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第30話 十歳児の日々

 投稿、再開します。

 赤ん坊の頃に寄親のブラスラッド侯爵、母方の祖父トーディス子爵に面会した話や(4.5話追加)、それを挟む4話と5話を大幅に修正しました。面会以外、ストーリーに変更はありません(2020/01/12)。


 雪の(きし)む音が響く。

 木陰から覗く革手袋の指先が、器用に動いて次々と形を変えた。

 頷き、指で了承を送る。

 そっと覗き込むと、大きなウサギが雪の中に顔を突っ込んでいた。エサを探し出そうと必死に見えるが、耳はぴんと立ち、引っ切りなしに角度を変えながら周囲を警戒している。

 ゆっくりと矢を引き絞った。

 耳がこちらを向き、手を止める。

 くいっと、その耳が別の方角へ向けられた。俺には何も聞こえない。彼らの高い聴覚が遠くの何かを聞き取ったのだろう。

 再び、引き始める。

 ウサギはこちらに意識を向けるも、やはり奥が気になるのか、またそちらへ耳を傾けた。

 一呼吸置き、矢を放つ。

 風切り音を聞き取りウサギは避けようと跳ねたが、あと一歩遅かった。

 矢は胸部を貫き、短い悲鳴を上げウサギは転倒。少しもがき、動かなくなった。

 俺は警戒を緩めず、辺りを窺う。

 横やりが来ないのを確認し、ウサギに近寄った。

 前の世界と決定的に違うのは、人を襲う生物の多さだった。この世界の人間は被捕食者、全生命を順位付けすれば下位グループに属している。数ヶ月前、獲物を仕留めて安心した直後、奇襲を受けた。注意を怠ったわけではない。真上の木から狼が降ってくるとは予想もしなかったのだ。相手は木登り狼と呼ばれる魔物、ヌドローク。同行者は最初から気付いており、俺が対処するよりも早く、首筋を綺麗に射貫いていた。


「お見事です」


 木陰から現れたのはその同行者、ネリオである。

 彼との出会いは『破邪の戦斧』よりも早い五歳の時。三年の月日を経て、灰吐病の一件で再会した。その技術はマーカント曰く、「うちに欲しいくらい」だそうで、どうやらCランク相当、それも『破邪の戦斧』と遜色ない実力らしい。残念ながら狩人の自分に誇りがあるらしく、冒険者に転職するつもりはまるでなかった。その返事に一番嘆いていたのはオゼだった。ヴァレリーもそれなりの斥候だが、ネリオとの二枚看板になれば警戒網が完璧になる、と考えていたようだ。


 俺はその腕に惚れ込み、狩人の技術を教えてくれないかと頼み込んだ。

 その際、紆余曲折あった。ネリオは恐縮して拒否し続けるし、父は過度に平民と親しくする俺に困惑していた。しかもネリオは冒険者ですらない。冒険者は治安維持に貢献し、戦場では傭兵として雇われる。貴族によっては下賎の者と蔑む者もいるが、通常、領地にとって有益な存在と考えられている。しかし狩人は別だ。さして治安維持に貢献するでもなく、基本、傭兵として戦場に出ることも少ない。父を始めとする貴族の認識では畜産業と変わらない存在で、下手すればそれ以下の扱いである。そんな狩人に技術を教えてもらおうとしているのだから、理解されないのも当然だ。

 それでも、消極的ながら父は許可してくれた。

 決め手はCランク相当の実力だろう。おそらく父の中では、引退した熟練の冒険者、という図式が出来上がったのだと思う。実際は違うし、それは父も分かっている。だから「他の狩人に」と俺が言い出したら、振り出しに戻るはずだ。

 その後はネリオと斥候技術が皆無のロランに残るよう説得し、なんとか弟子入りにこぎつける。一年以上も前の話だった。


 ウサギの脚をロープで縛り、太い枝にぶら下げる。

 手早く首筋を切って血抜き、それが落ち着いたら毛皮を剥ぎ取っていく。

 最後に内臓の処理。

 腹をナイフで裂くと、わずかに残っていた血液が純白の雪を染め上げ、零れ落ちた内臓は、どこまでも沈んでいった。

 内臓はほとんど廃棄されるが、心臓だけは常に使い道がある。

 俺が作業している間、ネリオは小枝にウサギの心臓を突き刺し、踏み固めた雪に突き立てた。狩猟の神ロウヴに捧げる儀式らしい。ロウヴは偉丈夫や巨大な黒狼の姿をしていると言われ、間違いなく小太りとは別の神だ。ま、あいつはこの世界の神じゃないって言ってたしな。

 冒険者と狩人の解体は作業工程こそ同じだが、目的に大きな違いがあった。

 冒険者は換金率の高い素材や魔石を狙い、狩人は主に肉を狙う。だから狩人は魔物を引き寄せるのを承知で、極力、その場で解体を行った。冒険者は肉の質なんて気にしない。安全の確保が優先で、そもそも利益率の低い肉はあまり持ち帰らない。エラス・ライノの一件がそれだ。

 流通する食肉の多くは畜産で賄われているが、無力な動物を大量に飼育するのは骨が折れる。それを補っているのが狩人だった。特に魔物が増加する辺境ほど、その傾向は強い。幼い頃、冒険者が供給していると思っていたが、とんだ勘違いである。


 ウサギを降ろしながら、足下の内臓に視線を向けた。


「やっぱり魔石は無いんだな。これだけ大きなウサギなら、ありそうなものだが」


 太い枝が大きくしなるほどの重量だった。二十kgはあるだろう。中型犬だとしても大きい部類じゃなかろうか。


「魔石持ちは見た目から違いますからねえ。でかいだけなら、ただのウサギ。動物ですよ」


 ネリオは警戒しつつも、暢気に応えた。

 これだけ頻繁に会っていれば、さすがのネリオも慣れてくる。最初のような緊張は、とっくに見られなくなっていた。かちこちの頃を懐かしくも思うが、そんな調子で森に入って怪我でもされたら俺も困る。


「しかし、どう運ぼうか。一人でも背負えるが動きが鈍るな」

「これだけの大物ならまるごと買う人もいないでしょうし、二つに分けますか」

「そうだな。縦と横、どちらにする?」

「頭が両断されてたら肉屋がびっくりしますね。縦にしましょう」


 ネリオがいたずらっぽく笑う。

 俺はウサギを雪の上に寝かせると、甲犀の剣を引き抜いて一息に切り裂く。

 ろくな抵抗もなく、ウサギは左右に割れた。

 それを布に包んだ後、持参の皮袋に詰めていく。

 俺たちが使っている皮袋は、冒険者にも愛用されている毛皮入れである。エゼティニの葉で皮袋を煮詰めたもので、人間が嗅いでも微かな芳香する程度だが、魔物の鼻をごまかせるそうだ。店では「毛皮袋」という怪しげな名称で販売されており、一般的には「毛皮入れ」の方が通りが良い。そして俺の使っている毛皮入れは、錬金器具を買ったときに入れ物として追加購入した、あれだった。あの店主、意外と良心的なのは分かったが、接客態度を見直した方が良いと思う。


「充分な成果ですね。時間も良い頃合いですが、もう少し続けますか?」


 まだ空は色づいていないが、太陽はだいぶ傾いている。

 そろそろ引き上げた方が良さそうだな。


「戻ろうか。分担しても重いしな。帰りは先行しても良いか」

「どうぞ。雪が深いので注意してください。小柄な魔物が潜んでいることもありますので」

「承知した」


 俺が了承すると、ネリオは木陰に消える。

 青藍のマントに付着した雪を振り払い、『隠密』と『気配察知』を発動。俺も森へ溶け込む。

 狩人が複数で行動するとき、警戒網を広げるため散開することが多い。冒険者と違い、襲われないことが前提だった。

『気配察知』を広げても、ネリオの気配はどこにも見当たらない。

 それを頼もしく思いながら、俺は雪を踏みしめた。



  ◇◇◇◇



 翌日、リードヴァルトの町は大雪に見舞われた。

 今年は特に雪が多い気がする。

 剣の鍛錬はよほどの悪天候でない限り行われるが、ロランは止む気配のない空を見上げ、午後を休みとした。そうなると狩りに行きたくなるが、母は俺の行動に良い顔をしていない。父は俺のステータスを知ってからあまり心配しなくなり、「簡単な森の探索なら事後報告でも良い」と言ってくれた。その分、母から小言を言われることが増えている。これが貴族の体面が理由なら放置で良いが、俺を案じているのが分かるので対処に困っていた。


 今日はおとなしく読書するか。

 狩りならネリオはとっくに出発しているだろうし、在宅なら休みだ。

 机に座り、読みかけの本を引き寄せる。

 鎧戸から差し込む雪明かりとランタン、暖炉の間接照明を頼りにページを捲っていく。

 この時期、気付けば凍えていることがある。隙間風だけでなく、石造りの建物そのものが寒かった。そのため暖炉を絶やすことができない。

 薪の()ぜる音と落雪の音が静かに響く。


 しばらくして顔を上げたときには、外は薄暗くなっていた。

 本から目を離し、軽く伸びをする。

 すっかり慣れたが、蛍光灯と比べたらやはり暗い。読書をするだけでも疲労が蓄積する。内容が堅苦しいのも原因の一つではあるが。

 今読んでいるのは、アルシス帝国の歴史だった。

 ずいぶん前に読んでいた焚書ものとは別で、最近、父が新たに購入した本だ。

 少し前から座学の内容が変化している。講師に父も加わり、歴史や周辺国との関係などが増えた。ロランの戦闘術や戦術に比べたら地味で勉学そのものであったが、必要なことと割り切って色々叩き込んでいる。

 空気の入れ換えも兼ね、鎧戸を開く。

 外は純白の世界だった。

 降りしきる雪は天地を繋ぎ、静かな風を受けヴェールのように棚引いている。

 吹雪(ふぶ)いていないのは幸いか。町に視線を向ければ、いくつもの黒い影がぎこちない動作で大通りを移動していた。まだ仕事らしい。こんな天候なのに難儀なことだ。


 あれから灰吐病は発生していない。

 父は領内に兵を送って調査を続け、俺は万が一に備えていた。各地の報告を受け、ひと月後に父は終息と結論づけた。ほっとしたが、そうなると困るのが部屋の一角を占拠するサクリオ酒である。その量はワイン換算で数十本。

 料理に使えるし腐るものでもないが、ただ寝かせておくのも気が引けた。

 それならと、招待できなかった功労者を(ねぎら)うという口実で、繰り出す拳亭の食堂を借りて一席設けることにした。参加者は『破邪の戦斧』、ラグニディグ、シモン、そしてネリオら狩人が数名である。ネリオ以外の狩人は初対面だったので、彼らの働きに改めて礼を述べた。申し合わせたように一斉に固まる男たちに笑いそうになってしまったが、彼らは最大の功労者である。率先して食事や酒を勧め、緊張が解れるように務めた。

 後にネリオが「皆、感激してました」と感謝の言葉を述べてきたから、もっと早くもてなせば良かったと少し後悔した。


 白い息に気付き、鎧戸を閉じる。

 冬の森を駆け回ったおかげか、去年、『氷結耐性』を習得している。ランクは2とまだ低いが、少しの寒さなら気にならなかった。今日くらいなら毛皮一枚で充分だ。習得を知ったとき、暖炉を消してどれほど耐えられるのか試していたら、入ってきたメレディが「凍死なさる気ですか!?」と騒ぎ立て、ちょっとした騒動になった。あいつは何年経っても変わらない。

 机に戻り、ステータスを開く。



名前  :アルター・レス・リードヴァルト

種族  :人間

レベル :14(6up)

体力  :67/67(29up)

魔力  :173/173(69up)

筋力  :12(5up)

知力  :16(2up)

器用  :14(5up)

耐久  :11+2(6up)

敏捷  :16+2(36:倍加)(4up)

魅力  :15(1up)


【スキル】

  成長力増強、成長値強化、ステータス偽装、言語習熟、高速移動、多重詠唱

  精神耐性4(1up)、氷結耐性2(new)、鑑定4(1up)、調合6(1up)、

  追跡3(new)、隠密4(new)、気配察知3(new)

  片手剣6(2up)、体術5、短剣術5(1up)、弓術3(new)

  火魔法4(2up)、水魔法4(1up)、風魔法5(2up)、土魔法5(2up)、

  無属性魔法4(1up)、氷結魔法1、雷撃魔法2(1up)、変性魔法4(2up)

【魔法】

 ●初級

  火炎の短矢(ファイヤーボルト)鋭水の短矢(ウォーターボルト)疾風の短矢(ウィンドボルト)土塊の短矢(アースボルト)魔力の短矢(マジックボルト)

  氷柱の短矢(アイスボルト)雷衝の短矢(ショックボルト)

  火塊の槌撃(フレイムブロウ)(new)、水弾の槌撃(ウォーターブロウ)(new)、一塊の槌撃(ストーンブロウ)(new)

  水流の盾(ウォーターシールド)旋風の盾(ウィンドシールド)魔力の盾(マジックシールド)礫土の盾(アースシールド)

  筋力上昇(フィジカルアップ)脚力上昇(ムーヴィングアップ)

【称号】

  転生者、帰宅部のエース(耐久+2、敏捷+2)、リードヴァルト男爵家の次男



 相変わらず魔力の上がり幅が異常だ。まあ低いよりは良いに決まってるし、初級魔法をちょっと乱発したくらいでは魔力切れを起こさなくなっている。

 スキルの方は多すぎて、訳が分からなくなってきた。

 新たなスキルはほとんどネリオから教わったもので、狩り以外でも鍛えようと『破邪の戦斧』に同行し、臨時のメンバーとして討伐や探索に参加している。最初、前のように依頼しようとしたのだが、「護衛なんていらねえだろ」とあっさり断られてしまった。ただ、協力者なら歓迎する、とも言ってくれたので甘えることにした。


 もう一度、ステータスを眺め、軽くため息をつく。

 スキルの種類は増え、全体的に成長しているが、八歳時の急成長に比べたらそれほどでもない。

 理由は分かっている。

 狩りの獲物は大抵が動物で、魔物は食用として需要が無ければ狙わない。狩人に必要なスキルは身についても、それ以外を使用する機会が少なかった。そして『破邪の戦斧』との冒険でも、初遠征のような大物に出くわさなかった。レベル差で得られる熟練度が変わるのか、それともランクが上昇すると上がりにくくなるのか。どちらにしても歯がゆい。


「成長が鈍化していくのは当たり前、だよな。少しずつ進んでいくしかない」


 俺は諭すように、自分に言い聞かせた。



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