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第21話 八歳児の日々 ~援軍と酒のプロ


 そこはシモンの家からそれほど離れていなかった。

 リードヴァルトの町でも貧困層の区画。もし住居がここと知っていたら、ロランは絶対についてきたと思う。

 古く、薄汚れた家屋が建ち並んでいる。木造は継ぎ接ぎで、半壊した石造りの建物は板を立てかけ壁代わりにしていた。一見、スラムのような光景だが、たぶん雰囲気はまるで違うと思う。道行く人の表情は明るく、貧しいが腐っていない。駆け抜けていく子供たちもやたら快活だ。

 横目で追いながら、そういえば俺も子供だったなぁ、と年寄りじみた感慨に耽っていると、目的の家に到着した。

 そこは周囲と変わらぬ小さな家だった。

 俺が扉を叩くと、通りすがりや隣家の窓から視線を感じた。俺はいつも通りの小綺麗な格好なのだが、やはり目立つようで、ここに来る間も興味は引かれていた。その時は迷い込んだくらいに思われていたのだろうが、今はこの家が目的地と判明している。こういう地域は横の繋がりが強い。富裕層の小僧がいかなる目的でやってきたのか。大方、それを警戒しているのだろう。

 そんな視線を浴びながら待っていると、しばらくしてガタガタと扉が開く。

 まっすぐの目線がゆっくりと下がり、俺を呆けたように見つめるや否や、家主は飛び退きながら玄関口にひれ伏してしまった。さすがの身のこなし、土下座だけど。


「久しいな、ネリオ。僕を覚えているか?」

「もちろんでございます、アルター様!」

「名まで覚えていてくれたか、嬉しいぞ。三年前に一度会ったきりだったな。あの時のエレーフ、今でも鮮明に思い出せる。実に見事だった」

「勿体なきお言葉!」

「それよりも立ってくれ。話しづらい」


 ネリオは「はッ!」と立ち上がった。

 元気なのは結構だが、一々声を張り上げないで欲しい。周りに会話が筒抜けで、何事かと通行人は立ち止まり、トラブルではないと理解したのか近隣住民が集まりだしてしまった。すっかり人垣だ。


「ここではなんだ、入っても良いか?」

「大変汚いでございますがどうぞ!」


 俺は苦笑しながら家へ招かれた。


「三年ぶりの再会、ゆっくりと狩りの話を拝聴したいところだが、そうも言ってられん。急ぎの用件がある」


 ネリオは直立したまま困惑していた。


「その前に少し、確認させてくれ。今でも狩りを続けているか?」

「はい!」

「薬草について詳しいか?」

「森で怪我をしたりしますので、一通りはございます!」

「ケリセアとエイヌリスが、どこに生えているか知っているか?」

「はい!」


 思わず笑みがこぼれる。


「お前との出会いに感謝しよう。ネリオ、ケリセアとエイヌリスをできるだけ集めたい。それも早急に」

「お任せ下さい! あの――」

「ん、なんだ?」

「たくさん必要であれば、何人か腕の良い狩人を知っています。彼らにも声を掛けてよろしいでしょうか?」

「それは心強い。頼めるか」

「はい!」


 返事をすると同時にネリオは飛び出し、狭い道をあっという間に駆け抜けていった。速いな、おい。オゼ以上だぞ。

 それにしても、話が終わる前に行ってしまったな。まあ、俺が誰か知っているし、屋敷に届けてくれるだろう。俺は野次馬に笑顔を返し、ネリオの家を後にした。



  ◇◇◇◇




 皮袋をしっかりとベルトに縛り付け、俺は魔法ギルドを出た。

 やはり、魔石からは何の情報も得られなかった。治療薬を作成した魔道士について質問もしたが、古参の職員でも知らないそうだ。あっさり旅立った魔道士がギルドのような組織と繋がっているとは思えない。さして落胆しなかった。一応、何か分かったら知らせてくれと頼んでおいた。

 残るは素材集めか。

 専門店を探しても良いが、すでにロランが回っているはず。他に集められそうな素材は何だろう。

 ロランとオゼの言葉を思い返しながら、大通りの露店を眺めていく。

 素材の一つ、マジュマグの石が結構見つかった。大抵は台座に固定して首飾りやブレスレットに使われている。指輪もあるが、カットが雑で出来映えは良くない。他の宝石はそれなりに整えられているので、マジュマグは加工しにくいのだろう。それに加え、色はくすんだ乳白色、下手したら台座の輝きにすら負けている。安価で売買されているのも頷けた。

 マジュマグの入手は簡単だな。後回しで良いだろう。

 他に入手できそうな物は無いかと見渡していると、酒場が目にとまった。

 昼過ぎなのに繁盛している。昼食を食べる習慣はないから、客のほとんどは酒目当てだと思う。しかし昼間から酒、ね。駄目人間の掃き溜めみたいなところでなければ良いんだが。

 俺はスイングドアを押し開き、アルコールの匂いが漂う店内に入った。

 奇異の視線が突き刺さる。今日はよくよく見られる日だな。

 店主が俺の格好を見て、どう対応すべきか悩んでいた。


「ここは酒場ですが、なにかご用で?」

「見ての通り客ではない。少々、頼みがある」

「……頼み?」


 酷く警戒した様子で、俺を見下ろす。


「この店で、一番強い酒を見せてくれないか」


 店主は間の抜けた顔を浮かべ、そのまま首を傾げた。説明するわけにはいかないし、特にここで話すのは絶対にまずい。明日の朝には町中に噂が広まりそうだ。俺は無言のまま促すと、根負けした店主がカウンターの後ろの棚から一本の瓶を取り出してきた。


「こいつが一番ですね」


 やや赤みを帯びた琥珀色の酒だった。

 それを受け取り、『鑑定』を発動する。



名称  :カールナ

特徴  :アルシス帝国西部で生産されるビターズ。

     原料はライ麦、香料はハヴラムの樹皮。

     苦みが強いため、水や果実水などで薄めて飲むのが一般的。

     アルコール度数は52度前後。

特性  :不明



 ビターズ? ライ麦が原料だと――ウイスキーだっけ? よく分からんが、ウイスキーに樹皮を混ぜ込んだ酒ってことだろうか。前世も今世も未成年、自慢じゃないが甘酒くらいしか飲んだことないぞ。

 一応、薄めて飲むんだから強い酒なんだろう。確かビールは5度くらいのはず。52度もあるから高い部類だと思うんだが。そういや、火がつく酒もあるって聞いたことあるな。


「この酒は、燃えたりするのか?」

「物騒なことを聞きますね。そりゃ火であぶってれば燃えますが、なんでそんなことをお知りになりたいんで?」

「知人に酒好きがいてな。ああ、大人だぞ。彼が燃えるくらいの酒が好きだというので、贈ろうと思ったのだ」


 突然、店主はおろか、客までも笑顔を向けてきた。

 え、何? ちょっと気持ち悪い。


「はは、坊ちゃんには素晴らしい友人がいるようだな! 酒は良いぞぉ! 厭なことも大事なことも、全部まとめて忘れられる! 体だって丈夫になるしな!」


 大事なことは駄目だろ。それに堂々と嘘を混ぜ込むな。


「坊主、覚えておくといい。世の中じゃ、酒飲みは悪人扱いだ。だがな、酒好きに悪い奴なんていねえ! 悪い奴も酒を飲む! ただ、それだけだ!」


 店主の宣言に客が歓声を上げた。

 盛り上がっているところ恐縮だけど、それ、何にでも当て嵌まるから。あと口調が馴れ馴れしいぞ。坊主なんて、生まれて初めて呼ばれたわ。

 俺はしれっと笑顔で、「なるほど、勉強になる」と頷いた。


「おう、素直なのは良いことだ。しかし燃えるような酒、か。その御仁には、こいつじゃ物足りんかもしれんな。かといって強すぎる酒は需要が少ねえからなぁ。商会に行っても置いてるかどうか。他に持っていそうなのはドワーフくらいだが――」

「ドワーフ?」

「この町じゃあまり見かけねえか。あいつらはな……酒飲みのプロだ」


 嫌なプロだな。


「ドワーフが秘蔵してる酒なら、ぴったりかもしれんぞ。天地が引っくり返っても譲ってくれんだろうが」

「分かった、探してみよう」

「おう、無理だと思うが頑張れ。大人になったらまた来てくれよ」



  ◇◇◇◇



 RPGでお使いをやらされている気分になってきた。

 冒険者ギルドに行けば、ドワーフの一人くらいなら会えるだろう。だが、赤の他人の頼みを聞いてくれるとは思えない。定番通り、ドワーフは気難しい性格の者が多く、領主の息子という立場が逆効果になる可能性もあった。

 俺はドワーフを知っていそうな人物を思い浮かべ、彼から「名を出して良い」という許可を貰い、居所を聞き出した。そして職人が集まる一角に到着。そこに至り、紹介されたドワーフが酒を持っているか不明だと気付き、どうすべきか悩んでしまった。


「もう、今更だな」


 独り言をつぶやいて踏ん切りをつけると、扉を叩いた。

 反応がなく、もう一度叩く。物音は聞こえてくる。在宅なのは確かだ。

 もう一度叩こうと手を上げかけたとき、


「うるさいわッ!!」


 と、割れ鐘のような怒鳴り声が響き渡った。

 扉を開けたのは茶色の髭を蓄えたドワーフ。

 そして予想外の訪問者だったらしく、俺を見るなり一瞬、目を見開いた。


「……なんだ、お主は」

「ラグニディグ殿か?」


 ラグニディグは怪訝な顔を向けてくる。

 貴族丸出しの子供が一人でやってくれば、そうなるよな。


「グロウエン武具店のデリン殿に紹介された。僕はアルター・レス・リードヴァルト。エラス・ライノの角を加工してもらった者、と言えば分かるだろうか」

「おお、あの角か! うん? スティレットだけか? 剣はどうした」

「これだけ優れた剣だ、町中ならこれで充分だろう。あの時は世話になったな。本当に良い剣に仕上げてくれた」

「礼ならエギルに言え。磨いたのはあいつ、儂は拵えと鞘だけだ」


 ラグニディグは彫金師だった。


「もちろんだ。だがどんなに優れた剣でも握りにくく、納める鞘が二流なら台無しだろう」

「用件は済んだか? とっとと帰ってくれ。仕事中だ」


 仏頂面のまま、行けとばかりに顎をしゃくる。


「いや、済んでいない。実は頼みがある」

「仕事ならデリンを通せ。直接は受けてねえ」

「仕事の話じゃないんだ。これはドワーフにしか頼めない。もし、カールナを遙かに超える強い酒を持っていたら、譲ってくれないだろうか」

「……は?」


 ラグニディグがぽかんと口を開けた。やっとしかめっ面以外の表情が見れたな。


「なんで酒を欲しがる?」

「僕の友人が病で倒れた。死に至る病気だ。それを治すための薬は、素材に強い酒が必要なんだ」

「儂のところに来た理由は?」

「酒場で話を聞いた。ドワーフは酒のプロだと。強い酒ならドワーフが持っているとも教わった」

「そいつは正しい。だが酒をくれと言われて、おいそれと渡すドワーフがいるわけもあるまい」


 俺は困りながらも、ちょっと新鮮な気持ちを味わっていた。

 まったくもってその通りである。思い返してみれば、ここ数日、頼みを聞いてくれる者ばかりだった。パヴェルに始まりシモン、ネリオ。いつも身近にいて自然と命令しているが、ロランだって俺の騎士じゃない。パヴェルは仕事だとしても――いや、待て。シモンやネリオだって――仕事、じゃないか?

 報酬について、話してない……。

 しかもネリオたちには危険な森へ行くよう頼んでる。あ、これは駄目だ。とてもまずい。はっきり言ってしまえば、ヴァレリーを治すため必死になっているのは『破邪の戦斧』と俺だけ。彼らが協力してくれているのは俺が領主の息子だからだ。気付かぬうちそれを利用し、甘えていたのか。もう手遅れ、だな。すべてが終わったら、きちんと報酬を支払わないと。

 それを悟らせてくれたラグニディグには、当然、俺の身分など通用しない。彼には確かな代価を提示する必要がある。金銭で支払うとしたら、いくら出せば――あ。

 俺――銅貨一枚すら持ってない。

 買い物はロランが払ってたし、分配もまだだし……。ほんと、何やってんだろ。


 たぶん、遠い目をしながら自己嫌悪に陥っていたんだと思う。ラグニディグが得体の知れないものを見るような目を向けていたので、咳払いして姿勢を正した。


「ドワーフから酒を譲り受けるのに、金銭を渡すのは失礼だと思う。だからこれで譲ってくれないだろうか」


 こうなれば仕方ない。俺は腰の袋から魔石を取り出した。

 握り拳以上の魔石に、ラグニディグはたじろぐ。


「そいつと交換するってのか!? 金貨200枚は下らんぞ!」

「構わん。これで譲ってくれまいか」


 ラグニディグは腕を組み、俺を睨み付けた。

 もしかしたら見ているだけかもしれん。やたら迫力があるからな、ドワーフって。目線の高さも一緒だし。


「分からん。それほど助けたい相手なのか」

「友人だからな。相手がどう思っているかは知らんが」

「知らんのか」

「まあ、一週間程度の付き合いだし」


 ラグニディグは間の抜けた顔を浮かべた。


「それで金貨200枚を捨てるってのか。お人好しって柄じゃなさそうだが」


 長い髭を撫でつけながら、ラグニディグは魔石をじっと見つめた。

 騙すようになってしまっているが、実際は皆の200枚で俺の取り分は33枚ほどだ。必要経費にしては高額すぎるかもしれん。金策して穴埋めするか、何かで補償しないと。なんか借金ばかり膨らんでいくな。貴族の息子ってこういうのだっけ。

 ほどなくしてラグニディグが頷いた。


「よかろう、譲ってやる。ただし魔石はいらん。代わりにそいつで何か作らせろ」

「これでか?」

「普通、彫金師はそんなでかぶつを扱わん。というより使い道がない。だから粉砕させてもらう」


 手の平の大きな魔石に目を落とす。

 これを粉砕するのか。交換と言ったんだから、どう扱おうと構わないが。


「どうだ、止める気になったか」

「いや、頼もう。むしろ何ができるか興味が沸いた」


 俺が魔石を放ると、ラグニディグは慌てて受け止めた。


「アホッ、投げる奴がおるか!」

「粉砕するなら構わんだろ」

「まったく……なんて小僧だ。こんな大物粉砕するなぞ、信じられん」


 言い出した張本人が文句を垂れつつ、魔石を懐にしまい込んだ。

 そして「待っとれ」と奥へ引っ込んでいく。

 しばらくすると、どしどしと音を響かせながら大きな樽がやってきた。

 知らなかった、ドワーフの家では樽が歩くのか。


「おら持ってけ!」

「持ってけるか! 俺何人分だよ!? でかすぎだろ!」

「みみっちい真似なんぞできるか。ほれ早くしろ」


 ぐりぐりと樽を押しつけるラグニディグ。

 もしかして――いけるのか?

 同じ身長のドワーフが持てたんだから、俺でも……。

 潰れた。


「死ぬわ!」


 ラグニディグに助け起こされながらも、俺の口からは文句が飛び出す。

 本当に死ぬかと思った。三度目が樽に潰され圧死って、笑えねえ。


「貧弱だのう」

「八歳児嘗めんなよ! 身体なんか、ぷにぷにだぞ!」

「弱さを鼻に掛ける奴なんぞ初めて見たわ。まったく、道中で死なれたら寝覚めが悪い。ついでに運んでやろう」


 俺はラグニディグという樽を伴い、ひとまず屋敷へ戻った。

 屋敷を見上げた樽が「領主の息子だったんか……」と絶句し、俺は呆れかえってしまった。堂々と名乗ったんだけど。



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