第23話 八歳児の日々 ~調合鍛錬
『調合1』を手に入れたおかげで、簡単なポーションならなんとなく分量や作成手順が分かるようになった。
たとえばヒーリングポーションであれば、乾燥させたセーロンの葉を粉末にし、錬金溶液で風呂の温度程度に加熱。時間は大体三十分くらい。それを自然に冷まし常温になればできあがりだ。こう言うと簡単だが、セーロンの葉や錬金溶液の分量が違いすぎたり火から下ろすタイミングを誤ると、最初に作成したような意味の無い液体になってしまう。
調合スキルは奇妙な感覚だった。明白に何かを伝えてくるのではなく、何年間も修行して心身ともに染みこんだ無意識の行動に似ている。もしかしたら、普通の錬金術師は違和感を感じないのではないだろうか。俺は修行をしていない。だからスキルの効果と俺自身の経験に乖離が生じ、違和感となっているのかもしれない。
その後も黙々と調合に取り組んだ。父や母に断って食事も適当に済ませ、材料がある限りヒーリングポーションを作り続けた。気がつけば明け方で、材料も無くなったので仕方なく就寝。
そして来訪者の声で、俺は重い目蓋を上げた。
どれほど眠っていたのか分からない。こういう時、未だに時計を探してしまったりする。
「これは一体……!?」
ロランが室内を見渡し、絶句していた。
俺と目が合った途端、呆れたようにため息をつく。
「何してるんですか、坊ちゃん」
「……眠っていただけだが?」
「そうではなくて! なんで枯れ草に包まれて寝てんですか!? ここは野営地ですか!」
「将軍の偉大さにあやかろうと思ってな」
実際は錬金道具を広げたため置き場が無くなり、ベッドの上に避難させただけである。どかすのが億劫でそのまま眠ってしまったが、偉大なのは事実だから間違ってない。
「なんか年々、おかしくなってません?」
「失礼な」
「それで、このテーブルにずらりと並んだ小瓶やらコップやらは? 変な道具もありますし。なんか路地裏の怪しい店みたいになってますが」
俺は並んだ小瓶の左端を指さした。
「そこからこの辺りまで粗悪なヒーリングポーション、その先は低品質のヒーリングポーションだ」
「は……? まさかお作りになったので?」
「当たり前だ。並べ立てる趣味なんてないぞ」
ロランは驚きながらコップの中身を覗き込む。
そいつは低品質だ。なかなか綺麗な緋色に仕上がっている。
「嘘だろ、この色に匂い……本当にヒーリングポーションだ」
「嘘も何もない。そうだ、良いところに来た」
俺は横になったまま革袋を放り投げる。受け止めたロランは、すぐ中身に気付いた。
「錬金溶液を買ってきてくれ。できれば錬金術師と直接交渉してほしい。使えるなら質は問わん。むしろ良すぎると価格が上がるからほどほどで良い。ああ、買うのは治療薬を頼んでない者にしてくれよ。作業の邪魔はしたくない。それとセーロンの葉も頼む。30枚は欲しい。錬金溶液は倍の60本だ。金が足りなかったら買える分だけで良い。では頼むぞ、僕はもう少し寝る」
「え、ちょっと待って下さい、セー……何ですって? それにこの金は一体?」
「セーロン草の葉だ。ヒーリングポーションの材料と言えば伝わる。金は気にするな。あ、そこにあるのを適当に飲んでってくれ。空の容器が足りなくて困ってたんだ。ほんのり甘くて美味いぞ」
「そんな軽い感じでヒーリングポーションを……」
ロランは小瓶を取り、部屋を出て行った。いや持ってくなよ。
その後、なぜか「新しい飲み物を作ったと聞いたが」と父や母、兄までやってきた。父はコップを見るなり一息に飲み干し、「ほう、かすかな甘みがあって美味。まるでヒーリングポーションのようだな」とあっさり中身を言い当てた。ちょっと元気になった三人を落ちそうになる目蓋で見送っていると、視界の端でメレディが二本飲み干し、そそくさと出て行った。うん、何でも良いから眠らせてくれ。
◇◇◇◇
粗悪のポーションを窓の外へ捨てていると、馬鹿でかい袋を背負ったロランが戻ってきて、俺を見るなり血相を変えた。
「なにしてるんですか!?」
「空にしている」
「銀貨3枚ですよ!」
俺は小首を傾げながら、《清水》で小瓶を洗う。何を言ってるんだ、この男は。
「さっきのポーション、店で査定してもらったら銀貨3枚で買い取るって言われたんです!」
「低品質だったんだな。安心しろ、これは粗悪だからもっと安い。低品質ならとっくに空だ」
「だああッ!!」
空の小瓶を拾い上げ、なんて勿体ない、とロランが嘆く。騒がしい奴だな。
「それよりも買ってきてくれたか」
「ええ、こちらにありますけど。まさかとは思いますが――治療薬を作るおつもりで?」
ロランの目が真剣な色を帯びた。
口を開きかけ、応えに窮す。
はっきりそうだとは言えなかった。俺の『調合』は一晩鍛え続けて2に上がっている。集中力の差か資質なのかは分からないが、戦闘技術のスキルよりずっと早い。それでも、本職が匙を投げた治療薬を作れる自信は皆無だ。感覚で理解できるようになった分、治療薬の素材から生まれる物が余計に想像できない。
「……そうしたいが、どうだろうな。作成以前に、挑めるほど腕を上げられるかどうか」
「そんなことできるわけが――」
ロランは言葉を切り、手にした小瓶を見た。
「本当にこの短時間でヒーリングポーションをお作りなったのなら――いえ、それでもどうでしょう。もっと時間があれば……」
「悪いのか」
「ええ」
ロランは沈痛な面持ちで首肯した。
「急激に悪化しているようです。すでに血も吐いたとか」
「錬金術師たちは作成できそうか?」
「厳しそうですね。シモンは家に籠もって実験を繰り返しているようですが、まるで手応えがないようです。ああ、素材の方は問題ありません。『破邪の戦斧』は昨夜のうちに、狩人らも素材を確保して続々と戻ってきています」
「分かった。僕も作業に戻る。サクリオ酒が必要なら勝手に持っていってくれ。少し集中する」
「承知しました」
ロランが下がるのを見届けると、俺はテーブルに座った。
それから夕刻までヒーリングポーションを作り続けたが、明らかに成長は鈍化していた。
調合のランクは2のままで、何度か調合に失敗してしまう。
だが、決して足踏みしているわけではなかった。
成功率は徐々に上昇し、失敗から粗悪、低品質が調合できるようになってきた。
ロランの買ってきた錬金溶液は低品質がほとんどで、中には粗悪も混じっている。雑貨店の店主が言っていたとおり、出来は溶液の質に左右されるのだろう。
そしてランクが上がっていないのに成功率が上昇したのは、スキルとは別、本当の意味での経験値が蓄積された結果だと思う。
とはいえ――少々、もどかしい。
天井を見上げ、深呼吸する。
少しやり方を変えてみよう。ヒーリングポーションには付随効果を加えられる。手持ちはファラエル草とジェネルラル草。将軍の効果は弱いが、経験値にはなるはず。
乾燥しきったジェネルラル草を手に取り、じっと見つめる。
ぼんやりとしたイメージが浮かんできた。
調合方法か? しかしいつも以上に判然としない。今度はセーロン草や錬金溶液と一緒に並べ、集中していく。
一瞬、何かが見えたような気がして、再び濃霧に沈んだ。
なんとか――添加できそうだ。
俺はセーロン草とジェネルラル草を粉末にし、感覚に従って調合していった。
そして、何度も失敗した。ただの液体や付随効果の無いヒーリングポーションになってしまう。それでも繰り返すうち、ようやく微弱な解熱効果が付随したヒーリングポーションを完成させることができた。
気の所為かもしれないが、完成後、今までよりも手応えを感じた。
それからしばらくはジェネルラル草添加のポーションを作り続け、慣れてきたらファラエル草へ、さらに両方を添加したポーションに挑んだ。実力不足と感じたときは添加物を一つに絞って鍛え直す。いつしか二つの付随効果を持つポーションができるようになり、品質も向上、標準品質ができるようになっていた。
「アルター様」
呼びかける声に顔を上げる。
ぼやけた視界に人影が映っていた。辺りを見回し、目の前に並ぶ小瓶を見て、自分が何をしていたのかを思い出す。いつの間に眠ってしまったのだろうか。まるで覚えていない。
「メレディか。どうした」
「どうしたも何も、お食事を取らなかったのですか?」
テーブルの脇にパンやシチューが置かれていた。
夜はとうに明け、朝の涼しい空気が室内に流れ込んでくる。道理で肌寒いわけだ。
ハッとしてランプを見やる。きちんと蓋がされていて、胸を撫で下ろした。何時頃の俺だか知らんが、寝落ち前に火の始末はしたようだ。気をつけないと火事になってしまう。
「朝食を持ってきてくれたのか」
「それは昨日の夕食ですよ」
「ああ、だから冷えてるのか。ところで僕が籠もってから何日目だ?」
メレディは少し考えてから答える。
「三日目の朝ですね」
「三日目、か」
そうなると、遭遇してから十日目。残りは五日ほどか。パヴェルが対処してくれているから、もう少し余裕があると思いたいが。
俺はステータスを開く。『調合』は3まで上昇していた。この辺りが平均的な錬金術師たちと同程度ではないだろうか。たった三日で到達するのは異常に尽きる。『成長力増強』のチートさを実感するが、それでもこの程度では話にならない。
調合に戻ろうと袋を探ると、すでに素材が底をついていた。
まずは食事、それから買い出しだな。
そう思って昨日の夕食を食べようとしたら、すかさずメレディに取り上げられた。別に冷えていても構わないんだが。腐っているわけでもあるまいし。
懸命の抗議にも夕食は戻らず、仕方なく食堂へ向かった。
すでに家族は朝食を始めており、俺が姿を見せるや、父と兄は目を見開き、母は言葉を失ってしまった。よほど酷い有様なんだな。隈とか凄そうだ。
「大丈夫ですよ、母上。もうしばらくこんな調子ですが、ご心配なさらずに」
笑顔を向けるが、まるで効果はなかった。
母はおろおろと視線を彷徨わせ、父や兄に目で訴えかけた。ロランから聞いているのかそれとも察したのか、二人はそんな母を宥める。
ちょっと微妙な空気の中、俺はさっさと食事を済ませ、「出かけてきます」と食堂を立った。
部屋に戻って金貨の入った革袋、ふと思い立ち出来の良いポーションを三本ほど回収する。そして門を出ようとしたところでロランと鉢合わせた。
「これは坊ちゃん、供を放り出してお出かけですか」
「お前、今来たところじゃないか。ま、放り出すのは合ってるけどな」
俺は錬金溶液の追加、また少量で良いから治療薬の素材を都合できるか聞いてみた。
「問題ありませんよ。狩人たちが行ったり来たりしてますから」
「あいつら、何度も採取に向かってるのか?」
「ええ。理由を知って、『破邪の戦斧』にはヴァレリーのそばにいて欲しいと」
込み上げるものを感じ、思わず顔を逸らした。
あんな頼み方だったのに、そこまでしてくれていたのか。
この結果がどうなろうと、いや、どんなことをしてでもヴァレリーを治さなければならん。それでやっと彼らに報いられる。