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第187話 レジェーペル




 その後、懸念についても女王と話し合った。

 ジセロの隠蔽は湖も覆うため、湖近辺の魔物は減少するだろう。いくら獣人が協力しても、基本、狩りの目的は動物や食用の魔物である。ガーネレスを養うためではない。

 こうした不安を女王に相談したところ、あっさり解決した。


 ジセロが壊滅する前、ガーネレスはその環境で生活していた。

 可能だった理由は、ここでもヴィーギンである。

 湖にはヴィーギンの幼虫だけでなく、多くの生き物が生息しているそうだ。ガーネレスたちはそれをつまみ、元々、狩りの獲物はそれほど口にしていなかったという。

 それと、獣人側にも勘違いがあった。

 ガーネレスは水辺から離れても、すぐに弱らないそうだ。労働や兵隊は十日くらい水がなくとも活動可能で、女王と親衛隊は乾燥に弱いが、《清水(ピュアウォーター)》が使えるのでこちらも問題なかった。ガーネレスが森に深入りしなかったのは、女王やねぐらから離れるのを避けているだけだった。

 それでも隠蔽が発動するのは十年ぶりなので、部隊を派遣して様子を見ると女王は告げた。


 重要な相談や報告を終えたところで、少しだけ雑談も交わした。

 彼らの生態に興味があるし、知っていた方が良い。

 それで分かったのだが、ガーネレスに雄は存在せず、女王だけが雌雄同体らしい。

 さらなる質疑応答の結果、数十年に一度、新たな女王が群れの一部を連れて旅立つそうだ。今の女王も長旅を経てここに住み着き、ジセロの獣人が気付かないうちに数を増やしたという。


 いずれ、新たな女王が誕生するだろう。

 それまで俺が迷宮に住んでいるか、生きているかも分からないが、すでに良さそうな場所を見つけている。

 将来は不確かだが――と前置きした後、北東に湖があるので新女王が生まれたら案内する、なんだったら住み処の建設にも協力すると伝えたところ、女王はいたく喜んでいた。

 あの湖の周辺でも、ガーネレスを見かける日が来るのだろうか。


 俺は優雅に泳ぐ群れを思い浮かべながら(いとま)を告げる。

 女王は()(ごり)()しそうにしながら、鍋をがっちり掴んだ。

 どんなに抱きしめても中身は補充されない。派遣のガーネレスを迎え入れる準備ができたら、そのときにまた用意すると説得し、どうにか鍋を回収した。

 そして親衛隊や変異種に見送られて地上へ戻ると、すぐに獣人たちが駆け寄り、遅れてヘルグも近付いてきた。


「地竜の件、協力してくれるそうだ」


 侵入口を隠しながら、話し合いの内容を掻い摘まんで伝える。

 地竜の心配が少なくなり、獣人たちは安堵した。

 そして隠蔽の力による獲物の減少を気にしなくて良いと知って、ヘルグは胸を撫で下ろしていた。

 ガーネレスの心配ではないだろう。食糧が不足すれば獣人を襲う可能性があるからだ。

 両者の関係が安定するまで、注意した方が良いかもしれない。

 女王がミランダの料理を気に入ってくれたので、配達を派遣のガーネレス、ジセロで仕上げてもらうのもありだな。ジセロだけでなく、ガーネレス側の意識を変えることで、より強い繋がりが生まれるはずだ。

 ガーネレスと揉めたら迷宮にも知らせてほしいと頼み、俺とクィードはジセロを出発した。


 目的の一つが無事に完了し、深い森を東北東へ向かう。

 ここまでフィルに方角を教えてもらったが、クィードはジセロとレジェーペルの間を何度も往復している。俺たちは立ち止まることなく、できるかぎりの速度で森を駆け抜けた。

 何事もなく初日の夜を迎え、大木を背に休息、夜が明ける前に再び走り出す。

 そしてジセロを出発してから丸二日、昼を過ぎた頃にクィードが足を止めた。


「ここで迎えが来るのを待ちます」


 何もない森の中だが、なんとなく以前待たされた場所に似ている。

 俺が了承して近くの根に腰掛けると、クィードは森に向かって指笛を吹き鳴らす。

 小鳥の囀りが森に響き、同じ囀りがどこかで呼応する。

 指笛で連絡を取り合っているのか。


「どのくらい待つ?」

「日程を伝えていないので、手間取るかもしれません。どんなに遅くても、日が沈む前には来ると思います。それまでの間、俺たちについて少しお話しします」


 言葉を切り、クィードは居住まいを正した。


「我らの総意は、四人の代表によって決定されます。今回の招待を提案したのはジセロの代表ユディで、それにもう一人が賛同し、二人が異議を唱えました。会議は紛糾した後、招待に同意する代わりに危険なら即座に殺害、そう決まったそうです」

「それって獣人が割れないか?」

「有り得ますね。ユディはアルター様に深く感謝していますので、理由もなく反対派が動けば、守ろうとするでしょう」


 クィードは微笑を浮かべ、俺に頷きかけた。

 暗殺計画の概要は、ユディから聞いたのだろう。現状、クィードが嘘をついている可能性は低いと思う。俺に好意的な代表はジセロとどこかだ。まったく縁がないので、どちらもジセロ以外は考えにくい。だからジセロ出身のクィードは信用して良いだろう。

 まあ、代表が四人というのも含めて虚言ならどうしようもないが、すべて嘘で固めると破綻しやすい。今のところ不自然な点は見当たらなかった。


 クィードは話を続け、今から行くのはレジェーペルという場所で、泉の地と呼ばれているそうだ。

 豊富な水資源を活用して主に根菜のクトラを栽培し、獣人たちの食糧事情を支えているという。ただ、実りの地ジセロが放棄された影響で負担が増大しているらしい。

 新たに切り開こうにも、都合の良い土地はそう見つからない。獣人たちにとって、ジセロ奪還は悲願だった。


 今の話だと、もう一人の好意的な代表はレジェーペルだろうか。

 直接の影響を受けない残り二つが否定的――ちょっと単純だが、そんな気がする。

 試しに他の村がどう呼ばれているか聞いたところ、口止めされているので教えられないと言われた。ほぼ答えに近い返答である。

 それからはレジェーペルや獣人の生活について聞いているうち、遠くで気配が動いた。

 ほどなくしてクィードも気付き、立ち上がる。


「迎えが来たようです」


 そのようだが、妙な気配が混ざっている。

 近付いてくるのは三人で、一人はどう探っても子供だ。

 クィードと並んで森を眺めていると、察知したとおりの迎えがやってきた。

 二人の大人と十歳に満たない少年。

 優秀な少年なら分かるが、『鑑定』で調べても珍しいところはない。いたって普通の少年である。しかも迷子になるのを懸念してか、三人は腰にロープを結んでいた。


 代表の息子かと思ったが、辿々しく頭を下げるだけで名乗りもしなかった。

 困惑気味に挨拶を返していると、クィードがロープの束を受け取って俺に差し出す。


「腰に巻いてください。はぐれてしまいますので」

「もしかして隠蔽の力か?」

「はい。アルター様でも驚きますよ」


 そう言って、クィードはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 言われたとおりに腰を縛ると、残りをクィードも巻き付け、案内役の先導でレジェーペルに向けて出発した。

 しかし、なぜか先頭は少年である。よちよち歩きとは言わないが、繋がったロープを気にして段差を跨ぐのもひと苦労の有様だ。

 疑問に思いながらも、その背から視線を外して周囲へ向ける。


幽棲の隠宅トレファス・マスニイト》なら、ほとんどの相手から村を隠しきれるだろう。

 可能性はあると思っていたが、同時に極めて低い確率と考えていた。

 セレンで見えない屋敷を発動したのは、人類史でも類を見ないほどの魔法使い、アルファス・カルティラールと盟友たちだ。セレンの魔法使いは発動どころか、所在さえ見失うほどの魔法である。

 それに、ジセロの隠蔽が途切れたのも妙だ。周囲の魔力を吸収して発動を維持するため、廃村になっても効力は失わないはず。そもそも先頭の少年は『魔力視』を使えないから、《幽棲の隠宅トレファス・マスニイト》を突破できない。


 そんなことを考えているうち、不意にロープが引っ張られた。

 立ち止まったのかと顔を上げたが、目の前に誰もいない。


「アルター様、こっちです」


 背後の声に振り返ると、ぴんと張ったロープの先でクィードたちが俺を見ていた。

 列から外れた? いつの間に?

 詫びながら戻る俺に、なぜかクィードと案内役が感心する。


「さすがですね。もう反応しましたか」

「反応って……今のが?」

「忌避のランタンの効果です。近づく者の危機感をわずかに刺激し、気付かないうちに進行方向を逸らします。普通、もう少し近付かないと影響を受けません」


 忌避のランタン――それが隠蔽の魔道具か。

 半信半疑で歩き始めると、その後も何度かロープに引っ張られ、肩のフィルまでいきなり走り出してしまった。慌てて呼び止める俺に、本人は目を丸くする。完全に無意識の行動だったらしい。


 それからはフィルを服の中に入れ、列を外れないよう、ロープを見ながら進んだ。

 視界や感覚に変化はない。

 言われて意識すれば、進むことへの拒否感をわずかに覚えたが、それも誤差の範疇である。しかも実際には危険がないので、『危機察知』も反応しなかった。おそらく魔力への影響も微弱だ。エルフィミアの『魔力視』でも見抜けないと思う。

 驚くほど地味だが、相当な魔道具である。《幽棲の隠宅トレファス・マスニイト》が(ちから)(わざ)だとしたら、こちらはあらゆるスキルの隙をついている。効果だけで比較するならメイの空白地に近い。さすがに迷宮は関係ないと思うが、強力な魔物の放つ気配を参考にした可能性もある。

 俺は感心しながら、少年の背に視線を動かした。


「どうして彼は影響を受けない?」

「忌避のランタンは生物の危機感を刺激しますので、危機への対処が不慣れな者ほど利きにくいんです」

「それで幼い子供か」


 またクィードの話では、中途半端に知能を有する者、感情がなかったり希薄だったりする者も忌避のランタンを突破するという。

 前者の代表格はゴブリン、後者はアンデッドやゴーレム、それとガーネレスだ。

 ジセロ奪還の際、ガーネレスの感情が乏しいと断言できた理由だと思うが、女王と変異種は他の階級より感情が豊かだ。影響を受けるだろう。もしかすると、彼らが地中深くに巣を作ったのは、忌避のランタンを避けた結果かもしれない。

  事実は不明だが、効果範囲は相当な広さで、深殿の森と相性も良かった。

 森に入るのは冒険者、その中でも実力者ばかりだ。確実に影響を受ける。

 危険な場所ほど効果を発揮する魔道具――正直、都合が良すぎるので、村を隠蔽するために製作したのではないか。


 そんなことを考えているうち、少年の背にユネクの姿が重なった。

 サーハスが彼を逃がしたのは、ランタンの影響を受けにくいからだろう。ユネクは子供でありながら、斥候の能力に長けていた。もし誰かが彼の才能に気付き、村の探索に駆り出したらどうなるか。

 もはや確かめようもないが、誰よりも発見する可能性が高いと思う。

 そしてサーハスがユネクを草原に放り出したのも、奇跡的にこの辺りまで逃げ延びれば、村に行けると確信していたのだろう。


 ふと気付けば、全員が無言だった。

 何気なく前後に視線を送ると、ロープだけを見つめている。

 どうやらクィードたちも影響範囲に入ったようだ。慣れている獣人でも、これほど集中しないとはぐれるのか。

 俺も考えるのを止め、ロープだけに集中する。


 忌避の効果で動物も寄りつかないのか、生命の息吹が希薄だった。

 風の音と虫の声。静寂に等しい森を無言の行進で進む。

 その状態がどれほど続いたのか。久しぶりに『気配察知』が反応し、俺は顔を上げた。

 ほどなくして向こうも気付いたようで、指笛の囀りが連鎖して響き渡る。


「もうすぐです」


 クィードの発言を皮切りに、今度は別の気配を捉えた。

 それは進むにつれ数を増し、数え切れないほどの塊となる。

 あれがレジェーペルか。

 人口は百から二百。村としてはそれなりの規模だが、場所を考えると相当な人数だ。復興中のジセロは除き、他の村も同じ規模なら、最低でも三百人以上の獣人が森で暮らしているのか。


 見張りの獣人に目礼して進んでいくと、いきなり視界が開けた。

 切り開かれた森に、丸太の壁が広がっている。

 案内役の獣人がロープを解くと、少年は弾かれたように走り出し、わずかに開いた門の内側へ消えていく。


 その背中を見送った後、俺は左右に視線を送って丸太の壁を眺めた。

 相当な範囲を囲っているようだ。畑も中にあるのだろう。

 俺の視線に気付き、クィードが切り出す。


「他の村もそうですが、壁は外敵を防ぐ以外にも役割があります。しっかり囲っておかないと、人が消えてしまうんです」

「そうなるだろうな」


 頷きながら胸に手を当てた。

 危機感は今も燻っている。規格外の魔道具だが、使い勝手はかなり悪そうだ。


「まあ、慣れればまず大丈夫です。酒を飲み過ぎたり、寝ぼけたりしているときが危ないですね」


 そんな話をしながら門を潜り抜け、視界に飛び込む光景に思わず息を呑む。

 レジェーペルは別世界のような美しさだった。

 なだらかな土地に背の高い住居が整然と並び、窓辺に色とりどりの花が咲き乱れている。そして住居の合間には無数の水路が延び、降り注ぐ陽光に煌めきながら心地良い水音を響かせていた。

 これがレジェーペルか。泉の地と呼ばれるのも頷ける。


 獣人から物珍しげな視線を浴びながら、クィードの案内で進んでいくと、水路の先に(ひと)(きわ)大きな溜め池が見えてきた。あれが水源らしい。


「あの泉は枯れることがありません」


 言いながら、クィードは泉の周辺や水路を指差す。

 植えられているのはクトラだった。

 枯れない泉のおかげでクトラの栽培に適しているが、他の植物には不向きらしい。しかも建物は高床式にしないと、少しの雨で水浸しになってしまうそうだ。


「それでも、クトラ栽培には最高の土地です。根が太るまでは葉を、収穫したら根菜や茎を、種を磨り潰せば小麦粉の代用品になります」

「捨てるところなしか」

「そうなんですが……クトラのパンは美味くないですね。麦には勝てません」


 苦笑しながらクィードは高台を眺める。

 そこでは麦の穂が揺れていた。よく探せば他の野菜や穀物も植えられているし、住居の窓辺で咲いている花も食用だった。美しい場所だが、危険な森で必死に生きているのだろう。


 獣人たちの苦労に想いを馳せながら進むうち、村の中央広場に到達した。

 そこで俺を待っていたのは四人の獣人で、白髪交じりの男が柔和な笑顔で出迎える。


「お待ちしておりました、アルター様。私はレジェーペルの代表、オウンと申します」


 それに続き、他の三人も名乗ってきた。

 三十代の女はジセロ代表のユディ、ウェラーの代表であり古老然としたワクト、最後がアクバ代表のヌツー。

 耳の形状や雰囲気から、オウンは鹿の獣人だろう。ユディはネコ科、ワクトは背の低い熊に見える。そしてヌツーは鹿の特徴を備えていたが、オウンよりも大柄で顔に細かい傷が無数にあった。

 俺も微笑で名乗りながら、そっと『気配察知』を展開する。


 住民に交ざり、戦士の集団が広場を囲んでいた。

 警備と言えなくもないが、数の利を活かすなら今だ。

 まあ、この程度の実力なら、撃退や撤退は難しくない。一人を除いて。


 戦士からさらに離れたところに三人の気配が集まっていた。そのうちの一人の纏う雰囲気は、明らかに別格である。おそらく魔法使いか魔法剣士、習得魔法次第ではサーハスよりも強そうだ。

 こいつらが獣人の切り札だろうか。


「そういえば、アルター様は人間だとか」

「これは失礼した。本来の姿で挨拶すべきだったな」


 俺は何気ない仕草で肩のフィルをひと撫ですると、『獣化』を解除した。

 黒い髪が金色に変わり、獣人らしい顔付きが和らいでいく。

 その姿に代表たちは驚き、周囲からどよめきが上がったが、それ以上の動きは起きなかった。

 違うのか。人間に戻れば感覚が鈍る。それが狙いかと思ったんだが。

 

「改めて名乗ろう。僕はアルター・レス・リードヴァルト。帝国の元貴族だ。こうなった事情はサーハスから聞いていると思う」

「迷宮の支配を撥ね除けられたとか?」

「そうだ。助かったのは良いが、妙なのに変異してしまってな。今の僕は人間でも獣人でもない。ミューチュラーという種族だ」


 そう言われてもぴんとこないようで、代表たちの反応は微妙だった。

 俺は守護者ではないと強調してから、迷宮と取り引きして協力関係にあると伝えたところ、オウンとユディは頷き、ヌツーは訝しそうに、ワクトは無表情で俺を観察していた。


 予想どおり、意見が割れたのはこの組み合わせか。

 しかし、よく分からんな。何が懸念材料なんだろう。俺はミューチュラーと明言した。守護者でなくとも魔物に変わりはない。襲うなら今が好機だ。

 それでも動かないということは別に罠があるのか、本当に人格を見極めるつもりなのか。

 どちらであっても面倒な会談になりそうだな。


 俺が黙っていると、オウンはやや困った顔で代表たちを見渡した。

 ユディはわずかに肩をすくめ、ヌツーはワクトを見やり、そのワクトは長い顎髭を無言で撫でる。

 組み合わせは間違いないとして、知恵者はワクトのようだ。少なくとも、ヌツーは思考を丸投げしているな。そして今現在の判断は、まだ不明といったところか。

 すべて茶番なら大したものだが、百戦錬磨の奴隷商や得体の知れない娼婦はここにいない。森で引き籠もっている獣人に、あいつらみたいな駆け引きはできないだろう。


 しばらくしてワクトが目線で頷くと、オウンはあからさまに破顔する。


「長旅でお疲れでしょう。宴席を設けております。こちらへどうぞ」


 代表たちの案内で歩き始めると、野次馬たちもぞろぞろと移動を始めた。

 もちろん、見張っている連中も一緒だ。

 いつでも離脱できるように『気配察知』に集中する。肩のフィルも欠伸(あくび)をしながら周囲を窺っていた。

 その空気を感じ取ったわけではないと思う。

 不意にオウンは手を叩き、笑顔で話しかけてきた。


「そういえば、忌避のランタンには驚かれたでしょう」

「あれか。凄い魔道具だな」


 微笑で応えながら、少し考えて言葉を継ぐ。


「実は以前、似たような魔法を体験した。何かで隠蔽していると聞いたとき、それかと思ったよ」

「ほう、これほどの魔法が?」

「効果はまるで違うが、隠蔽の力は匹敵すると思う」


 俺はセレンでの体験と《幽棲の隠宅トレファス・マスニイト》について説明すると、代表たちは興味深そうに聞いていた。

 魔道具以外にも隠蔽する手段があるなら、是が非でもほしいだろう。俺だってほしい。


「だが、習得はまず無理だ。《幽棲の隠宅トレファス・マスニイト》は最上級魔法、しかも術者は人類史に刻まれる大魔法使いアルファス・カルティラールだ」

「歴史の偉人ですか……」


 残念そうにオウンは首を振ったが、それどころではなかった。

 全身に緊張を走らせ、いつでも離脱できるよう身構える。

 何も起きない、か。


 やや警戒を緩め、再び歩き出す。

 どういうことだ? 《幽棲の隠宅トレファス・マスニイト》は無反応だったのに、アルファスの名を出した途端、切り札らしき三人組の気配が揺らいだ。

 代表たちの表情に変化はない。反応があったのは彼らだけだ。


 考える暇もなく、大きな建物に到着する。

 そしてオウンに促されて一歩踏み込んだ瞬間、三人組が動く。

 住居の陰からフードを被った男がこちらを窺い、すぐに口を歪めてまた身を隠す。

 三人組はそれ以上、動かなかった。


「なにか?」

「良い匂いがすると思ってな。クトラ料理か?」

「はい。我らの主食ですので、どの料理にも使われています」


 オウンに続いて建物に入ると、ミランダの作ってくれたクトラ揚げについて話した。

 無数の切れ込みとまぶしてある塩ハーブが決め手らしい――そう談笑しながらも、脳裏では一瞬の交差を(はん)(すう)していた。


『基礎鑑定』で俺は鑑定できない。どれだけエルフィミアの不満げな顔を見せられたことか。

 それにしても、本当にエルフまで潜んでいたとはな。

 深い森と規格外の魔道具。アルシス帝国は人間の国だから、エルフが追いやられていても不思議はない。

 ただ、アルファスがどう関わっているのだろう。単純に考えると忌避のランタンの制作者だが、言い切るには情報が足りなかった。

 それに、どうもしっくりこない。忌避のランタンの効果と一緒で、何から何まで填まりすぎている。

 そもそも、なぜアルファスがこの地に来たんだろうな。

 素材集め、鍛錬、エルフに何かの助力を頼まれた。可能性はいくらでも考えられるが……こちらも情報が足りないか。


「どうぞ、こちらへ」


 考えているうち広間に通され、俺は案内に従って着席した。

 対面に代表たちが座るのを眺めながら、思考を中断する。

 エルフやアルファスは後回しだ。

 まずは獣人。この会談を(とどこお)りなく終わらせよう。



  ◇◇◇◇



 酒を断って果実水に替えてもらうと、それが届くのを見計らい、オウンは挨拶を始めた。

 やたらとジセロ奪還の協力、ガーネレスとの間を取り持ってくれた功績を強調し、両勢力の発展を願う。

 俺は微笑で聞いていたが、今も戦士の一団が建物を取り囲んでいるし、給仕の中にもそれなりの実力者が混じっている。ワクトとヌツーを牽制するため、過剰に功績を強調しているのだろう。

 そして何事もなく挨拶が終わり宴席が始まると、待っていたようにジセロ代表のユディが切り出す。


「アルター様、改めてお礼を」


 頭を下げるユディを俺は制した。


「善意でやったわけじゃない。獣人の村との交流が目的だった」

「ですが、激戦の報酬が交流や日用品程度では私の気が収まりません」


 ユディは首を振り、頑なに態度を崩そうとしなかった。

 他の三人は酒や料理を楽しむ振りをしながら、俺の反応を窺っている。


「そうだな……」


 考え考え、俺は言葉を継ぐ。


「何と言えば良いのか。物の価値は人それぞれだろう。僕は友人に裏切られた後、敵を避け、ほとんど何も持たずに深殿の森まで逃げてきた。日用品程度と思うかもしれないが、迷宮には何もないんだ。裏切り者とバロマット王国が目を光らせているため、不用意に帝国領にも近付けない。迷宮で生きていくためには、村との交流が必要不可欠だった」

「物の価値は人それぞれ……ですか」


 話を聞き終わると、なぜかユディは表情を陰らせた。

 引っかかるのがそこか。

 もしやと思って質問してみると、やはり彼女は前代表の娘だった。

 ガーネレスに襲われたときは住民を連れて脱出、援軍を連れて戻ったが、父親たちは全滅していたという。


 家族を殺された気持ちは嫌というほど分かる。

 今も心のどこかで復讐を望んでいると思うが、彼女は獣人全体の利益を優先した。

 そうさせたのは、ガーネレスが襲ってきた理由だろう。

 種の違いによる行き違い、価値観の相違が原因と分かり、私怨を捨てたのだと思う。

 立派な態度だし、俺には真似できない。今は『精神耐性』が押さえつけているが、解除したらどうなるか自分でも想像できなかった。

 敬意を込め、切れ長の瞳に微笑を向ける。


「迷宮と獣人の村は対等でありたい。様付けは止めてくれないか」

「いえ、アルター様はジセロの恩人ですので――」

「気持ちは嬉しいが、こちらだけ呼び捨ては落ち着かない。住民にも示しが付かないだろう」


 そう言ってもユディは拒否し、オウンまで同意する。

 くすぐったい思いに駆られながらも、少し心配になった。

 明らかに対外交渉の経験が乏しい。立場は呼称一つで立場が変わる。貴族が互いの態度に拘るのは、それなりに理由があった。

 どう伝えるべきか考えていると、不意にヌツーがグラスを叩き付ける。


「堅苦しいのは(しょう)に合わねえ。遠慮なくそうさせてもらおうか。構わねえよな、アルター」

「もちろんだ。よろしく頼む、ヌツー」


 平然と返す俺に、ヌツーは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。

 怒ると思っていたようだが、提案したのはこちらだ。というか、慣れすぎていて何も感じない。

 それよりユディとオウンは――まあ、良いか。

 他の代表が呼び捨てなら、獣人全体が下にはならないだろう。

 しかし、ヌツーとワクトはだいぶ警戒しているな。俺の人格がどうこう以前に、ジセロで暴れすぎたかもしれない。


 その後、当たり障りのない雑談を交わしながら、『鑑定』で調べつつ料理に手を伸ばす。

 ざっと見たかぎり、薬や毒は盛られていないようだ。念を入れて『調合』でも調べ、食べ合わせで妙な効果が発動しないのも確認した。

 そんな状況でフィルも落ち着かないのだろう。

 ずっと肩に乗っていたので俺が生肉を勧めると、何度も見上げてから慎重に齧り付いた。

 それで少しは安心したようで、尻尾の先で野鳥の香草焼きも所望してくる。

 俺が取り分けて並べるのを、代表たちは興味深そうに眺めていた。


 魔物が料理を食べることに驚いたらしい。

 俺は雑談ついでにゴブリン料理と女王の話題に触れ、ガーネレスの部隊が迷宮に派遣されると話し、その流れで地竜や撤退の支援を頼んだことにも触れておいた。恩を売る気はないが、情報は共有すべきだ。

 ユディが真っ先に礼を言い、オウンも感謝を口にしたが、ヌツーとワクトが視線を交わすのが目に留まる。

 俺は果実水を傾けながら、自分の言葉を反芻した。


 やはり恩着せがましいと思われたか?

 どうだろう。それなら苛立ちや不快感を示した気がする。今のは何かが違う。

 思い当たらず、自分が代表になったつもりで雑談を辿っていく。

 そしてガーネレスのくだりに差し掛かったとき、それらしいのを発見する。


 正解なら思いのほか根は深そうだ。

 しかし、腹の探り合いは面倒だな。さっさと疑念とやらを解消するか。

 口元の果実水を拭い、代表たちを見渡す。


「僕は貴族の生まれだが、交渉事は苦手でな。率直に言わせてもらう。迷宮とガーネレスの結びつきが強まるのは、お前たちに取って朗報ではないと思う。どちらかと敵対すれば、ジセロだけでなくレジェーペルにも危険が及ぶ。村の半分が消滅したら獣人全体の死活問題となるだろう」


 オウンとユディは真剣に聞いていたが、ヌツーとワクトの反応は(かんば)しくなかった。

 所詮は言葉か。迷宮と獣人の戦力が埋まるわけではない。それなら、立場だけでも近付けよう。

 俺は表情を和らげ、ユディを見やる。


「女王に会ってみるか? 顔も知らない相手と共存するのは難しいと思う。一度迷宮に戻った後、ガーネレスたちを迎えに行く。もし望むなら、そのときに案内しよう」


 突然の提案に、ユディは返答に詰まった。

 意見を求めるように他の代表を見やると、ヌツーが俺を睨みながら吐き捨てる。


「搾取の次は命を狙うか」

「何の話だ? 勝手な妄想で結論を導かないでくれ。そもそも、僕とフィルの戦闘力は知っているだろう。命を狙うのにガーネレスの助けはいらない。むしろ邪魔だ」


 フィルが大きく尻尾を振って同意を示すと、給仕が喉を鳴らし、ヌツーは押し黙った。

 それを見て、ユディが声を張り上げる。


「ア、アルター様の仰るとおりです! 私も彼らとの接し方に悩んでいました! 是非、ガーネレスの女王に会わせてください!」


 その発言を受け、ヌツーとワクトは眉を(ひそ)めた。

 室内に張り詰める緊張感。

 それを打ち破ったのは、意外にもクィードだった。


「発言、お許しください!」


 真っ青な顔で進み出ると、許可も得ずに(まく)し立てる。


「誤解があると気付きましたので報告します! ヌツー様が仰っていた搾取の件、おそらく我らが持ち出した道具や日用品のことかと思います! あれらは派遣された者たちで話し合い、活動に使う物資を調達した物、アルター様の要求ではありません。当然のことと考え、報告を怠りました。本当に申しわけありません!」


 頭を下げるクィードに、代表たちは顔を見合わせた。

 そんな馬鹿げた理由でと思いながら、代表たちの様子に嘆息してしまう。

 本当にそれが原因なのか。あんなのが不審の引き金とは……。

 まあ、獣人たち――特にヌツーとワクトは迷宮の戦力を危険視しているようだから、たとえ少量でも、搾取の始まりと考えてもおかしくないか。些細な理由で(こじ)れるのを避けるため招待を受けたが、とっくに拗れていたんだな。


 一応、クィードのミスだが、責めたら可哀想な気もする。

 派遣されるからには物資が必要だ。しかもいつ戻れるか分からないので、余分に用意するだろう。

 もちろん迷宮と獣人の村は微妙な関係なので、あらゆる行動に注意を払うべきだが、代表だけでなく俺も確認しなかった。もちろん、ハイメスもだ。彼は優秀なので忘れがちだが、本職は内政官だ。腹の探り合いは専門じゃない。

 詰まるところ、関わった者すべての経験不足が原因か。

 内心でため息をついていると、視界の隅でワクトもため息をついていた。


「我らの早合点だったか……」


 ヌツーはぽかんとしていたが、それを聞いて怒りの形相に変わる。


「いやいやいや、待てよ爺さん! 搾取の始まりだ、とか言い出したのあんただろ! 我らにすんな!」

「断言はしておらん。かも――と付け加えたはずだ。確か」

「加えてねえよ! 言い切ったよ、あんた!」


 これまでの雰囲気は消え去り、ワクトとヌツーは言い争いを始めた。

 その矛先は残る二人にも向けられ、ワクトに異論を唱えなかったと指摘されるも、オウンは平然と応える。


「否定はしていませんが、問題にもしませんでした。あの程度の品では、恩を返したうちに入りません」

「同感です」


 二人も誤解していたようだが、反応は正反対だった。

 代表たちが口喧嘩を続ける中、クィードが背後に立つ。


「アルター様、申しわけありません。俺の所為です」

「確認しなかった僕も悪い。あまり気にするな。それに遅かれ早かれ、似たような事態になったと思う。今後、村から何か持ち出すときは代表だけでなく、僕かハイメスにも報告してくれ」

「分かりました。必ず」


 クィードを下がらせ、俺は視線を戻す。

 ユディも意外に熱くなりやすいのか、立ち上がってヌツーと罵り合っていた。

 給仕らが平然としているのは、いつもの光景なのだろう。


 さて、誤解は解けても問題は残っている。

 微々たる量の日用品で暗殺計画に発展したのは、根強い不信感が原因だ。

 今回の件は丁度良かった。拗れていても初期段階だ。立て直せる。

 

「取り込み中に悪いが、話を聞いてもらいたい」


 俺の存在を思い出し、代表たちはぴたりと言い争いを止めた。

 彼らが着席するのを静かに待ち、改めて俺の身に降りかかった出来事を語る。

 セレンに赴いた理由、帰路で起きた暗殺未遂、迷宮との出会いとリードヴァルトの陥落。

 それらを踏まえ、帝国の一部やバロマット王国と敵対している今、南の獣人たちと争うのは愚策であり、俺にとって何の利益もないと強調した。


 さらに問題がない程度で迷宮種の説明した後、デリエックの迷宮について触れる。

 帝国領とメズ・リエス地方の間にある迷宮で、守護者らしい守護者が存在しない。しかも迷宮が無作為に魔道具を生み出すため、何百年も破壊されずに放置されていた。

 迷宮種がすべて危険とはかぎらない。何より、ここは深殿の森である。獣人を狙わなくとも獲物には事欠かなかった。

 俺の話が終わると、ヌツーは腕を組みながら呟く。


「正直、まだ信じられん……。その変異した種族――」

「ミューチュラー」

「本当に、そのミューチュラーになったのか? 普通の人間にしか見えないんだが」

「そうだろうな。自分でもステータスを見るまで気付かなかった。迷宮種は力を植え付けて対象を支配するが、それを撥ね除けると力だけが残る。その状態がミューチュラーらしい」


 小難しい顔で頷くヌツーの横で、今度はワクトが手を上げる。


「アルター殿の身体に迷宮の一部が入っているとして、影響はないのですか?」

「今のところ悪い影響は感じない。良い影響なら、迷宮との意思疎通が容易になった。ガーネレスの変異種は一方的に心を読むが、僕とメイはお互いの感情が筒抜けだ」

「だから迷宮と交渉ができたと」

「そういうことだ。ついでに補足すると、メイは獣人にまるで興味がない。言葉は悪いが、魔物と獣人はどちらも食糧だ。回収が面倒な獣人を狙うより、近場で狩る方が手っ取り早い。もし僕がいなくなっても、敵意を向けないかぎり獣人の生活を脅かすことはないだろう」


 代表たちはしばし考え込んでいたが、視線を交わして頷き合うと、オウンが咳払いして切り出す。


(たび)(かさ)なる非礼、お許しください」

「謝罪はやめてくれ。さきほどクィードにも言ったが、僕もそちらの好意と思い込んでいた。非があるなら全員だ」

「そう言っていただけると助かります」


 オウンたちから安堵の息が漏れ、部屋の緊張は完全に消え失せた。

 ようやく、話し合いの土俵に立ったか。

 この流れで切り出すのも何だが、用件を済ましてしまおう。


「誤解が解けたところで教えてほしい。思い込みついでに頼んでいたこと、伝わっているだろうか」


 代表たちは顔を見合わせた。

 クィードが錬金溶液と口添えして思い出したようだが、俺の招待で頭がいっぱいで、まったく話が進んでいなかった。

 オウンはしばらく考えた後、クィードに問いかける。


「ソグリオの実とやらは、この辺りでも採取できるのか?」

「アルター様にも訊かれましたが、ほとんど生えていなかったはずです」

「それは妙な話だ。調合に必要なのだろう」


 オウンは首を捻ると給仕を呼び寄せ、ルコをここに、と指示した。

 どうやらルコというのが錬金術師のようだ。獣人は魔法や錬金が不得手と言われているが、あくまで平均の話である。またラッケンデールがそうだったように、知識だけでも調合は可能だ。


 その後、俺たちは無言でルコを待ったが、なぜかいつまで経ってもやってこなかった。

 手持ち無沙汰の空気が流れ出したので、もう一つの頼みを切り出す。


「これはずっと後で構わないんだが、耐火煉瓦は都合できるだろうか」


 言いながらヌツーを見やると、不機嫌そうに眉を寄せた。


「何で俺を見る」

「職人の手だ。顔の傷は鍛冶の火花だろう」


 ヌツーは自分の手を見下ろし、口を捻じ曲げた。

 俺はセレンで鍛冶を学んだことや、日用品の製作や道具を手入れするため、迷宮に鍛冶場を置きたいと伝えたが、ヌツーは鼻で笑い飛ばす。


「鍛冶は経験がすべてだ。一朝一夕で習得できる技術じゃねえ。『鍛冶』スキルは? まさか素人じゃねえよな?」

「ランク4。ミスリルやテーバー鉱も扱ったことがある」


 吹き出すヌツーを押さえ、俺は過去の経験を語った。

 ミスリルの触媒はホルズ銀の粉末で、分量を増やせば融点を下げられるが、魔法金属の質が低下するため調整が難しい。

 そしてテーバー鉱は、燃料の木炭に石炭を混ぜると溶融でき、こちらも分量を間違えると不純物が増えるので、やはり純度が下がってしまう。それでも直接素材を混ぜないから、扱いやすい魔法金属といえるだろう。


 いずれの知識も鍛冶師の間で広まっているが、俺の言葉に真実を感じ取ったらしい。

 ヌツーはしばし唸った後、重ねて問いかける。


「……本当なのか。何を作った?」

「どちらも剣だ。テーバー鉱は人にあげたが、ミスリルは奪われた」

「ああ、そうだったな」


 ヌツーはすまなそうに頷き、顎をさすりながら言葉を継ぐ。


「用意できるが、大量の煉瓦を運ぶのは時間が掛かる。ただで渡すのも無理だ。うちの連中に示しがつかねえ」

「もちろんだ。錬金溶液が調合できるようになれば、魔道具やポーションを提供できる。そのときに改めて交渉したい」

「分かった。大して邪魔にならねえし、準備はしておこう」


 ひとまず話がまとまると、ヌツーはそれまでの代用品として、砥石をいくつか融通すると言ってくれた。

 そんな雑談を交わすうち、ようやくルコがやってきたので話を打ち切る。


「お呼びだそうで……」


 ルコは二十歳か、それより少し若いくらいの女だった。

 愛嬌のある顔立ちを曇らせながら俺たちを見回し、赤茶色の毛で覆われた耳を探るように動かしている。

 もっと年配の錬金術師がやってくると思っていたが、『鑑定』を眺めて納得した。

『調合4』と『無属性4』、しっかり《溶液作成クリエイトソリューション》も習得している。『魔道具作成』は覚えていないので、ポーション特化の錬金術師だろう。俺みたいな異端を除き、この年齢でランク4ならかなりの才人だ。


「ソグリオの実とやらについて教えてほしい。なんでも錬金溶液の素材らしいな。どうやって調達している?」

「ええと……ソグリオの実……ですか。なんて言えば良いんでしょう……」


 オウンの問いかけに、なぜかルコの挙動不審が増す。


「採取した実を乾燥させまして――」

「処理の方法ではない。クィードにも訊いたが、ほとんど見つからないそうだな」


 オウンの追及を受け、ルコはちょっと涙目になってしまった。

 その反応に俺たちが困惑していると、ここに近付く気配を察知した。

 すかさずフィルが肩に飛び乗り、俺もそれとなく視線を向ける。

 遅れて代表たちも気付き、困惑が驚きに変わっていく。


「私が答えよう」


 そう言いながら入ってきたのは、三人のエルフだった。

 代表たちは慌てて立ち上がったが、エルフは気にも止めずに俺を見やる。


「アルター殿は勘が鋭い。いずれ我らの存在に気付く。それとも、すでに気付いていたかな」


 エルフは笑みを湛えながら、俺を静かに見下ろしてきた。

霊聴(クレアオーディエンス)》――変性の中級魔法で、いわゆる聞き耳魔法だ。

 やはり、話を聞いていたか。






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