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第180話 幕間 ~『憐憫』




 アルターとサーハスが訪れたセレン北の街道から遥か西方、ハズニック伯爵領の外れに廃村がひっそりと埋もれていた。

 西の森を切り開き、多くの冒険者や行商人が往来する旅人の休息所だったが、二年前に廃棄されている。今では自然が勢いを盛り返し、かつての賑わいを想起させるのは(こけ)()した石造りの集会所と倉庫だけだった。


 そんな廃村に、人の姿を見かけるようになったのはここ数日。

 普段は魔物や動物、稀に冒険者が通りかかるだけなのに、今は三十人を超える男たちが滞在していた。

 その日も月明かりの下、集会所を囲むように点在する焚き火のそばに座り、談笑しては酒を回し飲み、そうでなければ沈んだ目で炎を眺めていた。

 もし冒険者が彼らに気付いたら、即座に身を隠しただろう。

 汚れた衣服にあり合わせの武器、彼らの正体はダーヴィス盗賊団だった。


 貴族の争いによる影響で盗賊なんて珍しくもないが、ダーヴィス盗賊団には特筆すべき点がある。

 まず、同じ場所に長居しない。

 仮拠点を定めると、しばらく近隣の街道や村落を略奪、被害が領主に報告された頃には別の土地へ移動してしまう。それどころか何もせずに他領を横断することもあって、足取りが掴みにくく、各地の領主や冒険者ギルドは手を焼いていた。

 もう一つの特徴は、ほとんどが同じ土地の出身者で構成されていた。

 その場所こそ、彼らが滞在している廃村、ダーヴィス村である。


 ダーヴィス村の不運は、廃棄される数年前から始まった。

 病害虫による不作と魔物の被害。

 臨時収入をもたらす旅人も、まともな食事がなければ寄りつかない。

 悪循環が重なって苦境に喘ぐダーヴィス村は、二年前の秋、とうとう限界を迎える。


 村の蓄えは底を尽き、その年も確実に不作だった。

 どうやって徴税官を説得するかと頭を悩ませていたとき、ダーヴィス村にひとりの行商人が訪れた。

 彼はディナットと名乗り、魔物に積み荷を奪われたと嘆いたが、嘆きたいのは村人も同じである。奴隷商に若者や子供を売っても、働き手を失えば村はゆるやかに衰退する。死を先延ばしにするだけだった。

 その話を聞き、ディナットは激高する。


「家族を奴隷商に売る!? 何のために莫大な税を納めているんですか!? 魔物から守ってもらうためでしょう! 魔物の被害がなければ、今の苦境はなかったはずです! 私だって、積み荷を失わなかった! すべて伯爵の怠慢です!」


 ほとんどの村人は耳を貸さなかったが、若者を中心にひとり、またひとりと賛同者が現れた。

 彼らはディナットの言葉だけに耳を傾け、村長や親が何を言っても聞こうとしない。それも当然だ。奴隷商に売られるのは彼らである。

 そして若者たちはディナットに先導されるまま、村を訪れた徴税官を殺害してしまう。


 こうなると後戻りはできなかった。

 ディナットと若者らはダーヴィス村を離れたが、ハズニック伯にしてみれば、村の反乱以外の何物でもない。兵が送られて大多数の村人は殺害、生き残りも奴隷に落とされてしまう。

 自らの愚行が招いた結果なのに、それを知って若者たちは怒りに燃えた。

 貴族への報復を掲げて旅人を襲い、各地の村を略奪していく。

 反対する者は友人に粛正され、後にダーヴィス盗賊団と呼ばれても、ディナットの正体が盗賊と分かっても止まらなかった。


 彼らを汚染したのは、優越感である。

 偉そうな徴税官に命乞いをさせ、冒険者を這いつくばらせ、強欲な商人から奪い尽くす。

 奪うのがこれほど楽しいとは――そんな歪んだ優越感が、彼らを汚染してしまう。

 村を逃げ出してさほど掛からぬうち、ダーヴィス村の若者は盗賊に成り下がっていた。


 それでも、生まれ故郷には思うところがあるのだろう。

 枯れ木の()ぜる音を聞きながら略奪した酒を(あお)り、軽口を叩き合いながらも、時折、我に返ったように廃村を見渡していた。

 家族を死に追いやり、その後も略奪を繰り返している。

 彼らの境遇は理解できても、擁護しようがないし、同情の余地もなかった。

 血に染まった手に気付かないまま、盗賊たちは酒盛りを続ける。


 その様子を、仲間の見張りが無言で眺めていた。

 彼も他の連中と変わらず略奪の限りを尽くしてきたが、村に帰ってきたことで、わずかに残った良心が大きく揺さぶられていた。

 暗い廃村に視線を向けると、優しかった父と母、可愛がっていた弟たちの笑顔が浮かんでくる。男は無言で懐に手を当て、隠し持っている金貨の感触を確かめた。

 生き残りは奴隷にされたと聞いている。もし家族がどこかで生きているなら、助けに行くべきではないか。

 ダーヴィス村に戻ってからはそればかり考え、森から窺う魔物の群れに気付かなかったし、突然、その気配が消滅したことも気付かなかった。

 彼が我に返ったのは、何となく動かした視界に、理解の及ばぬ姿が飛び込んだからだ。


 森の暗闇を背に、純白の女が歩いてくる。

 草原に降り注ぐ月明かりを浴び、銀色のケープと白金の髪が輝いていた。

 月の精霊……?

 無学な男は、それくらいの言葉しか浮かばなかった。

 近付いてくる女を呆けた顔で見つめ、それに気付いた他の見張りもぽかんと口を開けてしまう。

 純白の女は気にも止めず、慈愛に満ちた微笑で男たちに問いかける。


「あなたたち、ダーヴィス盗賊団?」


 容姿に(たが)わぬ美しい声だった。

 精霊の声なら当然――そう男たちは思ったが、純白の女は困ったように小首を傾げてしまう。


「まあ、良いわ。どのみち盗賊でしょう」


 女が腰の細剣に手を掛け、緋色の切っ先が自分の胸を貫いても尚、見張りの男は()()れていた。



  ◇◇◇◇



 同時刻、集会所にある物置だった部屋に、ディナットと幹部二人が集まっていた。

 古びたサイドテーブルに酒瓶を置き、木箱を椅子代わりにして幹部が現状を報告している。

 内容は部下の様子である。

 ディナットは口先だけでいくつもの盗賊団を渡り歩き、普通の村人を盗賊に落ちぶれさせるほど弁が立ち、それだけ知恵も回る。ダーヴィス村に戻れば、部下がどうなるかは容易に想像できた。

 それでも、戻ると決めたのは拠点を持たない弊害からだった。

 流浪の盗賊団は捕捉されにくいが、まともに休息できない。二年の放浪生活で、部下は疲れ切っていた。

 このままでは瓦解するか、反乱を起こす。

 ディナットはそう考え、徴税官やハズニック伯への怒りを思い出させるため、ダーヴィス村への帰還を決めた。


 もちろん、滞在中に(はん)()を抱く者も出るだろうが、演説一つでどうにでもなる。

 無学な連中の怒りを焚きつけるのは造作もないし、そもそも、すでに落ちぶれていた。彼らに帰る場所がないのは、目の前の廃村が証明している。

 ディナットは内心で笑いながらも、神妙な顔で報告に耳を傾け、たまに部下を思いやるように同情的な表情も向けた。

 そしてすべての報告が終わった後、幹部が思い出したように切り出す。


「そういえば、どうしてあんなのを?」

「あれですか」


 ディナットは手元の短杖(ワンド)に指を這わせながら、奴隷商からの拾い物を思い浮かべる。


「特に理由はありませんよ。珍しいから拾ったまでです。使い道がなければ、どこかに捨てていきます」


 幹部たちは素直に頷いたが、ディナットの思惑は別にあった。


(もし部下が反乱を起こしても、あれがいればどうとでもなる。抑止力どころか、皆殺しにだってできるだろう。それこそ、使い道は無限だ)


 ディナットが穏やかな顔で物騒な活用方法を検討していると、不意に外の喧噪が耳に届いた。

 最初は喧嘩かと思ったが、それにしては様子がおかしい。

 ディナットは思考を打ち切って視線を動かす。


「やけに騒がしいですね」

「久しぶりに帰ったから、羽目を外しているんでしょう」


 幹部は深刻に考えなかったが、いくらなんでも騒がしすぎる。

 剣戟や兵士の喚声は聞こえない。魔物が入り込んだのかと思い、ディナットは幹部と共に外へ向かった。

 そして集会所の扉を開けた瞬間、予想外の光景に静止してしまう。


 純白の女を取り囲む盗賊たち。

 背後の幹部は女の美しさに目を奪われていたが、ディナットはどうにか視線を外して周囲の状況を観察した。

 草原に倒れているのは十人以上。全員が心臓の一突きで殺されている。

 相当な手練れと判断し、ディナットは部下へ指示を飛ばす。


「皆さん、焦らないでください! どれほどの強者でも、一斉に攻撃すれば躱しきれません! いつものように戦えば、必ず勝てます!」


 盗賊たちはすっかり呑まれていたが、ディナットのひと声で正気を取り戻した。

 これまでも多くの冒険者を仕留めている。今までどおりにやれば勝てるはず。

 そう考えて、掛け声と共に全方位から斬り込んでいく。


 しかし、当たらなかった。

 すべての角度と方角から斬り込んだのに、純白の女はことごとく躱してしまう。

 いや、躱すという次元ではなかった。廃村を舞う姿は申し合わせた舞踊のようで、必死の攻撃を見てもいない。

 空振りを続ける部下に、ディナットは驚愕を隠しきれなかった。


(なんだ、この女……。強いなんてもんじゃない。最低でもBランク、下手したら――)


 そこまで考え、ディナットは息を呑んだ。

 ソロの女冒険者、見蕩れるほどの容姿、そして尋常ならざる強さ。

 唯一の結論を導き出し、唇が震える。


「まさか、『(れん)(びん)』……?」


 微笑を深める純白の女に、ディナットは(あと)退(ずさ)った。

 そして背中を倉庫にぶつけて逃げ場を失うと、女に向けて絶叫する。


「なんで――なんでAランクがいるんだ!? なんで、こんな安い仕事を受けてんだよ!?」

「さっきと口調が違うわね。それが地かしら。ま、どうでも良いけど。質問に答えるなら――依頼は受けてない。通りかかっただけよ。あと情報が古いわね。Aランクじゃない。今はSランクよ」


 ディナットは驚くことすらできず、ただ呆然と純白の女――『憐憫』のセルファを見つめた。

 彼女が昇格したのは一年ほど前である。

 火山活動の影響で、タースドールの町に火の小精霊シューミーが大量発生し、千人以上が焼死する大災害を引き起こした。

 シューミーは下級精霊だが、発生した数は百とも二百とも言われ、しかも精霊という種は普通の武器が効きづらい。軍隊はもちろん、並みの冒険者では返り討ちに遭うだろう。


 そこで選ばれたのが、『憐憫』のセルファだった。

 彼女は依頼を受けるなりタースドールに乗り込み、いとも簡単にシューミーを殲滅してしまう。あまりの呆気なさに、最初は誰も信じなかったほどだった。

 しかし報告が事実と判明すると、冒険者ギルドはセルファをSランクに昇格させた。

 他のAランクのパーティーでも達成可能だが、これほどの短期間は不可能である。セルファの実力はAランクの枠に収まらないと証明された。しかもソロのSランクは、唯一のSSランク到達者、戦神スレイアス以来の快挙でもある。

 それがどれほど歴史的な偉業か、ディナットには想像できないし、当然、部下たちに分かるはずもない。

 奇妙な沈黙が流れる中、ようやくディナットが我に返る。


「あいつを――あいつを連れてこい! 何してる、早くしろ!」


 いきなり指示を受け、幹部が跳ねるように倉庫へ飛び込んでいった。

 そしてさほど掛からぬうち、幹部は太い鎖を必死で引っ張りながら戻ってくる。

 鎖に繋がれていたのは、二メートルを優に超える亜人の魔物だった。

 頭部は獅子か虎、漆黒の短い体毛に覆われた体躯は、限界まで筋肉が詰め込まれている。

 圧倒的な存在感を示す魔物を見上げ、セルファは少し目付きを変えた。


「初めての魔物ね。どこで拾ったの?」

「奴隷商から拝借した」


 ディナットはにやりと笑い、セルファに指先を突きつける。


「主人の命令だ! あの女を、『憐憫』を殺せ!」


 短杖(ワンド)から隷属の首輪に意思が伝達され、指示となって魔物に伝わる。

 だが、魔物は動かなかった。

 静寂が流れる中、魔物はセルファを(いち)(べつ)し、次いでディナットを見下ろす。


「断る」


 獣の口から漏れ出てきたのは、滑らかな人間の言葉だった。

 セルファは驚いたが、ディナットはそれ以上の驚きで魔物を見上げる。


「しゅ、主人は俺だぞ!? 命令に従え!」


 喚きながら短杖(ワンド)を振り回すも、やはり魔物は動かなかった。

 隷属の首輪が壊れているわけではない。命令違反に反応して首を締め上げているが、魔物は気にもしていなかった。


「主人か、そういう魔道具だったな。何が起きるか試してみよう」


 魔物が呟くと同時、ディナットの顔が弾け飛んだ。

 胴体だけのディナットが、短杖(ワンド)を振るいながら崩れ落ちていく。

 盗賊たちはそれを見ても、四散した頭部を浴びても反応できない。彼らの思考はSランクの襲来で、とうに理解の限界を超えていた。

 そもそも、今のを攻撃というべきだろうか。羽虫を払うように手を振っただけである。

 魔物は手の甲に付着した肉片を眺め、吐き捨てる。


「何も変わらんか。つまらん」


 その一言で、頭部を浴びた幹部が絶叫した。

 悲鳴は瞬く間に伝播し、盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。転倒した者は踏み潰され、恐怖で足が動かない者は草原を這っていく。もはや盗賊らしさは微塵もない。どこにでもいる普通の村人だった。


 それを慈愛に満ちた眼差しで見渡すと、セルファは優美な指先で胸元の留め具(フィブラ)を外した。

 銀色のケープが(すそ)から解け、ふわりと浮かび上がる。

 ケープだったものは銀色の紐となり、純白の女を守るように無数の円を描き出す。

 至上の絵画を思わせる光景だったが、それも一瞬――不意に一陣の風が吹き抜け、銀の紐は渦を巻きながら展開する。


 時間にしてほんの数秒、廃村に満ちる悲鳴は掻き消えた。

 後に残されたのは大量の死骸。

 さきほどまで逃げ惑っていた盗賊たちは、手足や胴、首を切断されて草原に転がっていた。

 役目を終えた銀の紐がケープを形作っていくのを、魔物は感心した様子で眺めた。


「無数の刃を編み込んだ組み紐か。面白い魔道具だ。刃はミスリル製か?」

「ほぼね。ラスルス鉱を少し混ぜているわ」


 魔物は頷くと、首を回しながら踏み出す。


「邪魔者は消えた。では、始めるか」

「あら、戦うの?」

「頼みを聞いてやる義理はないが、お前は興味深い」


 セルファはふうんと呟き、不思議そうに魔物を見上げた。


「それにしても、言葉が上手いのね」

「しばらく人間の中で暮らしたからな」

「へえ、どうして?」

「人間という種族に興味があった」


 目的はよく分からなかったが、魔物の返答にセルファは納得した。

 引っ張り出されたときから、セルファは疑問に思っていた。以前、竜喰らいと呼ばれる大頭の狼、フェルジスを討伐したことがある。目の前の魔物からは、それに匹敵する圧力を感じていた。

 これほどの魔物を、隷属の首輪で縛るのは難しい。実際、めり込むほど締め上げているのに、苦しそうな素振りすら見せていなかった。

 セルファはいつもの微笑を戻り、踵を返す。


「行くわ」

「戦わんのか?」

「片付けにきたのは盗賊。魔物じゃないから」


 立場を入れ替えたやり取りに気付かず、困惑が猛獣の顔に浮かぶ。

 しかし不意にその目が細まり、隷属の首輪を撫でながらセルファを睨み付けた。


「『憐憫』と呼ばれていたな。まさか、俺を憐れんだのではあるまいな」

「そんなわけないでしょう。自分の首に聞いてみなさい。あと言っておくけどね、『憐憫』なんて回りが勝手に呼んでるだけだから。生まれつきなのに、慈愛に満ちてるとか敵も憐れむとか、ほんっとうに馬鹿みたい! どいつもこいつも――」


 よほど不愉快な話題だったらしい。

 セルファの口から次々と罵詈雑言が飛び出し、魔物は困ったように顎の下を掻いた。

 しばらくしてそれが収まると、魔物はセルファをじっと見つめ、難しい顔で首を振る。


「やはり駄目だ。人間の顔なぞ、見分けられん」


 その言葉にきょとんとした後、セルファは盛大に吹き出した。


「そうよね、見分けなんてつかないわよね! 魔物だもの!」


 よほどおかしかったのか、セルファは身を(よじ)って笑い転げた。

 魔物は益々困った顔で腕を組み、無言でそれを見守る。


「ああ……こんなに笑ったの、久しぶり」


 セルファはどうにか笑いを静め、覗き込むように魔物を見上げた。

 その眼差しに込められた親しみに、魔物が気付くはずもない。


「じゃあね、魔物さん。縁があったら、また会いましょう」


 すっかり毒気が抜かれた魔物は、立ち去るセルファをただ見送った。

 その姿が消えてから廃村が静まり返ると、草花が揺れる微かな音に交じり、倉庫から物音が聞こえてきた。

 扉から顔を覗かせたのは、二人の盗賊である。彼らは魔物の見張りで、騒ぎの間も倉庫の隅で隠れていた。

 二人は外の惨状を眺め、目を見張る。


「何だよ、これ……」

「全滅って……嘘だろ……」


 すぐそばに頭部のないディナットが転がり、至るところで仲間だった肉片が散らばっていた。確認するまでもなく、生き残りがいないのは明白である。


「に、逃げるぞ! ディナットが金を隠しているはずだ! お前は集会所を探せ!」


 仲間に指示を飛ばすと、自分はディナットの懐を探り、硬貨の詰まった皮袋を回収する。

 そして立ち上がりかけたとき、短杖(ワンド)が目に留まった。


「こいつは良い! 今日から俺が主人だ、分かったなデカブツ!」


 盗賊は短杖(ワンド)を振りかざしたが、魔物はつまらなそうに眺めるだけだった。

 そしてわずかなため息の後、盗賊の頭を指先でつまみ上げる。

 あまりの激痛に盗賊は悲鳴を上げ、聞きつけた仲間が集会所から飛び出してくる。


「何してるんだよ、お前! そいつを離せ!」


 喚き立てる盗賊を(いち)(べつ)し、魔物は素直に従った。

 手首を振った瞬間、盗賊は有り得ない速度で仲間に衝突、二人は集会所の染みとなる。

 魔物は滴り落ちる肉片を眺め、月の影を振り仰いだ。


「これが人間。あれも人間か」


 静かに呟き、魔物はのそりと歩き出す。

 この日、周辺地域を荒らし回ったダーヴィス盗賊団は、生まれ故郷で壊滅した。

 数日後、偶然立ち寄った冒険者が惨状を発見。

 冒険者ギルドの調査員は、死体の状況や近隣での目撃情報から『憐憫』の()(わざ)と断定する。しかし、彼女が警戒するほどの魔物がその場に居合わせ、廃村から立ち去ったことまでは気付かなかった。






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