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第17話 八歳児の日々 ~再会


 冒険者ギルドに向かうと、到着したのはこの前と同じ昼前だった。

 相変わらず人の姿は(まば)らである。よほど暇だったのか受付も席を外しており、俺とロランを見るなり書類を持ったまま依頼カウンターに着席した。

 依頼じゃないんだが、他は空席か。

 微笑を湛える受付のところまで歩み寄った。


「依頼ではないが構わないか?」

「はい、ご用件をどうぞ」

「『破邪の戦斧』という冒険者パーティーと連絡を取りたいんだ。できれば彼らの滞在している宿を教えてもらいたい」

「滞在先ですか……」


 女性は少し悩んだ後、小声となった。


「失礼ですが、護衛任務で何かございましたか?」

「――ん? ああ、君はこの前の」

「はい、私がご案内致しました」

「そうだったか。いや、ギルドを煩わすような用件ではない。無事に依頼は完了している。それを祝し、屋敷に招待しようと思ってな」

「それを彼らは承知しておりますか?」

「もちろんだ。向こうにも都合があるだろう。改めて連絡すると伝えてある」


 俺の言葉に受付の女性は頷いた。


「それなら問題ございません。冒険者ギルドの規則として、いかなる立場の相手でも、みだりに冒険者の情報を開示することは致しかねるのです。ご容赦下さいませ」

「当然の対応だ。しかし、僕が嘘をついているとは思わないのか? 彼らに悪意を抱いている可能性もあるだろう」

「依頼の報告は受けております。もしその時(いさか)いがあったのであれば、報告しなかった冒険者の責任ですから」


 笑顔で恐ろしいことを言ったな。

 規則を守ればこちらも守るが、破るなら守らない。どうやら冒険者ギルドというのは、二極思考の組織らしい。


「よろしければ、こちらで連絡致しましょうか?」


 受付が羽ペンを手に、提案してきた。

 これは純粋な厚意だろう。やはり貴族の息子が、一冒険者の元へ伝言に走るのはおかしいのだ。ギルドに任せれば『破邪の戦斧』の機嫌を損ねたりはしないし、うってつけの使者ではある。だが、俺が懸念しているのはそこだけではない。

 もし貴族に呼びつけられたらどうなるか?

 たぶん断れない。どんなに都合が悪くとも、予定を変えて馳せ参じる。マーカントなら平気で「あ、その日は無理」とか言いそうだが、仲間がそれをさせない。だから俺自身が行く必要がある。それが彼らへの礼儀だ。


「その必要はない。僕にとって依頼は終わっていないのだ。ともに戦った彼らを(ねぎら)ってこそ、本当に依頼は完了する。それまでは僕が動かねばならん」


 受付は驚いたように少し目を開き、深々と頭を下げた。


「ご立派なお考えです。差し出がましい申し出をしてしまいました。お許しください」

「構わない。端から見れば無意味な拘りだろうしな」

「お尋ねの『破邪の戦斧』ですが、帰還の日に報告へ来て以来、ギルドに顔を出しておりません。彼らの滞在先は――」

「――はい?」


 受付の言葉に、思わず素で聞き返した。



  ◇◇◇◇



 宿の名を何度か聞き直し、俺は微妙な表情を浮かべながらギルドを出た。

 教わった道順を御者に伝え、着いた先の看板を見上げる。

 まじかぁ……本当にそんな名前なんだ。

 壁に掛けられた小ぶりな看板には、繰り出す(こぶし)亭と書かれていた。


「ロラン」

「はい」

「どう思う?」

「勇壮ですな」

「そっかぁ……」


 もうちょっと、何かなかったのかね。まあ、イギリスのパブとかも結構強烈な名前だって聞いたことがあるけど。連続殺人鬼にあやかった店名もあるそうだし。

 誰が繰り出したんだろうな、(こぶし)

 ちょっと警戒しながら扉を開ける。

 入って右手に受付、正面には食堂の入り口があった。

 左は二階への階段で、丁度若い女性が降りてくるところで、彼女は俺を見るなり微笑みながら挨拶してきた。


「ようこそ、繰り出す拳亭へ。お泊まりですか?」


 定型文が物騒に聞こえたのは生まれて初めてだ。とりあえず殴りかかってこないようなので、一安心である。


「ここに『破邪の戦斧』が宿泊していると聞いたのだが」

「お知り合いですか?」

「三日前、彼らは数日留守にしていただろう。その間、僕を護衛していたんだ。依頼は完了したが所用があってな」

「あー、そういえば居ませんでしたね。確かマーカントさんとヴァレリーさんなら部屋にいますよ。呼んできますね」


 女性は踵を返し、軽やかに階段を上がっていった。

 それを見送ると、何とはなしに奥の食堂を覗いてみた。

 数名の冒険者が(くつろ)いでいる。彼らも休日らしい。そして三十代の女性と別の若い女性が調理場と客の間を行き来していた。今のところ従業員は女性ばかりで、繰り出しそうな人はいない。たぶん、料理人が丸太のような腕をしたおっさんなんだ。


「アルター!」


 振り返ると、こっちにも繰り出しそうな男が立っていた。


「三日ぶりだな。ずいぶん経ったような気分だ」

「はっは、まったくだ! それで今日はどうした?」

「屋敷に招待すると言っただろ。四日後にどうかと思ってな。予定は空いているか?」


 マーカントは呆れたように首を振った。


「人を寄こせば良いだろうに。おまけに予定を聞くとか。相変わらず偉そうな態度以外は貴族らしくねえな」

「僕から偉そうをとっても生意気が残るだけだ」

「ちげえねえ!」


 げらげらとマーカントが笑う。

 貴族の人生が無くなれば、残るのはただの(もり)(てん)()。精神年齢二十五歳、そんな八歳児は生意気に決まってる。


「んで四日後、か。別に予定はねえが――ま、それくらいなら大丈夫だろ」

「大丈夫? 何かあるなら変更するが」

「ああ、そうじゃないんだ。ちょっとヴァレリーが体調崩しててな。大したことないから四日もあれば治るさ」


 マーカントは気楽に応えたが、どこか心配そうな雰囲気が見え隠れしていた。


「遠征の疲れか。それならゆっくり休むと良い。では四日後に会おう。その時は迎えを寄こす。ではこれで――」

「もう帰るのか? 良かったら顔を見てってくれよ。寝込んでるわけじゃないんだ。今も降りてこようとしてたくらいだしな」


 答えに躊躇した。

 俺としては親しくなったつもりではいるが、いきなり成人女性の部屋に押しかけるのはいかがなものか。それにマーカントが言っているだけで、ヴァレリーは休んでいるところを見られたくないかもしれない。だが、気になるのも確かだ。ヒーリングポーションがあるので、怪我が悪化したわけではないだろう。疲れだろうが、とりあえず顔を見られればこちらも安心できる。


「分かった。挨拶だけでもさせてもらうか。しかし、休んでいたなら女性には色々あるだろう。無理()いはさせないようにな。見舞いなら声だけでもできる」

「お前、変なところで貴族だよな」

「紳士と言え。それに男として当然の対応だ」


 八歳の小僧が男って……と呟くマーカントの先導で、俺たちはヴァレリーの部屋に到着した。


「アルターとロランが見舞いに来たぞ」


 すぐにヴァレリーから返事があった。

 少しの間、俺たちは部屋の前で待ち、ヴァレリーの許可を得て入室する。

 Cランクの宿泊する宿だけあって、部屋は広々としていた。開け放たれた大きめの窓から陽光と新鮮な空気が室内に流れ込み、それを受けながらヴァレリーは窓際のベッドに腰掛けていた。


「こんな格好で申し訳ありません」

「急に押しかけたこちらが悪い。気にしないでくれ」


 ヴァレリーは寝間着の上に厚手のマントを羽織っている。さっきまで横になっていたのだろう。顔色も良くない。確かに調子を崩しているようだ。


「元気そうではないか」

「はい。休んでいたら、だいぶ良くなってきました。みんな心配しすぎなんですよ」


 困ったような、それでいて嬉しそうな表情をヴァレリーは浮かべた。

 そしてマーカントが「ただの食い過ぎだしな」と口を滑らせ、急に室内が騒がしくなる。

 二人の言い合いに笑いつつも、失礼を承知で『鑑定』を発動させた。

 こういう使い方は初めてだ。何か分かるかね。

 視界の隅にそれとなく視線を送る。

 おお、遠征に行く前よりだいぶ成長しているな。彼らにとっても激戦だったようだ。

 それ以外の変化は――


「……なに?」

「どうしました、坊ちゃん」


 背後からロランに問われ、声を発してしまったことに気付く。

 それでも俺は、もたらされた情報から目を離せなくなっていた。

 ようやく視線を外せば、皆が俺を注視していた。

 首を傾げるヴァレリーと目が合い、言葉に詰まる。

 これは――どうするべきか。

 伝えるには『鑑定』について話さなければならない。自然に治まるならそうすべきだ。しかし、その保証はどこにもない。

 俺はマーカントとヴァレリーを見やった。

 向こうがどう思っているか知らないが、俺は『破邪の戦斧』を友人だと思っている。一緒にいて楽しいだけでなく、たぶん俺の中身が原因だ。前世と今世を合わせれば同年代。俺は失った前世を彼らに重ね合わせているのだろう。

 ゆっくりと目蓋を閉じた。

 『鑑定』で起きる不和や騒動。そしてヴァレリーの不調。どちらも確定した未来ではない。ただ、どちらも最悪の結末が容易に想像できた。

 秤に掛けるまでもないか。

 覚悟を決め、目を開ける。


「一つ、告白しなければならない。聞けば分かると思うが、他言無用に頼む。ロランもだ。父に報告しないでくれ。必要と思えば僕から話す。それと、皆にはこれまで失礼があったことを心から謝罪する」


 頭を下げる俺に、全員が困惑していた。


「その前に確認だ。(はい)(はき)(びょう)というのを知っているか?」


 全員が首を振った。

 やはり誰も知らないか。よくある病ならとっくに気付いているしな。難病でなければ良いんだが。

 俺は「告白だが」と一呼吸置き、言葉を継いだ。


「僕は、『鑑定』が使える」

「鑑定……ちょっと待て! 『基礎鑑定』じゃなく、『鑑定』か!?」

「そうだ。鑑定系スキルの中位の『鑑定』。世界に三人いるらしいな。僕は四人目だ」


 マーカントはただ驚き、ロランは絶句していた。

 そして言葉の意味を、誰よりも早くヴァレリーは察した。


「それでは、私はその灰吐病というのに?」

「状態異常を鑑定するのは初めてだが、間違いない」


 俺の目には【状態異常:灰吐病】の文字がはっきりと見えていた。

 どうやら状態異常になると、名前の横に記載されるようだな。分かりやすいんだか、(にく)いんだか。


「それは、どのような病気なんでしょうか」

「待ってくれ」


 俺は『鑑定』を【灰吐病】の文字に集中させた。



名称  :灰吐病

特徴  :肺に入り込んだ微細な生命体により発症。

     咳、倦怠感、発熱、嘔吐、喀血を繰り返し、徐々に体力が低下。

     乳幼児や高齢者は一週間程度、健康な者でも半月ほどで死に至る。

     死亡する前に灰色の煙を吐くため、灰吐病と呼ばれる。

特性  :不明



 咄嗟に顔の力を抜いた。

 少しでも表情が動くと、俺の衝撃と絶望が伝わると思ったからだ。

 死に至る――すなわち致死率100%。それもたった半月で。

 俺は表情を消しながら、症状を読み上げた。

 喀血を除けばことごとく当て嵌まっており、ヴァレリーは深刻な表情を浮かべていく。ただそれほど珍しくない症状なので、マーカントはまだ懐疑的だった。本人のステータスを読み上げれば証拠になるが、おそらくそういう話ではない。認めたくないのだ。

 それにしても、いつ感染したのだろうか。

 一週間前には発症していない。せめて特性が分かれば、何か手がかりを得られただろう。俺が感染すれば判明するかもしれないが、どうやって感染するのかも分からない。

 もう一度、読み返していく。

 微細な生命体は、細菌かウィルス? ウィルスはこの世界での定義が分からないな。生命体扱いでなければ、細菌に絞られるか。どちらであっても、遠征中は怪我をする機会が多かった。どこで感染してもおかしく――いや、そうじゃない。おかしいぞ。ロランやマーカントが知らない病気と言うことは、この辺りの病気ではないということだ。知られていない病もあるだろうが、狙い澄ましたようにヴァレリーが発症するのは変だ。

 この辺りでない――エラス・ライノとトゥレンブルキューブは南に生息していると言っていたな。彼らの北上が原因? いやむしろ、どちらかが――

 俺は顔を跳ね上げた。


「そうか、魔石!」


 俺は青色の大きな魔石を思い出していた。


「あいつには核が無かった! ということは多細胞生物か群体――あの能力で群体なら細胞性粘菌の可能性が高い。だから触腕を切り離しても動いたんだ。それに粘菌は――」


 声に出していたことに気付き、俺は口を閉じた。

 そうだ、粘菌は胞子で増殖する。

 微細な生命体は胞子かもしれない。しかし、トゥレンブルキューブにはそんなスキルが無かったはず。違う、それで良いんだ。人間にも受胎や授乳のスキルは存在しない。生物の基本的な活動にスキルはいらないんだ。

 トゥレンブルキューブを焼き払っているとき、ヴァレリーは咳き込んでいたな。それが原因かもしれんが、断言できない。単にあの周辺が胞子だらけだった可能性もある。

 俺はマーカントとロランを『鑑定』したが、感染していなかった。吸い込んだ量によって潜伏期がずれるのか、また別の要因が影響しているのか。

 視線を感じ、顔を上げる。

 固唾を呑んで見守るヴァレリーと視線が合った。

 失敗だ。興奮して口を滑らせてしまった。ただの推測なのに、今更口は閉ざせない。

 話すにしても内容を選ばなければ。煙の可能性は――マーカントがどう反応するか想像できない。半月のリミットも今は伏せておこう。まだその段階じゃない。


「これは推測だぞ。外れているかも知れないから、そのつもりで聞いてくれ。おそらくヴァレリーの体内には、トゥレンブルキューブが入り込んでいる」


 意味を理解し、青ざめた顔でヴァレリーは口元を覆った。


「あんなのが……どうして――」

「可能性はいくらでもある。それに探っても意味はない。どうあれ病名は分かっている。それを調べ、治療すれば良い。そうと決まればマーカント」


 マーカントは言葉を失っていたが、俺の声で我に返った。


「情報集めだ、冒険者ギルドへ向かうぞ」

「お待ちを」


 立ち上がり掛けた俺をロランが制す。


「まず基本的な手を打ったらいかがでしょうか」

「基本的?」

「病気になったら医師か神官に見てもらうが常道です。病気治癒のポーションも探せば見つかるでしょう」


 一瞬、呆けた後、俺は座り直す。

 その通りだ。どうやら冷静さを失っていたか。


「そうだ――そうだったな。ヴァレリー、今まで何か治療はしたか?」

「いえ、昨日体調を崩したばかりですので、まだ何も」

「ロラン、医師と神官なら腕が良いのはどちらだ?」


 少し悩んだ後、ロランは答える。


「それぞれ役割が異なりますからな。医師は薬草やポーションで治療に当たり、神官は神聖魔法で病を癒やします。上下はありませんが、強いてあげるなら神官でしょうか」

「二人はどう思う?」

「ああ、それで良い。この町には神聖魔法が使える神官がいる。数日経っても治らなければ連れて行くつもりだった。よし、乗れ」


 マーカントが腰を屈めたが、ぺしっと叩いて「歩けるわよ」と拒否された。それ以前に寝間着だろう。廊下で待つのもあれなので、俺たちは一階に降りた。しばらくしてヴァレリーは普段着に着替えて降りてくる。そして外へ出たところダニル、オゼと鉢合わせた。彼らはヴァレリーがよくなるようにと、栄養価の高い食材を買い出しに行っていたようだ。俺はかいつまんで説明し、彼らも加えて神殿に向かうことにした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] kuridasukobusiだ
[一言] さぁ、ペニシリンを作るのだ。 もしくはカビキラー。
[良い点] 会いに行って良かったです。少しの時間も勿体ない状況でしたな
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