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第3話 転移……そして


 気が付けば夜の集落だった。

 目の前にいるのはおそらく、ここの住民だろう。

 集落を襲っている怪物では断じてない。

 一つ目だろうと、ぽかんと開いた丸い口に鋭い牙がびっしり生えていようと、身体が茶褐色で硬い甲殻で覆われていようと、胴体から短い鉤爪が何本も生えていようと、三本指が人っぽい脚を握っていようともだ。


「あの駄犬ッ!!」


 空へ放たれた怒りが合図となった。


 耳障りな金切り声を上げ、崩れた家や暗がりから茶褐色の村人が次々と飛び出し、あっという間に囲まれてしまう。

 その数は無数。

 皆さん口から血を滴らせているので、すぐにでも歯医者へ行くことをお勧めしたい。


 村人たちは俺を取り囲み、四方八方から金切り声を浴びせてきた。

 たぶん、歓迎会の相談だろう。

 いや、もしかしたらすでに始まっていて、歓迎の歌を歌っている可能性も捨てきれない。

 残念ながら、歌詞の内容はさっぱり分からないが。


「――って分かるか!! 何だよ、この生き物!」


 俺の言葉に反応し、手近な一人が飛び掛かり、咄嗟に身をよじって回避した。

 通行人回避で鍛え上げた身のこなし、舐めてもらっては困る。


 小太りと駄犬への怒りはひとまず保留だ。

 あいつらの責任追及は、この場を切り抜けてからだ。


 村人――もう虫人間でいいや、それが立て続けに襲いかかってくる。

 荒れた大地に足を取られながらも、波状攻撃を躱していく。


 どうにか躱せているが……違うな。

 俺はそこまで身体能力は高くないし、相手が鈍いわけでもない。

 もしかして、遊んでる?


 包囲しているのに、なぜか攻撃を仕掛けてくるのは数体だけだった。

 理由は不明だが、逃げるなら今しかない。


 俺は攻撃を避けながら、素早く周囲へ視線を送る。

 山奥、もしくは森の村。

 家屋は粗末な造りで繁栄とはほど遠く、どの方角にも暗い森が広がっていた。

 見た目は廃村だが、点在する血まみれの残骸がそれを否定している。

 廃村になるのはこれからだ。


 不意に気配を感じ転がると、頭の上を鉤爪が通り過ぎていった。

 あぶねぇ……。


 そして慌てて立ち上がりかけた瞬間、足に硬い感触がぶつかった。

 古びた剣。

 千切れた手首が、その柄を握りしめている。


 一瞬躊躇し、拾い上げて手首を振り落とす。

 まだ温もりを感じたが、今は考えない。


 俺がようで剣を構えると、虫人間の攻撃が止んだ。

 今までの人生で竹刀すら握ったことがないが、警戒くらいはしてくれたようだ。


 それにしても――偶然、拾った剣か。

 映画だと聖剣だったりするよな。


 試しに語りかけてみたが、何の反応もなかった。

 たぶん内気な性格なんだ。


「――ッ!!」


 馬鹿なことをやっていた所為で、虫人間の爪を避け損なってしまう。

 左腕に鋭い痛みが走り、柄を握る手に血が滴っていく。


 やばい、このままだとなぶり殺しだ。

 もう戦うしかないのか?

 いや、無理だろ。一対一なら奇跡も起きようが、数十対一だ。

 どうしろってんだよ、これ。とりあえず助けろ、小太り爺さん!


 反応皆無の自称神に怒りを覚えつつ、隙を見せまいと剣を向けて威嚇する。

 ほとんどの虫人間は意にも介さないが、数体が警戒して後退、そのうちの一体がこけた。

 ドジっ子か。かけも可愛くないぞ。


 周囲から冷たい視線を浴びながらドジっ子は立ち上がり、照れ隠しのように威嚇のポーズを決める。

 それを暖かく見守っていると、不意に真横から強い光を受け、思わず飛び退いた。

 だが、何も起きない。


 攻撃……じゃない?

 視界の隅に浮かぶ、妙に近代的でこの場にそぐわない光。

 これってまさか――。



名前  :-

種族  :ガーネレス(労働)

レベル :12

体力  :31/33

魔力  :6/6

筋力  :14(腕力:15)

知力  :3

器用  :12

耐久  :13

敏捷  :10

魅力  :4

【スキル】

  甲殻、溶解

  爪術2、腕力強化1

【魔法】

   無し

【称号】

   無し



 もしかして、ゲームとかのステータス画面?

 そういえば、小太りはステータスの存在する世界と言っていた。

 これがドジっ子だとしたら、さっきから襲ってくる体格が良い奴は――。



名前  :-

種族  :ガーネレス(兵隊)

レベル :23

体力  :84/84

魔力  :21/21

筋力  :15(腕力:18)

知力  :5

器用  :10

耐久  :16

敏捷  :14(加速:15)

魅力  :5

【スキル】

  装甲殻、溶解球

  爪術4、体術2、腕力強化2、加速強化1

【魔法】

  無し

【称号】

  無し



 意識を向けると、瞬時に内容が切り替わる。

 間違いない、これはステータス画面だ。


 頭を少し動かすと、枠も移動した。

 どうやら視界の一部を占有しているようだ。

 ともかく細かい検証は後回しにしよう。今はこいつらの弱点を探さないと――。


 攻撃を警戒しながら、虫人間たちのステータスをいちべつする。

 労働と兵隊――こいつら蟻みたいな社会性昆虫なのか。


 対象を切り替えると、次々に表示も変化していく。

 ほとんど労働者だが兵隊も多かった。

 そして襲ってきているのは、すべて兵隊だった。


 虫人間の行動基準は理解した。

 強力な兵隊に攻撃を任せ、労働者は防御と包囲を担当する。

 だが、肝心の強さが分からん。俺とどれくらい違う?


 自分のステータスを見ようとした矢先、兵隊の一人が突進してきた。

 なんとか躱すも、間髪入れず別の兵隊が飛び掛かってくる。

 それに合わせ、俺は剣を叩き付けた。


 硬い音が響く。

 同時に、もしかしてという淡い期待は、綺麗さっぱりさんする。


 今のではっきりした。

 この剣はただの剣。そしてステータスを確認するまでもなく、俺の能力は低い。

 だが、希望も消えたわけじゃない。

 小太りは便利なチートを与えると言っていた。

 直接的な戦闘力は低くとも、この場を打開できる能力があるかもしれない。


 問題は避けるのに精一杯で、確認する余裕がないことだ。

 わずかな時間で良い。この状況から抜け出さなければ。


 剣を振り回しつつ、虫人間の攻撃を躱していく。

 集落の外は駄目だ。少し踏み出せば完全な闇、何も見えなくなる。

 夜に襲ってきている以上、こいつらは夜目が利くか、何かの手段で探知しているはずだ。


 残るは家か。

 少しでもまともな状態の家に飛び込み、一分、いや三十秒でも良いから時間を稼ぐ。

 それも賭けだ。

 チートが役に立つ保証はないし、袋小路で逃げ場がなくなる。

 だが、他に手はない。


 回し切りのごとく剣を振り、俺は周囲を見渡した。

 一番近くの家は扉が吹き飛んでいる。

 その隣は炎上、その隣は――いける、か?


 家の造りこそ他と大差ないが、損傷は少ないように見えた。

 意を決し、闇雲に剣を振って俺は走り出す。


 突然の行動に虫人間たちは混乱、包囲がざわついた。

 役割が徹底しているのか、労働者は近付いても攻撃せず、防御に徹している。

 それに剣を叩き付け、ひたすら走った。

 

 包囲の至るところで労働者と兵隊が押し合い、攻撃の手が緩む。

 それでも抜け出た兵隊の爪を剣で弾き、必死に屈んで躱す。



 決死の覚悟。

 そのくらいの意気込みだったが、意外と簡単に目的の家へ到達する。

 俺は走る勢いをそのままに、半開きの屋内に踏み込んだ。


「――ッ!」


 刹那、真っ正面から強烈な気配が吹きつける。

 咄嗟に剣を盾にしたが、衝撃を抑えきれず吹き飛んでしまう。


 飛びそうになる意識をどうにか繋ぎ止め、俺は見上げた。



名前  :-

種族  :ガーネレス(親衛隊)

レベル :28

体力  :104/104

魔力  :79/79

筋力  :16(腕力:17)

知力  :14

器用  :13

耐久  :15

敏捷  :16(加速:19)

魅力  :5

【スキル】

  装甲殻、溶解球

  爪術6、体術4、腕力強化1、加速強化2

  水魔法2、神聖魔法1

【魔法】

  水弾の槌撃(ウォーターブロウ)水流の盾(ウォーターシールド)軽傷治癒(ライトヒーリング)

【称号】

  無し



 くそ、先客がいたのか。

 それも親衛隊って……やっぱり強いんだろうな。


 兵隊が重厚なら、こちらは鋭利な印象を受けた。

 しかも回復魔法持ちだ。回復量次第ではじり貧である。

 ま、今のところ、与えたダメージは0だが。


 自虐しながら先客を睨み付ける。

 親衛隊は頭部の無い男を抱え、のそりと外へ出てきた。

 血だらけの口がもぞもぞと動いているので、お食事中だったようだ。


 あ、本格的に詰んだっぽい。

 また死んだら小太りのぜいにくを引っ張り回し、駄犬の体毛を剃り尽くしてやろう。


 泥まみれで剣を構えたが、親衛隊は外へ出ただけで何もしなかった。

 周囲の虫人間も包囲を固めたまま、兵隊すら襲ってこない。

 そして親衛隊は咀嚼を続けながら、首をねじって肩へ単眼を向ける。


 肩を――動かしてる?

 何してんだ、こいつ。


 不思議な動作を見ているうち、違うと気付く。

 親衛隊は肩を動かしているのではなく、肩に乗った生き物を眺めているようだ。

 それは手の平よりも小さい、カブトガニのような生き物。


 子供?

 雰囲気は似ているが。


 不意に親衛隊は一声鳴き、男の残骸を放り投げた。

 残骸は包囲に沈み、労働者が殺到する。


 食い残しに群がるか。

 階級社会の厳しさを見せつけられた気分だが、そんな部外者の俺は次のお食事らしい。


 単眼で俺を見据え、親衛隊が屈み込む。

 こいつらの突進体勢だ。


 俺は膝を曲げ、剣を突き出す。

 今までにない集中。

 そして――気付けば、弾き飛ばされていた。


 全身に強い衝撃を受け、何度も地面に激突し、ようやく止まる。

 這いつくばりながら顔を上げると、親衛隊は前傾姿勢から、ゆっくりと立ち上がるところだった。


 ただの体当たりで、この速度か……。

 見えなかったわけではない。

 ただ、兵隊の突進とは別物すぎた。


 地面に剣を突き立て起き上がったが、バランスを崩し、再び転倒してしまう。

 再度立ち上がろうとき、赤い手の平に動きを止めた。

 原因を探し、思わず笑いがこぼれる。

 右脚が無かった。


 固い物を踏み潰すような音が響く。

 音を辿ると、もぎ取った俺の脚を親衛隊が美味そうに口へ運んでいた。


 布を引き裂き、靴と靴下を器用に脱がせ、小指の先端まで綺麗に平らげていく。

 おびただしい出血と朦朧とする意識の中、俺は黙ってそれを眺めていた。


 ほどなく、口から俺の血をしたたらせながら、近付いてくる親衛隊。

 振り下ろした剣はこつんと音を立て――二度目の人生は、あっさり幕を閉じた。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] チートなんかいらないと言っていたのに、えらくチートに拘ってるね。初めからできるだけ多くのチートを下さいと言っていたら良かったと思ってるんだろうな。
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