第58話 学院一年目 ~前期野外演習1
教室はいつもより騒がしかった。
集められた生徒は総勢五十一名。全員、戦闘術か錬金術の生徒だ。
カルティラールでは六月と十月に野外演習が行われ、前期は戦闘術と錬金術、後期は戦闘術と魔法学の生徒が参加する。セレン近郊の森で二泊三日、戦闘術と魔法学は実戦を、錬金術は採取を学ぶ。
戦闘術の講師、デシンドがそうした説明を終えると、生徒たちは一斉に動き出した。
班分けは生徒たちに任せられており、四人が十二組、余りの三人で一組編成される。錬金術の生徒は現地で簡単な講義を受けるが、それ以外は班行動が基本らしい。二泊三日を楽しく過ごせるのかの鍵となるため、皆、必死のようだ。
さて、俺も動かないとあぶれそうだな。
ランベルトを見ると、こちらに向かってくるところだった。
「組もうぜ」
「ああ、よろしく頼む」
あっさりと班が決まる。それに彼らと組めるのは有り難い。気心がしれているのもあるが、純粋に戦力として信頼できた。
あとは――戦力で選ぶならあいつしかいないよな。
男の三人組に女はどうかと思ったが、探してみれば悩むまでもなかった。
すでにエルフィミアは捕まっていた。
あいつ……名前なんだっけ。思い出せん。ドリスの取り巻き一号、金髪ドリルだ。資質もやる気もないのに、なぜか錬金の講義を受けている貴族のお嬢様。
何しに来てるのかと思っていたが、どうやらドリスの差し金だったらしい。前に「纏わり付いてくるのよ、あの女。あんたのあれみたいに」とエルフィミアが愚痴っていた。
どうでも良いが、二号はちっこい黒髪である。小動物のような外見なのに常に上から目線で、自分の存在意義を分かっていないお子様である。
どうやらドリスは子飼いを掻き集めているらしく、取り巻き一号、二号の他にも、数名が籠絡されていた。エルフィミアはそのお眼鏡に適ったようだが、目的は不明だし興味もない。たぶん学院を牛耳ろうとか、どうでも良い理由だろう。
そんな一号と子飼いの男二人が、エルフィミアを取り囲んでいた。
高圧的なら対処しようもあるだろうが、一号と子飼いどもは平身低頭、班に加わってくれと懇願している。あれでは無碍にできない。エルフィミアは困り果てていた。
「エルフィミアは駄目か。シリジアに捕まってるわ」
ランベルトが、諦め気味に言う。
そんな名前だったのか、一号。そういや名乗られた記憶がないな。男爵の息子はお呼びでないと。
「どうするよ。俺たち三人でいくか?」
「そうだな……変なのを加えても面倒そうだし」
そう思って眺めていると、ふと一人の少女が目に留まった。
錬金術の生徒だ。あの子の素材を指摘したことで、俺は丸い変態にストーカーされることになった。
彼女は泣きそうな顔で、教室内を見回している。
あぶれてしまったようだな。どう見ても戦闘術は履修していないから、錬金術の友人が他と組んでしまったのだろう。
そんな彼女に少女が二人が近付く。
一瞬、笑顔を浮かべるが、すぐに元の顔に戻った。
漏れ聞こえる会話から、謝りに来たようだ。それに聞き耳を立てているうち、苦笑しそうになる。
友人たちが立ち去り、再び少女はきょろきょろと視線を彷徨わせた。
「彼女、組む相手がいないようだな」
何食わぬ顔で呟くと、ランベルトとフェリクスが俺の視線を追った。
「そのようだが――まさか、班に入れるつもりなのか?」
「平民のようですが」
思わず、ランベルトとフェリクスを見やる。
二人は冷たい表情だった。
予想外、でもないか。当たり前の反応かもしれん。男爵の父や兄でも、平民と隔たりがあった。子爵の息子や仕える騎士の息子ともなれば、それ以上だろう。
男爵の息子である俺の態度を気に止めず、馬車を拒否して買い食い。すっかり同類だと思い込んでいた。
こういうとき、つくづく自分が異端だと思い知らされる。
だがそれでも、貴族の連中はずれていると思う。
彼らは極めて単純な仕組みを理解していない。
ランベルトとフェリクスの反応を窺いながら、慎重に口を開く。
「ランベルト、貴族は何のために存在すると思う?」
「いきなりなんだ。領地を統治するため――だろう」
「最終的にはな。貴族が領地を守るのは、そこに民がいるからだ。彼らは税を収め、僕らは彼らを守る」
「それではただの傭兵ではないか」
不服そうにランベルトが反駁する。
正解、と言いたいが、それを口にしたら色々と終わりだ。
「そういう側面もあるって話だ。実際、豊富な資源を有すれば、民の多寡は重要でなくなる。金はいくらでも沸いてくるし、それを使ってセレンのようにゴーレムに守らせれば、兵士でさえ最低限で済む。だが、ほとんどの貴族にそんな真似はできん」
ランベルトは遠くを見るような仕草をした。
外壁のゴーレムを思い返しているようだが、そのままずれても困るので引き戻す。
「たとえばケーテンが攻められ、戦況が不利となったらどうする? 民を見捨てるか?」
「そんなこと、するわけ――」
ランベルトは、はっとして言葉を切った。
貴族というのは、どうにも選民意識が強すぎる。具体的に想像してみれば、すぐに気付くはずだ。思考が矯正されるんだろうな、子供のうちに。
「そういうことだ。まともな貴族であれば、自分たちの役割を自ずとわきまえている。今のお前のようにな。だが、傭兵などと卑下するなよ。戦う力を持たぬ民の願い、それが僕たちだ」
「願い……」
ランベルトは自分の手を見つめる。
フェリクスも思うところがあるのか、真剣な表情で押し黙った。
「それにな、良い予行練習になるぞ」
困惑する二人に、俺は言葉を継ぐ。
「いずれお前たちは、誰かのために戦うときが来る。それはケーテンの民かもしれないし、貴族のお嬢様かもしれない」
二人は目を見開く。
「見ろ、彼女を。見事な非力っぷりじゃないか。身分はともかく、深窓の令嬢も同じように非力だろうさ」
「こ……公爵令嬢とかか?」
「大きく出たな。伯爵くらいにしとけよ」
「え――いや、それはちょっと……」
三人とも一人の人物を思い浮かべたのだろう。
顔を見合わせ、思わず吹き出した。
こうしてランベルトとフェリクスの承諾を得ると、俺は少女に声を掛けた。
会話したのはあの時以来か。
呼びかけられて顔を向ければ、貴族二人に騎士一人。しかも男の集団。
彼女は早速、挙動不審に陥ったが、構わず話を始める。
班で最も重要なのは、物資の管理だ。
演習で必要な食料などは班で話し合って決めなければならない。その後、学院に申請し、それが通れば晴れて支給される。後は誰が運び、どう管理するか。
ランベルトとフェリクスは教養、学問ともに上位者のユークスだが、どちらかと言えば武人タイプ。さらに戦闘術での参加のため、魔物と遭遇すれば前線に立つ。怪我のリスクがある者に物資管理は任せられない。俺も含めてだ。
後方から支援する者、いわゆる兵站が必要だった。
「私がそれを担当するんですか」
話を聞くうち、落ち着きを取り戻す。
彼女は俺のように突貫で組んだ技術と違い、地道に錬金術の知識を積み上げている。細かい作業はお手の物だろう。
ランベルトが不思議そうな顔をする。
「言っていることは分かるが、二泊三日だぞ。各自で管理してはいかんのか?」
「演習だからな。外征のつもりで挑むべきだと思う。もしかしたら後で報告書を提出させられるかもしれん。物資管理の責任者を決めておくべきだ」
「報告書か、有り得るな。分かった、食糧や備品の消費は逐一報告しよう」
ランベルトとフェリクスは、改めて「よろしく頼む」と手を差し出した。
少女はそれにあたふたと応えると、遠慮がちに口を開く。
「あの、それ以外はどうすれば良いのでしょうか」
「というと?」
「人数が少ないので、物資の管理はすぐ終わってしまうと思うんです」
「ああ、そういうことか。簡単だ、暇なときは僕の背後を守ってくれ」
「無理です!」
「そこはお任せを、だろう。ロラン」
「ロラです! 誰ですか、その人!?」
まったく、ロランはたまにおかしくなる。なんか、ちっさくなってるし。
なぜかランベルトたちは、半眼を向けてきた。
「お前、それが言いたかっただけじゃないよな?」
「ずるいと思うんだ。うちの護衛は入学すら見届けずに帰りやがった。なんでランベルトはフェリクスがいるんだよ」
「寂しがり屋か! 少し感動した俺が馬鹿だった……」
額に手をやり、ランベルトは呆れた。
それから話し合い、必要な物資を決める。
デシンドへ提出し無事に許可を得ると、各自で準備をするため解散。
俺は物資の調達に街へと繰り出した。
良い案だと思ったんだけどな……。
◇◇◇◇
数日が過ぎ、野外演習の朝を迎える。
集合場所の学舎前へ向かえば、すでにほとんどの生徒が集まっていた。
彼らの多くは寮なので、移動も楽である。
そんな生徒たちを眺めていると、どうも人数が多い気がした。
いや、実際に多いようだな。見慣れない生徒がいる。背も高いし、四、五年生だろうか。
離れたところにはデシンドら戦闘術の講師が数名、講義予定のラッケンデール、助手のコディもいる。
俺が生徒の中にランベルトを見つけると、向こうも俺に気がついた。
「やっと来たか」
ランベルトとフェリクス、そしてロラが近付いてくる。
「お前、ずいぶん軽装だな。剣も前のと違わないか?」
「悪目立ちしそうだからな。今回は普通の装備だ」
甲犀の剣とスティレットは手入れに時間が掛かるため、予備として普通のスモールソードを購入していた。着ているのもついでに買った布鎧だ。
甲犀の剣などの貴重品は寮の部屋へ、革鎧は補修に出している。
「君たちがランベルト班かい?」
突然、若者が声を掛けてきた。
背が高く、知らない顔。上級生だな。
ちなみにうちのリーダーは、満場一致でランベルトに決まった。男爵が子爵に指図できるはずもない。
ランベルトが一歩進み出て応える。
「そうですが、あなたは?」
「僕は四年生のトビアス。君たちの相談役だよ」
俺たちも名乗ると、ランベルトが質問する。
「相談役とは、どのような立場なんでしょうか」
「そのままさ。野営の経験が無い生徒は多いからね。キャンプの仕方から料理まで、困っていたら助けるのが相談役の務めだよ。でも、君たちは平気そうだね。経験者でしょ?」
「俺たちだけです。彼女はありません」
「三人いれば充分さ。ああ、良かった。僕も相談役は初めてでね。ここだけの話、小間使いと勘違いする生徒もいるから」
本当に心配だったようで、トビアスは心底、ほっとしていた。
ふと気になり、エルフィミアを探す。あそこは男二人という小間使いこそいるが、最大のお荷物、一号を抱えている。
見つけてみれば、こちらと同じく相談役の挨拶を受けていた。
一号が丁寧に対応しているので、貴族出身者だろうか。
身長や雰囲気から五年生に思える。
一見すると普通に受け答えしているだけだが――相当にやるな、あの上級生。
まるで隙がない。
「あ、そろそろだね」
トビアスの声に意識を戻す。
視線を追えば、デシンドらがこちらに向かって歩いてきた。
その後ろを、完全武装の十数名が付き従う。
あいつら――なんでここにいる?
そっと身体を動かし、他の生徒の影に入った。
「静粛!」
デシンドの声に、生徒は静まりかえった。
皆を一瞥すると、デシンドは野外演習についての簡単な注意、隊列などを説明していく。
そして武装集団を見やる。
「万が一に備えて冒険者にも同行してもらう。挨拶を」
促されて進み出たのは、メイスを腰に下げた二十歳半ばの男。
お、ミスリル製か。金持ってるな。
「俺はCランクパーティー『セルプス』のリーダー、ハレイストだ。冒険者たちのまとめ役でもある。君たちの護衛として同行するが、戦闘術の生徒は実戦が目的と聞いている。俺たちが動くのは、君らの手に余るときだけだ。常に守ってくれると思わないでくれ」
顔つきは精悍で、仕草にも落ち着きを感じさせた。
少し生徒たちの表情が明るくなったので、どこか不安を感じていたのだろう。
ハレイストは隣のパーティーを促す。
次は『エズラス』というDランクパーティーで、リーダーはディッケル。
主に斥候を担当するそうだ。
そしてディッケルは次にバトンを渡すのだが、早くも生徒がざわついた。
進み出たのは、スキンヘッドの大男。
高まるざわめきを嘗めるように見回し、突然、右手を天に突き上げる。
「俺は『万年満作』のゼレット! 全部まとめてぶっ飛ばしてやるッ!!」
蛮声が学舎を揺らす。
巻き起こる悲鳴を歓声に、ゼレットは満足げだ。
なんとかしろよ、コーパス。依頼内容、分かってないぞ。
講師たちも不安げに、ゼレットの背とハレイストを横目で窺う。
ハレイストは平然と構えているが、よく見れば眉間がぴくぴくと震えていた。
慌ててコーパスが駆け寄り、ゼレットを退場させる。
その間もゼレット、そしてバルデンも一緒になって「ぶっ飛ばす!」を連呼していた。
誰だ、こいつら雇ったの。
「ええ――というわけで出発する。各班、講師や相談役の指示に従ってくれ」
そしてデシンドが出発を宣言。
生徒たちは了承しつつも、その後ろが気になって仕方がない。
そこでは、ハレイストがゼレット相手に奮闘していた。
懸命に今回の役割を説明しているが、返ってくるのは「任せておけ。全部ぶっ飛ばす」と不敵な笑み。
そのやり取りが数度続き、ハレイストは無駄だと気付く。
コーパスとイスミラに、きちんと説明しておくよう愚痴混じりに言い捨て、逃げていった。組んだのは初めてかね。俺なら、顔を見た瞬間に諦める。
このハレイスト率いる『セルプス』はCランクパーティーだが、能力はそこそこだった。
『破邪の戦斧』や『深閑の剣』がBランクに等しいCランクだとしたら、彼らはCランク中位から下位程度の実力だ。
それでも、悪くはない。
ハレイストはミスリルメイスを使う戦士、もう一人の戦士オディレスは神聖魔法が使える。残る一人は風魔法使いで、補助に長けていた。回復魔法の使い手がいるだけで安定感が違う。それにハレイストは統率力もありそうなので、複数のパーティーが共同で動くなら重宝するだろう。
ま、即座にゼレットがぶち壊したけど。
講師の一人が先頭に立ち、生徒たちが学院を出発していく。
ランベルト班は最後の方だ。
のんびりと順番を待っていると、ランベルトが感心したようにこぼす。
「凄かったなぁ、さっきの」
「彼は役目を分かっているんですかね」
フェリクスが懸念を口にする。
うん、一切分かってない。
「あれを理解しようとするな。おかしくなるぞ」
「なんか――知り合いみたいな口ぶりだな?」
ランベルトは、怪訝そうに俺を見る。
いかん、感化されたか。
「お前らも見たろ、まとめ役の人。最後は髪、振り乱してたぞ」
「確かに……ああはなりたくねえ」
隊列お構いなしに、意気揚々と進む『万年満作』。
その堂々たる後ろ姿に、俺は不安に駆られた。
甲犀の剣だけでも取ってこようかな。




