第178話 警備任務3
四日目は何事もなく過ぎ去り、警備を開始してから五日目を迎えた。
早朝に仮眠を取ってからクリフに稽古を付け、その後は時間が過ぎるのを倉庫で待つ。
そして夕闇が深まった頃、ラムロン商会は片付けを始め、隣の娼館が開店準備で慌ただしくなる。
その音に耳を傾けていると、ジーノが俺たちを呼びに来た。
案内されたいつもの応接室には、ルーベンとデリックが待っていて、俺たちが姿を見せるなり切り出す。
「衛兵からの情報です。襲撃者の隠れ家を発見しました」
真っ先に浮かんだのは違和感だった。
襲撃の予兆ならともかく、隠れ家の発見は都合が良すぎる。十中八九、陽動だ。
それはルーベンたちも予想しているようで、急襲部隊の指揮官はデリック、警備から六名と俺を加えた計八名で編成し、ジーノと残りの警備は奴隷の女性――オリアンヌを守るという。
それと、言うまでもなくクリフも居残りだ。
できれば倉庫にいてほしいが、本人が強く希望したため、応接室から出ないことを条件に、引き続き大声での伝令をやってもらうことになった。
「深夜に出発して衛兵と合流、隠れ家を目指しますが、衛兵はあくまで支援です。彼らは戦いません」
「じゃあ、衛兵は案内だけか?」
「今のところ、襲撃者は何もしていません。本来の仕事、喧嘩の仲裁をしていただきます」
「包囲と捕獲か」
俺が呟くと、ルーベンは微笑で頷いた。
計画は分かったが、心配なのはオリアンヌだ。彼女というより、依頼の成否についてだが。
ジーノの指示を伝えると、ルーベンは急襲優先と応えてきた。
さらに俺の懸念を察し、オリアンヌに何かあっても失敗にはならないと明言する。
口約束なのでどうとでもなるが、細かい指示ごとに契約書を書き直すわけにもいかない。失敗の責を負わないだけで良しとするか。
倉庫に戻って準備した後、応接室でいつもどおりに警備する。
そして深夜になった頃、そっと抜け出して倉庫に向かうと、急襲部隊の面々が集結していた。
合流しながら『気配察知』で周囲を探る。
とりあえず見張っている者はいない。
全員が揃ったのを見計らい、指揮官のデリックが口を開く。
「これより隠れ家を急襲するが、注意点が二つある。襲撃者の指揮官は、『双爪』のエグルという男だ。両手の鉤爪を武器にしているので、戦えばすぐに分かるだろう。生け捕りが無理なら殺しても構わん。生死を問わず、確保しろ。そしてもう一つの注意点だが――隠れ家に非戦闘員がいた場合、決して傷つけてはならない。全力で保護に当たれ。これはエグルの確保より重要だ」
やっと襲撃者の名前が分かったのに、最後で首を捻ってしまった。
なんで非戦闘員がいるんだよ。娼婦を連れ込んでいたとしても、指揮官より重要にはならないだろう。
「何者なんだ?」
「若い男だ。容姿は分からないが、戦いに不慣れと感じたら保護しろ」
他の者も聞いていなかったようで、すっかり困惑していた。
それも当然だろう。俺は『鑑定』を使えるが、他の者は殺し合いの中で判断しなければならない。しかも反撃する可能性があるということは、誘拐ではなく、自らの意思でそこにいるわけだ。
襲撃の依頼者だろうか。傷つけるなという指示は意味不明だが。
デリックはそれ以上の質問を受け付けず、俺たちは隠れ家に向けて出発した。
固まって歩くと目立つため、分散して合流地点を目指す。
夜も遅く、閉店した酒場や娼館も多い。暗い夜道を東へ向かい、町の中央から北に進路を変える。
そして合流地点に到着してみると、二十名ほどの衛兵が待機していた。
ここから怪しい男の入った建物は近い。
衛兵の先導で向かった先はやはり例の建物だったが、俺は気配を探って眉を顰めた。
前に探ったときより人数は多いのに、中身がまるで違う。
エグルも怪しい男も不在で、おそらく非戦闘員とやらもいない。
一応、集合住宅なので他の階にも気配はあるが、どれも外れなら完全に急襲失敗だ。
それに気付くはずもなく、デリックは衛兵の責任者に包囲を頼んだ。
気配がだだ漏れでも、囲んでしまえば逃げ場がないという判断らしいが、残念なことに気付いてくれる実力者は一人もいなかった。
散っていく衛兵を眺めながら、俺は困ってしまう。
空振りに終わっても俺の責任ではない。明後日には期限の一週間を迎えるから、どこかにいる警備対象が無事なら、ミランダとテスを言い値で買い取れる。
とはいえ――何もしないで報酬を受け取るのはどうなんだろう。
頬を掻きつつ、俺は『気配察知』を展開する。
集合住宅から範囲を広げ、察知した気配を記憶と摺り合わせていく。
わずかな歩行者と、周辺の建物で眠る者を除外しているうち、衛兵の配置が完了した。
もうあまり時間がない。これで最後だ。
無駄を承知で『気配察知』を限界まで広げる。捕捉は可能でも、すでに判別はできない。
不明瞭に浮かぶ無数の気配――その中で、一つだけ高速で離れていく。
俺は『隠密』を発動して細い路地に入ると、『跳兎』で屋根に飛び乗り、さらに宙へと跳躍する。
道を走る影。あれは追跡した男だ。
落下しながら《座標点》を張り付け、『跳兎』で着地した。
やはり見張っていたか。陽動の可能性が一気に高まった、と言いたいが、どうだろうな。
男が向かったのはさらに北側で、ラムロン商会とは別方向だった。陽動なら、もっと近くで待機しているはずだ。
移動する光点を眺めつつ急襲部隊に戻ると、デリックが号令をかけるところだった。
「始めるぞ。さきほどの注意を忘れるな」
それを合図に、俺たちは集合住宅に忍び込んだ。
斥候型の警備が先頭に立ち、階段を上り始める。背中をそれとなく『鑑定』したところ、スキルランクは2から3だった。弱く見えるが、奴隷商の警備なら充分な能力だろう。
皆が軽装なのもあってか、気付かれることなく三階へ到達した。
そこで斥候は階段で立ち止まり、様子を窺い始める。
この階にいるのは九人。
ほとんどは大部屋にいて、二人だけ別室で寝ている。念のため注意深く調べてみたが、どれも少しは戦えそうだ。少なくとも非戦闘員ではない。
魔力が緩やかに減少するのを感じながら、暗い廊下の壁を横目で見やる。
今も光点は移動していた。本命はあちらだが、こいつらも襲撃者の一味だろう。先に片付けるか。
そう考えて視線を戻したとき、斥候が両手の指を八本立て、大部屋を指差すのが見えた。
そのままデリックが突撃しそうになり、慌てて肩を叩く。
俺が奥を指差して指を二本立てると、斥候は不愉快そうに眉を寄せた。
しかし、すぐ睡眠中の二人に気付いたようだ。申し訳なさそうに頭を下げてくる。
前言撤回はさすがに可哀想だ。こいつらはチンピラ並みの強さだし、寝ている相手の気配は探りにくい。
デリックは斥候と俺に再確認すると、二人を奥に向かわせた。
そして残る六人で大部屋の前に陣取り、合図と同時に扉を蹴破る。
「――ッ!?」
酒瓶の割れる音と男たちの怒声が重なった。
大慌てで武器に手を伸ばすも、急襲部隊に斬りつけられ、また殴り飛ばされる。
俺も一人を無力化したが、次を狙うまでもなかった。突入から一分足らず、呆気なく制圧は完了した。
こちらの被害は皆無、しかし急襲が成功したとは言い難い。
デリックもそれに気付いたようで、苦い顔で男たちを見渡した。
「エグルはどこにいる」
「知らねえよ!」
男は腕を折られたらしい。激痛に顔を歪めながらも虚勢を張ったが、デリックに腹を蹴られて転倒し、二重の激痛に悶える。
それを冷淡に見つめ、デリックは折れた腕の上へ足を持っていく。
「ほ、本当に知らないんだ! 昨日から戻ってない!」
他の男たちも次々と知らないと訴えた。
寝室の二人も所在を知らず、他の階を調べてもエグルや非戦闘員は見つからなかった。さらに衛兵も逃走者はいないと報告し、急襲の失敗が確実となる。
デリックは眉間に深い皺を刻み、他の者は無言で指示を待った。
俺はそれを一瞥した後、窓に歩み寄って外を眺める。
すでに光点は停止していた。
仕掛けるなら今しかないが――それが正解とは限らない。
明らかにラムロン商会とは別方向。むしろ遠ざかっている。
俺は悩みながらもデリックに切り出した。
「数日前、ラムロン商会を窺う不審な男を見かけた。そいつが戻ったのは、ここじゃない」
眉間の皺をそのままに、デリックは視線を俺に向ける。
「なぜ報告しなかった?」
「もっと怪しいのは他にもいた。奴隷商は恨みを買いやすいからな。ただ、衛兵がここを包囲しているとき、同じ男が走り去るのを目撃した」
発見した場所を訊ねてきたので、北とだけ答えた。
俺が知っているのは現在地だけだ。そこに何があるかは、《座標点》でも分からない。
デリックは無言で俺の隣に立つと、月明かりに浮かぶ町並みへ目を向けた。
見ているのは北ではなく、ラムロン商会の方角だった。
もし陽動なら、今頃は襲撃を受けているだろう。
俺の情報を信じて別方向へ向かうか、ラムロン商会に引き返すか。
デリックはしばらく景色を眺めた後、静かに首肯する。
「案内してくれ」
◇◇◇◇
俺の先導で、再び夜の町を進む。
さきほどの男たちは衛兵が連行し、残っているのは九名。戦力とはいえないが、急襲部隊は三分の二まで減っていた。
光点を目指して進むうち、方角と道で予想したのか、デリックが内門のそばかと訊ねてきた。
言われてみれば、光点と内壁は近いようだが、町に詳しくないので何とも言えない。
それを正直に伝えたところ、なぜかデリックは焦ったように見えた。
微妙な沈黙が漂う中、光点が迫ってくる。
もしエグルや怪しい男がいるのなら、不用意に近付くのは危険だろう。
通りの先に隠れ家らしき建物が見えてきたところで、俺は立ち止まった。
光点が示すのは、また集合住宅だった。大勢で潜むには都合が良いのだろう。
俺は《集中力上昇》を発動し、気配に集中する。
光点は四階で静止している。怪しい男の他に、強めの気配も感じた。
良かったと思うべきか、それとも首を捻るべきなのか。
あれが『双爪』のエグルだと思うが――やはり釈然としない。
以前の隠れ家から移ったのは、陽動のためだろう。それなのにエグルはここにいて、他の気配もさっきよりずっと強い。
なぜ、主力を温存しているだろうか。ラムロン商会を襲撃している連中は、こいつらより強いのだろうか。
ちょっと考えにくいが、とりあえず急襲の目的は果たせそうだ。
同じ場所に弱い気配も感じる。あれが非戦闘員だ。
俺は状況を皆に説明する。
非戦闘員を除き、まともな戦力は八名。
さらにエグルを含め、何人かが斥候の技術に長けていそうなので、不用意に近付くと逃走の恐れがあると補足した。
デリックは衛兵の責任者と意見を交わし、俺たちに向き直る。
「今の人数で完全に包囲するのは難しいそうだ。よって作戦を変更する。急襲部隊を二つに分け、まずは戦闘に長けた者たちで進入、戦いが始まったら残りの半数が突撃する。その間に衛兵は建物の周辺を囲み、逃亡する者を警戒してもらう」
そつのないというか、これしかないと思うが、デリックは先鋒に加われない。
ラムロン商会の警備をしきっているのは、デリックとジーノだ。気配を熟知されている可能性が高く、『隠密』も使えないので簡単に発見されてしまう。
もちろん他の警備も危ないが、二人よりは危険が少ないはずだ。それに先鋒はエグルたちの半分なので、すぐに急襲とは考えない。迷いの分だけ接近できる。
デリックも同じ考えのようで、自らを外して俺を先鋒に加え、警備の一人を臨時の指揮官に任命した。
「では、頼む」
デリックの指示で、俺たち四人は集合住宅に向かった。
俺は気配を抑え、他の者はだだ漏れの状態で接近する。エグルや怪しい男は確実に気付いていると思う。
それでも人数が少ないおかげか、まだ動く様子はない。
集合住宅の入口に近付くと、扉は崩壊していた。暗い廊下の先に階段が見える。
わずかに他の階からも気配を感じる。
こいつらも仲間だとどうしようないが、襲撃者はよその町から来ている。元々の住民ではないだろうか。だとしたら、中途半端に足音を消すより、堂々と進入した方が良い。
指揮官にそれを提案すると、躊躇なく採用した。
俺たちは足音を隠しもせず、適当な雑談を交わしながら階段を上り始めた。
まだエグルは様子を窺っていたが、さすがに二階までだった。
三階の階段に足を掛けた途端、一斉に気配が揺らぐ。
「動いた」
素早く告げると、指揮官は突撃を命じた。
全員で階段を駆け上がり、先頭の俺が扉を蹴破って飛び込む。
それと同時、ランプの割れる音が響き、投擲されたナイフが警備のランタンを破壊する。
一瞬で暗闇に包まれ、警備たちは躊躇した。
最初に飛び込んだ俺、そして扉前の指揮官に襲撃者たちが殺到する。
先ほどの連中とは何枚も上手だった。
こういう戦いに慣れているようで、暗闇でも同士討ちを怖れず斬り込んでくる。
耳を頼りに躱しながら、わずかに差し込む月明かりを頼りに《座標点》を、さらに『鑑定』を走らせた。
奥にいる小男が『双爪』のエグルだ。
話どおり両手に鉤爪を装着し、油断なく戦況を窺っている。
そしてもう一人、壁際で震えている若い男が例の非戦闘員らしい。
男の名はマティアス。スキルや魔法は空っぽで、能力値も平凡。絵に描いたような平民である。デリックは傷つけるなと念を押していたが、立ち向かってくるどころか隅で縮こまっている。
あれは放置で問題ないが――。
エグルが投擲するナイフを弾き飛ばし、襲撃者の斬撃を躱す。
あいつを自由にさせていると面倒か。
警備たちが立ち直ったのを確かめると、俺はエグルに斬り込んだ。
『風刃』を乗せた斬撃を爪で受け止め、同時にもう一方の鉤爪が翻る。
それをぎりぎりで躱して蹴りを放つも、今度は肘で受けきった。
なるほど、厄介な相手だ。
強さはCランク程度なのに、屋内での戦闘に習熟している。こいつもステータスでは計れないタイプか。しかもエグルは小回りの利く鉤爪、俺は斬撃中心のシミター。武装の面でも不利だ。
とはいえ、それらでひっくり返せないほど、能力の差は圧倒的だ。
斬撃を餌に『体術』で攻めていくと、すぐにエグルは防戦一方となった。
エグルは顔を歪めながら必死で躱し、室内の障害物を利用して直撃を避ける。
圧倒できても、守りに専念されると固いな。それに、ただの『体術』は決め手に欠ける。少し命中しても、エグルの動きは鈍らなかった。
いずれにしても、特定状況下ではステータス以上の難敵だ。
飛び込んだのがデリックだったら、殺されていたかもしれん。
エグルが繰り出したやっとの反撃を躱しながら、背後へ視線を向けた。
指揮官ともう一人が襲撃者の猛攻を凌ぎ、残る一人が扉を塞いでいる。人数の不利にも拘わらず、警備たちはよく戦っていた。
それにデリックたちも近付いている。彼らが到着すれば、戦況はこちらに傾く。
エグルもそれを察し、階段を駆け上がる音に焦り始めた。
視線を動かして逃げ場を探したが、当然、隙だらけだ。俺の掌底がこめかみに直撃し、エグルは蹈鞴を踏む。
それに追撃しかけ、咄嗟に踏みとどまる。
エグルはふらつきながらも、右手を背中に回していた。
棒か何かの先端が見え、『鑑定』を走らせると同時、すぐさま目を瞑る。
直後、目蓋の裏が白く染まった。
発動したのは閃光の短杖だった。
名称から中級魔法《閃光》の魔道具と思ったが、そのままらしい。
だが、いきなりの発動にほとんどの襲撃者も反応できなかった。
怪しい男ともう一人だけが閃光を回避し、警備たちが混乱する隙をつき、窓の方へ走り出した。
そして当のエグルは踵を返す寸前、何かを投擲する。
一瞬で『高速移動』と《脚力上昇》を発動して身構えたが、風切り音が向かったのは俺ではなかった。
ほんっとうに、わけが分からん。
素早く移動し、迅風のシミターで何かを弾き飛ばす。
感触と壁に当たる音は投げナイフだが、狙われたのはなぜか、非戦闘員のマティアスだった。
傷つけるなと厳命を受けている以上、守らねばならない。
光が収まったので目を開けると、エグルが窓を乗り越えるところだった。
同時にデリックたちが到着し、まだ目を押さえる襲撃者たちを捕縛していく。
ここは任せても大丈夫そうだ。
「エグルを追う」
ひと言告げて走り出すと、意味に気付いたデリックが慌てる。
「ま、待て! ここは四階――!」
言い切る前に飛び出し、下を見下ろす。
こういう事態も想定したのだろう。エグルは壁の突起を利用し、器用に降りていく。
二つの光点はすでに逃走している。まずは本命だな。
俺はくるりと体勢を入れ替え、壁を蹴って一気に落下する。
エグルはそれに気付くも、見上げたときには目の前だった。
そして横っ面に掌底を放った瞬間、
「え――?」
今までにない加速と反動に、思わず間の抜けた声が漏れた。
エグルは地面に叩き付けられたが、それどころではない。
『跳兎』でも勢いを殺しきれず、俺も一緒に地面へ激突してしまう。
全身の痛みに耐えながらステータスを開くと、体力がごっそり減っていた。
咄嗟に頭を守ったし、骨に異常はなさそうだ。
ひとまず安堵して、ヒーリングポーションを取り出す。
しかし、久しぶりの怪我が自爆か。
笑うに笑えんが……さっきの、あれだよな。
小瓶を傾けながらステータスを眺めてみれば、やはり『掌撃』が追記されていた。
嬉しいんだけどさ、今じゃないだろ。
調子を確かめながら立ち上がると、隣のエグルを見下ろした。
変な風に曲がっているが、一応は生きている。生死不問だし、放っておこう。
視線を外し、怪しい男と逃げた二人を捜す。
しかし、またもや首を傾げてしまう。
光点は離れたところで止まり、まるで動こうとしなかった。
無言でそれを見つめ、ぼそりと呟く。
「いい加減、首を捻るのも飽きた。もう勝手にしてくれ」
ぶつくさ言いながら向かってみると、逃げた二人は息絶えていた。
『気配察知』で探り、念のため『鑑定』でも確かめる。
現場にはデリックたちはもちろん、衛兵もいない。
俺は慎重に近付き、怪しい男を足で仰向けにした。
「なるほど、これは分かりやすいが――なんで町にいるんだ、あいつ」
二人とも首を切り裂かれていた。
抵抗どころか、死んだことすら気付かなかったと思う。
見慣れた傷跡に苦笑しつつ道を戻ると、エグルの周りにデリックや衛兵が集まっていた。
そして俺に気付くなり、デリックが駆け寄ってくる。
「怪我はないか!?」
「着地に失敗してぼろぼろだ。逃げた二人は殺すしかなかった」
「違う、エグルに切られたか!?」
もしやと思って聞いてみたところ、部屋に猛毒が塗られたナイフが転がっていたそうだ。
投擲したナイフか。すでにステータスは確認済みだ。異常はない。
俺が大丈夫と伝えると、デリックは胸を撫で下ろす。
「おそらく、ブロウガスの毒だろう。俺も見たのは二度目だ」
「稀少なのか」
「まあな。メズ・リエス地方の南方や深殿の森の奥深くに棲息している。滅多に遭遇しない魔物だ。エグルが使ったのは、大昔に討伐された個体の毒だろう」
「俺と戦っているときは使わなかったな。是が非でも、あの男を殺したかったようだ」
それまで饒舌だったのに、デリックは表情を硬くする。
「聞きたいことは分かるが、俺からは何も言えん。明日にも会頭から話があるだろう。
直接、訊いてくれ。エグルを仕留めたのは大手柄だった」
デリックはそう言って、衛兵たちのところへ戻っていった。
そして襲撃者とマティアスは衛兵が連行し、俺たちはラムロン商会に帰還する。
こちらの死者はなし、負傷者は俺を含めた先鋒の四名。
ちなみに最も重傷なのは俺だ。自爆だけど。
すべての目標を達成したことで、急襲部隊は意気揚々と真夜中の町を進んだ。
皆の表情は明るいが、デリックは厳しい表情を崩していない。
その理由は言うまでもなかった。
ラムロン商会の前に、娼館の客や通行人で人だかりができている。
その中心で転がっていたのは、手足を縛られた六人の男だった。全員、骨折や酷い打撲を負っているが、それ以外の傷は見当たらない。
俺たちに気付いて居残りの警備がデリックに、クリフが俺に近付いてきた。
「無事だったか、ヴェルク」
「一応な。それで、こいつらは?」
「よく分からないんだ。上で物音がしたと思ったら、こうなってた」
クリフに釣られて視線を上げると、三階の窓にいつもの女性が立っていた。
そして俺と目が合うなり、艶然と笑う。
こいつら、あそこから落ちたのか。何もないと気付かずに。
しばらくすると別の衛兵が到着し、男たちを連行していった。
俺たちも大変だったが、彼らも大忙しである。
その後、急襲部隊は解散、念のため俺はクリフと警備を続けた。
それにしても、最初から最後まで意味不明な依頼だった。
オリアンヌの《乖離虚像》は脅威だが、非現実的なほど気付かれやすい。エグルが襲撃に加わっていたら看破したと思う。
デリックはそれを予想しながらも、俺の情報を選択している。
エグルが動かない可能性、そう判断する根拠があったのではないか。
明日、ルーベンから話があるだろうけど――不思議だな。
答えてくれる気がまるでしない。