第182話 迷宮生活の始まり
解散を伝えると、皆はほっとした様子で広場から離れていった。
ミランダは俺から飲み干したカップを受け取ると、テスを連れて朝食の準備を再開、それに気付いたセゲットが遠慮がちに歩み寄り、テスに性別を確認してリザイたちのところへ駆け戻っていく。
背後で動く大きな気配に振り返ってみれば、エラス・ライノの子供が貯水池に顔を突っ込み、その上でフィルが欠伸をしていた。
少し変化した日常に戻ると、俺はひとりで森に入り、《清水》と《水流操作》を発動して顔を洗い、身体の埃を落とした。大して汚れていないが、気分の問題だ。
さっぱりしたところで軽く体を動かしていると、朝食ができたとサーハスが伝えに来た。
昨日の残りをスープに作り替え、新たに鹿肉を焼いたようだ。
「すぐ広間にお持ちします」
「頼む」
ミランダに短く答えながら、獣人たちを見渡す。
俺が来るのを待っていたようで、誰も食事に手を付けていない。
「僕を待たなくて良いぞ。起きてこない日もあるからな。今までどおり、自由に食べてくれ」
俺が促すと、獣人たちは一礼してから食事を開始した。
サーハス以外の獣人は多少の敬意は払っていても、忠誠にはほど遠い。
俺自身もそれを求めているかといえば、微妙なところだ。
ハイメスは不服だろうが、揉め事を起こさなければ良いと思ってしまう。
まあ、俺の心情はどうであれ、ミランダとテスが受け入れられて立場も明確になった。
俺を窺う視線は普段より垣根を感じたが、今は構わない。力だけで信頼は勝ち取れないし、あのままでは不審の毒に蝕まれていったと思う。
鼻腔をくすぐる香りに思考を打ち切り、鍋の中身を覗き込む。
昨日の残りにしては香りが少し違う。
色々、工夫しているようだが、口の肥えた奴隷商でさえ、手元に置こうとするほどの料理人だ。今のままでは、彼女の腕が勿体ない。
「食材が少ないだろう。何が必要だ? 遠慮せずに答えてくれ」
「そうですね……」
ミランダは言葉を濁しながら、小麦粉や新鮮な野菜、果物を挙げた。
どれも普通だが、やはり普通が足りていなかった。村でも小麦を栽培しているそうだが、よそに融通できるほどではないと言う。
少量ならシルヴェックで買っても怪しまれないか。
後は森だな。これまではポーションの素材以外、見向きもしなかったが、『鑑定』していけば、食用可能の植物が結構見つかるはずだ。
善処すると答えながら、テスの背後を見やる。
スープをよそうのに必死で、背後に迫る巨体に気付いていない。
「きゃッ!?」
テスは背中を押されて悲鳴を上げると、振り返って硬直した。
驚くのは無理もないが、悲鳴がちょっとおかしいな。獣人たちの疑いも再燃しているし。
そんな空気を読みもせず、エラス・ライノの子供はテスを見下ろし、顔の先端で突っついたり臭いを嗅いだりしていた。
珍しいな、俺以外にちょっかいを出すなんて。
「怖がることはない。構ってほしいだけだろう」
テスは怖々と硬い皮膚を撫でていたが、すぐに笑顔になった。
そういえば、ヴェレーネ村でも羊の面倒を見ていたな。家畜の臭いを嗅ぎ取って近付いてきたのだろうか。
エラス・ライノの子供は、心地よさそうにしながら顔を押しつけている。
俺も笑顔で眺めているうち、今の考えが間違っていると気付く。
なんとなくだが、甘えている印象を受けない。
どちらかといえば、気に掛けている。
もしかして――エラス・ライノは孤立しているのか?
それとなく、皆を見渡す。
飲み水はフィルの仕事で、身体を拭いたりしているのは俺だけだ。
狩った魔物の運搬や力仕事を頼むことはあっても、獣人とエラス・ライノが交流しているのを見たことがない。
だとしたら、昨日の態度も納得だ。
獣人たちは群れの一員でも、仲の良い仲間ではないのだろう。
だから俺が帰還したとき、過剰なまでに甘えてきた。
テスに近寄ってきたのは、獣人側ではないと判断したからか。
基準は色々ありそうだが、迷宮の広間で休息したのが決め手になった気がする。
どんな生き物も睡眠中は無防備だ。ミランダとテスが近くで休息したことで、自分側と考えたのだろう。
後は弱さもありそうだ。頭脳特化のハイメスにも負けると思う。エラス・ライノにしてみたら、赤ん坊に見えるのかもしれない。
そんなことを考えていると、テスが笑顔で問いかけてきた。
「アルター様、この子はなんて名前ですか?」
不意打ちを受け、俺はしばし固まった。
ゆっくり振り向くと、入口横の貯水槽で、フィルが静かに見ていた。
知らなかった。獣もじと目ができるんだな。
「名前、か」
一旦はぐらかし、サーハスたちにどう呼んでいるのか聞いてみた。
やはりほとんどの者は呼んだことがなく、集まった名前も微妙である。
エラス・ライノ、お前、犀の魔物、でっかいけどちっこいの――採用できそうなのは見当たらなかった。正直、エラス・ライノの子供と呼ぶのは長いと思っていたが、良い案が浮かばずこれまで放置してきた。
だけど、どうしよう。今もまったく浮かばない。
誰かに丸投げするのは不味いよな。フィルの視線がとても痛いし。
俺は何でもない顔をしながら、必死に考える。
エラス・ライノから取るのは安直か。
サイをベースにすれば、転生者や転移者以外には気付かれないはず。
さらに少しもじって……。
「ジルヴ。この子の名はジルヴだ」
「格好良い名前です! よろしくね、ジルヴ!」
テスは笑顔で挨拶し、ジルヴは応えるように頬をすり寄せた。
ふと気付けば、サーハスが隣に立ち、南の森を見上げていた。
「良い名です。雄々しい魔物に育つことでしょう」
俺も表情を引き締め、雄峰を思い浮かべた。
「そういえば、現役時代のパーティー名は『ベルジリオ』だったな」
「はい。森の獣人にとって、あの山は特別です」
少し木に登れば、ベルジルヴが見える。数少ない目印は、獣人たちの支えになってきたのだろう。
その思いはクィードたちも同様で、思いのほか受けが良く、歓迎する声が上がった。
少しはジルヴも皆の輪に入れただろうか。
俺はその鼻先を撫でながら、テスに視線を向ける。
「もし手が空いていたら、身体を拭いてやってくれないか」
「分かりました、お任せください!」
元気の良い返事に頷きかけ、俺は踵を返した。
そしてハイメスの目礼を受けつつ迷宮へ戻ると、表情を揉みほぐして安堵の息を吐く。
言えない。
サイ、野菜、ベジタブル、富士額の王子様、そういや馬鹿でかい山があったっけ――。
そんな連想の果てに生まれた名前なんて、絶対に言えない。
◇◇◇◇
ぼろが出る前に朝食を済ませて最奥へ引き籠もると、気持ちを切り替えて氷霜の魔道具作成の準備を始めた。
まずは何を素材にするかである。
木製ならいくらでも作成できるが、どうしても耐久力が低く、金属製は鍛冶場がないため安物の既製品を流用するしかない。
成功率は木製の自作、耐久性は既製品の流用だ。
一応、雷相の剣や迅風のシミターは出来が良いので、『魔道具改変』で付与できるとは思うが、失敗したら目も当てられない。そもそも雷相の剣は俺の私物じゃないし、迅風のシミターや他の魔道具も持ち歩くので、留守の間に使えない。
となると、やはり既製品か。
手持ちの道具を並べて悩み、ナイフを拾い上げる。
これは冒険者から拝借した物の一部だ。今まではリザイたちに貸し出していたが、村から日用品の提供があったので使わなくなった。
普段使いは斬撃強化のナイフがあるし、これなら置いていっても影響がない。
ただ、本当に普通のナイフである。いけると思うが、失敗したら氷結属性の魔石から探さなければならない。
ナイフを眺めながらしばらく考え、俺は最奥を出た。
広間では、獣脂のランプを灯りにハイメスとサーハス、ミランダの三人が机を囲んでいた。どうやら食料の補充や在庫について会議しているようだ。
「話し合いの途中か?」
「いえ、先ほどまとまったところです」
応えるハイメスに頷くと、俺も加わってナイフを机に置く。
「少し相談に乗ってほしい。これを魔道具にしようと思うんだが、出来が普通でな。柄に彫刻を施して質を上げたい。どんな図案が良いだろうか」
俺はどんな魔道具を作りたいかも説明したが、三人は首を捻ってしまった。
ハイメスは苦手な分野と匙を投げ、サーハスとミランダも困っていた。
しばらく唸り合いが続き、不意にサーハスが手を叩く。
「詳しそうな者を呼びましょう」
「いるのか? ここに?」
「エシンです」
彼はあちこちを旅しただけでなく、職業も転々としたそうだ。目の前の机や椅子も手斧で拵えたという。
エシンが制作者だったのか。意外な人材が埋もれていたな。
早速、サーハスを呼びに行かせると、すぐにエシンがやってきた。
はじめての迷宮にきょろきょろした後、一礼する。
「あの……お呼びだそうで……」
俺は同じ説明を繰り返し、忌憚のない意見を求めた。
最初は遠慮がちだったが、何度か質疑応答を経て、反応を窺うようにエシンは切り出す。
「単純ですが、枯れた森なんてどうでしょうか。落ち葉の代わりに雪を積もらせれば、寒さも伝わるのではないかと……」
「なるほど、雪景色か。それは良いな」
ひとまず図案の方向性が決まると、折角なのでいくつか質問してみた。
住居の建築も彼が指揮を執っていたそうだが、大工をやっていたのは数ヶ月らしい。
ほとんど見様見真似と謙遜したが、それでも素人より技術があるのは間違いないだろう。俺は器用18と並外れているが、知識に欠けている。机はどうにかできても、家は建てられない。ステータスは所詮、目安だ。
俺も手伝うから家具作りを教えてほしいと伝えると、エシンは困惑しながらも少し嬉しそうに頷いた。
建築の邪魔をしては悪いのでエシンを仕事に戻らせた。
そして早速、図案を詰めようと立ち上がりかけたところ、ハイメスに止められて座り直す。
「実は、ご相談がございます」
先を促すと、ハイメスは水が不足気味と切り出した。
人数が増えた所為で、水袋などでは供給が追いつかないそうだ。
「水か。《清水》では留守に対応できないな」
「小川から引くのも悪手ですね。迷宮までの道案内になってしまいます」
「そうだな。人の手が入っていると気付かれるのもまずい」
頷く俺に、今度はサーハスが切り出す。
「森は地下水が豊富ですので、井戸を掘れば解決すると思います」
「ただ、問題は他にも。汚い話で恐縮ですが、排泄物の処理です。今は森に捨てているので、臭いが魔物を引き寄せているようです」
「有り得るな」
狩人は糞で情報を得る。魔物が人間の排泄物を嗅ぎ分けても不思議はない。
それにしても、水と排泄物か。要するにあれだよな。
「小川から水路を引き、排泄物も処理しようと考えたんだな?」
「はい。まとめて対応できればと」
俺はミランダから将軍茶を受け取り、喉を潤しながら考える。
ハイメスが小川に目を付けたのも理解できる。井戸を掘っても絶対に水が出る保証はないし、水路なら排泄物の処理も可能だ。
ただ、検討してすぐに却下したのだろう。本人が言っていたとおり悪手である。
水は井戸を掘り、排泄物はさらに遠くへ捨てるしかないが、後者は悩むところだ。空白地の外は俺かサーハス、クィードでないと危険すぎる。俺は当然、サーハスたちも暇ではない。
となると――やはり水路か。時間は掛かるが一応、打つ手はあるな。
「水路が迷宮の道案内になるなら、地下に作ろう」
「それは妙案ですが……大工事になってしまうのでは?」
「土魔法とメロックの力を借りればそうでもないが、魔力を使い切りたくない。合間合間の作業になると思うから、先に井戸を掘る。水が出るかは運任せだが、作業自体は簡単だ」
そこまで聞いて、サーハスが手を上げる。
「お待ちを、井戸は我らにお任せください。そんなことまでアルター様の力を借りるわけには――」
「他のことなら任せるが、水は重要度が高い。井戸が完成するまで小川に通い続けるくらいなら、別の作業に時間を使ってくれ。それに家の建築も終わっていないだろう。いつまで野宿するつもりだ?」
俺が拒否すると、サーハスは黙ってしまった。
その様子に少し反省する。少ない資材や道具でよくやっていると思う。急かすつもりはなかったが、野宿のひと言は余計だった。
しかし、リザイたちが留まると分かっていたら、最初から俺が建てたんだけどな。
当初、あれは仮拠点だった。リザイたちと距離があったので好きにさせていたが……。
「今更だが、僕が家を建てようか?」
「いえ、さすがにそれは!」
俺の提案を、サーハスは即座に断った。
真四角の家なら大した労力ではない。そう言っても井戸は任せると言うだけで、家の建築はきっぱり固辞してきた。
獣人ならではの拘りだろうか。よく分からんが、最後まで任せるとしよう。
これで話が終わったと思い立ち上がりかけると、ハイメスが呼び止める。
「話題に上がりましたので、提案がございます。荷物が広間に収納しきれなくなってきました。アルター様のお手を煩わせてしまいますが、外に倉庫を建ててはいかがでしょうか。完成した際は、私も生活の拠点を移したいと考えます」
俺は返答しかけたが、それより早くミランダが反対を表明する。
どうやら倉庫ではなく、生活の拠点の部分らしい。
ハイメスを追い出したと思ったようで、自分たちが倉庫で生活すると訴えたが、ハイメスはそれを拒絶する。
「使用人であれば、アルター様のお声が届く位置に控えるべきです」
正論をぶつけられ、ミランダは黙ってしまった。
まあ、誰が引っ越すにせよ、倉庫は必要かもしれない。広間の一角をジルヴの寝床が占め、食糧や重要でない荷物も積み上げられている。そこで三人が寝泊まりするのは狭苦しいし、ミランダは女性だ。男女が同室では落ち着いて休めないだろう。おそらくハイメスも、それを気にしている。
ただ、これから夏の本番を迎える。
迷宮の温度は外より低いので、食糧を保管するなら外よりも中だ。《妨土の壁》で迷宮を拡張できれば解決なんだが、メイの支配から外れると崩落の危険があった。俺なら対処できても、他の者は確実に命を落とすだろう。
とりあえず、倉庫を建てておくか。毛皮などを移動させるだけでも、広間が広くなるはずだ。
そう考えて口を開け掛けたとき、俺は微かな振動を感じた。
気の所為かと思った直後、再び振動を感じ取る。今度はハイメスたちも気付いたようで、何事かと顔を見合わせていた。
今の話をメイも聞いていたはず。それに俺の意思はほとんど筒抜けだ。
ということは――。
「もしかして、拡張できるのか?」
岩肌に問いかけると同時、興奮気味の同意が何度も伝わってきた。
念のため確認すると、さらに強い同意が伝わり、広間の壁まで揺れ始めた。
何をしようとしているか気付き、俺は慌てて制止する。
「待て、メイ! まだだ!」
不意に振動が消え、困惑が伝わってきた。
メイを落ち着かせてから、皆に事情を説明すると、ハイメスは驚きながらも疑問を口にする。
「どのくらい拡張できるのでしょうか」
「メイ、どうなんだ?」
意思はすぐに返ってきたが、どうにも要領を得なかった。
なんというか……幼児が目一杯、手を広げているような絵面が浮かぶ。
事実なら相当な広さだが、本人もよく分かっていない気がした。
「拡張できるのは間違いなさそうだ。闇雲に広げるより、将来を見据えて計画を練ろう。ミランダも当事者だ。意見を出してくれ」
そう促すと、俺たちは相談を始めた。
今の迷宮は単純な一本道で、入口、通路、広間、通路、寝所の順番である。
防衛を考えるなら複雑にすべきだが、今は利便性が優先だ。
話し合った結果、広間から左右に通路を延ばし、左を施設、右を居住空間、そして寝所への通路に新たな部屋を作り、そこを俺の私室兼作業部屋することになった。
ちなみにメイに確認したところ、少しずつなら部屋を移動できるので、時間を掛ければ大規模な改修も可能だった。
大まかな構想がまとまり、次はどの順序で拡張していくかで話し合う。
倉庫のやり取りもあってか、ミランダは居住空間の拡張を推してきた。
広間から人が減れば、当面は荷物置き場に困らない。
特に異論は出なかったので居住空間が最初となり、次いで左に倉庫――後に厨房予定の部屋を作ることに決まった。
いきなり厨房にしないのは、準備が整っていないためだ。
獣脂のランプだけで、相当な煙と臭いである。火を焚いたらとんでもないことになるだろう。
一応、メイの空間支配なら換気もできるが、固定と流動では負担がまるで違う。余計な力を使わせたら次の拡張が遅れてしまうので、換気は別の手段を考えるつもりだ。
そこで話を打ち切り、羊皮紙に書いた図面をメイに見せた。
しっかりと了承が伝わってきたので、早速、拡張を頼み、俺たちは広間の左側に避難する。
そして俺が合図すると、すぐに微かな微震を感じた。
ランプの火が揺れるのを見て、消すように指示して《光源》で広間を照らし出す。
揺れの原因は振動ではない。風だ。
右の壁から風が起き、迷宮の外へ流れていった。
地中の空気を排出しているようだ。迷宮は大岩をくり抜いているイメージだったが、脆い土壌の密度を高めて強度を上げているらしい。《妨土の壁》と同じ原理だ。
風が強くなるにつれ、広間の壁が凹んでいく。
サーハスが小さな歓声を上げ、ハイメスとミランダも食い入るように見つめている。
メイの支配は目に見える範囲だけでなく、もっと広いはずだ。
そうでなければ、広い空間は強度を保てない。
だから迷宮の拡張は、支配範囲のバランスを考えて実行している。裏を返せば、すべての範囲を強度の高い石に置き換えることで、余すところなく利用できるだろう。
まあ、それは地下水路以上の大事業だ。現実的でないが、ちょっとした支援ならできるはず。
「メイ、拡張は自分でやらないといけないのか?」
振動が止まり、同時に疑問符が飛んできた。
俺は寝所の《妨土の壁》を思い浮かべながら手伝いたいと伝えたところ、一も二もなく歓迎の意思が返ってきた。
「土からの石壁は消費魔力が多くなる。通路と部屋の一部が限界だ」
了承の意思を受けながら、俺は凹みの前に立った。
《妨土の壁》は特に指定をしない場合、高さ三メートル、幅二メートル、厚さ二十センチほどで生成される。これを自由に可変するわけだが、合計サイズを越えることはできない。
作りかけの通路の幅は三メートルほどで、高さも大体同じだ。
ジルヴが余裕を持って通行できる。今後もこれを基準にするとして、左右は普通に発動し、上下は壁から発動すればぴったりか。
タイミングのずれはメイの支配で頼るとして、通路予定の土だけでは足りないな。
俺は《一握の土》を発動し、充分に溜まったところでメイに切り出す。
「左右の壁を生成してから、上下を生成する。土壌の支配を頼む」
何度も頷く意思に微笑を向けつつ、俺は『多重詠唱』で《妨土の壁》を発動した。
今までよりも強い振動が足下を揺らし、大きな音を立てながら左右に壁が伸びていく。
それに遅れて壁から天井と床を生成、反対側の壁と結合させた。
魔力がごっそり抜ける感覚に頭を振りながら、繰り返して長さ四メートルほどの通路を完成させる。だいぶ魔力を消費したが、もう少し行けそうだ。通路は終わりにして、部屋を作ろう。
通路の右側に立ち、すでにある通路や広間の壁を利用して内部を生成していく。
しかし途中で魔力が危うくなり、メイの力を借りてどうにかミランダたちの部屋を完成させた。
メイに礼を言いながら、空っぽの室内を見渡す。
床面積が石壁二枚では狭いと思ったので倍の四枚にしたが、奥行き四メートル、幅六メートルほどの大部屋になってしまった。十畳以上はあると思う。明らかに最奥の寝所より広いが、狭いよりはましだろう。
ミランダもランプを動かし、そんな室内を見渡す。
「あの……とても立派なんですが……?」
「そのうち、ハイメスにも同じ部屋を用意する。ああ、中を区切りたかったら言ってくれ。後日、《妨土の壁》で生成しよう」
ミランダはそうじゃないと表情で訴えていたが、俺は気にせず話を打ち切った。
その後、メイに余力があったので広間の左側に少しだけ通路を生成し、その先に小さな空間を作った。いずれは厨房、今はちょっとした倉庫である。
メイはまだ張り切っていたが、空間の生成が明らかに遅くなっていた。
これ以上は限界と判断し、迷宮の拡張を終了した。