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第22話 八歳児の日々 ~やんごとなき御方


 部屋の一角を占拠した大きな樽は、朝の光を浴びながら周囲に必要以上の自己主張を投げかけていた。中の酒は瓶に移され、昨日のうちに錬金術師へ分配されている。それでもまるで減っていない。



名称  :サクリオ

特徴  :西方で作られるラム酒の一種。

     製糖の副産物、モラセスを原料とする。

     高い度数のため、慣れない者にはアルコール臭がきつい。

     アルコール度数75度前後。

特性  :不明



 アホみたいに度数が高かった。前世にはアルコールそのものと呼ばれる酒もあったはずだが、こいつも相当に高いと思う。これ以上となったら「強い酒」ではなく、「飲んだら駄目な酒」じゃなかろうか。そう思ったからではないが、室内にアルコールの匂いが漂っている気がした。少し漏れ出ているのかもしれない。

 念のため窓を開け放ち、改めて巨大な樽に視線を向けた。


 この先、俺は何をすべきだろうか。

 ロランによれば、パヴェルに紹介された錬金術師たちは調合に取りかかったという。シモンにも頼んでいるから、三人の錬金術師が治療薬の完成を目指して動いてくれている。

 しかし、ヴァレリーの様子は(かんば)しくない。むしろ悪化の一途を辿っているという。

 俺は指を折って残された日数を数え、愕然とした。

 入院してからもう四日目。もしトゥレンブルキューブとの遭遇から計算すると、今日は八日目だ。あと七日しか残されていなかった。日数が発症からなら、まだ余裕はある。しかし治療薬作成に難航したり素材が足りなくなったら、そんな余裕も吹き飛んでしまうだろう。

 八十年前、魔道士しか作れなかった治療薬を彼らが作れるだろうか?

 頭で自答するのも躊躇われた。

 素材はそれほど心配していない。『破邪の戦斧』だけでなく、下手な冒険者よりも優秀なネリオが仲間とともに採取に向かっている。もし彼らで集められないのなら他の者でも難しい。俺も含めてだ。

 錬金術師。やはり懸念はそこに行き着く。

 ステータスウィンドウを開き、一点を見つめた。


『成長力増強』


 こんなことをしても、何もできない自分を慰めているだけだろう。それでも、やれることはやっておきたい。結果として無意味になっても、今はこれ以外できることがない。

 俺は飾っていた宝物を掴み、屋敷を出た。


 扉を押し開くと、昨日の受付がにこやかに歩み寄ってきた。

 席を離れても誰一人咎めない。そもそもフロアに人がいなかった。暇な時間でも、誰かしらが出入りしている冒険者ギルドが特別らしい。


「いらっしゃいませ、アルター様。調査の件でしたら未だ進展はございませんが。それとも例の魔石をお売りに?」


 すまん。トゥレンブルキューブの魔石なら、もう粉々だ。


「それは諦めてくれ。もはや手元にない。代わりと言っては小ぶりになるが、これを引き取ってもらえないか」


 エラス・ライノの魔石を差し出す。

 落胆しつつも、目の前の魔石に興味を引いたようだ。


「これはなかなか。ふむ、見たところ土属性に親和性が高そうですな。大きさ、重量ともに杖に最適。お売りなさるのですか?」

「ああ。査定してくれ」

「かしこまりました。担当者を呼んで参ります」


 応接室で待っていると、しばらくして担当者がやってきた。

 同じような見解を述べ、金貨70枚を提示してくる。冒険者ギルドよりも高いな。中間マージンの差だろうが、領主の私物と勘違いして色をつけたのかもしれん。


「良いだろう。即金でもらえるか」

「承知しました。すぐに」


 担当者が革袋に金貨を詰めて戻ってくる。俺は確かめもせず、礼を言って魔法ギルドを後にした。

 次に向かうは雑貨店。

 道行く人に冒険者相手の商店を尋ね、向かってみた。

 そこはこぢんまりとした店構えだった。カウンターの奥では、店主らしき中年の男が暇そうに髭を撫でつけている。俺を見るなり手を止めたが、特に歓迎の言葉もないのでこちらから話しかけた。


「この店は、専門の道具や素材を置いているか?」

「専門ですか。冒険者相手の店ですので、ある程度は扱っていますが……」


 どことなく、店主は迷惑そうだった。わざわざ冒険者と言ったのは、「お前みたいな金持ちの子供が欲しいものなど無い」という意味だろう。そうでなくては困るんだけどな。

 俺はカウンターに立ち、店主と向かい合った。


「まず、錬金術師が使う基礎的な道具一式。錬金溶液も頼む。数は――値段次第だが10本は欲しい。あとヒーリングポーションを見せてくれ。最下級で良い。ざっとでいくらになる?」

「え――錬金、おやりになるので?」

「今日から錬金術師だ」

「はあ、左様で。基礎ということは見習いが使うようなやつですかね。それならセットで金貨5枚です。錬金溶液10本なら金貨3枚。最下級のヒーリングポーションは銀貨2枚。しめて金貨8枚と銀貨2枚となりますが」


 ちらりと俺をのぞき見る。「お前、金持ってんの?」と言いたげだ。

 思ったより手頃な値段だな。これなら問題ない。

 俺が差し出した皮袋を覗き込むと、店主はとても良い笑顔に変わった。


「その金額で良い。揃えてくれ。ああ、ポーションはまず現物を見てからだ」

「かしこまりました」


 店主は店を動き回って品物を掻き集め、カウンターに並べていった。

 錬金の道具は需要がないのか店内に無く、奥の部屋へ取りに向かった。その間、俺は目の前のポーションを『鑑定』した。



名称  :ヒーリングポーション(粗悪)

特徴  :セーロン草と錬金溶液で生成される回復薬。

     より鮮明な緋色ほど品質が高いとされる。

特性  :回復魔法と同等の効果を発揮し、品質により回復量が異なる。

     また添加した成分により、付随効果も発生。



 これがヒーリングポーションか。

 トゥレンブルキューブの時は『鑑定』する余裕がなかったからな。材料はセーロン草と錬金溶液。ずいぶんとシンプルだが、作成方法までは分からないか。とりあえず色々試してみよう。

 俺は戻ってきた店主にセーロン草も追加注文した。


「セーロン草の葉でしたら、十枚一組で大銅貨5枚です。よろしいですか?」

「分かっ――」


 了承しかけ、言葉を切る。

 あれ、価格がおかしくないか? 錬金溶液が一本あたり銀貨3枚。対してヒーリングポーションは銀貨2枚。セーロン草が安価でも、すでに赤字じゃないか。もしかして錬金溶液は数回分なのか?

 そう思い店主に尋ねてみると、ちょっと馬鹿にしたような表情に変わる。


「お客様はご存じないようですが、普通、錬金溶液は錬金術師が自作致します。それでも売買されているのは、溶液も錬金術師の腕により品質が上昇するからです」

「優れた錬金術師の錬金溶液はポーションの出来映えに影響する、ということか」

「左様です。当店では需要のある錬金溶液のみを扱っており、そのため少々お高くなっております」


 これは馬鹿にされて当然か。錬金術師を名乗っておきながら、基礎の基礎を知らなかったんだからな。ちょっと不愉快だけど、勉強になったから良しとしよう。

 ついでに錬金溶液も『鑑定』してみた。



名称  :錬金溶液(良質)

特徴  :錬金術師の魔力が込められた溶液。

     ラニム草、ソグリオの実の成分が含まれる。

     ポーションの生成、エンチャントに使用される。

特性  :不明



 あ、これの自作は無理っぽい。

 なんだよ魔力を込めるって。魔力の塊を放てば良いのか? 絶対に違うよな。それなら誰でも錬金術師だ。おそらく、彼らだけに伝わる錬金溶液作成の魔法があるんだろう。なるほど、だから師弟関係が成立するのか。

 ともかく、これを買っておくか。良質らしいし。


「分かった、その出来の良い錬金溶液をもらおう。それとセーロンの葉は20枚分頼む」

「かしこまりました。しめて金貨8枚と銀貨3枚となります。あ、袋をお持ちで無いようで。こちらの皮袋はなかなかに丈夫ですよ。銀貨1枚となっております」

「……もらおう」


 ほくほく顔の店主に代金を支払い、妙な匂いのする皮袋に詰めてもらった。



  ◇◇◇◇



「ちょっと前世っぽい。見た目だけなら」


 テーブルの上に並べた錬金器具を眺め、ぼそりと呟く。

 それというのも、この世界の錬金術が意味不明だったからだ。ポーション作成は錬金溶液が鍵なのだろうが、これがどういう原理でどう作用してポーションになるのか、まるで想像できない。考えてみればヒーリングポーションなんて、飲んだり掛けたりしただけで傷が治ってしまう。原理がどうこう嘆く以前の問題だ。法則がまるで違う。

 意味不明でも、何かやってみるしかないよな。

 手元にあるのはセーロン草と錬金溶液、サクリオというラム酒、森で採取したファラエル草とジェネルラル草。ファラエル草で鎮静剤は作れそうだが、まずは無難にヒーリングポーションに挑んでみよう。それしか素材が確定しているポーションを知らないだけなんだけど。

 並べた素材を部屋の隅に寄せ、セーロン草と錬金溶液だけを手元に残す。

 まずは加熱してみるか。

 セーロンの葉を一枚乳鉢に入れ、ごりごりと粉砕した。それをビーカーに投入し、錬金溶液を加えて攪拌。うん、水の中を細かい葉っぱの破片が漂っている。しばらく攪拌してみたが特に変化はないので、それをフラスコに移し替えた。

 台の下にアルコールランプ、その上にフラスコを設置。生活魔法火口(フリント)で着火した。

 溶液の温度が上昇し、フラスコの内側に水滴がつき始める。未だ変化無し。なんとなく沸騰させないよう火を弱めさらに待ってみたが、素材という名のゴミが泳ぐだけで変化はない。

 攪拌が甘かったかな?

 革手袋を填め、フラスコを振ってみた。


「おお!?」


 揺らした途端、透明な液体が赤みを帯びていく。

 しかし、それ以上振っても濃くならない。最下級のヒーリングポーションでも、これよりはっきりとした緋色だ。それに比べ、目の前の液体はかなり薄い。どっちかといえばピンク。ちょっとファンシーだ。

 火から下ろし、冷めるまで待ってみる。やはり変化無し。

 素材に毒は入ってないし、一口飲んでみるか。

 ちょっとざらついたぬるま湯だった。味もしない。

 早速『鑑定』を発動する。



名称  :桃色の液体

特徴  :錬金溶液にセーロン草の粉末が混ざった液体。

特性  :無し



 うん、そのままだね。

 色が変わったから、それなりにできたと思ったんだが。もっと濃くしなければ駄目か。少し煮詰めてみる? そう単純な話でもないよな。

 首を傾げながら、最下級のヒーリングポーションを眺める。

 やっぱりこっちの方が色が濃い。何が違うんだろう。セーロン草が足りないのか?

 何かヒントは得られないかとそのまま観察していると、不意に何かが脳内を駆け巡った。

 驚き、慌てて顔を背ける。


「え――? なんだ今の?」


 魔道具から情報を伝えられたときに似ていた。

 ただ、それよりももっと漠然としており、フラッシュバックに近い。

 恐る恐るポーションに視線を戻すと、再び何かが頭に浮かぶ。それはぶつ切りの感覚や感情。しかし不快感や痛みはない。眉を潜め、自分の脳内に意識を集中させる。

 もしかして……ヒーリングポーションの作成方法か?

 そう思い錬金道具に意識を向けると、曖昧ながらもセーロン草の粉末と錬金溶液の分量、加熱時間、攪拌のタイミングが感覚で理解できた。

 なんだよ、これ。意味が分からんぞ。なんでいきなりこんなことに?

 俺はステータスを開き、我が目を疑った。


『調合1』


「は? いやいやいやいや、いくらなんでもそんなわけあるか! ファンシーな水だぞ!? なんで習得できんだよ! どんだけチートなんだ!」


 思わず桃色ポーションに突っ込む。

 いや本当にあり得ない。片手剣だって習得するまでどれだけ鍛錬したと思ってる。いくらお墨付きチートの『成長力増強』でも、これはおかしい。

 水色の液体の調合過程を思い返してみるが、理由が見当たらない。首を捻ったとき、あれが視界に飛び込んできた。


「まさか……」


 手に取り、『鑑定』を発動させる。



名称  :ジェネルラル草(加工中)



 マジかよ……加工中になってるぞ。次々に『鑑定』していくと、どれも加工中だった。しかも一部は「(じゅう)(ねん)により味と香りが強まっている」とまであった。つまり、こういうことか。俺はここ数日の間、寝る間も惜しんで調合の初期段階を繰り返していたと? そういや勝手にお茶扱いしてるが、将軍茶は薬膳茶。しかも煎じて飲むんだから、工程もまったく同じだ。

 さすが将軍様、すげえ。

 心から感心しつつも、数日前、似た経験をしたばかりだと気付いた。

『多重詠唱』だ。あの時は生活魔法の両手発動で、経験が蓄積されていた。今回もそうだ。偶然、錬金術の真似事を繰り返し、経験を蓄積。実際に調合したことで開花した。一度で習得できたのは『成長力増強』の恩恵だけでなく、稀少な『多重詠唱』に比べたら『調合』のハードルが低かったためだろう。

 何にせよ、将軍茶に感謝だ。

 部屋の隅に将軍草の一部を盛り上げ、コップにサクリオを注いでお供えした。

 ちょっと鍛冶場みたいになったが、それはそれで気合いが入る。

 俺は脳内のレシピに集中しながら、ヒーリングポーションの作成を開始した。



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