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第19話 八歳児の日々 ~灰吐病2


 例のごとくオゼが走り、パヴェルに約束を取り付けようとしたが、往診に出ていて不在だと言う。俺は家人の許可を取り、中で待たせてもらうことにした。

 その間、オゼに聞き耳を立てている者はいないと確認してもらってから、二人に俺が『鑑定』保有者であること、ヴァレリーが灰吐病という病にかかっていることを伝えた。『鑑定』の話で驚愕し、灰吐病については二人も知らなかった。

 日が傾き掛けた頃、パヴェルが帰宅する。


「お待たせして申し訳ありません、アルター様」

「こちらこそすまん。約束もせず押しかけてしまった」


 病気らしい病気にかかったことがないので、俺とパヴェルはあまり縁がない。

 しかも六人で押しかけている。よほどの事態と思ったのだろう。身だしなみを整えるのも惜しんだようで、いつもは綺麗に整えられている白髪が数本、深い皺の上に垂れ下がっていた。


「して、本日はどのようなご用件にございましょうか」

「彼らはCランクパーティー『破邪の戦斧』という。僕が遠征に行ったことは知っているか? その時の護衛だ」


『破邪の戦斧』が名乗っていく。パヴェルはそれに目礼を返し、促すように頷いた。


「実はヴァレリーが昨日から体調を崩している。症状は軽いのだが、近日、帰還を祝って屋敷に招待する予定でな。ならばさっさと治療してしまおうと、ミルティーヴァの神官に治療を頼んだのだ」

「しかし――治っておられぬようですな」

「さすがパヴェル。中位の治癒魔法を使うケセレス殿でも治せなかった。それどころか病がなんであるかも不明だという」


 ロランが膝を進めた。


「ここからは私が」


 俺が頷くと、ロランが「病に心当たりがあります」と話し始めた。

 雑に決めた設定だったが、ロランはうまいこと構成して語っていく。リードヴァルト近辺では知られぬ病であることから、エラス・ライノとトゥレンブルキューブの名もそれとなく伝えている。

 すべてを聞き終えたパヴェルは、皺をより深くし、考え込んでしまった。

 ほどなくして顔を上げると、ヴァレリーを見ながら口を開く。


「長い間、医師として治療にあたってきましたが、灰吐病というのは初耳にございます。されど、ロラン様のおっしゃる症状とヴァレリー殿の症状は確かに一致しているようですな。また、ケセレス殿の魔法でも治せないとあれば、ただの病ではないことは確実にございましょう」


 予想していたが、いざ直接言われると、強い落胆を感じた。

 やはりパヴェルも知らなかったか。これですぐに治療できる見込みはなくなってしまった。もう隠しておける状況ではない。悠長に構えられては手遅れになる。

 俺はロランが言い忘れていたという(てい)で、「半月」というタイムリミットを伝えた。あまりの短さに、パヴェルよりもヴァレリーたちが言葉を失ってしまう。心の準備くらいさせてやりたかったが、余計な心配を掛けたくなかったんだ。許して欲しい。

 なるべく『破邪の戦斧』を見ないようにして、パヴェルに問いかけた。


「ロランの勘が当たっていれば、命の危険も考えられる。なにか治療法はあるだろうか?」

「本当に灰吐病であるか、また(くだん)の魔物らが原因かは推測の域を出ません。まずは失われた活力を少しでも取り戻し、現状の維持に努めましょう。その間に近在の医師らに連絡し、情報を集めると致します」


 下手に手を出さないのはさすがか。ただ一つ気になる。


「活力の回復だが、ヒーリングポーションのようなものを使うのか?」

「いえ、身体の疲労を回復させる薬にございます」


 栄養剤のようなものだな。安心した。トゥレンブルキューブの胞子だったら、ヒーリングポーションはそれすらも活性化しかねない。


「ではよろしく頼む。ヴァレリーは宿に戻らせた方が良いかな」

「よろしければ、こちらにお泊まりになって頂きたいと思います。いかがですか、ヴァレリー殿」

「ご迷惑でなければ」

「迷惑など。私は医師、ここは病院ですぞ」


 恐縮するヴァレリーに、パヴェルは柔らかく微笑んだ。


「そうだ、ケセレス殿に錬金術師を当たってみてはどうかと助言をもらったのだが、パヴェルはどう思う?」

「それは妙案かと。こちらでも知り合いの錬金術師に問い合わせてみましょう。商業ギルドにも情報があるかもしれませんね」

「商業ギルドか。よし、そちらでも情報を集めてみよう」


 話がまとまった頃には、すでに日が落ちていた。

 ヴァレリーを残し、『破邪の戦斧』は冒険者ギルドに向かうこととなった。夜のうちはギルドの資料室で調べ、明日から本格的な情報収集を行うという。マーカントはそのまま資料室を、ダニルは商業ギルドや雑貨店などを、オゼは錬金術師を担当する。俺はマーカントを手伝おうと思っているが、それをするためには父の許可が必要だった。

『破邪の戦斧』に別れを告げ、俺は帰宅するため馬車に飛び乗った。



  ◇◇◇◇



「それで、トゥレンブルキューブが何らかの病をもたらしたと考えているのだな?」


 夕食の後、話があると父に申し出ると、なぜか家族全員が居間に集合した。どうやら俺の様子がいつもと違っていて、気になっていたようだ。ロランによれば、魔物と対峙している時のような緊張感を漂わせていたという。

 話を聞き終えた父は、ただ難しい表情を浮かべていた。


「事実であれば、例の魔物はどこまでも厄介だな。これまで知られていなかったのが不思議なくらいだ」

「発見例は少ないようですし、かなり稀少な魔物だったのかもしれません」


 ロランの怪我だけで仕留められたが、近接戦闘に長けた二人とパーティーの連携、そして俺が魔法をぶちまけなければ勝てたかどうか怪しい。特にロランがいなければ、マーカント一人であれを押さえなければならず、火力も低下し、より長期戦を余儀なくされていただろう。『破邪の戦斧』だけで遭遇していたら全滅も有り得た。二度と出会いたくない相手である。


「できれば明日も、いえ、しばらくの間、町へ赴く許可を頂けませんか」

「見舞いなら構わんが、そうではなさそうだな。治療はパヴェルに、情報収集は冒険者に任せておきなさい。一週間であっても、ともに戦った者たち。心配する気持ちは分かる。しかしお前にできることは少なかろう。彼らの邪魔をするでない」


 俺の頼みは一顧だにせず退けられた。

 父は正しい。いくら精神年齢が高くとも、俺はこの世界の知識や経験が浅い。下手したら町の子供以下だ。ミルティーヴァ神官ケセレスの存在を知らなかったし、行動の指針を示したのはロランやパヴェルたちだ。俺がやったのは『鑑定』で病を特定しただけ。重要だが、それしかできないとも言えた。すでに専門家や熟練の冒険者が情報収集に当たっている。もし許可が下りたとしても、俺にできるのはギルドの資料室に籠もるくらいだ。大して役に立てないだろう。

 それでも、何かせずにはいられなかった。このままヴァレリーが命を落としたら、マーカントたちに顔向けできない。依頼の結果とはいえ、トゥレンブルキューブに遭遇させたのは俺だ。微力であっても、足しになるなら力になりたい。

 口を開きかけたとき、それに先んじて予想外の人物が意見を述べた。


「私はアルターに賛成です」


 黙って話を聞いていた兄に、皆の視線が集中する。

 常と変わらぬ口調で、兄は言葉を継いだ。


「些末な事情であれば父上のおっしゃるとおり、パヴェルや当事者に任せるべきです。アルターの出る幕はありません。なれど、これは病。領主の案件かと愚考します」

「広がる、と思うか?」

「未知の病ゆえ判断できかねますが、わずかでも蔓延する可能性があるならば、領主として対策なさるべきでしょう。そうなってからでは手遅れ、そして知りながら手をこまねいていたと領民に思われるのはよろしくありません。されど父上や私が動けば、いらぬ不安を煽ってしまいます。だからこそのアルターです」

「こやつは優秀だが、八歳という事実は変わらん。子供に任せ、どれほどの者が納得する?」

「引き続き、ロランをつけましょう。多くの者はロランを実質の指揮官と考え、アルターを知る者はそもそも異論がありません。さらに両名とも当事者と知己の間柄です。適任でしょう」


 流れるように兄は応えていく。

 自分が呆然としていたことに気付き、慌てて口を閉じた。

 情に囚われた俺とは異なる、純粋なまでに為政者の論理。いつの間にか、兄は後継者として成長していた。ステータスや強さばかりに気を取られ、俺にはそれ以外が見えていなかった。俺に兄のような考え方はできない。貴族の家に生まれても根深いところは庶民のままだ。大局的な視点が欠けている。

 父は目をつむり、兄の提案を吟味した。


「良かろう。ラキウスの(げん)、聞き入れる。アルター、お前にこの病の解決を命ずる。必要なことがあれば、なんなりと申せ。また広がる懸念が生ずれば、すぐさま報告するのだ。ロラン、お前はアルターを補佐せよ」

「はッ、しかと拝命いたします」


 俺とロランは片膝をつき、頭を垂れる。

 兄に助けられ、そして正式に父から命が下った。

 元を正せば俺の私事。しかし今は違う。領主としての父から、初めて命令を受けたのだ。こうなれば自分の非力を嘆いている場合ではない。ヴァレリーに残された猶予は二週間足らず。その間に、なんとしてでも灰吐病をこの町から掃滅する。できることはなんでもやろう。ヴァレリーのため、そして被害の拡大を阻止するため。

 俺は改めて、全力で灰吐病と対峙する覚悟を決めた。



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