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第20話 八歳児の日々 ~魔道士


 リードヴァルトの町は辺境でありながら交通の要、そしてレクノドの森に面した自然の宝庫だった。その恩恵を享受すべく、主立ったギルドは大小の差はあれど支部を設けている。

 早朝、俺はロランを連れ、その一つである魔法ギルドに立ち寄った。

 情報収集が最たる目的だが、トゥレンブルキューブの魔石を調べてもらうつもりだった。専門家なら、金銭的価値や魔道具の素材以外の情報を引き出せるのではないかと考えたからだ。しかし、まず無理だろう。ロランも聞いたことがないと言っているし、俺の『鑑定』でもめぼしい情報は得られていない。やらないよりはマシ、その程度の期待である。

 対応に当たった職員は、俺の話もそこそこに魔石の大きさに驚いていた。まだ売る気はないと念を押し、灰吐病の調査と魔石を調べて分かったことがあれば教えてくれと頼んだ。最後まで買い取りたそうな顔をしていたが、すべてが片付いたら応相談だ。それまで待っててもらいたい。


 その後、冒険者ギルドの資料室へ向かう。

 すでにダニルとオゼは出立し、俺たちを出迎えたのはマーカントとマテオという職員だった。二人に招かれ資料室に入る。一望し、呆気にとられてしまった。人が一人通り抜けられる隙間だけを残し、天井まで届きそうな棚が林立している。正面と左右の直線以外、視野は完全に塞がれていた。一応、資料室の広さは推測できるが、それが正しいとすればどれほどの資料が納められているのか。


「初めてここに入る方は、同じような反応をなさいますよ。これでも不要な資料は破棄してるんですけどね。それと別室に需要の高い資料、地下にはここよりも古い資料が保管されています」

「まだあるのか」


 呆れながらも、マテオの発言が気になり問い質した。


「不要の基準を教えてくれないか」

「ほとんどは依頼の報告書ですね。それも特記事項のない、簡単な採取や討伐依頼ばかりです。もしお探しの情報がここにあるのなら、間違いなく廃棄から外されていますよ」

「それを聞いて安心した。ところで、ここから始めたのはなぜだ?」

「別室はもう終わってる」


 マーカントが応えた。

 改めて見上げると、くたびれた顔に目だけがやけにぎらついていた。


「お前、ろくに寝てないな」

「冒険者なら徹夜なんざ珍しくないだろ。さっさと始めるぞ」

「駄目だ。お前はまず休め」

「休んでる時間なんてねえ! 半月だぞ!?」

「それでも駄目だ。まさか、病名が書いてあるとでも思っているのか? 症状や状況から類推しなければならないんだ。寝ぼけた頭でその判断が下せるわけないだろう」


 マーカントは押し黙った。

 焦るのは分かるが、情報を見逃せばすべてが徒労に終わってしまう。俺はマーカントを資料室の隅に引っ張っていき、無理矢理休ませた。

 そして話し合いの末、俺が文献や書物、元冒険者のロランとマテオが依頼書などの書類を担当することになった。

 二時間ほどして、マーカントが早々に復帰する。さすがCランク冒険者なのか、この程度の休憩で見た目だけはいつもに戻っている。ただ内心は穏やかでないだろう。どうあれ、それなりに回復しているようだし、まだ休めと言っても聞くはずがない。俺の方に人手が足りないため、マーカントにも文献を任せることにした。


 そしてさしたる成果もなく、昼を過ぎる。

 ダニルが軽食と飲み物を持って資料室に顔を出したので、報告がてら小休止した。

 報告は良い内容ではなかった。商人たちも灰吐病を知らず、駄目元で購入した中位の疾病治癒ポーションは効かなかった。上位のポーションが手に入れば可能性はあるようだが、稀少品のため市場に出回るときはオークション、そうでなければ皇族や上級貴族が買い上げてしまうらしい。入手に奔走するくらいなら帝都に行って治療を受ける方がまだ確実、とダニルは言った。

 進展がないと分かるや、マーカントは再び文献を漁りに戻っていく。

 それを見たダニルは複雑な表情を浮かべた。


「向こうの棚は文献ですよね?」

「そうだが」

「マーカントは文字が得意ではありません」


 思わず、パンに伸ばした手を止める。


「それは――どの程度だ?」

「専門用語や持って回った言葉遣いは、ほとんど読めないはずです」


 これは俺の判断ミスか。前世や自分を基準に考えてしまった。識字率が低いなんて当たり前だし、元農民のマーカントでは、文字を学ぶ機会はほとんどなかったはずだ。それでも、一言くらいは言って欲しかった。先ほど類推しろと話したばかりである。

 マーカントは書物を開き、その文字を丹念に指で追っている。しかし実態は虫食い。読める単語だけを拾っているに過ぎない。早く分かって良かったと思うべきか。


「資料室は不向きではないか?」

「他は交渉ですからね。普段ならともかく、今の彼では難しいでしょう」


 商人や錬金術師、いずれも癖のありそうな連中ばかりだった。下手に機嫌を損ねれば、得られる情報も得られなくなる。ダニルの意見は尤もだ。


「依頼書やギルドの報告書なら平易な表現です。問題なく読めるでしょう。そちらに回すべきです」

「分かった。そうしよう」


 困った奴だが、それだけヴァレリーが心配なのだろう。仕方ない。

 どう切り出すか考えていると、今度はオゼが戻ってきた。

 マーカントはひとまずそのままに、報告を受ける。しかしこちらも外れだった。錬金術師も心当たりがなく、一応、調べてほしいと頼んできたそうだ。そして手が空いたのでこちらを手伝うという。オゼも専門用語が得意ではないが、マーカントよりだいぶマシらしい。これを機会にオゼと交代させ、マーカントは書類の確認を任せた。もちろん、それとなくフォローするようロランに頼んでいる。


 その後、特に問題なく作業は進んだが、めぼしい情報を得られぬまま初日を終えてしまう。

 翌日、俺は資料室へ行く前に、ヘリット支部長の部屋に向かった。

 というのも、昨日の感触から、すべての資料に目を通すのは厳しいと考えたからだ。何日かかるか分からないし、終えても情報が得られる保証もない。それなら手早く終わらせ、他のことに注力すべきだ。

 ヘリット支部長には、すでにマテオという職員を寄こしてもらっている。そんな彼に増員を頼むのは心苦しいが、父に頼んで不慣れな者を寄こされても困るし、冒険者に依頼するのは(もっ)ての(ほか)だ。俺がここにいるのは事態を大事にしないためでもあるのだ。

 俺の頼みをヘリット支部長は引き受けてくれたが、ギルドの業務に支障を来すわけにはいかず、職員に余裕がある時だけ増員すると約束してくれた。それでも充分だ。感謝しつつ資料室に戻ると、すでにマーカント、オゼ、マテオが作業を始めていた。

 俺とロランも加わり、昨日の作業を再開する。

 それからすぐだった。


「こっちに来てくれ!」


 室内の奥で、マーカントが声を上げる。

 皆でそちらに向かうと、紅潮した顔でマーカントが羊皮紙の束を差し出してきた。

 マーカントが示すページに目を通し、俺は目を見張る。


「これは……」


 とある依頼で町へやってきた冒険者たちの記録だった。

 冒険者三名が来町後、謎の病に倒れたという。咳を繰り返し、呼吸困難に陥った。そして血の塊を吐き始め、二人は三日も経たずに死亡。()(やり)(やまい)を恐れたギルドは、領主――俺の曾祖父と話し合い、すぐに二人を火葬した。

 残った一人も衰弱が著しく、血だけでなく煙のようなものまで吐いたという。しかし彼は死ななかった。町に滞在していた旅の魔道士がポーションを調合、それを服用したところ一命を取り留めたのだ。魔道士はすぐに町から立ち去ってしまったため、製法やいかなるポーションかも不明だった。

 ギルドは瓶に残った青紫色の残留物を採取、調査したが判別できなかった。

 そして残留物の成分、魔道士の足取りから治療薬の再現を試みるも、出来上がったのは毒だった。安楽死させようとした、残留物が変質した、との意見も出たが、死なせるには毒が弱すぎ、変質であればその特定は困難を極める。最後まで結論に至らず、報告書は終了していた。

 生き残った人物がどうなったか、魔道士が何者であったかも記されていない。

 だが――


「灰吐病だ」

「それは先代の報告書ですね。今は使われていない書式です。時期は――八十年前ですか」


 マテオが束の表紙を見ながら口にする。


「この辺りを虱潰しに探そう! 他にも情報があるはずだ!」

「まあ待て」


 声を荒くするマーカントを(なだ)めた。

 少し整理しよう。治療薬を再現した結果、出来上がったのは毒だった。では誰が作成を試み、毒を作ってしまったのか。間違いなく錬金術師だ。そして安楽死や変質も、彼らの意見だろう。曾祖父が登場している以上、町有数の錬金術師が再現を依頼されたはず。そして複数の意見が上がっているということは、それだけ多くの錬金術師が関わっているからだ。


「オゼ、もう一度錬金術師たちのところへ走ってくれ。実力よりも師匠の時代からリードヴァルトに住んでいる者を優先するんだ。長く根付いている者ほど良い。今度調べてもらうのは、高い調合スキルを要求される弱い毒。労力と結果が釣り合わないポーションだ。ロランも手分けして当たってくれるか」

「承知しました」


 ロランとオゼが飛び出していくのを見送りながら、俺はマーカントに視線を戻す。


「お手柄だマーカント、おかげでかなり前進したぞ。では、この年を中心に調べていこう。何か見つかるかもしれん」

「おう!」


 残った俺たちは、埃まみれになりながら資料をひっくり返し始めた。



  ◇◇◇◇



 しかし新しい手がかりは得られず、翌日の朝を迎えた。

 短時間ながらヘリット支部長の増員を受け、その結果、時期は七十年前まで戻っていた。昨日の高揚感はとうに薄れている。もはや、十年も昔の出来事が追記されているとは思えない。このまま書類を探し続けるか、俺だけでも文献に戻るべきか。

 天井まで伸びる書棚を見上げながら悩んでいると、オゼが資料室に飛び込んできた。


「連絡がありました! お探しの情報かも知れないと!」

「錬金術師からか!?」

「はい、朝一で俺のところに!」


 マテオにはそのまま資料室で頑張ってもらい、俺たちは錬金術師のところへ走った。

 その家は町の外れにあり、シモンと名乗る四十代の男が俺たちを出迎えた。領主の息子が出張っていると伝えていたらしく、いきなり大仰な挨拶を始めたので不要と制す。


「早速だが情報を頼む」


 部屋に案内され椅子に座ると、挨拶もそこそこに切り出した。

 シモンは丁重な断りを入れてから退室、すぐ古びた羊皮紙を抱えて戻ってきた。


「これは私の師匠の師匠、大師匠が残した手記です。経緯は不明ですが、誰かの依頼でポーションの作成を試みたようです」

「見せてもらっても?」

「もちろんです。どうぞ」


 受け取り、目を通す。

 これは、ずいぶんと乱雑だな。走り書きだらけで、どことどこが繋がっているのか皆目見当つかない。ほとんど暗号だ。もしかして、わざとこんな書き方をしているのか?

 なんとか単語を拾い上げながら、シモンに質問した。


「大師匠はこの町に住んでいたのか?」

「はい。リードヴァルトの生まれだったようです。私が師匠に弟子入りしたときは、すでに他界しておりました。亡くなったのは五十年ほど前かと」


 時代は合うな。これは当たりか?

 しかし昨日の今日で簡単に見つかるものだろうか。

 それを問うと、疑問はすぐに晴れた。


「オゼ殿がいらしたのは三日前でしょうか。灰吐病という病について調べている時、すでにこの手記を見つけていたのです。ですがこちらは毒薬。無関係と考え、()けておりました」

「そういうことか。尽力、感謝する」

「いえ、感謝など恐れ多い」

「それで正直に言うが――僕にはこれが読めん。皆はどうだ?」


 覗き込んでいた全員が首を振ると、シモンは笑った。


「大師匠は達筆でしたから。私も一苦労です。よろしいですか?」


 シモンに資料を返す。


「ええと――錬金溶液、マジュマグの粉末、ケリセアの汁、エイヌリスの(こん)(けい)、強い酒ですね」

「待ってくれ、それは素材か?」

「はい。これによると、提供を受けた素材で何ができるか調べてほしい、といった依頼だったようですね。大師匠が試した作成方法もありますよ」

「そんな依頼はよくあるのか」

「まさか、普通はありません。あるとしたら、よほど稀少な素材を入手したときですが、この中で稀少と呼べるのはエイヌリスくらいです。それでも騒ぐほどではないですよ」


 資料とも合致する。これは間違いなさそうだ。

 誰かが素材を突き止めた。だが再現できず、他の錬金術師、大師匠にも話が飛んできたのだろう。


「シモン、手間を掛けるがそれを清書してもらえるか」

「かしこまりました」


 シモンが退室すると、俺は三人を見渡した。


「今の素材、入手できるか」

「マジュマグならすぐにも。坊ちゃんもご覧になったことがあるでしょう。露店で売っている白っぽい石です」

「アクセサリーに使われている、あれか」


 かなり安価な宝石、というよりちょっと綺麗な石扱いだった。どこで採れるのか知らないが、あれほど出回っているなら入手しやすいはずだ。

 残りの素材について問うと、オゼが眉を寄せながら応える。


「錬金溶液は錬金術師が作れます。酒も探せば見つかると思います。ケリセアも森へ入ればすぐです。問題はエイヌリスでしょうか。シモンはああ言ってましたが、簡単に見つかる薬草ではありません」

「だが、それなりに流通しているだろう。そうでなければ、シモンがあのような言い方をしない。まずは専門店で在庫の確認だな。採取にも向かうべきか。僕が――」


 俺は言葉を切った。

 行くべきだろうか? 一度現物を『鑑定』できれば、確かに発見は容易だ。問題は広大な森のどこにあるか、である。『鑑定』の発動条件は視認だが、森の視界は著しく悪かった。触れるくらいの距離まで接近しなければ、『鑑定』できない状況も多い。闇雲に森を駆け回ってもまず発見できないだろう。そうなると『破邪の戦斧』、特に薬草に詳しいダニルの助けが必要となる。そして採取でき次第、俺一人『高速移動』で帰還すれば良い。

 悪くない案だが、落とし穴がある。『破邪の戦斧』を同行させたら、彼らは俺の安全に配慮しなければならなくなる。ヴァレリーがいない今、その負担はより大きくなっている。ロランも付いてくるだろうし、町で指揮を執る者が不在になるのはまずい。それに単独で帰還するのであれば、オゼでも充分早い。


「採取は――『破邪の戦斧』、お前たちに任せたい」

「分かった、すぐに向かう!」

「だいぶ日が昇っているが……そうだな、頼む」

「任せておけ、ダニル拾って出発すっぞ!」


 マーカントは勢いよく立ち上がり、飛び出していった。

 一礼し、オゼが後を追う。

 これで良い。俺は足枷になる。いない方がうまく行くはずだ。

 戻ってきたシモンから手記の写しを受け取り、それとなく、材料が揃ったら作成に挑戦してもらえるか頼んでみた。

 シモンは少し考え、悩みながらも承諾する。


「大師匠に挑むほどの実力はないですが」

「無理を言ってすまない」

「いえ、期待はなさらないで下さい。私は師匠すら超えてませんから」


 そう言いつつも、少量ながら素材は揃っているので、早速調合を始めるという。

 改めて礼を述べ、シモンの家を後にした。

 少し離れてから、俺は口を開く。


「シモンには悪いが、他の錬金術師にも頼みたいと思う。成功の確率は少しでも上げておきたい。これを持って、パヴェルのところへ行ってくれ。実力のある錬金術師を紹介してもらい、依頼するんだ。その後は素材の収集も頼む。僕も用件を済ませたら集めておく」

「承知しました。ところで用件ですか。ギルドに素材集めでも依頼なさるので?」

「いや、別の()()を思い出した。会いに行ってくる」

「私は護衛でもあるんで、ふらっとどこかに行かれたら困るんですが」

「心配するな。お前も知っている相手だぞ」


 俺が名を口にすると、(とく)(しん)したのかロランは大きく頷いた。



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