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第171話 プロローグ ~捜索の始まり


 一括投稿しました。

 プロローグ1話、本編8話の全9話で、80000文字ほどです。



●前回のあらすじ

 獣人の村へ赴いたサーハスが持ち帰った交流の条件は、魔物に滅ぼされた村の奪還だった。

 滅ぼされた時期と魔物がガーネレスと分かり、アルターは杜典己が殺された場所ではないかと考える。

 アルター、フィル、サーハス、そして村から派遣されたクィード率いる獣人部隊と共に、廃村ジセロへと向かう。

 そこで待っていたのは、見覚えのある光景と朽ちた剣だった。

 さらにガーネレスの奇襲を受けると、自身の仇討ちのため、フィルと共に大軍に挑む。


 満身創痍になりながらも撃退したアルターは、殲滅に向けて地下の巣へ潜り、ガーネレスの女王と対面する。

 そこで変異種レド・ガーネレスの『念話』で意思疎通を果たし、ジセロへの攻撃は食糧ゴブリンの争奪が原因と知る。

 共存できると考えたアルターだが、クィードに激しく反発さてしまう。

 しかしサーハスにも諭されたことで、情報を持ち帰ると、獣人の村はガーネレスとの講和を決断。

 さらに迷宮の戦力を怖れ、クィードたちを監視役として派遣する。











 セレン中央の北西寄りに高級住宅街がある。

 この辺りはアルファス・カルティラールが引き籠もった頃の()(ごり)と言われ、庁舎を始め、築七百年ほどの建物が林立していた。

 その外れに、二階建ての大きな屋敷があった。外観は周囲とさほど変わらないのに、どこか重苦しい雰囲気を漂わせている。家主の名を聞けば、さもあらんと納得したことだろう。


 そんな建物の二階、締め切られた窓の内側で物音がした。

 どこか不機嫌そうな足音が窓に近付き、無造作に開かれる。

 差し込む朝日に目を細めた巨漢は、タルヴィット・サブロワだった。

 普段からさほど陽気な男ではないが、ここ最近は苛立ちが目立つ。原因は、多少なりとも彼を知る者は容易に想像できる。リードヴァルトの陥落とアルターの失踪だ。


 彼だけではない。あれ以来、テッドたちは余裕を失っていた。

 表面上は平静を装っていても、戦闘で些細なミスが頻発している。タルヴィットはなるべく同行しているが、いずれ誰かが命を落とすと思っていた。

 アルターの問題も相まって、それが余計に苛立たせる。


 タルヴィットは己を鼓舞するように背伸びすると、大きな足音を立てながら階下へ向かった。

 食堂では、すでに祖父のキネール・サブロワが空の食器を前に()()を傾けていた。

 タルヴィットも身支度を整えてから座ると、使用人が運んできた朝食に手を伸ばす。


「新しい情報は?」

「ない」


 表情一つ変えずにキネールが即答すると、タルヴィットはパンを噛み千切り、残りを皿へ放った。

 キネールが眉を寄せるのも気付かず、タルヴィットはこれまでの情報を(はん)(すう)する。


 リードヴァルトが呆気なく陥落したのは、従騎士から昇格した騎士三人の裏切りだった。

 領主夫妻は戦いが始まる前に殺害され、後継者の長子は戦死している。

 その後、裏切り者の三人はバロマットに協力しているようだが、そのうちの一人はすでに死亡したようだ。

 原因は分かっていないが、それ以上に奇妙な情報は、領主夫妻と長子の遺体が消えたことである。

 ブラスラッド侯の寄子には、ヘンリエッテの父トーディス子爵がいる。彼らが奪還したなら驚かないが、では、なぜ公表しないのか。暗殺紛いの裏切りである。大々的に葬儀を執り行い、激しく糾弾するのが貴族のやり口だ。

 それなのに動きがない。

 キネールとタルヴィットは、ここにアルターの匂いを感じ取り、セレンに戻ってくる準備を始めた。祖父は対応策を、孫はテッドたちと期待を込めて。


 しかし、いつまで経っても姿を現さず、他の都市に現れたという情報もなかった。

 タルヴィットは、テッドたちに伝えたことを後悔した。

 それまではぎりぎりで自制していたが、期待した分、テッドの失望は大きかった。いつ暴走してもおかしくない。


(足踏みが一番きつい。いい加減、探しに行くべきかもしれんが……)


 そう考えながらも、タルヴィットは不安を感じていた。

 テッドたちは優秀だが、致命的なほど経験が乏しい。

 敵地での情報集めはわずかな油断が命取りになり、本職の斥候もいないため、道中の安全すらままならなかった。

 そもそも、多くの貴族が情報収集しているはずなのに、アルターの消息は掴めていない。テッドたちが向かっても空振りに終わるか、最悪の場合、バロマット王国に殺されてしまう。


 タルヴィットは食事の手を止め、気付けば指でテーブルを叩いていた。

 それに苛立ったのか、キネールが強くグラスを置く音で我に返る。


「すまん……」

「別件の話がある」


 小言の代わりに、キネールが切り出した。


「エミリの父親が喚いているそうだ。主人が死んだなら俺に権利があると」

「父親って――あいつが? そんなわけねえだろ、エミリは奴隷じゃねえぞ!」


 タルヴィットがテーブルを殴りつけた。

 キネールは揺れるグラスを手で押さえ、同意を示す。


「そうだ。商業ギルドの記録では、奴隷として買われた同日、借金を返済して自由の身になった」

「だったら――」

「あの手の(やから)に道理は通じない。彼が健在なら自制しただろうが、今は抑えが利かなくなっている」


 タルヴィットは再びテーブルを叩きそうになり、ぐっと堪える。

 それを静かに見つめ、キネールは言葉を継ぐ。


「彼との約束だ。監視を付けているが、いつまでも人員は割けん」

「どうにかできねえのか? 何かやらかしてるだろ」

「軽微な犯罪ばかりだ。行動を起こしてから対処するしかない」


 エミリをうちで雇えば――そう言いかけ、タルヴィットは言葉を呑む。

 キネールは拒否するに決まっていた。

 エミリの父親に道理が通じないのなら、キネールには情が通じない。非情ではなく、セレンの法や治安を優先するためだ。

 この街の平和は難民を追い返すことで成り立っている。そうしなければ経済は破綻し、治安も悪化してしまう。キネールは守備隊総隊長として、その考えが芯まで染みついていた。

 話は終わったとばかりにキネールは立ち上がる。

 タルヴィットはそんな祖父の背を、何も言えずに見送った。



  ◇◇◇◇



 アルターと出会う以前、タルヴィットは敵なしだった。

 もちろんキネールや年長の実力者には無理でも、ラプナス学術院の生徒はもとより、オークと真っ向勝負しても勝利してきた。

 そして慢心したタルヴィットは、野外演習で無謀な探索を行って四本腕の魔物ドーコルと遭遇、級友を危険に晒した挙げ句、自信はドーコルとアルターに打ち砕かれた。

 その後の演武会では気合いを入れて(のぞ)んだが、再びアルターに敗北する。

 現実を思い知らされ、タルヴィットは戦士として、人として大きく成長した。


 だからこそ、今の状況が歯がゆい。

 国家間の紛争に介入できる個人は、一握りの選ばれた者たちだけである。

 以前なら飛び出したが、今の彼は、自分がそこにいないという自覚があった。

 自室に戻って軽重の両手剣を背負うと、そんな気持ちを引きずりながら屋敷を出た。


 険しい表情の巨漢に、通行人が慌てて道を空ける。

 それが目に入ることなく、タルヴィットは『疎屋の城』に向かう。

 以前は暇なときだけだったのに、最近は頻繁に顔を出している。むちゃをしないか監視する目的だが、タルヴィットは気付いていない。『疎屋の城』に足繁く通うのは、一人で抱えているのが耐えられないからだった。


 住宅区画を抜けると、周囲に高級な宿や飲食店が増え始めた。

 さらに進むうち、セレン特有の繁雑さが増していき、大通りへ到達する。

 そこから北門の方向へ進もうとして視線を動かしたとき、通りの反対側に少女を見つけた。

 タルヴィットは手で険しい表情を(ほぐ)した後、小走りで道路を渡っていく。


「よう、庭園か?」

「あ、おはようございます。今日はお休みなので、朝食用のパンを買いに」


 不意に現れた巨漢に、リリーは笑顔でバスケットを持ち上げた。

 朝食を済ませたばかりなのに、漂ってくる香ばしい香りに食欲を刺激される。

 中を覗きたくなる衝動を抑えつつ、タルヴィットはリリーと並んで歩き始めた。


「何か進展はあったか」


 昨日は早めに帰宅したので、リリーと顔を合わせていない。

 わずかな期待を込めて問いかけたが、リリーは静かに首を振った。


「学院長は何も」

「まあ、それもそうか。そっちの爺さんが知ってるなら、うちの爺さんも知ってるよな。例の講師はどうだ?」

「昨日、庭園にお見えになったので尋ねてみましたが、やはり……」


 そう言ってリリーは(うな)()れたが、実は見落としていた。

 愛弟子が消息不明になったのに、思いのほかラッケンデールが憔悴していない。気付いているのは学院長のみで、その様子からアルターが生きていると確信していた。

 とはいえ、問い質して口を割る男ではなく、知ったところで評議会のできることは限られている。むしろ、関わらない方がセレンにとっての最善だった。

 学院長は苦しむリリーに同情しながらも、ラッケンデールを追及しなかった。


 それぞれの思いが錯綜する中、二人は大通りを進む。

 北門が徐々に近付き、タルヴィットが何気なく前方を見やると、今度は別の少女が歩いているのが目に留まった。

 年の頃は自分と変わらない。黒い髪を後ろで束ね、軽い足取りで歩いている。

 その姿に記憶が刺激され、気付けば少女の前に立ち塞がっていた。

 不意に現れた巨漢に、少女は一瞬で距離を取って身構えたが、視線を上げるなり驚いた表情に変わっていく。


「あなたは……」

「やっぱりお前、演武会の奴か」


 少女の方もタルヴィットを知っているらしい。

 慌てて姿勢を正し、頭を下げる。


「お初にお目にかかります、タルヴィット様」

「確か――ハリエットだったな」

「はい。名まで覚えていてくださり光栄です」


 恐縮するハリエットを見下ろしながら、タルヴィットはなぜ呼び止めたのか、自分でも分からなかった。

 それを確かめるように問いかける。


「その格好、冒険者になったようだな」

「はい、登録は演武会の前ですが。今はヘイデンさんの『ギーテス』にお世話になっています」

「お前の戦いは戦士のそれじゃなかった。もしかして、斥候か?」

「そうですが……」


 困惑しながらもハリエットが首肯すると、どんな依頼を受けたことがあるか、どこを旅したことがあるかなど、矢継ぎ早に質問していく。

 セレンを拠点にしているため、『ギーテス』の仕事は主に隊商の護衛だった。フィルサッチ領や北のイルケネック、紛争を起こしたウォルバー領とタクラズ領にも入ったことがあるという。


「『ギーテス』のメンバーなのか?」

「いえ、私はEランクに上がったばかりです。Dランク上位の『ギーテス』とは釣り合いません。まだ修行の身です」


 ハリエットは謙遜したが、所作に隙はない。

 タルヴィットは充分な実力を感じ取っていた。


(斥候だけではどうにもならんが、いないよりは良いはずだ。それにエミリの件もある。もし動くなら、爺さんが監視を付けている今しかない)


 素早く考えをまとめると、タルヴィットは切り出す。


「『疎屋の城』を知っているか。テッドという冒険者がリーダーをやっているんだが」

「クランという冒険者の互助会ですね」

「そうだ。時間があるか? 連中に会わせたいんだが」


 そう言われて、ハリエットは不思議そうに小首を傾げた。

 若手の冒険者が妙な団体を立ち上げたのは知っている。ただ、『ギーテス』はセレンを離れていることが多く、詳しい話は聞いていなかった。


「あの……先ほども申し上げましたが、私はヘイデンさんのところでお世話になっています。そういうのには興味が……」

「勧誘じゃない。言葉どおりだ。近くにアルターの住んでいた家がある。あいつらはそこを拠点にしている。時間は取らせない」


 何気なく添えた言葉だった。

 しかしアルターの名を聞いた途端、ハリエットの目付きが変わった。



  ◇◇◇◇



 三人は大通りを北に向かい、途中で折れて路地に入る。

 次第に建物がみすぼらしくなり、貧民街の様相を呈してきた。

 とてもではないが、貴族の子息が住むような地域ではない。もし案内がタルヴィットでなく、また無力な少女が同行していなければ、ハリエットはさっさと引き返していただろう。


 そんな貧民街を進むにつれ、子供たちの歓声が聞こえてきた。

 ハリエットはそれに怒鳴り声が混ざっているのを聞き取り、ほどなくしてタルヴィットとリリーも気付く。

 どちらの声も大きな建物からだった。

 子供たちのはしゃぐ声は裏手から、怒鳴り声は中から聞こえてくる。

 タルヴィットはこれ見よがしにため息を吐くと、扉を開けた。


「だから俺たちが――!」

「何度も言わせないで。あなたたちに何ができるの? 今のリードヴァルトは敵地、どうやって探すつもり?」


 言い争っているのはテッドとイスミラだった。

 テーブルにはジェマとネイルズ、『ラナイン』のヨナスが座り、奥の厨房からデイナが心配そうに窺っている。イスミラの仲間――『万年満作』のゼレット、バルデン、コーパスの姿は見当たらない。


 ジェマとヨナスは見慣れぬ少女を不思議そうに見やったが、タルヴィットは意にも介さず、ハリエットを招き入れてテーブルにどかりと腰掛けた。

 ハリエットは遠慮がちに座りながら、そっと周りの様子を窺う。

 目の前では激しい口論、外からは笑い声が聞こえてくる。対照的な光景だが、外には幼い子ども以外もいるようだ。誰かが面倒を見ているのだろうか。

 そんなことを考えているハリエットの横で、タルヴィットは外の誰かに気付く。

 エリオットとニルスだ。

 タルヴィットは、もう一人の『ラナイン』に問いかける。


「お仲間は外だぞ。お前は行かないのか」

「僕に子供の相手をしろと? 冗談でしょ」


 ヨナスは鼻で笑い、煩わしそうに手を振ってきた。

 ハリエットはそんなやり取りに戸惑いながらも、口論する二人へ視線を向ける。


「もしかして、リードヴァルトに?」

「それで揉めてる。最近は特にな」


 疲れたようにタルヴィットが答えていると、厨房からリリーが出てきて二人の前に紅茶を置いた。


「では、私も外に行きますね」

「お手伝いします!」


 リリーが言った途端、ヨナスは張り切って立ち上がった。

 舌の根が乾く間もない発言に、ハリエットは呆気に取られてしまう。


「ああいう奴だ。以前からな」


 さらに疲れた表情を浮かべ、タルヴィットは紅茶に手を伸ばした。

 それからは無言で口論を見守っていたが、平行線のまま終了すると、そこでようやくテッドは来客に気付く。


「あんたは……?」

「お邪魔しています。Fランクのハリエットです」


 テッドはしばし考え、演武会の少女を思い出す。


「俺はテッドだ。そういや、冒険者になったんだっけ」

「はい。今はヘイデンさんのお世話になっています」

「ヘイデン?」

「『ギーテス』のリーダーよ。彼らはDランクでも上の方、Cランク間近と言われているわ。実力者の名前くらい、頭に入れておきなさい」


 イスミラは素っ気なく言い放ち、デイナから紅茶を受け取る。


「それで、誰かに用事?」

「いえ、そういうわけでは……」


 ハリエットは言葉を濁し、タルヴィットへ視線を動かした。

 その途端、イスミラの表情がわずかに硬くなる。


「駄目よ」

「顔合わせくらい構わねえだろ。幸い、ハリエットは『ギーテス』のメンバーじゃない。助っ人だ」

「お待ちください、助っ人なんて――」

「間違ってないでしょう。正式に誘われているとも聞いたけど?」


 イスミラに指摘され、ハリエットは口を(つぐ)む。

 ヘイデンからそれとなく誘われているのは事実だった。ハリエットは優しさから出た言葉と思っているが、実際は逆である。

『ギーテス』は優秀な斥候を欲していた。誘い方が中途半端になってしまったのは、未成年の少女を加入させることに抵抗があったからだ。

 そんなやり取りが分かるわけもなく、テッドとジェマは顔を見合わせた。

 その様子に、ネイルズが補足する。


「たぶんだけど、ハリエットさんは斥候なんだよ。Dランク上位のパーティーに誘われるほどの」


 その意味が浸透するにつれ、テッドの表情が期待に変わる。


「じゃあ、捜索に手を貸してくれるのか!?」

「関係ないわ」


 ハリエットが答えるより早く、イスミラが拒否する。


「彼女はあなたたちより旅慣れているし、道中の安全を確保できる。でも、人間相手は不慣れでしょう。それに子供ばかりでは舐められるだけよ」

「タルヴィットがいれば――!」

「俺は行けない」


 今度はタルヴィットが遮り、すまなそうに首を振ってきた。


「俺は評議員の孫だ。バロマット領を()(ろつ)くのはまずいんだよ。何かあったら、セレンに介入する口実を与えかねん。ただ、探しに行くのは反対しない。危ないのはバロマット領のリードヴァルトだけだ。ちょっと話を聞くぐらいなら、大した危険もないだろ」

「そんなに甘い相手とは思えないけど?」


 イスミラは反論しながらも、強くは否定しなかった。

 バロマット王国がどれほどの戦力を投入しているか、セレンにもたらされる情報だけでは判断しようがなかった。

 タルヴィットは言葉を選びつつ、話を続ける。


「それと直接関係ねえが――どうにもきな臭いらしい」

「きな臭い? キネール・サブロワが言ったの?」

「まあな。詳しい内容は教えてくれなかったし、今すぐどうこうって話じゃなさそうだが……」


 タルヴィットにしては珍しく、歯切れの悪い発言だった。

 それもあってか、テッドたちはセレンが戦場になるのかと考えてしまった。

 中でも、テッドはタクラズ子爵の略奪を経験している。

 わずかに身震いしたが、同時に疑問も浮かぶ。

 セレンには多くの魔法使いが集まり、魔法ギルドの本部まである。しかも外壁には無数のゴーレムが設置されていた。ここを攻めるなんて、愚かとしか言いようがない。


 タルヴィットはよく分からんが――と念を押しながら、何気なく室内を見渡した。

 その動きが一瞬、裏手で止まる。

 ネイルズも気付かないほどの些細な仕草。唯一、イスミラだけが目を細める。


 キネール・サブロワが、わざわざ忠告してきた。

 タルヴィットに関係ないのなら、残るはエミリしかいない。

 的確にタルヴィットの意図を察したが、それでもイスミラは頷かなかった。

 ハリエットが協力してくれたところで、指摘した問題はほとんど解決しない。

 その代わりとばかりに、イスミラは切り出す。 


「私たちが行くわ」


 唐突な発言に全員が(きょ)()かれた。

 驚くと同時、皆の脳裏に山賊のような二人が浮かぶ。

 セレンに拠点を構えているのは、権力者と揉めるのを避けるためだ。彼らがリードヴァルトに向かったら、何が起きるか想像すらできない。

 テッドは恐る恐る、イスミラへ問いかける。


「だけど、あの二人は……」

「どうにかするわ。今だって走らせてるし」


 イスミラはうんざりした顔を遠くに向けた。

 目を離すと、ゼレットとバルデンは明後日の方向へ暴走してしまう。最近はコーパスの監視下に置き、誤情報を与えてセレン近郊を走り回らせていた。魔物と戦闘になるのでひとまず落ち着くが、こちらはこちらで限界が近い。

 イスミラはハリエットに向き直り、目で詫びる。


「巻き込んでしまったわね。でも、協力してくれるなら助かるわ。斥候がいないのは、うちも同じだから」

「そんな――」


 手を振りながらも、ハリエットは微笑を浮かべた。


「皆さんにお会いでき、心が少し晴れました。私の一方的な感情ですが、アルター様は師匠であり、目標です。是非とも協力させてください」

「じゃあ、交渉成立ね。ヘイデンのところには私も同行するわ。直接、話した方が早いと思うから」


 イスミラがハリエットと握手を交わすのを、テッドは複雑な思いで見守っていた。

 自分が探しに行くつもりだったのに、『万年満作』とハリエットに奪われてしまった。

 ただ、イスミラが強硬に反対した理由もよく分かる。

 敵地に乗り込むには、不足している部分が多すぎた。これまで耐えてきたのも、飛び出さずにイスミラと口論していたのも、どこかでそれを自覚していたからだ。


 リードヴァルト陥落から、およそ二ヶ月。

 消息を絶ったアルターを探すため、『疎屋の城』は動き出した。






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― 新着の感想 ―
正直もう更新されないのかなと残念に思ってたので更新されてとても嬉しいです。リードヴァルトで起こったことは読んでて超びっくりしましたし、悲しかったし、不穏な影がちらと見えなくもなくてああ〜そういえばとい…
[良い点] 出すのは速っ!なによりよかったけどね、お体をお大事にお願いします、と。 [気になる点] 残り章のタイトル読んでいると、なんだか不安だけどな〜 [一言] よっしゃあああ!!!!まだ読めてない…
[良い点] 更新ありがとうございました。 読み応えあって面白かったです。寝不足になりました。 [気になる点] ハリエットさん タルヴィットには 「いえ、とんでもないです。私はEランクなので、Dランクの…
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