が引っ張る方に進みなさい」


 そう言ってエルフィミアは歩き出す。

 周囲の変化に注意を払うが、何も起きない。

 傍から見たら、少年少女が仲良く散歩しているだけだ。

 本当にここなのか?

 そんなことを思った刹那――全身が異変を訴える。

 なんだ、これは……。

 ()(まい)にも似た感覚。それと同時、視界がずれていく。

 これは他者への干渉――変性魔法の一種か?


 まっすぐ歩いているはずなのに、景色は右へ。

 そして戻ったと思いきや、今度は左。(しま)いには前に進みながら後退していく。

 抗っているからこそ、生じる強い違和感。

 強制的に引き剥がされた心身が、必死に戻ろうと悲鳴を上げた。

 エルフィミアに強く握られていなければ、振りほどいたかもしれない。


 これは強烈だ。

 幻覚の絶壁に足を踏み出す感覚に近いか。

 それに結界は厚みがあるようで、いつまで経っても終わらなかった。

『精神耐性5』のおかげで耐えられるが、正解のルートが分かるわけではない。単独での突破は不可能だ。

 発見できず、できても突破を許さない。

 そしてエルフの『魔力視』はそれを看破し、正しい道をも見出す。

 エルフィミアがここに目を付けたのも納得できた。


 そんな目まぐるしい変化に翻弄されていると、不意に世界がぐるりと一回転する。

 ピントを合わせるように、意識と身体がゆっくりと同調していく。

 幾重にもぶれる木々が、一つに重なった。

 抜けた――のか?

 エルフィミアは立ち止まっている。

 俺はその手から背へ、そのまま視線を動かし静止した。

 目の前の光景を見渡し、ぼそりと呟く。


「本当にあったのか……」

「誘っておいてなんだけど……同感ね。噂も馬鹿にならないわ」


 膝丈以上の草むらに覆われた広場、その中央には巨大な建造物が横たわっていた。



  ◇◇◇◇



「屋敷というより、倉庫に見えるな」


 正面に両開きの大きな金属製の扉があり、扉や壁には装飾すらない。

 全体的に無愛想な印象を受ける。

 窓の数から二階建てと思われるが、そうであるなら天井がかなり高そうだ。

 俺は『気配察知』に集中し、建物の中を探った。

 何の気配もしない。阻害されている感覚。庭園より、なんとなく講師の私室に似ているので、鉛や鉄板でも仕込んでいるのかもしれない。


「確認だが、この結界は僕一人でも出られるか?」

「出る分には大丈夫。あの結界は人避け、閉じ込めるようにはできていないわ」

「なら、僕が入ってみよう。危ないと思ったら構わず離脱してくれ」

「分かったわ」


 俺は慎重に建物へ近付く。

 扉の前に立つが、何も起きない。

 布を取り出しドアノブの上に落とすも、するりと滑って地面に落ちた。


「こういうとき、あいつらがいたら頼りになるんだが」

「あいつら?」


 呟きを聞き取り、エルフィミアが問いかけてきた。


「専門家だよ。だいぶ前にセレンから旅立ったけどな」


 道中を引っかき回してくれたハーフリングを思い出す。

 彼だけでなく、ミラーナは都市部の探索に特化していた。こういうときこそ打って付けである。


「そちらから見て、何か異変はあるか?」

「ないわね。《魔法探知(マジックサーチ)》も使ってみたけど、建物自体が反応してるわ」


 保護魔法が掛けられているんだな。

物品護持(プリザーブアイテム)》――だと範囲外か。中級の《屋舎護持プリザーブファシリティ》だろう。

 どちらであっても、長期保存は膨大な魔力が必要と言われている。掛けてからどれほどの年月かしらないが、豪勢な話だ。


 扉をつぶさに観察する。

 罠の探知や開錠スキルは持っていない。

 どうやって開け――それ以前か。

 探しても、ドアノブの周囲に鍵穴が無かった。

 鍵そのものがないのか?

 恐る恐る手を伸ばし、ドアノブを動かしてみる。

 びくともしなかった。

 そりゃそうだよな。《施錠(ロック)》などの魔法で施錠されていると考えるべきか。

 試しに『鑑定』を発動するが、ただの扉だった。


 施錠魔法には、《解錠(アンロック)》など(つい)となる開錠魔法がある。

 どちらも術者の無属性ランクに依存するが、施錠側が優位にあるため実用性は低い。

 鍵開けの実力も幼児以下で、かんぬきが重いと動かせないし、少し複雑だと諦めてしまう。覚えている魔法使いは少なかった。

 また、施錠魔法には弱点もある。物理攻撃を与え続けると、いつかは効果が切れた。

 少し悩み、破壊を選択肢から除外する。建物の正体が不明のままで、過度に荒らすのは避けたい。


 すぐそばにガラス窓があったので、そこから内部を覗き込んだ。

 薄暗いが、何とか見通せる。

 広い部屋でいくつもの棚が立ち並んでいた。収納されているのは日用品だろうか。

 右手の奥には木箱が積まれている。一部は側面や底が崩れ、中身を床の上にばら撒いていた。破壊されたというより、経年劣化に見える。


 棚や床はどこも埃が積もり、人影や気配はおろか、生活した痕跡も見当たらなかった。

 外観どおりの倉庫。それも相当な年月、放置されている。

 他の窓からも覗いたが、一階は同じ状況だった。


「どうなの?」

「倉庫だな。棚が並んでいて日用品が大量に保管されてる。木箱もあるが……たぶん保存食だろう。虫に食われて原形を(とど)めてないが。今のところは安全だ」


 その言葉にエルフィミアも近付く。

 そして窓を覗き込み、失望が浮かんだ。

 もし祖母がここに来たなら、痕跡が残る。

 扉に異常はなく、戦いの跡もない。

 棚や床に積もった埃から、長い間、誰も入っていないようだ。

 それが四十六年という月日なのか、それともより長い年月なのか。

 なんとなく、後者の気がした。


 無言でその場から離れ、建物を見上げる。

 少し助走をつけて壁を駆け上がり、そのまま窓枠にしがみ付く。

 覗き込むと、一階とほぼ同じ状況だった。

 日用品の納められた棚が並び、隅には木箱が置かれていたが、食糧ではないらしい。

 こちらは経年劣化と重みで破損したようだ。

 零れ落ちた中身にも埃が降り積もっているが、差し込む陽光に輝いていた。

 金貨である。

 すべての中身がそうなら、数百枚ではきかないだろう。

 俺は目を凝らす。


 埃で分かり難いが――アルシス金貨じゃないな。

 コージェス連合のセージェ金貨やハーゼル金貨でもない。

 見慣れない金貨は二種類。多い方はヴェリアテス金貨か。アルシス王国時代の初期まで使われていた金貨で、遺跡などでも発見される。もう一つはなんだろう。どこかで見た気もするが。


 思考を打ち切り、飛び降りる。

 その後、何度か窓に飛びつき二階をすべて確認したが、特に変わったところはなかった。

 入り口に戻ると、エルフィミアはまだ窓の前に立っていた。

 しばらくして俺に気付き、振り返る。

 そして、ばつが悪そうに微笑を浮かべた。


「無駄足だったわね」


 言葉とは裏腹に、手の平は固く握られていた。

 いつからなんだろうな、祖母を探し始めたのは。

 俺にとっては二日に満たない時間。

 彼女には数年の終着点。

 いかなる心情か、俺には推し量れなかった。

 努めて明るく、口を開く。


「ただの無駄足じゃないぞ。見えない屋敷は存在した。なら、これが一つとは限らない」

「そう――なの?」

「たぶんな」


 エルフィミアの横に立ち、棚、次に木箱を指さす。


「棚は日用品で木箱は保存食の成れの果てだ。二階には金貨もあった。おそらくここは、有事の際の避難場所だろう。そうであるなら他にもあるはず。敵がこの森に陣取ったらどうする? 僕なら別の場所にも用意しておくな」


 一瞬、エルフィミアは目を見開き、確かめるように窓を振り返った。


「それじゃあ……」

「そういうことだ。ここはセレンの所有物だと思う。誰が建てたにせよ、これだけの物資を保管するなら大物だよ。もしかすると、セレンの権力者かもしれない」


 驚いたのか、エルフィミアの肩が揺れる。


「だが、心配いらないと思う」


 俺は小石を拾い、地面に絵を描いた。

 それを見てエルフィミアが呟く。


「その文様……バロマット金貨?」

「やはりそうか。うろ覚えだったから、確信が持てなかったよ。ヴェリアテス金貨もどっさりあったぞ。どちらも今は流通していない過去の通貨だ。それに対し、アルシス帝国の金貨や、コージェス連合のセージェ金貨は見当たらなかった」


 バロマット王国が現アルシス帝国の版図に君臨していたのは、七百年以上も昔である。

 ここが生きた避難場所であるなら、アルシス金貨に交換するはずだった。


「もしかして――ここが建てられたのは、アルファスの時代?」

「たぶんな。当時はどちらの金貨も主流だし、こんな馬鹿げた結界魔法、扱えるのはそいつらしかいないだろ。それにセレンは安全すぎるんだよ。誰かが避難場所を作ったが、使う機会はついぞ訪れず、いつしか忘れ去られたんだろう」


 俺は小石を投げ捨て、建物を見上げる。


「見えない屋敷が他にも存在し、お前の祖母が訪れた。どちらも願望に近いが、すべて事実と仮定しようか。誰かが見えない屋敷で悪巧みし、そこへ祖母がやってきたと。そのとき、悪巧み側はエルフなら見えない屋敷を見破れると分かる。そして祖母が誰に情報を伝えているか不明。お前ならどうする?」

「……撤収する。そこには居られないわ」

「だな。そして権力者なら、他の見えない屋敷を知っている可能性が高い。別の屋敷に移動するか、見えない屋敷自体を諦めるか。前者なら、必ずすべての見えない屋敷を確認する。他の追っ手がどこにいるか分からないからな。後者であれば、証拠を残さず撤収だ。そして、ここに人が来た痕跡がないということは――」

「撤収した? なら、お祖母様が見えない屋敷に来ていても……」


 俺は首を横に振った。


「いや、多少の痕跡は残っていると思う。悪巧みさんが消したいのは何をしていたか、何が起きたかじゃない。僕が言いたいのは真実がどうであれ、調査だけならセレンと敵対しないってことだ。向こうは証拠は消してるんだから、ちょっかい掛けてきても監視程度だろうさ。ともかく、仕切り直しだな」


 俺の言葉にエルフィミアは目を見開く。


「まだ、手伝ってくれるの?」

「なぜそれを訊く? 依頼は見えない屋敷への同行だぞ。他にもあるなら終わってない。それとも諦めて学院生活を楽しむか? それができるなら、始めからここにいないだろ。お前」


 一瞬、呆けた後、エルフィミアは笑みを浮かべる。

 そしてすれ違いざま、俺の肩を叩いた。


「戻るわよ、セレンへ」



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