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第37話 十歳児の日々 ~出立の日


 いつもと変わらぬ朝を迎えた。

 窓を開ければ、雪の雫が朝日を受け輝いている。

 今日も快晴だ。

 好天が続いたおかげで、町には活気が戻り始めている。仕事に向かう住民、小走りで雑貨店に駆け込む冒険者、通行人に威勢良く声をかける露天商、列をなす荷馬車。

 見慣れた光景を眺めていると、吐いた息が白いのに気付く。

 まだ残雪は多く、夜は真冬並みに冷え込む。早朝は夜気の(ざん)()で特に寒い。


「メレディにまた小言を言われるからな」


 俺は呟き、窓を閉めた。

 身なりを整え食堂に向かうと、すでに父のアーバンと兄のラキウスが着席していた。二人に挨拶し、もう一人の到着を待つ。

 遅れてやってきた母のヘンリエッテは、目を腫らしていた。

 静かな朝食と他愛もない会話を終え、俺は自室に戻る。

 十年間生活した部屋。

 ここで目覚め、ここに戻った。

 鍛錬で疲れ切った日も、長い遠征から帰った日も、調合で籠もった時も、俺が帰る場所は家族のいる屋敷であり、この部屋だった。

 第二の人生とも言える今生の中心。

 壁に掛けられたスティレットを見る。

 五歳の夏至の日、ロランといった武具店で買った剣だ。

 初めて手にした武器であり、鍛錬に欠かせない相棒だった。今は甲犀のスティレットが腰に下げられている。こいつには、俺が戻ってくるときまで待っていてもらおう。


 正門から馬車の音と馬の(いなな)きが聞こえてきた。

 向こうの準備も整ったようだな。

 新調した革鎧を着込み、その上に青藍のマントを羽織る。すぐに積み込むので、バックパックは背負わず手で持っていく。一番(かさ)()る保存食は必要最低限、片手でも軽かった。


「さて、行こうか」


 居間に入ると、父たちが揃って俺を待っていた。

 促され、対面に座る。

 父は俺の格好に微笑を浮かべた。


「とても貴族の子息とは思えぬな」

「長旅ですので」


 新調した革鎧は、ズタズタにされた甲犀の革鎧から使える部分を補強として流用している。子供用の鎧は在庫がほとんどなく、職人にはだいぶ無理をさせてしまった。

 甲犀の革鎧と比べ防御力はかなり落ちてしまったが、なぜかラグニディグが張り切って鋲や留め金に至るまで装飾を施しまくった。その結果、無骨なのに繊細という、すっかり意味不明な一品に仕上がっている。


「十歳か。普通なら早いと思うはずだが、お前の場合はやけに長く感じるな」


 妙な言葉に、俺は首を傾げた。

 なぜか父と兄が苦笑する。


「早熟すぎたのだ。生まれて数ヶ月も経つと、まるで泣かなくなった。ただ周りを眺めている。ブラスラッドに赴いたときもそうだったな。二ヶ月近い旅でもお前は一度も愚図らず、それどころか私たちの会話をじっと聞いていた。言葉が分かるのではないかと疑ったぞ」


 やばい、当たってる。

 俺が「そんな赤子はいませんよ」と笑顔でごまかしていると、兄が言葉を継いだ。


「正直に言うとな、アルター。子供の頃、お前が気味悪かったんだ」

「またご冗談を。こんな可愛らしい弟なのに――本当ですか?」

「残念ながら本当だよ。考えてもみろ、三歳の子供が十歳の少年と対等に会話するんだぞ。挙げ句に座学の間違いまで指摘してくる。それも気を遣って言葉を選びながらだ。弟は魔物じゃないかと本気で悩んだよ」


 色々とばれていた。

 精神年齢二十歳に腹芸は難しい。今もそうだけど。


「魔物でないにしても、私とは比較にならない才能を持っているのは、すぐに気付いた。七歳も年下の弟に負けるなんてみっともないだろう? おかげでずいぶん腕は上がったよ。ただ、やはりお前にはなれなかった。だから私は私の道を進むと決めたんだ」

「そのままお返ししますよ。僕に()(せい)(しや)の才能はありません。兄上がいるからこそ、安心してこの町を離れられます」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、学ばなければならないことが山ほどある。まだまださ」


 兄は自嘲するが、俺の言葉は本音だった。

 今では父の補佐として施政に携わり、軽微な案件であれば一任されている。


「外の世界では、こことは違う何かが得られると思う。私も負けない。だからお前も多くを学んでくるんだ。そして、ともにリードヴァルト家を盛り立てていこう」

「もちろんです」


 俺は兄と握手を交わす。

 こんなことをするのは初めてだった。

 どこか照れくさく、手を離して視線を逸らせば、母と目が合った。

 出立の日が近付くにつれ、母は不機嫌になっていった。俺のセレン行きは家族の問題である以上に、領主の父に裁量権がある。父が決め、俺が承諾した段階で、母には覆すことはできない。

 母はすっと立ち上がると、そのまま俺を抱きしめた。

 いつもの、優しい香りが鼻腔をくすぐる。


「無理をしてはいけませんよ」

「はい」

「あなたの鍛錬を見て、私でも剣の才能を持っていると分かりました。ですが人の力は弱いのです。誰よりもまず、自分自身を大切にしなさい。そして必ず帰ってくるのですよ。三年後に」


 途中まで神妙に聞いていたが、最後に笑ってしまった。

 そして発言とは裏腹に母はなかなか離れようとせず、(しま)いには父が(さと)しながら半ば強引に引き剥がした。


 家族とともに玄関ホールへ出ると、使用人が並んでいた。

 家令のグレアムが一歩前で、その隣にはメレディが立っている。普段ならメレディの立ち位置は後ろの列だ。今日だけの特別だろう。


「行ってらっしゃいませ、アルター様」


 グレアムの言葉を受け、使用人たちが一斉に(こうべ)を垂れる。


「数年後には戻ってくる。皆も息災でな」

「はっ、有り難きお言葉」


 代表してグレアムが応えた。

 俺は隣のメレディに視線を向ける。

 アルターとして目覚めたとき、最初に見たのは十二歳の彼女だった。あれから十年。少女の面影はなく、すでに大人の女性に成長している。年月を一番実感させるのは彼女だろう。


「メレディ、部屋の管理を頼む」

「お任せ下さい」


 メレディは貴族の家に仕えるメイドらしく、(てい)(ちょう)に一礼する。


 しかし、考えてもみれば彼女も二十二歳。とっくに結婚適齢期だ。良い相手でもいれば、屋敷を離れるかもしれない。寿退社だな。


「もし――」


 言いかけ、慌てて口を(つぐ)む。

 危なかった。いかなる世界のいつの世も、これは触れてはならない禁忌だ。


「もし……なんでしょうか?」


 メレディがじっとりと俺を睨み付けてきた。

 ちっ、勘づいてやがる。伊達に長い付き合いじゃないな。


「いや、なんでもない。では行ってくる」


 俺は逃げるように外へ出た。



  ◇◇◇◇



 言うまでもなく、俺はリードヴァルト男爵家の次男坊だ。

 それが留学するなんて話は、わざわざ領民に告知するほどの(おお)(ごと)ではないし、派手な見送りも必要ない。そう話したはずなんだが。

 何をしてるんだ、こいつらは。

 門までの道を五名の騎士と三名の従騎士が、ビシッと居並んでいた。

 しかも紋章付きのサーコートを着込んだ正装。これ、充分大袈裟だよな。

 一応は理解してくれていたようで旗は掲げていないが、俺が姿を見せるなり、兜を脇に抱え、一斉に踵を打ち鳴らす。

 父を見上げれば、笑いながら顎で促してきた。

 仕方なく先頭に立ち、騎士団長コンラードの前で立ち止まる。


「見送り感謝する。しかし大袈裟じゃないか?」


 俺の言葉に、コンラードは鼻息荒く(まく)し立てる。


「何を仰います、アルター様! セレンで学ぶのは貴族の義務。世情ゆえ致し方なかったとはいえ、リードヴァルト家はこれまで一人も送り出しておりませぬ。それがようやく果たせるのです。リードヴァルトの武名を世に知らしめる絶好の機会! この程度では足りないくらいですぞ!」

「いや、知らしめないから。何しに行くと思ってるんだ」


 そのままどっかに突撃しそうな勢いだった。爺さんと呼んでも良い年齢なのに、元気なものである。

 副長のジョスやロランら騎士にも声を掛けていく。

 縁が深い者もいれば、浅い者もいた。

 そして列の最後に並んでいるのは、無地のサーコートを着た従騎士たちだ。

 先頭はランズ・スフォルド。ジョスの息子であり、兄と切磋琢磨してきた実力者である。いずれはリードヴァルト騎士団を彼が率いていくのだろう。

 だが、その表情はどこか固い印象を受けた。


「どうかしたか、ランズ?」

「いえ――」


 言い淀みながら、門へ視線を向ける。

 そこには、馬車の前であくびしながら胸をぼりぼりと掻くマーカントがいた。


「セレンまでの護衛なら、我らにお任せ下されば宜しかったのではないかと。あのように無粋な者では、リードヴァルトの家名に傷がついてしまいます」

「はは、かもしれん。あれは特にそうだからな」


 あくびして涙が出たのか、今度は目をこすり始めた。

 絵に描いたような無粋である。

 まあ、それでも――


「それでも強いぞ、あいつは。ともに戦った僕が保証しよう。それにお前たちを連れて行ったら、誰がリードヴァルトを守る? 僕が言うべき言葉ではないかもしれんが、あえて言わせてもらう。留守を頼むぞ。次代の騎士たちよ」

「はッ!」


 ランズら三名の従騎士が一斉に応えた。

 俺が近付いていくと、マーカントが片手を上げ、「よう」と挨拶する。

 そして一斉に視線が降り注ぎ、


「よぉぉ……はようございます、アルター様!」


 と、ごまかした。

 努力は認めるけど。だからBランクに上がれないんだ、お前は。

 収まらない視線に居たたまれなくなったのか、「で、では準備がありますので!」と言い捨て、そそくさと仲間のところへ逃げていった。

 呆れていると、入れ替わるように三人が進み出る。

 庭師のノルト、ドワーフの彫金師ラグニディグ、そして狩人のネリオだ。

 ラグニディグは挨拶すらせず俺のそばまで歩み寄ると、革鎧を上から下まで一瞥する。


「具合はどうだ?」

「問題ないぞ。まだ少し固いが」

「ほとんど牛革だからな。馴染むまで時間が掛かる」


 そう言って俺の周りをうろちょろしながら、留め金を引っ張ったりエラス・ライノの革を貼り合わせた箇所の検分を始めた。

 一応、見送りに来てくれたんだよな?

 自分で制作したと言わんばかりの念の入れようなんだけど……まさかな。

 そんなラグニディグは放置して、ノルトの前に立つ。

 初めて出会ったのは、四歳の頃だった。あれから六年。

 今では頭髪も白く染まり、だいぶ老け込んでしまった。


「僕が戻るまで元気でいてくれよ」

「もちろんでございます。土産話、楽しみにしておりますよ」

「話を盛ってでも楽しくしてやるさ。待っていてくれ」


 ノルトで意外と言えば、甘党だったことか。

 将軍茶でもてなそうとしたら、とても辛そうに「おいしゅう……ございます」と震えていた。セレンで菓子とか売ってるかな。

 ネリオに視線を向ければ、父を目の前にして固まっていた。

 押したら倒れそうだ。狩人がここに来るのは、相当な覚悟がいるんだろうな。

 軽く腕を叩くと、「ひッ!?」と短く悲鳴を上げて飛び上がった。そして俺を見るなり焦点が定まっていく。


「少しは落ち着いたか。ちょっと懐かしかったぞ。ま、それはともかく――ネリオには助けられたし、世話になった。戻ってきたらまた狩りに行こう」

「は、はい!」

「それと冒険者ギルドから話は聞いているな? 例の魔物には充分、気をつけてくれ。分別無しに襲ってこないと思うが、手を出せば命に関わる。森で見かけても刺激するなよ。同業者にもよく伝えておいてくれ」

「分かりました!」


 さて、まだ俺の周りをうろちょろしているのが最後の一人だ。

 革鎧は気が済んだらしく、今は青藍のマントの補修箇所を検分している。


「そろそろ解放してくれないか」

「うむ……まあ、良かろう」

「ラグにもずいぶんと世話になったな」

「世話もへったくれもない、仕事だ。それに数年なら大した時間でもあるまい。用件を済ましたら、さっさと帰ってこい」


 ドワーフの寿命は人間の数倍あるという。それでも三年から五年という時間は短くはない。髭を引っ張りながら大きな口をへの字に曲げているが、行動や発言は旅立つ息子を見送る親のようだった。ものすごく母親っぽいが。


「お荷物をお預かりします」


 挨拶が終わったのを見計らい、男が声をかけてきた。

 荷運びと思ってそちらを見たが、思わず首を傾げる。

 なぜ革鎧、着てんだ?


「大した荷物じゃない。自分で管理するから大丈夫だ」

「承知致しました」


 立ち去る男の後ろ姿に既視感を覚える。

 どこかで見たような。どうやら冒険者らしいが、荷物を馬車に積むためだけに雇うか? いや、そもそも『破邪の戦斧』以外に雇っていない。

 疑問に思っていると、彼が戻った先に答えがたむろしていた。

 帝国人の女とトアール人、そして野牛の獣人。

 いやいや、なんでこいつらがここにいる?

 個性豊かな男が見当たらず、あちこち探していると御者台で小さな気配が動いた。

 覗き込めば、ハーフリングが我が物顔で(くつろ)いでいる。


「なにをしてる? ピドシオス」

「よう、アルター」


 お前も万年Cランクか。それより質問に答えろよ。


「そんなに睨むなって。いやさ、俺たちの目的地はセムガット公国でね。乗合馬車は面倒くせえし、どうやって行こうか悩んでたんだよ。そしたらマーカントの奴がセレンに行くって言うじゃねえか。おお、こりゃヨルグル神の(おぼ)()しに違いないってな」

「てな、じゃない。神を便利に使うな。悪いがCランクを増員する余裕はないぞ」

「いらねえよ。たまたま方角が同じってだけだし。ま、ぶっちゃけると俺たちはあんまり戦闘が得意じゃねえ。マーカントたちが一緒なら安心だし、お前もいりゃドラゴンだってなんとかなるだろ?」

「なってたまるか」


 呆れ気味に首を振る。


「もう好きにしてくれ……。御者くらいはやってくれるんだろうな」

「おう、任せとけ。偵察もな」


 これで歩かずにすむわぁ、とのたまうピドシオスを捨て置き、皆のところへ戻る。

 すでに荷造りを終え、ロランや『破邪の戦斧』は俺の号令を待っていた。

 今一度、皆を見渡す。

 父たちの後ろにはコンラードを筆頭に騎士が整列し、横には一歩引いてグレアムとメレディが控えていた。馬車のそばには見送りに来てくれた者たちもいる。

 十年という歳月をともに過ごし、出会った人々。

 これからの数年、彼らと別れ、俺は未知の世界へ赴く。

 留学の話を聞いたとき、全寮制の学校に通う程度の認識だった。しかし交通網の発達した前世とはまるで違う。帝国内であっても、一週間も離れれば異国。気軽には帰郷できず、手紙がせめてもの連絡手段だった。

 俺は込み上げるものを振り払い、父たちと向かい合った。


「アルター・レス・リードヴァルト、これよりセレンに行って参ります」

「うむ。しかと学んできなさい」

「何かあったら、すぐに帰ってくるんですよ?」

「最近は治安が乱れていると聞く。道中、気をつけてな」


 三者三様の言葉に応えていく。

 そしてメレディを見上げれば、「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。

 澄ました顔をしているが、その目は潤んでいる。思わず笑みを浮かべたら、不貞腐れて顔を(そむ)けてしまった。二十歳過ぎの大人がやる仕草だろうか。やっぱり結婚は遠そうだ。

 俺は家族に一礼し、馬車に飛び乗った。


「出発!」


 それを合図に、馬車はゆっくりと動き出す。

 門を抜け、大通りに入り、雑踏で見えなくなるまで皆は見送ってくれた。

 彼らの姿が見えなくなると、前方へ視線を移した。

 幌で切り取られた空間に、町の景色が絵巻のように流れていく。

 見慣れた光景を、ただ眺める。

 夏至祭の時、初めて自分の意思で町を歩いた。

 何もかもが新鮮だった。

 ずいぶん昔に感じるが、たった五年前の出来事。

 それだけ充実した五年間だったのだと思う。


 中心地を過ぎ、冒険者ギルドに差し掛かる。

 何気なく御者台から顔を覗かせると、不意に扉が開き、ヘリット支部長が姿を見せた。

 そしてまっすぐ俺を見るなり、静かに一礼する。

 通りかかるのを待っていたらしい。

 彼には色々と助けられたが、向こうも同じ思いなのだろう。二年前のトゥレンブルキューブ、つい先日のハンターフィッチ。どちらも放置していたら大惨事になる魔物だった。

 俺が目礼を返すと、ヘリット支部長は再び一礼、ギルドへ戻っていった。


 徐々に正門が近付いてくる。

 開け放たれた門の隣に、門番たちが並び、そのうちの一人が歩み寄ってきた。

 馬車を先導するのは十人長のクレル。

 八歳の遠征の時には、すでに門番だった気がする。もっと早く名を聞いておくんだったな。

 クレルを先頭に、馬上のロラン、十名近い冒険者に囲まれた馬車が進んでいく。

 その時、突然、雑踏から声が上がった。


「行ってらっしゃいませ!!」


 驚いて目を向ければ、山賊のような集団がいた。

 狩人たちか。あいつらも見送りに来て――なんでネリオがここにもいるんだよ。

 あいつ、走って来たのか。

 さっきまでの緊張もなく、ちょっと泣きそうな顔で手を振っていた。

 応えるため身を乗り出そうとしたとき、今度はそこに老人が飛び込んでくる。肩には大きなカバン、白髪はすっかり乱れていた。そして馬車を見るなり、ほっとした顔を浮かべる。

 パヴェルだった。どうやら往診の合間を縫って駆けつけてくれたらしい。

 なんとも、最後はバタバタした見送りになったな。


「行ってくる!」


 身を乗り出し、俺は彼らに応えた。

 貴族の息子らしくない、そして俺らしい歓声を浴びながら、馬車は正門をくぐり抜けていく。


 後方を見やれば、リードヴァルトが遠ざかっていった。

 次にこの町を目にするのは、三年後か五年後。

 視線を切り、前方へ向き直る。

 融雪に濡れた街道は、陽光を受け煌めいて見えた。

 馬車で旅をするのは赤子以来だった。

 この世界で目覚めた頃を反芻する。

 その時、ふと青の色が目に留まった。

 街道の脇に咲くのは春を告げる花。

 甘い匂いを嗅いだ気がした。

 ミルリムの花に始まり、ミルリムの花で終わる、か。

 いや――また始まるんだな。

 俺は惜別を断ち切るように、これから赴く未来へ思いを馳せた。



 これにて一章は終了です。

 お読み下さった方、評価、ブックマークして下さった方、本当にありがとうございました。

 書き溜め分は出尽くしましたので、しばらく執筆・推敲作業に入ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後にハンターフィッチが来てくれたら嬉しかったなぁ。流石に分からないかw
[良い点] 描写が丁寧でおもしろかったです。続きも楽しみにしてます。 [気になる点] ハンターフィッチ戦後に帰宅した時の家族の反応が気になる
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